第35話

 薄暗い地下通路を、異形の鳥脚戦闘機――ツバイバインが高速で突き進む。装甲輸送列車を護衛し敵の潜砂母艦を撃沈したツバイバインは、そのまま輸送先である地下基地で補給を受けた。だが基地は月面軍の奇襲を受け、狭い通路で乱戦が始まった。


 ツバイバインは通路を縦横無尽に走り回る、百足のような狭所戦車ナッターと会敵。これを撃破し、更に地下基地に雪崩れ込む敵部隊を駆逐する。そしてツバイバインは、奥で待ち構えていた地中戦車と遭遇する。


 この世界の戦車は、浮揚機関や歩行脚の採用が主流だ。敵味方問わず、あらゆる兵器に多用されている。そんな中で地中戦車は、古式ゆかしい覆帯を装備している。その理由は単純明快、地中戦車は兵器というより重機だからだ。


 ここは地下に建設された基地だ。攻めるのは困難である。土砂と装甲板で覆われた地下壕は、地上からの攻撃を困難な物とする。分厚い自然の大地の壁が、最大の障害となるのだ。そこで月面軍は考えた。大地が邪魔ならば掘削してしまえばいい、と。


 高性能な光学掘削装置を搭載し、岩盤を掘り進めながら地下基地を強襲する。そんな思想で生まれた武装重機が、この地中戦車ドーラだった。地下基地深部への突破口を作ろうとしていた地中戦車が、ツバイバインを視認。地中戦車は『貴様の墓穴を掘ってやる』と吐き捨て、両腕にある噴進式光学掘削機を投射。岩盤をも貫く光学掘削機が、ツバイバインを掠める。


 地中戦車は即座に掘削形態へと変形し、ツバイバインを轢き殺そうと突っ込んでくる。それをツバイバインが避けると、再び背後のツバイバインへ光学掘削機を投射する。さらに超信地旋回で反転し、ツバイバインへ誘導弾を発射。回避して高度を下げたツバイバインへ、地中戦車は再び突進。そうして右に左にと地中戦車は移動を繰り返しながら、多彩な装備でトリッキーな攻撃を繰り返す。


 ツバイバインも地中戦車の猛襲を潜り抜け、なんとか食らいついていく。だが迫ってくる地中戦車の巨体と、投射された光学削岩機がツバイバインを挟む。頑丈な両者は、ツバイバインを蚊のように叩き潰した。


「ぅうー……」


 格納庫で筐体を握り締めるンゾジヅが、不満そうに鳴いた。

 ヅヱノは料理の実をもしゃもしゃと食べながら、その様子を眺めている。ヅヱノが見ている限りで、ゲームオーバーは今日だけで二桁にのぼる。全てが地中戦車によるものではなく、道中の雑魚敵やボスにも頻繁にやられていた。三面に来るのもやっとという状態が、ここ数日続いている。ンゾジヅは少しずつ上手くなっているものの、お世辞にも上達が早い方とはいえない。


 だが間違いなく、彼女は健闘している方だ。そもそもンゾジヅは、ゲーム自体が初めてなのだ。そんな彼女が初めてやるゲームが、STG界屈指の異端児であるツバイバインだ。ゲーム初体験でしたいかといわれると、ヅヱノでさえ首を横に振る。ゲーム初心者なら、投げ出しても仕方ない難易度だ。


 しかしンゾジヅが筐体を握り締めて集中する姿は、傍目にも熱意の高さをうかがわせる。自機が撃墜されても嫌気ではなく、やる気――闘志が増しているように見える。ツバイバインは難易度が高く、モチベーションが下がっても仕方ない。そうヅヱノは考えていたが、ンゾジヅは挫けず果敢に食らい付いている。


 牛歩の歩みとはいえ、着実な進歩がンゾジヅに意欲を与えているのか。そもそもそんな葛藤を感じる間も無く、ただただ楽しさでプレイしているのか。あるいは、ヅヱノが好きなゲームだから挑戦を続けるのか。ヅヱノには、ンゾジヅが折れぬ理由は判らない。


