第44話

 ヴェーダーは、単眼天使と対峙していた。単眼天使は空に立つように静止し、じっとヴェーダーを観察している。先に動いたのは、ヴェーダーの方だった。ヴェーダーの尾が持ちあがり、射出口から火を噴く。まず連続して翼竜が飛び立ち、上空で編隊を作る。次にポーズを取った合体ロボと、二機の機龍が翼竜の群れに加わる。投射機関は肩を並べ、単眼天使へと殺到する。


 単眼天使は攻撃を捌きながらも鎖鋸剣で斬り返し、素早く翼竜を切り裂いていく。翼竜の爆風に煽られることもあるが、それすらも利用するように機体を動かしている。そして機龍も問題なく始末すると、合体ロボとの一騎討ち――には、入らない。


 単眼天使は肉薄する合体ロボを無視し、ヴェーダーへの攻撃に移った。無敵の光盾を持つ合体ロボだが、攻撃能力までは完璧ではない。推力にしても、単眼天使には僅かに劣る。相手にされなければ、合体ロボは無力化されたも同然だ。


 単眼天使はヴェーダーの迎撃にも、機敏に揺れ動きながら回避する。そして懐に飛び込み、鎖鋸剣で切りつけた。斬撃の一撃一撃が、着実にヴェーダーを追い詰めていく。そして装甲槽を削りきられる形で、ヴェーダーは撤退に追い込まれた。


「またダメか……まぁ、見えていはいたが」

「御苦労様です、ハリアー」

「ん、ありがとな」


 単眼天使と戦い終えたヅヱノは、戦闘室から外に出る。だが普段と違って、隔壁を出ると飲み物を持ったンゾジヅが労ってくれた。ヅヱノが出てきたのはヴェーダーの口ではなく、銀色の卵だ。格納庫の隅に置かれたこの卵は、中に精巧な戦闘室が再現されている。ヅヱノはこの中で、仮想空間に再現された単眼天使と戦っていたのだ。


 格納庫の新たな機能として、このシミュレーターが解放されていた。ヴェーダーの操縦練習だけでなく、データを入力して仮想空間内での戦闘もできる。それにより、何度かヅヱノは単眼天使と戦っていた。


 結論、勝てない。ヅヱノがシミュレーションを繰り返して得た結果が、これだった。そもそも、明らかに単眼天使はヴェーダーより強い。光線銃、鎖鋸剣、大推力、この三つが厄介極まる。現状ヴェーダーが持つ装備では、単眼天使を捉える事すら難しい。撃破など、夢のまた夢だ。


 単眼天使に有効と思われるヴェーダーの装備は、三つだ。

 砲郭の光線砲、噴進弾頭の合体ロボ、そして決戦機関だ。


 光線砲は直撃すれば、損害を与えられる可能性が高い。だがあの機動力では、まず当てられない。合体ロボは光盾で光線銃を封殺する、対単眼天使戦の鍵だ。終端誘導も期待できるが、前回は加害範囲にすら捉えられなかった。シミュレーションでも速度負けして、単眼天使に一度も追いつけていない。しかも射出時の合体工程は弱点であり、次は単眼天使もそこを狙ってくる筈だ。その対策も要る。


 そして決戦機関は、『直撃できれば』単眼天使を仕留められる。直撃が危険だったからこそ、単眼天使は必死に射線上から逃げたのだ。問題は決戦機関の引力に逆らう、あの大推力だ。巨大光線の引力が効かない以上、単眼天使に光線自体を直撃させる必要がある。照準が固定されている上、発射時には僅かに準備時間が要る決戦機関でだ。


 何か射線上に足止めする装備が欲しい所だが、そんな都合のいい物はない。そもそもそんな手段があれば、ヅヱノは前回使っている。だからこそヅヱノは今、頭を絞って戦術を考える破目になっているのだ。ンゾジヅから受け取った、飲み物――プリンシェイクをじるじる啜りながらヅヱノは悩む。飲み物らしからぬ甘さが、疲れた脳に心地いい。


「どうしたもんかな……他の装備に使えそうなものはないし」


 銃郭は奇環砲も擲弾砲も、単眼天使には無力だ。まず当たらないし、当たった所で掠り傷にもならない。噴進弾頭の翼竜は、飽和攻撃でなんとか当てられるかという具合だ。局地戦爆の機龍は格闘戦で勝ち目がなく、黒鳥に至っては戦闘用ですらない。


