第9話 ひとごとなんてひとことも言ってない
胸が痛いよ。
ほんとに痛いよ。
『ガギギッ!』
『くああん!』
こう表現するしかないんだよ。
だって聴いたことのない声だからさ。
軍人の履いているブーツで後頭部を蹴られる。映像を見る限りは躊躇というものがないよ。
それでね、横倒しの状態で後頭部を蹴られたひとが、今度はライフルの柄で足を打ち下ろされてる。
考えてみてよ。
誰かの頭をさ、尖ったブーツのつま先で、持てる力の全てで蹴るなんて、どういう精神状態になったらできるの。
でも多分蹴っているその軍人も、意地悪なひとじゃないのかもしれない。
わたしはさ、こういう光景はずっと前に見たことがあるよ。
というかわたし自身がこういう状況に置かれたことがあったな。
「ザン!」
残飯のザンのことだよね。
でもまあいちおう食べ物だからいいのかな。
「クソ美!」
これもまあ人間の体から出るものだからいいのかな。
まあ許容範囲かな。
「ザンのくせに」
わたしのくせにってどういうことだろ。
「クソ美のくせに」
だからわたしのくせにってどういう意味だろ。
人生の最初期においてこういう状況を経験した人間はその後どうなるかっていうのはわたしの第一の人生においての結末を見れば大体分かるよ。
まあ死んだね。
ザンとかクソとかザンのくせにとかクソ美のくせにとかそういうことをね、笑いながら言われるんだよね。
女子男子双方から平等にね。
軍人は笑ってなかったけどね。
それで、笑われながら、やっぱり後頭部を蹴られるんだ。
ううん、正確に言うとうなじのすぐ下あたり。延髄斬りって誰かが言ってた。
なにそれ。
知らないよ。
教室の床にその男の子は自分の体を倒れ込ませながら足を宙空に舞わせてさ、内履きのつま先あたりで蹴るんだよね。わたしの『延髄』を。
笑いながら。
軍人は笑ってないけど。
でもまあ教室に居た女子やら男子やらはわたしをその直接的な打撃で殺すつもりではなかったんだろうね。
というか、怪我させてもまずいだろうから、手加減してたのかな。
笑いながら。
その国の、どういう訳か政治的情勢を起死回生というかある集団に有利にしようと軍人が街を歩いてるひとたちに普通に銃を撃ってる。
威嚇じゃなくって胸を狙って。
血が出て、運ばれていく中には小さな子供もいる。
軍人は笑ってない。
わたしはわたしが人生の最初期において教室で遭った女子やら男子やら暴力なのか加減されたショウなのかよくわからない茶番なのかを学校にいる時間じゅう繰り返した。
帰る途中も繰り返された。
多分わたしが美人だったならば、性的なそれも加わったんだろうな。
あ、性的には性的だけど、キモいもの同士でやらせるショウはあったけどね。
だからわたしはひととおりの経験はした。
あーあ。
軍人が笑ってないのが、羨ましい、って感じるわたしは、異常?
ただ、少なくとも、軍人が戦闘用のブーツで、多分前世の行いが悪いわけでも現世で悪業を為したわけでもない人の後頭部を加減無く蹴っている。
ショウとしてわたしが晒された延髄斬りや後頭部を間投詞のようにはたかれることやザンやらクソ美やらオマエのくせにやら。
そして、笑い。
観た瞬間にわたしが条件反射で心拍数が200まで上昇し血圧が250になり目を誰とも合わせられず、頬から下唇にかけての筋肉が制御不能に痙攣する日々。
第一の人生の最期まで。
軍人が笑ってないのは羨ましいけど、けど、わたしはそれでも痛みが鮮やかに蘇る。
軍人がブーツで後頭部を蹴ることが、少なくともわたしは耐えられない。
やめさせたい。
わたしは知ってる。
ほんとうはその国はとてもやさしい国。
たとえば美しい缶に封じられた紅茶のリーフを誰かにプレゼントする時、プレゼントする側のひとが『ありがとう』って言う。
なぜだか、分かる?
人に施すことが、功徳になるから。
プレゼントされたひとは、だから恐縮する必要もない。
誰かに優しくする人のほうが、『ありがとう』っていう。
優しくされるのが当たり前の国。
優しくする側の人がありがとうって感謝する国。
なのに、どうして?
もし、第一の人生でわたしを残飯や排泄物のように扱った『あいつら』と同じ性根の犬畜生が突然変異のようにその国に発生したのだとしたら、その国も日本のように滅びの道を歩むだろう。
でも、わたしは期待したい。
だって、軍人は、笑ってない。
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