 いずれにせよ、自分の好きなゲームに熱中してくれるというのは嬉しかった。初めてやったゲームというのは、意外と覚えている。ヅヱノの場合は、類人猿が爬虫類軍団をぶちのめして進むゲームだった。


 それが素晴らしいゲームであるほど、焼き付けられる新鮮さと興奮は深く記憶に刻まれる。ンゾジヅの場合は、ツバイバインがそれになるのだ。ヅヱノはンゾジヅにクリアできるのかという心配をしつつも、彼女が成し遂げる事への期待を胸に挑戦を見守る。


 とはいえンゾジヅが三面を突破するには、まだまだ時間がかかりそうだ。そう予想しながら、ヅヱノは料理の実からまた一口食す。今日の料理の実は天丼だ。良く判らない海老のような生物の天ぷらで、山椒のような風味のソースがかけられていた。存分に味わいながら、ヅヱノは最後の一匙を口に運ぶ。


 そして料理の実の殻を捨てようと、通路に出て輪廻転槽へのダストシュートを開く。輪廻転槽は前回のヴェードにより、施設は蒼蛞蝓の絶対燃料で強化されている。そのせいで、ヅヱノは自室や格納庫でダストシュートを開かなくなった。蒼蛞蝓の空気か何かが、部屋へ上がってくるような錯覚をしたからだ。


 最初は開くのも嫌だったが、捨てなければゴミはたまる一方だ。わざわざ燃料蔵槽に戻すというのも面倒。なので、通路の隅で開くという妥協策を取った。手早く殻をゴロゴロと投げ入れ、素早く穴を閉じる。そして逃げるように、格納庫へと戻る。


 戻ったヅヱノは接触画面を浮かばせ、ヴェーダーの情報を閲覧し始める。前回生じた損傷については、とっくに修理が完了している。格納庫に佇む姿のどこにも、蒼蛞蝓の痕跡は残っていない。今すぐ出撃の警報が鳴り響いても、問題なく出撃できる状態だった。


 だが、ヅヱノの顔は苦い。

 その視線の先には、ある項目がある。


『保有武装:銃郭:02:砲郭:01:噴進弾頭:38:局地戦爆:03:決戦:01』

「……新しい装備、か」


 投射戦力、局地戦爆に新装備が増えていた。本来であれば喜ぶべきことなのだが、ヅヱノの喜びは薄い。大前提として、ヴェーダーの装備とはギエムから作られる。ギエムから奪った絶対燃料を加工して、ヴェーダー用の武器を製造するのだ。 


 当然、新しい装備もそうである。そして新装備が生み出されるのは、決まってヴェードの後だ。つまり新しい装備は、蒼蛞蝓の絶対燃料で生み出されたと考えるのが妥当だ。


 ヅヱノは絶対燃料割り当てを調整することで、完全に蒼蛞蝓の汚染を遮断したつもりになっていた。だからこそ、燃料蔵槽で気持ちよく森林浴を楽しんだのだ。


 故にヴェーダーの状態確認がてら、装備欄を覗いた時に度肝を抜かれた。なんで装備が増えてるんだ、と。ヴェーダーは、機軸機関に存在する。だが絶対燃料の割り当てを弄り、蒼蛞蝓の絶対燃料は機軸機関には流れていない筈なのだ。


 再三にわたって確認した絶対燃料割り当ては、しっかり輪廻転槽一択になっている。ならどうして蒼蛞蝓の絶対燃料で、ヴェーダーの新装備が作られているのか。すぐにヅヱノは、仮説に辿り着いた。絶対燃料の割り当てに関して、艦内区画とヴェーダーは別であるという可能性だ。


 ヅヱノは機軸機関に、ヴェーダーが含まれていると考えていた。ヴェーダーを整備管理する、格納庫が機軸機関に含まれるからだ。だが実際は整備施設が機軸機関に含まれているのであって、ヴェーダー本体は独立しているのだ。


 ヴェーダーは、界宙戦艦の機軸機関よりも重要な装置だ。何しろヴェーダーが集める絶対燃料が無ければ、機軸機関だって動かない。界宙戦艦の施設とは別口に、ヴェーダー用途の絶対燃料を確保している可能性が高い。つまり帰還した時点で、ヴェーダーには蒼蛞蝓の絶対燃料が供給されたのだ。