 以上の理由で効力的に一番マシなのが、前述した三つの装備なのだ。その中で最も命中の見込みがあり、かつ単眼天使に実害を与えられそうなのは合体ロボだけだ。単眼天使を追い詰めるにあたり、現在のヴェーダーでは根本的に性能が足りていないのだ。何か新装備があれば、どうにかなったかもしれない。だがヴェードを完遂できなかった為か、今回新装備の獲得はない。つまり手持ちの装備で戦うしかなく、現状では単眼天使を撃破する術はない。


 だからといって、ヅヱノに諦めるという選択肢はない。ヅヱノの覚悟を確固たるものにする上で、あのギガムに勝たねばならない。幾ら無謀だとしても、なんとしても乗り越えねばならないのだ。


 そうしなければ、この記憶の持ち主にヅヱノは証明できない。『彼』が死ぬのに、足る相手だったと。滅ぼされても、仕方ない敵だったと。ヅヱノはそう『自分』を納得させる必要があり、それが『ハリアー』となる上で不可欠の儀式であると考えていた。


「……うーん」


 そう彼が意気込んでも、都合よく解決策が思い浮かぶ訳ではない。ヅヱノは茹だった頭を、床に押し付けて冷やしていく。頭が冷えてきて、脳内で冷静な考えが巡り始める。現状のヴェーダーで、ギガムを性能的に超えるのは難しい。何かしらの、単眼天使に攻撃を当てる策がいる。


 その方法を考えつつ、ヅヱノは起き上がる。そして再び銀の卵に乗り込み、シミュレーターを動かす。一にも二にも、機体操縦の習熟だ。ヅヱノはヴェーダーを問題なく動かせる技術を、幾何学象形文字で脳に転写された。だがそれは最小限の物で、熟達しているとはいい難い。仮に策を考えついても、ヴェーダー操縦が粗末では話にならない。


 その際に、これまでのヴェードを見返す。ヅヱノは知らなかったが、これまでのヴェードは全て映像で記録されていた。それも三次元的に視点を移動して確認できる、非常に便利なシステムである。ヴェーダーの挙動や、攻撃が事細かに映っている。


 だがこれは、罪の記録でもある。逃げ惑うギエムが、無惨な死体に変わる姿をヅヱノは幾つも見た。やはり知性と感情を感じる動きをしていると確認し、それからギエムの死を追うのをやめた。今は自分の罪を見つめるよりも、ヴェーダーの挙動を掴む方が重要だからだ。


 特に参考になったのは、暴走していた時のヴェーダーだ。ヅヱノがショックで思考停止に陥った際、ヴェーダーは恐らく自動操縦に切り替わった。その時の動作は、ヅヱノが動かすヴェーダーとはまるで違う。


 ヅヱノは兵器らしく、どこかぎこちない操縦していた。それに対し自動操縦は、ヴェーダーを一つの生き物のように動かしていた。隔壁画面越しに動かしていたヅヱノとは違う、ヴェーダー自体が意思を持ったような動きだった。


 ヅヱノはヴェーダーを動かす上で、その動きが参考になると考えた。そのためにヴェーダーの暴走映像を眺めながら、シミュレーターの操縦桿を動かしていた。そして操縦練習に疲れると、映像を単眼天使戦まで早送りする。休憩がてら単眼天使のどこかに弱点はないかと、目を皿のようにして観察するのだ。


 ヅヱノがハリアーとしての自覚に目覚めてより、経過した数日間。ヅヱノはずっと格納庫に缶詰となり、シミュレーターと映像記録を睨む毎日を送っている。ヴェーダーの挙動に関しては、段々と身につき始めている。だが単眼天使の弱点は、一向に見つからないでいた。


「ハリアー。ンゾジヅは、食料をとってきます」

「あぁ、いってらっしゃ……いや、待ってくれ。俺も行こう」


 ヅヱノはンゾジヅを見送ろうとしたが制止し、自分も行く事にした。ふと、ヅヱノも考えたのだ。単眼天使を動かしているのも人間だ。人間としての身体を動かす事が、状況打開の切欠に繋がるのでないか。そう考えて、ヅヱノは食糧調達に同行する事にした。


 缶詰生活はたった数日だというのに、出歩くのは随分久し振りのようにヅヱノは感じた。ヅヱノは自室に寄り、回転拳銃を腰に挿して燃料蔵槽に向かう。二輪怪獣から狙われる可能性も高まるが、菓子動物を仕留めるには拳銃がいる。ヅヱノは、自力で菓子動物を狩るつもりだった。ンゾジヅのハリアーとして、それぐらい出来ねばという気持ちが働いたのだ。


