第49話
ヅヱノの攻撃は、鎖鋸剣によって切り裂かれた。
正中線に従って、容赦なく右と左に切り分けられた。
その真っ二つに、切り捨てられてしまった攻撃。
それは、そのまま単眼天使に『直撃』した。
『甲標的:生存装甲:展開率:100……95』
突進していた単眼天使は、その勢いを減殺されていた。
単眼天使は何が起きたのか訳が判らないという様子で、自分を襲った物――『黒い機械片』へと単眼を向ける。それは単眼天使にも見覚えのあるもの、ここにくる途中で単眼天使が撃墜した『黒鳥』だった。その黒鳥が砲郭口から飛び出し、真っ二つに切り裂かれながらも単眼天使に衝突したのだ。
『局地戦爆:ブラックスターバード:三番機:喪失』
ヅヱノは三番機の投射釦と、操首桿の操尾釦を押し込んでいた。見ているのは隔壁画面ではなく、『後背』を映す小型画面である。なぜ砲郭口から黒鳥が出たかといえば、砲郭口ではなく『発着口』だったからだ。
ヅヱノは途中まで奇環砲を撃っていたが、途中で選首桿を切って前後を反転。次に即座に操尾釦を押し込んで、尻尾側の操縦を開始する。そして迫る単眼天使へと操首桿で狙いを定め、時間経過で復活していた黒鳥を射出した。ほぼ零距離の離陸特攻、それが攻撃の正体だった。
ヅヱノはシミュレーターで、黒鳥は射出段階でもかなりの速度だと気付いた。しかも黒鳥には、復活機能もある。もしかしたら攻撃に使えるのではと考えるも、すぐに自ら否定した。復活までの時間は長いし、都合よく使える状況は訪れないと思ったからだ。だが考えを改める出来事があった。それがンゾジヅがしていた、ツバイバインの攻撃衛星攻略風景だった。
ンゾジヅが攻撃衛星を部位破壊で丸裸にしたように、単眼天使もヴェーダーの武装を破壊し無力化した。急所に攻撃を畳みかけて即撃破すればいいのに、単眼天使はヴェーダーの力を剥奪してから止めを刺そうとしたのだ。そういう悪癖を、恐らく単眼天使は持っている。
つまり単眼天使は勝機を見れば、敵を嬲り始める。敵の攻撃能力を徹底して奪うという、真っ当な目的の可能性もある。間違いないのは、単眼天使は余裕ができれば武装の破壊に執着する事だ。だからヅヱノは単眼天使が武装を狙ってくる事を想定し、罠を仕掛けることに決めた。
単眼天使は並外れた反応速度があり、予兆さえあれば対処できる。故に砲身を露出する砲熕機関は避けられてしまうが、発着口から急に高速射出される黒鳥は避けられない。そして奇環砲を撃つ銃郭口が閉じれば、砲郭口から光線砲が出てくると単眼天使は把握している。だから無防備に近づき、単眼天使は罠に嵌った。
まんまと罠にかけられた単眼天使だったが、致命傷には程遠い。衝撃で軽く姿勢を崩す程度の損害だ。単眼天使は驚きはしたがこの程度かと、鼻で笑うように見下し――単眼を急に左へと滑らせた。
左を見たのではない。
『背後』を見ようとしたのだ。
先程まで戦っていた、『光り輝く』合体ロボの姿を。
『噴進弾頭:クリアスターマインダイ:セル29≫セル33:間接照準:終端誘導』
合体ロボが、単眼天使の背後で炸裂した。巨大な火柱が、ヴェーダーの至近距離で立つ。背後の大爆発に押された単眼天使が、ヴェーダーの装甲に叩きつけられた。単眼天使はそのまま装甲を滑り、後方へと吹っ飛んでいく――途中で、なんとか姿勢制御に成功する。
『甲標的:生存装甲:展開率:78』
合体ロボの終端誘導が直撃したというのに、見た目の損傷は余り見かけられない。生存装甲も二十近く削れるにとどまり、翼竜百足は微かに翼に傷がついた程度だ。決戦機関を当てるには程遠いと、『ハリアー』の直感がヅヱノに囁く。
合体ロボと黒鳥は直撃した。だが翼竜は枯渇し、機龍二機はどこかを飛んでいる。砲熕機関は無事だが、それを使ったところで前回の焼き直しだ。決戦機関なぞ展開途中で切り刻まれて、発射態勢に移行できるかも怪しい。勝ち目はもうないのだ。
