第33話

「おお、中は意外と広いな」


 ヅヱノが思っていた以上に、内部は広々とした作りになっていた。普通の住居ではないと予想していたが、やはり見た目どおり生活以外の用途に使われていた形跡がある。受付のようなカウンターがあり、ベンチ等も自宅に置く類のものではない。形と数を揃えた、公共施設の備品といった代物が幾つも見受けられる。


 政務的な中心地であったか、あるいは砦のような見た目通りの軍事拠点だったか。少なくとも待ち合い用途と見られる、休憩用のベンチが多数必要な場所である事だけは確かだ。ここは広い空間ではあるが、食事するには落ち着かない。もう少し奥に行って見ようと、ヅヱノは先に進もうとする。


「はりあー。まって」

「ん、どうしたンゾジヅ」


 ヅヱノが振り返ると、ンゾジヅがそーっとお盆(仮)を床においた。

 そしてンゾジヅはヅヱノの横を通り過ぎ、彼が進もうとした階段前で止まる。次に彼女はおもむろに脚を伸ばして、転がっていた石ころを拾った。石を掴んだ足を軽く上下させて、重さを確かめるような仕草もする。


 それからンゾジヅは、掴んでいた石をぶんッと蹴飛ばすように放り投げる。投げられた石は、真っ直ぐ弾丸のように飛翔する。ンゾジヅの弾丸シュートは階段前へと迫り、床で軽やかにジャンプし――『穂先』に砕かれた。


「ッ! 敵かッ!?」


 槍を持った騎士が突然現れ、石ころを貫いたのだ。

 突然の急襲に、ヅヱノは慌てて身構える。だが騎士はするするとさがっていく。ヅヱノの方へと、その穂先を向ける気配はない。攻撃してきたという事は敵意があり、侵入者を放置しておく筈がないのに。


 見た目は騎士の癖に、決められた行動のみを行なう。

 その奇妙な反応に、ヅヱノは見覚えがあった。


「こいつは……甲冑植物か。それにしても、見ない型だな」


 まるで食虫植物のように攻撃を行う、合成植物の一種である甲冑植物。今回の個体はこれまで遭遇した銃持ちと違い、武器は非常に長い穂先の槍だ。胸甲のランスレストに柄を載せ、ランスチャージの構えである。だが肝心の馬は無く、下半身は螺旋状に絡まった蔦の束になっている。半人半蛇のような姿だった。


 これまで甲冑植物はどれも拳銃を装備しており、射程圏内に入った者を自動で撃つ存在だった。だからまるで意思を持ったように突貫した姿もあって、ヅヱノは甲冑植物だと気づくのが遅れたのだ。


 槍以外は、いつもの甲冑植物とさほど変わらない。甲冑の内部には、人体の代わりに野太い蔦が絡み合っている。筋繊維のように複雑に絡み合った蔦は、そのまま甲冑へと繋がっていた。下半身に露出した螺旋状の蔦束がバネのように動き、それが突進攻撃の力となるのだ。


「それにしても、なんでコイツは他とは違うんだ? 得物は拳銃じゃない上に、甲冑のデザインも大分違ってるし。ここは他とは何か違うのか?」

「はりあー。あれ、じゅうない。いらない。バラして、いい?」

「……ああ、いいぞ――って、おい!」


 ンゾジヅは無造作に、甲冑植物へ正面から近付いていった。

 反応して突進してきた甲冑植物を、突き出した鳥脚で受け止めた。

 車が正面衝突したような、すさまじい衝突音が室内に響き渡る。


 思わず耳を押さえたヅヱノの前で、熾烈な攻防が繰り広げられる。ギチギチみしみしと、甲冑植物は鎧をひしゃげさせながらも前に進もうとする。だがンゾジヅは、微動だにしない。甲冑植物を掴んだ足を傾けると、ブヂブヂと蔦を捻じ切っていく。尋常じゃない脚力だった。


 そしてンゾジヅは、蹴り上げるように甲冑植物を毟り取る。そのまま投げ上げられた甲冑植物は、槍を突き出した姿勢のままずしゃりと墜落する。ンゾジヅはぺっぺっと脚を振って、金属片等を払い落とした。


