第48話
雲間に赤い光が見えたと同時に、警報が鳴り響いた。ヅヱノは推力桿に握っているが、まだ引き起こさない。進むヴェーダーの前に、突如推進炎の柱が落下。猛烈な推力で、瓦礫を吹きとばす。ヅヱノはそれを見てから、今気付いたというようにヴェーダーの脚を止めさせた。
ゆっくりと降りてくる、剣じみた長く鋭い鋼翼。荘厳なる聖堂のような甲冑を纏い、翼を背負った機械の巨人。荒々しい推進炎を噴かせながらも、優雅に一段一段階段を踏むような降下だ。赤く光る単眼でヴェーダーを見下ろしながら、単眼天使は戦場へと降り立った。
単眼が軌条を滑り、右に左にと往復する。それだけで単眼天使は全てを理解したように、ヴェーダーへと視線を固定する。またお前かと、そんなウンザリした声すら聞こえてきそう――であればよかった。単眼天使は全く油断せず、じぃっとヴェーダーを観察している。一度は撃破した相手だというのに、単眼天使は全く侮っていない。戦い難い相手だ、ヅヱノはそう実感する。
「待ってたぞ」
だがヅヱノの口角は好戦的に上がり、待ち望んだ敵の到来を喜ぶ。敵はこの世界最後の切り札。ありとあらゆる策が失敗し、珪素生物の快進撃が続こうとも関係ない。その全てをひっくり返し、この世界の人類を勝利に導く力を持っている。
今回のヴェードで、この世界の人類は侮れない技術力を持っていると判った。技術力だけでなく、意志と『魂』も格別であると理解した。既に二〇〇枚を切った装甲槽が、そう教えている。
装甲槽の被害自体は、軽度な物だ。だがその軽い被害ですら、並のギエムには実現不可能なのだ。装甲槽は生存装甲ほどでないにしろ、慮外の防御性能を持っている。それを彼等は、『軽度の損害』といえるほど傷付けたのだ。
尋常ならざる火力の要塞砲や、人型戦車の巧みな特攻、そして攻撃を成立させた囮部隊の献身。それが、装甲槽五十六枚という偉業を成し遂げた。だがこれだけの力と覚悟を持った者達でさえ、倒せなかった珪素生物がいる。要塞砲や人型戦車で充分なら、単眼天使が建造される事は無かった。要塞砲や人型戦車の力が通じぬ存在が、間違いなくいたのだ。
そんな敵への切り札が、単眼天使なのだ。生存装甲を抜きにしても、その性能はあらゆる兵器を凌駕する。火力自体は、要塞砲に劣っている。だがそんな要塞砲でも倒せぬ敵を、単眼天使は狩る。駄目押しに備わった生存装甲が、単眼天使の強さを絶対的な物に押し上げた。
その生存装甲はといえば、濾光釦で魔法の様に現れる。単眼天使の神々しい姿に、翼竜百足の冒涜的な姿が重なる。翼竜首はヴェーダーを睨んでいるが、単眼天使と概ね一致する姿だ。それに対して、百足尾は興奮している。
百足尾は捕脚と大顎を激しく動かし、今にも走り出しそうに猛り狂っている。翼竜百足の『境目』を千切ってでも、ヴェーダーに襲い掛かりたい。そんな強い害意が、手に取るように判った。
単眼天使と、ヴェーダーが睨み合う。
西部劇で無頼漢が、輪胴拳銃を提げて立ち会うように。
指を銃把に這わせて、撃ち合う瞬間へ意識を研ぎ澄ますように。
ヅヱノは右手で操首桿を握り締め、親指を切換釦に載せる。
左手は忙しなく制御盤を這い回った後、親指が発光する斉発釦の上で落ち着く。
このどちらの釦を押しても、単眼天使は戦闘開始の合図と取る。
「……作戦通り……作戦通りだ、抜かるなよ『ハリアー』」
自分に言い聞かせるように、ヅヱノは繰り返し呟く。
背筋にギエムやギガムの気配を、『前に進め』という呪詛を感じる。
その怨嗟が『ハリアー』の背中を強く押し、単眼天使へと前傾させる。
同時に脳裏に浮ぶ、包み込むような微笑みと、ぬーっと元気な声援。
呪詛を尻の下に敷くように、ヅヱノは座席にふんぞり返った。
矮小な蟻を踏み潰さんと、傲岸不遜に構える魔王の様に。
そうあれかしと、ヅヱノは戦闘室に『世界の天敵』を形作る。
「……往くぞ、シースターフォート」
応、と。
握る操縦桿から、触れた制御盤から、座る操縦席が応える。
ヅヱノの手足に忠実に従う、機械でしかないヴェーダーが意思を示した――そんな錯覚が、ヅヱノに火を着ける。
『砲郭:デススタービーム:状態:待機:残弾:01』
『噴進弾頭:デススターウイング:セル01≫セル11:間接照準:発射開始』
『警報:敵襲:甲標的:攻撃態勢』
二つの釦は、同時に押された。