だがヅヱノは、落胆していなかった。ヅヱノの視線の先にあるのは、突き刺さった金属片だ。捻じ曲がっていて判別し辛いが、それは間違いなく光線銃だった。単眼天使が光線砲を破壊するため、鎖鋸剣で突っ込む際に腰に収納したものだ。それが合体ロボの爆風で、吹き飛ばされて破損したのだ。
光線銃は確かに破壊されたが、鎖鋸剣は無事だ。単眼天使の怒りが噴き出すように、光刃が回転している。鎖鋸剣と翼があれば、翼竜の枯渇したヴェーダーに勝機は無い。だがヅヱノの目は諦めておらず、機を伺うように身構えている。彼の手がある場所は、推力桿だ。それも彼の四指は、その先にある噴進桿へと絡みついている。
『決戦機関:充填完了』
「きたか……さて、と。それじゃあ、やるか」
ヅヱノは改めて座席に座りなおし、姿勢を正す。そして脚に力を篭めて、踏ん張るように力んだ。指甲がガヂリと音を立てて、推力桿を強く握りこんだ。するとガパパパッと尻尾上下の装甲が開き、四肢の爪先も口を開いた。単眼天使が前回の経験で、決戦機関を撃つつもりかと身構える。
「先に言っとくぞ……悪いな」
聞こえる訳も無い謝罪をし、ヅヱノは推力桿を前に押し込んだ。
背中で大爆発でも起こったように、ヅヱノの体――ヴェーダーが飛び出す。
機体を爪先の浮揚炎で浮かせ、尾部の推進炎でロケットのように加速する。
その姿は、噴進機関を搭載した人型戦車を髣髴とさせる。
だが山のような巨体を持つ存在が、ドラッグレースをしているのだ。
天変地異と呼ぶにふさわしい、悪夢のような光景だった。
その悪夢の核にいるヅヱノは、凄まじい加重力に歯を食いしばって耐える。
だが普段よりも負担が軽く、大鎧の効果かと歯を剥き出して笑う。
普段ならとっくに限界を迎える時間を大きく超えて、噴進滑走を続ける。
単眼天使はヴェーダーの噴進滑走に機体を硬直させたが、すぐに極彩色の炎を背負ってヴェーダーを追撃する。逃がしてたまるかと、機体を前傾姿勢にし、翼を窄めて推力を集束させている。だがヴェーダーが速いのか、合体ロボの終端誘導で翼を破損したのか。単眼天使は、ヴェーダーにじりじりと近づくのが精一杯だった。
ヅヱノは単眼天使が近づいてくると、右旋回版を蹴り飛ばす。そうして浮揚炎出力の左右均衡を崩し、軌道を右に傾けていく。ヅヱノは体の中身が左側へ吹っ飛んでいきそうになりながらも、右へ右へとヴェーダーの進路を変えていく。そうすると単眼天使も左に振られて、僅かに距離が開かれる。だが少しずつ、着実に両者の距離は縮まっていく。
もうすぐ単眼天使の鎖鋸剣が、ヴェーダーの尻尾に届く。そんな時だった。進行方向先の空に、二つの影が現れる。見慣れた機龍の後姿が二つ、離れてはいるが同じ方向に飛んでいる。別方向に飛ばしたはずの二機が、追いかけっこをするヴェーダーと単眼天使の前で呑気に飛んでいた。それを確認したヅヱノは、推力桿を引き起こした。
ヅヱノは慣性で隔壁画面に『発射』されそうになり、床板に踏ん張って耐える。とても耐えられる慣性力ではないが、大鎧がヅヱノの身体を座席に縛り付けてくれる。そうして急停止に耐えるヅヱノの背筋が、追ってくる単眼天使の気配を察知する。ちらりと見た背後を映す副眼画面は、眼の前に迫る単眼天使の姿を映した。
そして単眼天使は――ヴェーダーを通り過ぎた。
ヴェーダーを切りつけもせず、見逃しようも無い巨体の傍を通り抜けた。
そして単眼天使が向かう先にいるのは、機龍の片割れ。
なぜ単眼天使はヴェーダーを見逃し、機龍の方を追っているか。それは、この先に単眼天使の『大事な物』があるからだ。それは『物』か、『者』か。どちらであれ、命を擲ってでも守るべき『弱点』がある。
ヅヱノが単眼天使にそういう『弱点』がある前提で前回映像を見返すと、すぐに見つけられた。原因となったのは、単眼天使の『余計な攻撃』だ。前回ヅヱノは決戦機関を撃つために、投射機関を可能な限り吐き出した。その際に、黒鳥もついでに出撃させたのだ。どうせ戦力にならないからと、針路も指定せずに。