「はりあー。おわった」

「……あ、ああ。ご苦労様」


 そもそもンゾジヅは、生身で銃弾を撃墜できる強靭な生物だ。この巨体で銃弾すらも足で弾く能力を持つならば、槍型甲冑植物の突撃だって止められる。銃型甲冑植物のように銃を確保する必要もなく、二輪怪獣の時と違ってヅヱノを気にして戦う必要もない。であれば正面から罠にかかるようにして、向こうから来させて処理する方が簡単だ。そうンゾジヅは判断したのだ。


 甲冑植物を粉砕したンゾジヅは、床に置いていたお盆(仮)を持ち上げてヅヱノの背後霊に戻った。ヅヱノは今一度、甲冑植物の残骸を見る。実はこの静かな街も、意外に危険が満載だったのだ。そんな未知にヅヱノは心をざわつかせながらも、同時にやっぱりンゾジヅ任せで何とかなるなという既知で落ち着く。


 ヅヱノは階段を上り、通路の奥へと進んでいく。

 コツコツ、ガツガツと、長い通路に二種類の足音が反響する。

 これで完全な廃墟であれば、別に違和感なく歩み進めることもできる。だが視線を巡らせてみれば、人がいた痕跡が簡単に見つかるのだ。手近な部屋を覗き込んでみると、生活感に溢れた風景がある。


 暖炉の中で、まだ赤く火が残っている石炭。

 ポットから白い湯気が上がり、茶が用意されようとしているティーセット。

 テーブルに対して幾つか引かれている椅子は、そこに誰かが座っていた名残だ。


 茶をかすがいに親しい者同士が交流を深めていたのか、商談などの取引で唇を潤していたのか。どんな者達がテーブルを囲んでいたのかは、状況だけでは判別つかない。間違いないのは、茶を嗜む人々が『いた』という事だ。


 ヅヱノが幾つか同じような部屋を見回っていると、時折ンゾジヅが前に出る。そして部屋から飛び出してきた甲冑植物を、押し返すように蹴りつける。それからヅヱノは、バラバラになった甲冑植物が転がる部屋を覗くのだ。たまに甲冑植物が出迎える以外は、どれも人の生活感が残る部屋ばかりだった。


 ヅヱノは試しに屋上までいこうとするも、階段は途中までしかなかった。階段どころか壁さえなく、通路の途中にぽっかりと青空へ続く大穴が開いていた。まるで建設途中で放棄されたような、作りかけといった状態だった。ヅヱノは仕方なく階段をおりて、探索を続行する。


 そうして今まで見てきた中で、一番豪華な部屋に辿り着いた。豪華といっても、金銀の装飾を施した成金部屋ではない。質の良い木材がふんだんに使われている、落ち着いた贅沢さのある部屋だ。誰かの執務室といった場所で、大きな机には書類が重ねられている。


 書類は未知の文字で書かれており、書名欄と見られる部分に歪な記号が描かれていた。この街で使われていた文字だろうと、規則正しく並ぶ記号を眺めながらヅヱノは予想する。署名欄の字は書いていた最中のものなのか、書いている途中で中断させられたのかすらも不明だ。ヅヱノが傍に置かれた木筆を持つと、たらりと墨が垂れてきた。開けっ放しにされていたインク壷の蓋を、静かに閉じる。


 まるで人物だけを消しゴムにかけたように、綺麗さっぱり消えている。この執務室に限らず、この建物――街全体がそうなのだ。ヅヱノはしばし考えて、肯く。消え去った人物情報を、自分で埋める事にしたのだ。


「ここで食べよう、ンゾジヅ」

「わかった、はりあー」


 誰かの執務室と思われる場所。そこのテーブルを使わせてもらう事にする。もう使わないと思われる書類だが、丁寧に重ねて移動させる。そしてンゾジヅがお盆(仮)を床において、料理皿を次々と大きな机に載せていく。先程まで書類や筆記具が控え目に置かれていた机を、大衆料理屋の安物皿が埋め尽くしていく。


(料理含めて、場に合わないかもしれないが……主人不在の部屋だ。勝手にさせてもらうさ)


 一気に多様な料理を並べると、食品サンプルの山に見えてくる。だがそれらは食品サンプルとは違う本物であり、できたてのたまらない香りに食欲をくすぐられる。見ているだけでどれから食べようかと、気持ちが浮ついてくる。


 ご馳走を前に、いつまでも見ている必要もない。ヅヱノはすぐに、手近な場所にある肉へと手を伸ばす。ずっと焼かれ続けていた不思議な肉だ。どんな味になるのか、そもそも熱さはどれくらいなのかが気になった。


