第8話 山が綺麗なんだよね。じゃあ海は?

「おー。やっとるねー」


 甲子園が運動部の大会の中で特別扱いされるのは余り納得いかないけど、高校球児そのものは嫌いじゃない。

 けど、いいのかな?


「オガシャシャース!」


 お願いします、って意味なんだろう。

 一年生の子たちは先輩からノックを受ける一球一球ごとにこう言って構えてグラブに捕球してノックする先輩の横に立ってる別の先輩に返球してる。


「縮こまってるなー」

「アンタもそう思うかい?」


 空気が澄んでて遠くの山が綺麗に見えたから山だけ真っ直ぐ観て歩いて来たらいつの間にか高校の野球部のグラウンドにたどり着いてた。

 ネットが張ってあって、もう放課後の時間みたいで。なんとなく練習の様子を見てたら野球部の一年生の子たちとおんなじぐらいに幼い感じの男の子に声を掛けられた。


「『シャ!』とか短い言葉でいいんだよ。おまけにボールじゃなくて上級生に気が行ってて全くプレーに集中してねえよ」

「ふうん。でもプレッシャーとか緊張感に打ち克つ練習にはなるんじゃ?」

「オッサンに気ぃ遣うなんてサラリーマンかよ!」


 確かに。


 この男の子は名乗りたがらなかったけどしつこく訊いたら『タク』って答えた。偽名だよね。


「へえ・・・タクは中卒かあ」

「ああ。スーパーの正社員になったんだけど3日で辞めてやった」

「もったいない。今時正規雇用なんてなかなかないのに」

「親のコネだよ。大体シャムは?人のこと言えんのかよ」

「うーん。まあ、非正規・・・・かな」

「ほらみろ」


 正規とか非正規って言うよりは平時か有事かっていう括りなんだけどなわたしは。


「あー、つまんね。な、シャム。海行かね?」

「今から?」

「お。警戒してんのか?」

「別に」


 山を観てたのに海か。


 まあ、この繋がらなさが人生の本筋かもしれないけど。


 わたしとタクは並んで歩いてローカル線の無人駅に着いた。

 その無人駅のホームにたった二両編成の電車が入ってくる。


「タクは海が好きなの?」

「別に。どっちでも。ただ、シャムと観るなら山より海かな、って感じかな」

「ふ」

「なんだよ」

「わたしは海が似合う女か」

「・・・・・シャムなら・・・・・どっちも似合うよ」

「ほお」

「な、なんだよ」

「どうもね」


 やっぱり同じように無人の海の駅はさほど遠くない。

 夕暮れに間に合うぐらい近かった。

 これがちっこい田舎のいい所でもあるかな。


「ほら。あそこに灯台があるだろ」

「うん。丘の上?」

「ああ。あそこのトイ面の山の中腹あたりに俺の行ってた中学校があるんだ」

「結局、山なんだ」

「しょ、しょうがねえだろ。田舎なんだから」


 無人駅だから改札も無くて、灯台から見下ろされてる砂浜にはホームを、とっ、と飛び降りて数歩進んだだけで着いた。


「わあ。海だ」

「残念ながら夕日は山に沈むがな」

「背後の夕日に照らし出される波ってのもいいじゃない」


 歩く内にタクがせがんできた。


「シャム・・・・その・・・・波打ち際を歩いてくれないか」

「なになに。エモいってやつかい?」

「や・・・・・・その・・・・・シャムの裸足が見たい」


 まあわたしの足ぐらい別に全然構わないさ。


「つめた!」

「綺麗だな」


 ブランド不詳のブルージーンの裾をくるくるくると膝下まで巻き上げて、くるぶしまでのソックスを脱いだわたしの素足を、まあ綺麗だと言ってくれてるんだろう。

 訊いても『夕日が』とかしか言わんだろうけどね。


 ふたりで春の海を堪能して駅のホームに駆け上がると中学の制服を着た可愛らしい男子が3人立ってた。


「わ!タクだ!」

「・・・・・・・・・」

「タク!タク!タァーーーク!働いても手でシチューとか掴んで食ってんの?」

「うるせえ」

「タク!掛け算できるようになったか?」

「黙れ!」


 タクが両手を上げて追いかけると3人は、タクが怒った!タックック!、とか言いながらホームの上を適当に逃げた。タクを嘲りながら。


 いたたまれないな。


 だから、電車が来たけど、中学生どもが乗った後もわたしとタクはホームに残った。


「俺、特別支援学級だったんだ。小学校の頃からずっと」

「そうなんだ」

「同じ学年はさ、俺と自閉症の奴とふたりだけでさ。ふたりだけ高校、どこも受からなかったんだ」

「・・・・・・うん・・・・・」

「シャム」


 悲しさは、知性なんかじゃない。


 感性さ。


「タク」

「う・・・・ん・・・・・」

「星が出たよ」


 泣き続けるタクが、愛おしい。


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