 ヅヱノはンゾジヅと共に、豊かな自然を歩いていく。生い茂る草木が二人を覆って、押し潰すような生命の息吹を感じる。だがヅヱノは小さい身体ながらも、大樹だろうと踏み倒して進むという存在感を出して進んだ。そうして獣道を進んでいくと、ンゾジヅと同じタイミングでヅヱノは脚を止める。


 かなり離れた先、草木の合間に僅かな影が見た。いたのは、菓子動物だった。ヅヱノは自分がやると、輪胴拳銃を構える。照門と照星を結び、その奥に菓子動物を重ねる。ヅヱノは驚くほど、滑らかに照準できた。


「……いや、『違う』な」


 だがその銃把が、ヅヱノの手に馴染まない。射撃訓練により、馴れてきた銃把の握り心地。その感触が、手の平に合わない。ヅヱノは『これじゃない』という、漠然とした違和感が胸の内で渦巻く。ヅヱノは持っていた銃をくるりくるりと手中で回し、ゆっくりと地面に置いた。


「ハリアー? ……!」


 ヅヱノの奇行に首を傾げたンゾジヅが、急に身構えた。そして菓子動物の頭が吹き飛ぶと、遅れて銃声が聞こえる。菓子動物への狙撃成功を喜ぶように、ドルルルンッと内燃機関の嘶きが聞こえた。


 蛮声の主、二輪怪獣が現れる。ンゾジヅが前に出ようとするのを制し、ヅヱノは手ぶらで一歩前に出る。二輪怪獣は丸腰のヅヱノを嘲笑うように唸るが、彼は一切動じなかった。


 ヅヱノは何もない腰に手をあて、軽く前傾姿勢を取る。まるで何度も何度も繰り返した行為であるかのように、余りにも自然な流れでヅヱノは『構え』を取った。二輪怪獣が対抗するように大型拳銃を構え、丸腰のヅヱノに向けて発砲する。


 ヅヱノへと、一直線に飛翔する銃弾。

 その高速で飛来する弾丸が、彼を貫く事はなかった。

 他ならぬヅヱノによって、『撃ち落とされた』からだ。


「ハリアー……その、『銃』は?」


 困惑するンゾジヅが、ヅヱノが握る『輪胴拳銃』を指差す。ヅヱノが持ってきた銃は地面に転がっており、これは別の銃だ。何もないヅヱノの腰から、その銃は当然の様に抜き取られたのだ。


 今まで甲冑植物から取得した輪胴拳銃よりも、その銃は厳つく見える。輪胴薬室に繋がった銃筒に加え、輪胴軸に二本目の銃筒がねじ込まれているからだ。武骨で奇異な拳銃だが、これをヅヱノは何度も見ている。ヴェーダーの戦闘室内にある大鎧、その腰に着けられていた銃だった。


 二輪怪獣は、再び大型拳銃をヅヱノに向ける。ヅヱノも再度輪胴拳銃を持ち上げかけるも、今度は銃口を下ろした。二輪怪獣はお構い無しに、ヅヱノへ発砲する。その銃弾は、無抵抗なヅヱノに着弾した。


「ッ!」


 そして彼の『胸甲』が、銃弾を弾く。

 着弾の瞬間、急に現れた鎧が銃弾を弾いたのだ。

 まるで銃弾が鎧に変わったと言われても、信じてしまいそうな光景だった。


 二輪怪獣は銃撃を繰り返すが、着弾点が次々と鎧で覆われていく。まるで射的ゲームのように、『当たり』が鎧という形で表示される。二輪怪獣は鎧のない部分を狙い、ヅヱノの生身が次々と鎧で埋まっていく。