 ヅヱノが肉を口に含むと、ぱりっと皮が割れて、肉がサックリと別れる。

 皮に焼き付けられた香辛料の味わいと、柔らかい肉から染み出る肉汁が咥内に広がる。バリバリと砕ける皮に、ほぐれるジューシーな肉。焼いた鳥肉の本懐とも言うべき、二種類の味覚と食感だ。まるでパイ生地で包んだような食感の差だが、紛れもなく一枚の鶏肉。調理者の腕が光る美味しさだ。


 だが、焼かれ続けていた不思議さを感じる味わいではない。ヅヱノは美味しさの喜びと、若干の落胆が入り混じった、奇妙な心の浮き沈みを肉と共に噛み砕く。しかし噛んでいる内に、味わい深さに顔がほころぶ。自然と、うまいと口から漏れてしまう。


 ヅヱノが味わって咀嚼していると、ンゾジヅがじぃっと見てくる。ヅヱノが美味そうにしていたので、興味を示したのだ。ヅヱノがそっとステーキの皿を差し出すと、彼女はいそいそと料理を受け取って食べ始めた。歯触りがいいのか軽やかに咀嚼し、皮が割れる音を響かせる。そして瞳の中で、緑の星々を瞬かせた。


 ンゾジヅの姿に顔をほころばせながら、ヅヱノは別の料理を口に含んで考えに耽る。気になるのは、ここの場所についてだ。この街は石造りだったり木製だったりと、建材にバラつきはある。だがどこも、ある程度共通する建築様式に従って作られている。作り手や素材はバラバラでも、同じ文化圏で作られた建物だ。


(とはいえ……日本だって武家屋敷から洋風建築、どこの国とも知れない現代芸術みたいな建物まである。建物様式だけで目星をつけるってのは、まぁまぁ無理な話か……だがまぁ、『あそこ』っぽいよな)

「……♪」


 ヅヱノは自分が直感した通り、ここは最初のヴェードで戦った城塞都市なのだと考える。合成植物は何もかもがごちゃ混ぜで、物の用途と場所がまるで一致していない。だがこの街に限っては、道具の場所と機能が異常に一致している。


 例えば料理屋だ。料理屋にはテーブルに料理皿があり、調理場には肉を焼いたフライパンがあった。料理皿とフライパンは料理の実の亜種だが、何もこれらが料理屋に揃う必要はない。道端の石畳や、この建物の通路に生えていてもおかしくない。なのに、わざわざ料理屋に集まっているのだ。


 料理皿等は偶々ではなく、用途に則した場所へと配置されている。そしてそれらの位置を決める原則は、参照したであろう城塞都市が元になっている筈だ。料理自体もそこで食べられていた物が、再現する形で生じたという可能性も充分にある。


 だが言うまでもなく、全て単なる偶然の可能性もある。なにしろ木の実に店屋物が現れるのだ。食事処という場所だけ合っていて、出てくる料理は高級料理屋の一品という可能性もある。しかしここまで奇妙な一致を見せるとなると、それが料理にまで及んでいるのではとヅヱノは考えてしまう。


 無残に殺されて、市街のいたるところに吊るされた住人達。彼らが日常的に食べていた料理を、ヅヱノは今口にしているのだと。あるいは彼らが食べようとして、口にできなかった料理を嚥下しているのではと。そんな事まで、彼は考えてしまう。


 悲劇に駆けつけられず、直接救うこともできない。そんな犠牲者達が不本意ながら遺した食料を、好き放題に馬食している――そんな気にすらなる。しかしこんな感傷は無駄だ。ヅヱノにも、犠牲者達にも、互いに益とはならない。


「はりあー? おいしく、なかったー?」

「いや、少し考え事してただけだ……こっちのも食べてみるか? 美味いぞ」

「うー……うまー♪」

(ったく一人で食ってんじゃないんだ……折角の飯をまずくするような事を考えるな、馬鹿が)


 ヅヱノは無駄な考えを頭から蹴り出して、香草炒めを口に含む。シャリシャリと瑞々しい野菜が歯を弾ませ、加熱で引き出された甘味が染み出る。刺激的な香辛料が、ネガティブな考えを追い出してくれる。美味いものは心を豊かにするというが、正しくそのとおりだった。