 その事実を知った時、ヅヱノは絶望した。慌てて燃料蔵槽にも影響がないかと調べに行き、未踏破領域で城塞都市を見つけたほどだ。だが意外にも、ヅヱノはすぐに心を持ち直した。


 蒼蛞蝓で強化された輪廻転槽――そこに繋がる、ダストシュートすらも厭うヅヱノである。ヴェーダーに蒼蛞蝓絶対燃料が入った時点で、駐機する格納庫にすら近付かない筈だ。だがヅヱノは、格納庫に入り浸っている。そんな風に彼に心変わりさせた原因は、当のヴェーダーだった。


 ヴェーダーというギエム殺戮装置は、嫌悪するギエムの絶対燃料で形作られる。ヅヱノはそれを、小気味よいと考えるようにしたのだ。趣味も悪ければ、性格も悪いと、ヅヱノは自覚する。それを自覚した上で、更に痛快だと考えるようにした。すると蒼蛞蝓を消費している、踏み躙っているという、実感が湧いてきた。ヅヱノは嫌悪感を、暗い充足感にすりかえて行く。


 確かに最初は嫌だったが、ヅヱノはこれからもヴェーダーに乗らねばならない。蒼蛞蝓如きのせいでヴェーダーを嫌厭するのは、甚だ不快だったのだ。


 ヴェーダーはヅヱノを支えてきた力であり、彼を守ってきた砦でもある。それを蒼蛞蝓から飛び散った返り血如きで、もう使いたくないなどと思わされるのは我慢ならなかった。その結果が、野蛮かつ陰惨な意識改革である。蒼蛞蝓をヴェーダーによって、ギエム狩りの燃料として消費するという考え方だ。それは現状、効果的に作用している。


 ヅヱノの顰められていた顔も、幾分和らいでいた。

 前向きに、次のヴェードを待っているようにも見える。

 蒼蛞蝓から奪った力を、別のギエムにぶつける時を待っているのだ。


 ヅヱノはヴェーダーを見上げる。非常に巨大なモノに見下ろされる、根源的な恐怖。これが動いて、自分の命を刈り取る為に迫ってくる。どれほどの絶望だろうか。それこそが、ギエムが感じるもの。そう考えると、ヅヱノは背筋がゾクゾクする。


 小鬼、犬頭、蒼蛞蝓、殺してきたギエムがこの白い巨躯に積み重なっている。ヴェーダーを形作っているモノの中で、それらはちっぽけな構成物の一部でしかない。それらギエムを殺す前から、ヴェーダーは既に完成していたのだから。完成されていたからこそ、乗り手が粗悪でも『圧倒的な壁』として立ち塞がれたのだ。


 だが確かに、そこにはギエムの残滓がある。

 ギエムから奪ったトロフィーが、消耗品として組み込まれている。

 見た目は白く継ぎ目ない装甲でも、干し首のようにギエム達の死が連なっている。


 巨大な墓標、弔う為ではなく侮辱するための記念碑だ。そしてそれは、新たな犠牲者の元へと自走する。怨嗟と悲鳴を取り込んで、更に更に勢いを増していく燎原の火だ。


 ヅヱノの口角が、我知らず吊りあがって行く。

 ギエム達の悪意が煮詰められたように、ヅヱノの感情が黒く染まる。

 深淵を覗く時は、深淵もまたこちらを覗いている。怪物と戦うものは、怪物にならぬよう気をつけよ。人間というのは、良くも悪くも影響される生き物だ。それは善悪に関わらない。それがたとえ憎むべき仇敵でも、敵を殺すためには学習しなければならない。


 学習とは厄介だ。いい事ばかりは学べない。

 それが優れていると本能が判断してしまえば、いかに悪い事でも学んでしまう。戦うために必要だからと纏った筈の、仮初に着けた悪意の鎧。それが実は、自らに根ざすように学習した結果であったりする。気づかぬ内に敵から学び、敵と同じものになっている。