だから一機だけ、完全に関係ない方向に飛んでいった。そうして飛んでいった黒鳥だが、単眼天使についでとばかりに撃墜された。だがヅヱノが確認してみれば、『ついで』ではなかった。単眼天使は単眼を黒鳥に向け、その上で黒鳥を巻き込むように立ち回っていた。決戦機関を展開する最重要目標のヴェーダーではなく、逸れた黒鳥を優先したのだ。
そして単眼天使は黒鳥撃墜後、何度か単眼が黒鳥の進行方向に向いていた。同じ進路に投射戦力が向かわない事を、何度も確認していたのだ。気のせいだといえばそれまでの反応でしかなかったが、ヅヱノは『当たり』だと直感していた。
そしてヅヱノは、戦闘しながら準備を重ねていった。黒鳥で、精確な『弱点』の方向を探り。機龍を一旦別方向に飛ばしてから、単眼天使の視界外で『弱点』方向への針路を指示し。黒鳥と合体ロボの連携で、単眼天使から光線銃を奪い。噴進滑走で、『弱点』方向へと一気に近づいた。
光線銃――飛び道具を破壊された単眼天使は、鎖鋸剣しか持っていない。
先行する機龍を撃墜するには、自分で飛んでいって切るしかないのだ。
今丁度二機目の機龍が、単眼天使に両断されて爆散したように。
『決戦機関:デススターブラストZ26:投射待機』
そうして機龍二機を撃墜した単眼天使が見るのは、決戦機関を構えたヴェーダーだ。ヴェーダーが搭載する決戦機関は、事実上無限大の射程を持っている。そしてそれは、前回の戦跡で単眼天使とて確認済みの事だ。
どこまでも飛んでいく破壊光線が、大切な物がある方向を狙っている。そんな状況を作られた場合、この世界で最も強力な兵器に乗った操縦者のする事は一つだ。世界最強の機体性能に、一縷の望みを賭けるしかない。
『彼』が『彼女ら』を守ろうとし、ヅヱノがンゾジヅやヌメを想うように、単眼天使にもある『大切な物』を『命を賭してでも守る』という意志。ヅヱノは大切な物を持つが故に必ず立ち塞がると理解し、事実単眼天使とヴェーダーの立ち合いを成立させた。あるいはこうしてギエムの感情を理解させる為、『ハリアー』には『彼』の記憶が強く残されたのやもしれない。
「……今日日、魔王でもしない最低卑劣な真似して悪いな。全ては正面から蹂躙でする力を持たず、こうしないと『前に進めない』俺の惰弱さが原因だ。それでも、『全てを奪う』って決めちまったんだ。存分に呪ってくれ、蔑んでくれ、嘲笑ってくれ」
ヅヱノは手段を選べぬ、己の弱さを自嘲する。無数の犠牲と呪詛の上に立つ絶対なる怪物、その門出にしては余りに卑しい。だがどれだけ卑怯でも、ヅヱノは前に進む覚悟を持った。そうまでして拓いた活路を前に、ヅヱノの卑屈に歪む瞳が鋭い魂を宿す。
「だが……ここからは正面衝突、小細工無しのガチンコだッ」
『決戦機関:デススターブラストZ26:投射開始』
ヅヱノが引金を引くと、ヴェーダーは咥内に八つの光線を照射。
その焦点で光球が生まれ、周囲の光粒子を吸い込みながら急速に膨張する。
星の誕生のように幻想的だが、生まれるのは全てを滅ぼす死の凶星だ。
単眼天使は背中の部品を吹き飛ばすと、全身から極彩色の光が放射され始めた。翼竜百足も風車の様にぐるりと胴体を縦に回転させ、ヴェーダーが選首桿を切ったように前後が逆になる。猛る百足『頭』が、全開にした大顎をヴェーダーに向けた。単眼天使も出し惜しみせず、最強絶対の態勢に移ったのだ。
ヴェーダーの口に、全てを押し潰す緑の超新星が誕生した。
単眼天使がその翼に、成熟した極彩色の太陽を背負った。
人の世界を、緑光の巨大な柱が貫く。
ありとあらゆる物を飲み込む、超新星の緑光が直進する。
その何者にも阻めぬ破滅の光は、途中で四方に拡散されていた。
光の射線上に、極彩色の太陽が居座っていた。
太陽と超新星とぶつかる間に、単眼天使が挟まっている。
突き出した鎖鋸剣に猿叫させ、背負う太陽と同じ光を迸らせている。
全てを押し潰し、呑みこむ緑光が、極彩色の光刃によって刻まれる。
極彩色の太陽は、じりじりと少しずつ超新星の核へと進んでいく。
