第11話 観ないし云わないし聴かないよ

 わたしの新しい『アパート』の住人は確かに印象的だったよ。

 とりあえずわたしの204号室がある2階のひとたちに挨拶して回った。


 201号室、観点カンテンさん。

 女子。わたしよりずいぶん年上・・・かな。


 視覚障碍者。


「あ。演奏中?」

「新入りさん?いいよ。入って」


 畳の上に直に電子ピアノを置いて、寝そべって弾いてる。


「よく弾けるね」

「ああ、この寝そべりスタイル?子供の頃から慣れてるから」


 ちがうんだけどな。

 でもまあ文字通り鍵盤のブラインドタッチってことなんだろう。


「なんて曲?」

「恥ずかしいから言わない」


 202号室、言夢ゲンム

 女子。多分、わたしと同年代。

 年齢不詳のわたしが言うのも変だけどさ。


 言語障碍者。


「こんにちは」


 ズダラララ!


 電子ドラムなんだけど、スネアは生音をサンプリングしてあるんだね。


「なんて言ったの?」


 ダダダダダダタタタタタタタタタタタタタタタタタッタッタッタタ!


「・・・・・なんて曲?」


 ドドドドドトトトトトトトトトトト、ダド!


 恥ずかしいから言わないらしい。



 203号室、超乃チョウノちゃん。

 女子。若いね。とにかく若くて、もしかして中学生?


 聴覚障碍者。


「あ。やっぱり演奏中だ」

「ダレ?」

「あ。そっか。わたしは筆談しないといけないのか」


 LINEで話した。

 の前に、彼女はギターの弦から耳の下あたりまでワイヤーみたいなのを、ぷらん、って繋げてて。弦の振動を内耳に伝えて音を感じるのかな?


シャム :アコギ、かっこいいね

チョウノ:どうも

シャム :なんて曲?

チョウノ:White City Fighting


 ピート・タウンゼントの。


 夜、ひとりわたしの部屋。


 庭からは椿の華ってこんな香なのかな、っていうどこかで嗅いだような爽やかな甘味の匂いが流れてきて、出窓の大きな窓からは月影がはっきりと見える。


 荷解きの途中だったけど部屋の明かりを消してみた。

 月影の青い光が音がするようにさらりっ、と流れてきて畳のイグサの毛羽立ちを産毛でも愛撫するみたいにして数ミクロンの触れるか触れないかの優しさで触ってくれてるようだね。


 チョウノちゃんの部屋から、アコギのイントロが流れてきた。


 それから、ゲンムのドラムが。


 アコギがメロディーを奏で始めるとカンテンさんのピアノがベースラインを重ねてくる。やっぱり寝そべって弾いてるんだろうな。


「ならわたしは」


 スマホで歌詞検索をした。


 歌ってみた。


 White City Fightingを。

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