光線砲を吐き出す機首と、跳ね上がる後尾。
更にヅヱノは続け様に引金釦を押し、光線砲と発射口が同時に火を噴いた。
『砲郭:デススタービーム:状態:発射:残弾:00』
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7221』
『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:195』
単眼天使も動いており、光線銃がヴェーダーに放たれた。
だが互いを狙った筈の、双方の光線は交差しない。赤光線がヴェーダーの装甲を削ったのに対し、緑光線が抉ったのは手前の大地だ。破壊のエネルギーは地面に広がり、見た目だけは派手な爆発を起こす。
だがそれがヅヱノの目的。
爆発した地面は、大量の土砂を空中に舞い上げた。
舞い上がった土煙は、巨大な壁の様にヴェーダーと単眼天使を隔てる。
単眼天使も初手で『すなかけ』という、姑息な手に面食らったであろう。
だが単眼天使に、悠長に構えている暇はない。ヴェーダーの発射口は、次々と翼竜を打ち上げている。本来ならば既に撃墜され始めていた筈の翼竜が、土煙の壁で守られていた。土煙が翼竜を展開する為だと気付いた単眼天使が、その場で宙返りする。そうして前方に向けた推進炎で、土煙を一気に吹き飛ばした。
だが既に少なくない数の翼竜が飛び出しており、単眼天使は撃墜に追われる。撃墜手段は光線銃だ。合体ロボがいないため、存分に光線銃を迎撃に使えるのだ。単眼天使は赤光線で、翼竜を次々と撃墜していく。このままでは、翼竜が全て撃墜されるのは明白だった。
だが突如、赤光線が翼竜から逸れた。まるで意思を持ったように、翼竜を恐れるように赤光線が曲がる。だがその射線を辿れば、『吸い寄せられた』のだと判断できる。
『噴進弾頭:クリアスターマインダイ:セル29≫セル33:間接照準:中間誘導』
合体ロボが光盾を構え、ヴェーダーの上空に立っていた。いつの間にか現れていた合体ロボに、単眼天使は驚愕しつつもすぐに武装を持ち替える。合体ロボがいる限り、光線銃は役に立たないからだ。
単眼天使は、忌まわしげに合体ロボへ単眼を向ける。単眼天使も合体ロボを警戒し、その発射を確認すれば即撃墜した筈だ。合体ロボは強力だが、合体前なら撃墜も容易だからだ。故にヅヱノは、合体ロボを確実に展開する策を考えた。
策は簡単。翼竜の発射に続けて、合体ロボも発射するだけだ。翼竜の飛翔後には、それなりに噴煙が残る。連続発射すれば、煙幕に等しい量の煙が出る。その噴煙幕を、合体ロボの隠れ蓑に使ったのだ。単眼天使が翼竜攻撃に気を取られている内に、合体ロボは噴煙幕に隠れて合体していたのだ。
最初の光線砲による土煙の煙幕は、翼竜の発射を隠すための物ではない。翼竜を即撃墜されるのを避け、噴煙幕を形成する為の布石である。光線砲も、翼竜も、『攻撃準備』でしかない。合体ロボが天に昇った今、ヴェーダーの攻撃は始まったのだ。
単眼天使から、これまでにない警戒心をヅヱノは感じた。単眼天使も確信したであろう。ヴェーダーが珪素生物とは違う、狡猾な存在だと。偶然にしても、人間と同じく『戦術』を用いたのだ。珪素生物は怪光線や模倣兵器を使うが、さほど賢くはない。ひたすら力押しで攻める怪物を、この世界の人類は技術と知恵で駆逐してきた。その人類の領分を侵した新種珪素生物、あるいは珪素生物ですらない物の危険性を察したのだ。
だが未だ狡猾さの程度を、単眼天使は測りかねている。人類機械を模倣したように、戦術を模倣する個体なのか。あるいは事前に策謀を準備してくる、人間の様に厄介な存在なのか。初めての敵には、どうしても慎重になる。その単眼天使が判断を下すまでの猶予で、ヅヱノは畳み掛ける。
合体ロボに襲われながらも翼竜を狙う単眼天使を、ヅヱノは奇環砲で攻撃。投射戦力の援護をする。超高速の飛翔体すら捉えた銃撃が、機敏に動く単眼天使を掠める。当たりそうな物も鎖鋸剣で弾かれるが、単眼天使の妨害には成功している。
合体ロボと翼竜の対処は、単眼天使には難しくない。合体ロボからは距離をとりつつ紫光線を避け、その回避機動中に翼竜を切り捨てる。翼竜も連装砲を撃ってくるが、避けるのは困難ではない。だがそこに奇環砲の攻撃が、回避先に重ねてくるような弾幕が加わる。
