第7話 この街の映画館でずっと

 わたしは小作品の方がなんだか惹かれる。

 多分、名も知れぬ小さな花に惹かれるのとおんなじだよね。


「終わったよ」

「あ」


 5人ぐらいの集団で並んで座ってたその男の子はさ、エンドロールの途中で他の子たちが先行くぞって席を立って出て行ったのに、ずっと観ててさ。


 畏まった感じでスクリーンの明かりが灯ったのにまだ見つめていて。


「ああ・・・・ほんとですね。終わってしまった・・・・」

「もう一回観たいの?」

「はい。できれば」

「キミのお仲間は行っちゃったよ?」

「そうですね・・・・・・」


 わたしはそそのかした。


「LINE、しなよ」


 ショッピングモールの中にあるこのシネコンの他のスクリーンは混雑してるのに、この映画だけはガラガラで。だから指定席も関係なく、前列の彼の席の隣にわたしが移った。


 並んでもういっかい、観た。


『ああ・・・・・・やっぱりね』


 後ろからこの子の後頭部を見てた時からひとりだけ反応が違ってたからね。


 泣いてるよ。


 普通こういう感じの切なさやハートウォーミングを売りにした映画がけなされることは余り無いと思うけど、この作品に関してはロードショーの初日からSNSで酷評されてた。


 じゃあどうしてこの男の子のツレたちは一緒に観に来たのかって訊いたら、自分たちが動画のチャンネル登録してるバンドの女子ドラマーが出演してるからだって。


 ほんの、数十秒だけだけど。


 じゃあ、彼は?


 彼がこの映画の何処に惹かれたのか、終わったら訊いてみよう。


 二回目のエンドロールが終わって、彼の涙が引っ込むのを待ってからわたしは誘った。


「感想、語りたいでしょ?コーヒー飲も?」


 鑑賞者が割引して貰えるカフェでわたしはコーヒー、コータはカフェモカをトレーで運んだ。


「コータ。小学校5年生にとってあの映画の魅力は?」

「・・・・・・・・・・・シャムちゃん。どう言えばいいか、分かんない」

「そっか」


 だから、その気持ちを、わたしは引き出してあげようと努力したよ。


「胸がくすぐったい?」

「・・・・・・違う」

「きゅー、って苦しい?」

「ん・・・と・・・違う」

「座席に座っていられないぐらいソワソワするとか?」

「違う・・・・・・違うよ」


 このやりとりをわたしは焦らず苛立たず諦めずに繰り返した。


 そしたらね。

 驚くべき結論に至ったよ。


「シャムちゃんを好きだ、って思うようなそんな気持ち」

「ふん」


 わたしが浅い反応で声を漏らしたら、コータはわたしの顎辺りのアングルから見つめてきてね。

 わたしの次の動きを待ってた。


「コータ」

「はい」

「多分、そうなんだね」

「はい・・・・・・」


 この映画が酷評された理由は、多分、ラストで女の子が永遠にいなくなってしまったからだろうと思う。


 ううん、死んだのか、どこか別の街へ行ってしまったのか、それすら分からなくて。


 主人公の男の子はキッチンのフローリングの上に仰向けになって、賃貸マンションの窓から入って来た日の光が、女の子とふたりでコーヒーを飲むときに使っていたトレーに反射して、白い天井に光の曲線が・ゆらり・ってしてるのを見てる内に涙を目尻から垂直に滴らせてて。


 アナログっぽいスネアの音と木片を打ち合わせたような響きがタイトなハイハットの音を模したゆっくりなリズムボックスに、ピアノの鍵盤が軋む音までレコーディングされたインストゥルメンタルの曲が、流れて。


「あの映画は、一緒に観た人を、好きになる映画」

「うん」

「だから、そうなりたくない人には耐えられない」

「僕は」


 僕は


「シャムちゃんを好きになっていい?」

「いいよ」

「えっ」

「応えてあげられるかどうかは、分かんないけどね」


 彼が10歳だっていうことは、別に制約条件じゃない。

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