「……でざーと」

「ん? ぁあ、そういやここに菓子動物居ないな」


 最近では、食後にはデザート――菓子動物の解体ショーが行われていた。自室で食事する時は、ンゾジヅがいつの間にか用意していた獲物が使われる。だが燃料蔵槽では、現地調達するのが常となっていた。そのためンゾジヅは、物欲しそうに周囲を見回している。


 燃料蔵槽である以上、ここにも菓子動物がいる筈なのだ。だが合成植物はあるのに、菓子動物は見かけなかった。二輪怪獣もいないが、そちらはいない方がいいので考慮しない。


 探しに行きたそうなンゾジヅに許可を出し、彼女を見送ってからヅヱノは部屋を物色する。ンゾジヅがヅヱノを置いていった以上、少なくともこの部屋が安全である事は確かだ。よって彼は警戒なく部屋を歩き回り、気になった場所を漁り始めた。


「ポスターか……屯田兵か何かか?」


 共産圏で見かけそうなポスターが、壁に貼られている。赤い顔料で力強く兵士の絵が描かれた、何かを呼びかける雰囲気のポスターだ。最初ヅヱノは、徴兵の類かと考えた。だが兵士の右手には剣が握られているが、左手には鍬のような物が掴まれている。開拓を奨励する類のものかと、ポスターとにらめっこしながらヅヱノは推察する。


 開拓というと単に土地を開墾する事に思えるが、場合によっては相応に自衛しなければならない。自国ではない情勢が不安定な地域での開墾は、ある程度武装する必要もある。特に猛獣や野盗には、武器を持って対処せねばならない。


 ポスターは武装した開拓民を表現しているのだろう。あるいは元々剣を握る兵士達に、開墾をさせているのかもしれない。ポスターから読み取れる情報は僅かで、ヅヱノが過分に情報を補足する必要があった。


 確かなのは、大々的に色鮮やかなポスターを刷る技術はあるということだ。手法としては木版画と見られ、技術自体は飛び抜けて高度ではない。だが版画は職人芸が求められる物であり、紙にしても時代によっては職人が作る貴重品だ。それを政策の告知等に利用できるのは、それだけ生産性に余力のある社会といえる。


「ん? ……これ、は!」


 戸棚を調べていた所、あるものを見つけた。それは写真立てに入った写真だ。この街にはポスターどころか、写真を作る技術まであったのだ。写真となると、原始的なものでも近代的な技術が必要だ。重要度としては、ポスターよりも高い。


 だがヅヱノを真に驚かせたのは、別の理由だ。

 見覚えのある人物が映っていたからだ。


「これ、あそこで拾った写真か? いや、同じものじゃないな。服装とかが違う……が、同一人物みたいだな」


 写真の中には、ヅヱノの自室にもいる『三姉妹』がいた。

 服装は戦装束ではなく、三人揃って女性らしい服を纏っている。女性らしいと一括りにしても、彼女たちの性格が現れている。大人っぽい長女は落ち着いた黒いドレスで、凛々しい次女は寒色系のツーピースに花のワンポイント、可愛い盛りの三女はお姫様のようにフリフリのワンピースを着ている。


 妖美な艶笑、凛とした微笑み、無邪気な笑顔。三姉妹はそれぞれ異なる表情をしているが、どれも表す思いは一つだ。隣にいる姉妹と一緒に写真を撮れる嬉しさが、写真に切り取られる瞬間を共に生きられる喜びがあった。三姉妹の幸福が、この写真には写しとられていた。見ているだけで、つられて顔がほころんでしまう写真だ。


 その写真が飾られている部屋の主は、余程この三姉妹に縁が深い人物なのだ。あるいは、この写真に写っている人物の一人なのかもしれない。ヅヱノが初めて見た『個人の痕跡』が、こんな場所にまで続いていた。実に数奇な巡り合わせだった。


「……」


 そしてこの写真がここにある『意味』にも、ヅヱノは考えが巡り。

 つられてるように浮かべていた笑みが、波が引くように消える。


 ヅヱノは写真立てを手に取った。感情的にはこの場所へ置いておきたいし、ヅヱノが持ち帰った写真もここに供えたいぐらいだ。だが燃料蔵槽はヴェードごとに変化し、時には消えることもある。万が一にも無くなるよりはと、ヅヱノは三姉妹の新たな写真を持ち帰る事にした。


 ヅヱノは写真の中の、幸せそうな三姉妹と見詰め合う。

 彼は彼女たちの視線から逃げるように、ふっと写真から目を背ける。

 そして丁寧に、傷一つつけぬよう懐へとしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る