すると単眼天使の動きに、余裕の無さが現れ始めた。三種類、複数方向からの同時攻撃。一つ一つの対処は難しくなくとも、それが同時に迫ってくれば捌ききるのは難しい。未だ機体への被弾を避けているだけ、大健闘といえる。単眼天使は何とか一機、翼竜の撃墜に成功する。
『噴進弾頭:デススターウイング:直接照準:投射中:残基:17……16』
だが即座に、ヅヱノは投弾釦を押して『おかわり』を放った。一機撃墜されると、すぐまた新たな一機を発射する。わんこそばのように、終わり無く翼竜を投じ続ける。忌まわしげにヴェーダーへ向く単眼に、ヅヱノは奇環砲を発射する。
ヅヱノは操首桿と照準釦で巧みに星群の誘導をしつつ、左手で局地戦爆の制御盤を弄っていた。そして投射釦を、二つ同時に押す。
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:偵察:出撃中:充填率:100』
『局地戦爆:デススターファイター:二番機:偵察:出撃中:充填率:100』
発着口から放たれた二機の機龍に、単眼天使もすぐに気付いた。だが向かって来る訳でもなく、関係ない方向にそれぞれ飛んでいく。単眼天使は不審そうに気にするも、追いかけている暇は無い。光線銃を使えば機龍を撃墜できたが、追ってくる光盾のせいでそれもできない。単眼天使は苛立たしげに、去っていく機龍を見送った。
『デススターブルドッグ:状態:発射:残弾:……20……10……00』
そして奇環砲の弾切れに合わせ、単眼天使は一気に加速。針路をヴェーダーへと向け、急速に接近する。単眼天使はヴェーダーと距離を取っていては、投射戦力を援護する余裕が生じると判断。小回りが効かないヴェーダーの懐に入り、援護を阻止しつつ近接攻撃を狙ったのだ。
「……あるいは」
単眼天使はすれ違い様に、二時方向に光線銃を発射。
合体ロボがいる限り、効果の無い攻撃のはずだった。
それが弧を描いて、ヴェーダーに着弾する。
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7221』
『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:191』
「銃を使う為、か。まぁ、特性がバレたら利用されるよな」
光盾は敵の弾丸や光線を、引力で引き寄せて無力化する。その際光線や弾丸は、ある程度は引力に抵抗できる。敵弾を発射点から直線状に光盾へ引き寄せるのではなく、発射方向へ膨らむ弧を描いて吸引するのがその証拠だ。つまりその弧の途中に標的を重ねれば、飛び道具でも有効な攻撃は可能となる。
『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:187……183……179』
光盾破れたりと言わんばかりに、単眼天使はヴェーダーに赤光線を当て始める。このまま最後まで削りきるつもりなのだ。翼竜も補充した傍から撃墜されてと、最早一方的に狩られるのを待つばかりといった状態だった。ヅヱノは苦し紛れに奇環砲を何とか放つが、射線が通らず全く当たらない。
単眼天使に、余裕が見える。コイツは終わりだという、単眼天使の確信をヅヱノは肌に感じる。だがそう確信していながら、単眼天使の攻撃は徹底的だ。すれ違い様に奇環砲へ鎖鋸剣を振るい、僅かな抵抗力すら奪おうとしている。顎や歯列に当たって防げているが、今にも奇環砲に当たりそうだった。そして単眼天使が、最後の翼竜を始末する。
完全に余裕を取り戻した単眼天使は、ヴェーダーから少し距離を取る。そこに奇環砲を放つと、単眼天使は真正面から星群に突っ込んできた。鎖鋸剣で奇環砲の弾を弾きながら迫り、そのまま銃郭口にねじこむという意図を誇示する。
ヅヱノは切換釦を押し、奇環砲を呑ませて砲郭口を開く。
だが光線砲を展開しきるまで、僅かに時間が足らない。
開いた砲郭口が単眼天使を僅かに追うも、まだ光線砲は出ない。
単眼天使は鎖鋸剣を構えて、出てくるであろう光線砲へと突っ込む。
そして砲郭口から飛び出す、ハリアーの乾坤一擲の攻撃。
それを鎖鋸剣は、真っ二つに切り裂いた。
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