 銃撃が止んだ時には、完全装備の大鎧が立っていた。

 輪胴拳銃と同じく、普段は戦闘室の背後に鎮座しているもの。

 撤退の際にヅヱノの防爆壕として、彼の身体を護った設備の一部。

 それが今、鎧という見た目通りの機能を果たしていた。


 突然の事態に慄く二輪怪獣越しに、別の風景がヅヱノの目に映る。

 青々と茂る草木はなく、赤い炎と黒い煙が充満している。

 森ではない『どこか』が、見えた。


 ごうごうと炎が荒れ狂って燃え盛る、火炎地獄のように焼け続ける都市。

 いたるところに死体が転がり、あるいはぶら下がり、散らばっている。

 下を見れば、甲冑を纏った『自分』の体が見える。


 前を見れば、赤黒く燃える空に黒骨の怪竜が見えた。

 まるで燃える天空の向こうから、血肉を焼き尽くして現れたような姿。

 あらゆるものの死滅と、果て無き血戦を背負ったような怪竜であった。


 ここで『彼』の護るべきものは全て死んだ。逃がすべき者は、全て逃がした。彼女は泣いたり喚いたり酷かったが、『彼』はぶん殴って気絶させて部下に押し付けた。彼女は後で大層『彼』に怒り狂うだろうが、『彼』はその声が聞けないだろう事を寂しく思った。


 『彼』は生きては帰れないが、明日から怪竜が彼女らを脅かすことはない。何しろ『彼』は死ぬが、怪竜も呑気なワイルドハントに興じられなくなる。ソレをするのが『彼』の仕事であり、ここで果たすべき最期の使命なのだ。


 『彼』は腰の二挺を素早く捻り、輪胴を回転させながら前に構える。

 回転する輪胴が放つ反応光が、最高に『彼』を彩り鼓舞してくれる。

 輝きの合間に見える怪物が咆哮し、街の崩壊が一層早められる。

 その声に負けず劣らず、『彼』も全身の細胞を震わせて咆哮する。


「『こいやぁああああああああああああッッッ!!』」


 燃える都は森の中に、怪竜は二輪怪獣へと変わる。

 二輪怪獣が高速で前輪を空転させ、地面から白煙が上がる。

 ヅヱノはマッチを擦るように、輪胴を左手甲に掠らせた。


 ヅヱノは記憶主の使い方で、『輪胴拳銃に良く似た兵器』を励起させる。

 高速回転する輪胴は光を放ち始め、徐々に光量は増していく。

 輪胴に蓄えられた光は、軸となっている銃筒へ流れ込んでいった。


 二輪怪獣が前に跳ね、最高速度で口吻を射出する。

 一瞬遅れて、ヅヱノは引金を引いた。反応できなかったのではない。クレー射撃で射手が円盤を追うように、ヅヱノは精確に口吻へ射線を追従させ――撃ったのだ。


 軸銃筒から、一筋の閃光が放たれた。

 閃光は森の光を奪い、より明るい線となって直進する。

 至近距離ですれ違った口吻を、ツイストバルーンの様に弾けさせ。

 驚愕する二輪怪獣の上半身を、車体ごと抉り取った。


 ほんの僅かな間をおいて二輪怪獣は爆発炎上し、周囲に機械部品を撒き散らした。濃い黒煙が立ち上り、燃える軽油と血が混ざったような悪臭が鼻を突く。その不快な臭いをヅヱノは吸い込み、肺一杯に詰め込んだ。


「ハリアー、その銃と鎧は……一体?」

「ああ、俺――っていうか、『彼』の力だけどな……ってか、何が凡人だよ。立派な英雄に成長してたんじゃないか……『俺』は」


 ンゾジヅが猛禽の肉体を、少女が蒼蛞蝓の肉体を継承したように。ヅヱノも『銃』と『鎧』を、『彼』から継承していたのだ。ヅヱノは今まで自分を只の人間だと思い込んでいたため、『それ』を使えなかった。ヅヱノが継承した記憶が、『彼』が『銃』と『鎧』を得る前までだったのも原因の一つだろう。


 だがヅヱノは自分が『ハリアー』であると自覚し、『彼』とは別の存在だと理解した。それにより己と『彼』の差異を理解し、『彼』にはない『異物』に気付いた。その異物に手を掻け、引っ張り出した結果――『銃』が現れた。『鎧』も同じ要領で呼び出し、撤退時ヅヱノの身を守ったように装着されたのだ。


「凄いだろ? これで少しは、ンゾジヅの負担を減らせると思うぞ」

「……はい、素晴らしい力です。非常に、とても」

「……どうした? なんか声が沈んでるが……まぁ負担を減らすとか大見得切ったが、頼りきりなのはこれからもだろうけどな……ほら」


 その言葉を証明するように、輪胴拳銃と大鎧が消えた。それらはヅヱノの一部であると同時に、戦闘室の設備でもある。故に戦闘室以外――燃料蔵槽では、長時間の連続使用ができないのだ。時間制限付きの力なんて変身ヒーローじゃないんだからと、ヅヱノは溜め息をついた。ンゾジヅも少し安心したように息を吐いたが、ヅヱノは気付かなかった。