こんな弱い光など通じぬと、削り散らしながら前進している。
必殺である筈の決戦機関。
それが、手傷を負っているギガムに攻略されつつある。
絶望的な状況であり、近づいてくる太陽に焦り怯えるところだ。
「……ギひ、ひひひッ」
だがヅヱノは禍々しく笑い、凄気を迸らせている。
こうでなくては、それでなくては、単眼天使を讃えるように笑っていた。
それがヅヱノ自身の感情か、あるいは『誰か』から継いだ遺物であるのか。
いずれにせよヅヱノは血に酔った獣と成り、迫る単眼天使を喜色満面で迎える。
星同士の均衡は、長くは続かなかった。
超新星の緑光が萎え始め、プッツリと途絶えたのだ。
その瞬間、極彩色の太陽が一気に前に出た。
単眼天使はボロボロで、装甲は剥げ骨格が剥き出しになっていた。
脚どころか下半身が消滅し、辛うじて左腕・翼・胴体・頭が無事だった。
極彩色に光る鎖鋸剣と、それを前に押し出す背中の太陽。
正面を削り貫く機能だけが、単眼天使に残された全てだ。
その執念が宿る姿で、単眼天使は前に進む。
兜が消し飛び、軌条が歪んでも、真っ直ぐヴェーダーを睨む赤い単眼。
突き出された鎖鋸剣は、凄惨に無数の光刃が入り乱れている。
その切っ先でヅヱノを斬削しようと、残る全てを出し切って驀進する。
『死ねえええええええええええええええええええッ!!』
単眼天使で爆発する呪詛――幻聴が、ヅヱノの耳で木霊した。
ヅヱノは迫る切っ先を前に、悪鬼の如く笑った。
「こぃゃァあああああああああああああああああああああッッ!!」
鎖鋸剣の切っ先が、ヴェーダーの鼻先を過ぎる。
光刃群が、ヴェーダー中枢への直通軌道に入る。
極彩色の光が戦闘室に届く寸前、ヅヱノは動いた。
ヅヱノは決戦桿を手放し、選首桿を殴るように掴み倒す。
その途端ヴェーダーが閉じかけていた大口を、トラバサミのように閉じた。
鎖鋸剣を伸ばして突っ込んでいた、単眼天使を間に挟み込みながら。
単眼天使の腕も、胴体も、頭も、翼も、継ぎ目なく口を閉じようとするヴェーダーに押し潰される。
ジグザグに機体をひしゃげさせながらも、単眼天使は前に進もうとする。
少しずつ、少しずつ、単眼天使が伸ばした鎖鋸剣が奥に進む。
だがそれ以上に、単眼天使の骨格がぐしゃぐしゃに圧し折れていく。
ヅヱノは、『正面』に強い視線を感じた。
隔壁画面の向こう側に、単眼天使――その操縦者がいると判る。
操縦者の殺意が、眼光に乗った強い意志が、ヅヱノに届いていた。
戦闘室へ先行する意志に、単眼天使は必死に追い付いた。
「ッ!!」
戦闘室が激震し、極彩色の光が隔壁画面を削る。
勢い良く侵入した光刃群が、ヅヱノの身体を削り斬る。
単眼天使執念の鎖鋸剣が、ヅヱノの肉体を完全に削り潰した。
その命に代えても、単眼天使は世界の敵を倒したのだ。
「――」
そう、なっていただろう。
鎖鋸剣の切っ先が、後四メートルは下であったなら。
ヅヱノが『彼』の継承を終えず、大鎧を纏えていなかったなら。
隔壁を突き破った鎖鋸剣は、ヅヱノの数メートル上を通り過ぎている。
立ち上がってしまえば、その鋭利な光刃で真っ二つにされそうだった。
真っ直ぐ戦闘室へ進んでいた鎖鋸剣だが、単眼天使の関節が潰れ軌道がずれたのだ。
それでも光刃群は、戦闘室内部に被害を出していた。
隔壁が破断し、戦闘室内を銃弾のような破片が乱反射している。
生身であれば全身穴だらけになっていたが、全て大鎧が弾き返した。
直撃でもない攻撃で傷がつくかと、そう言わんばかりに大鎧は輝いている。
鎖鋸剣をヅヱノへ下ろそうにも、既に単眼天使の骨格は機能していない。
そもそも単眼天使に指示を出す、操縦者が圧死していた。
ヅヱノの魂を焦がすような強い殺意も、もう全く感じられない。
ひび割れた字列画面に、一つの字列が表示されていた。
『報告:甲標的:撃破完了』
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