 悪辣であればあるほど、それは生存戦略として有効だったりする。強くなければ、生存性に長けていなければ、繁栄する力が強靭でなければ、悪というのは栄えられない。力の無い悪など、すぐに淘汰される。それこそ地虫のように踏み潰され、死に絶える。


 ヅヱノの眼前にある白く巨大な城は、足の裏だ。ギエムを踏みつけ、ゴミのように押し潰す白い靴底。ちっぽけな無脊椎動物を、陸生貝類を踏み潰した程度でひっくり返る腰抜けとは違う。どんなものだろうと踏み躙って進む、魁偉なる巨人の足だ。


 ヅヱノは学んだのだ。

 ギエムが人を殺す軽々しさを。

 無情に、無為に、無差別に、人を殺しまわるという性質を。


 そしてそれは煮えたぎったマグマ溜まりのように、噴き出す瞬間を待っている。ギエムの頭上に撒き散らされ、無慈悲に降り注ぐ時を望んでいる。早晩、その時は来る。ギエムが泣き叫び、逃げ惑い、それでも根絶やされる時が。


 その時を思い浮かべながら、ヅヱノはギシリと椅子を傾ける。

 棹立ちになった馬のように、椅子を二足歩行させながら接触画面を眺める。

 椅子の上で揺れるヅヱノの念頭には、ギエムの殺戮だけがあった。いかに効率よく殺すか、どれだけ徹底的に殺せるか。悪意の計画が、椅子が揺れる度に思いついては消える。


 ヅヱノに『人を助ける』という考えは、既に毛ほども無い。三度のヴェードによって、最早それが不可能であると重々理解させられたからだ。ギエムだから人を殺すのではない。人を殺したからギエムになるのだ。であれば人を殺す前のギエムから、ギエムに殺される前の人を助けることはできない。


 ヴェーダーとは、ギエムに対する復讐装置だ。その中枢であるヅヱノとて、その復讐装置の一部である。復讐装置とは仇敵を殺すのが本分であり、それ以外など必要ない。生存者を探すとか、生き残りを助けるだとか、そんな『些事』にかかずらっている暇はない――『復讐者のみ』であるべきなのだと、ヅヱノは思い知らされた。


 そうして漸くヅヱノは、ヴェーダーの核としての志向を獲得したのだ。


 ふと、ンゾジヅに視線が向かう。正確には、その手元にある筐体の画面へと。画面内では巨大蟻のような姿をした、潜砂母艦――大ボスが立ち塞がり、自機を羽虫のように撃墜した。まるでギエム――あるいはギガムを討つ、ヴェーダーのようだった。


 数多の敵を撃破して進むという構図で言えば、ヴェーダーは迫りくる敵を殲滅しつつ進むツバイバインだ。だがサイズでいえば、口が裂けてもツバイバインなどとはいえない。力強い決戦BGMを背負い、画面端からじりじりとその巨体を現すボスに近い。


 生存装甲込みであれば、ヴェーダーとギガムの戦いは『怪獣大決戦』だ。しかし生存装甲とは、あくまで因果律だとか『良く判らない見えざるもの』を可視化した虚像に過ぎない。ヴェーダーのフィルターにかけなければ、ギガムは少し他のギエムより図体が大きい程度の違いしかない。


 蒼蛞蝓の巣のような例外もあるが、基本的にギガムはヴェーダーより遥かに小さい。実際に巨大ボスが自機を見下ろすように、ヴェーダーはギガムを見下ろしている。


(であれば、自機はギガムってところか……? 馬鹿馬鹿しい)


 だがヴェーダーはゲームのボスとは違う。

 ヴェーダーに敗北は無い。ギエムを皆殺しにして、その繁栄を阻塞する。

 仮にギガムが『自機』であろうとも、例外は無い。立ち塞がって、叩き潰す。それだけだ。


 ヅヱノがボスにヴェーダーを重ねていたせいなのか、無情にも自機が撃墜された。ヅヱノはボスの戦果を喜ぶ事無く、すぐさま再戦を挑むンゾジヅにエールを送った。

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