「……あ、そういや獲物は……さっき、アイツが撃った奴食えそうかな?」

「確認してきます……大丈夫、食べられそうです」

「じゃあそれを持っていこう。丁度いい戦利品だ」


 ヅヱノの提案に肯き、菓子動物を運ぶ準備をするンゾジヅ。彼女を横目に、ヅヱノは記憶を思い返す。どうやらヴェーダーは装甲が無くても動けるらしいと判った。あるいは、装甲槽が搭載される前の段階で襲ったのか。いずれにせよ桁違いの強さを持つのは間違いなく、立ち向かった『彼』は恐ろしく強かったのだろう。


 二輪怪獣の銃撃や口吻に反応し、精確に対応する技術。これらも、『彼』の力だ。『銃』を握れば、『鎧』を纏えば、自然と体が『彼』をなぞった。だからこそ解る、積み重ねられた研鑽の深さ。よほどの修練を積み、並大抵ではない努力を重ねたのだろう。多少なりとも、射撃訓練したヅヱノには良く判った。


 ヅヱノが見た記憶が、連続した同一人物のものであるならば。ただの軽薄な学生だった『彼』は、長く険しい英雄の道を登りきったのだ。『彼』の記憶を色濃く持つヅヱノは、まるで『未来の自分』を垣間見たように錯覚した。実際には『過去の自分』であり、そもそも『自分』といっていいかも怪しい所だが。ともあれヅヱノは、『彼』の成功を我が事のように嬉しく思った。


 だが類希な力と護るべき者を得た『彼』は、ヴェーダーに立ち向かって死んだ。そしてその頭脳と力はヅヱノに継がれ、一端とはいえヴェーダーの魂となった。因果なものである。だが『彼』には受け入れてもらうしかない。承服しかねるとしても、それも全てヅヱノは抱え込む所存だ。『彼』にありがとうと、ヅヱノは改めて感謝を捧げる。


「今日は……あそこで食べるか。あの城塞都市で」

「了解です」


 菓子動物を担いだンゾジヅを伴い、ヅヱノは城塞都市に入った。城塞都市にはいると、やはり気配すら感じるほど人の名残があった。だがヅヱノはそれらを一顧だにせず、堂々とした足取りで進んでいく。


 ヅヱノは幾つかの店屋に出入りして、料理を取ってきてはテーブルに載せる。周囲に見せびらかすように、城塞都市の料理を卓上に集めていった。料理を集め終わると、ヅヱノはどかりと椅子に座る。そして、パンッと手を叩いた。周囲に響き渡るように。


「いただきます」

「いただきます」


 ヅヱノが言うのにつられるように、ンゾジヅも呟く。これまではっきりと、大げさにした事はなかった食事の挨拶。食物の命に対し、感謝を捧げるという行為。ヅヱノが真に『ハリアー』となった日から、彼はこうしてはっきりと『いただきます』をするようになっていた。それが彼に出来る、数少ない『礼儀』の一つだったからだ。


 そして二人して、もぐもぐバリバリと食べ始める。ヅヱノはいつもの倍以上の量を食べたが、結局ンゾジヅには遠く及ばなかった。だがヅヱノは満足そうに食事を終えた。その際もパンッと手を合わせて、ンゾジヅと『ごちそうさまでした』と口にした。


 食後、ヅヱノはンゾジヅを伴って庁舎に向かった。塔を軽く見上げてから中に入ると、塔ではなくある部屋に向かう。一際豪華で、一番偉い者が使っていたと見られる部屋。そこでヅヱノは棚に置いてあった写真を取ると、卓上に移した。そして三姉妹が笑う写真の前で、ヅヱノはンゾジヅと菓子動物を解体し始めた。


 切り出した菓子は綺麗に皿へと盛り付けられ、次々とテーブルに並べられていく。ヅヱノとンゾジヅだけが食べるなら一皿でいいのに、何枚もの皿に様々な菓子が盛られていく。それらは奇妙な事に、写真を中心にして扇状に配膳されていた。まるで写真が食べるかのような位置に置かれている。


 ヅヱノはまた手を合わせたが、いただきますとは言わなかった。二人が菓子を食べ始めたのは、『いただきます』が聞こえたのは、暫く時間が経ってからの事だった。まるで誰かが食べ終えるのを、待っていたかのように。

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