第29話
ヅヱノは蒼蛞蝓――ギエムが、人類の敵足りうる怪物だと理解した。だが悠長に考察している暇はない。ガンガゼモドキの針が、一斉にヴェーダーへと向きを揃えていた。
『警報:敵襲:甲標的:攻撃準備』
烏賊巻貝の砲煙が、金字塔が表面を包む。
ガンガゼモドキの針を無数の砲弾が通り、ヴェーダーへと到達する。
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7522』
『敵襲直撃:一番頭部:一番頸部:二番頭部:二番頸部:三番頭部:三番頸部:中央基部:機体損傷:装甲槽数:215』
「……次弾がはやいな。デカい図体に反して、短期決戦型か?」
金字塔の攻撃は、高い威力の割に間隔が短い。その装填作業も特殊で、烏賊巻貝に蒼蛞蝓が何かの塊を食べさせるという物だ。しかし次弾射撃の秘密は、烏賊巻貝の早食いではない。もっと単純な話。金字塔自体が旋回し、反対側の烏賊巻貝に撃たせたからだ。
ゆっくりと金字塔が回り、ガンガゼモドキの針山が空を掻いている。そして呑気に回っていたかと思えば、一気に針山がヴェーダーへと向く。それが180度回転するごとに、機械のように繰り返される。発射感覚が短いくせに、威力はこれまでで一番。後十一回撃たれたら、装甲槽を全て破られてしまう。
「ナメクジギエムのギガムの癖に、随分と攻撃の手は早いじゃないか……!」
『噴進弾頭:デススターウイング:直接照準:待機中:残基:28』
ヅヱノは温存していた翼竜を選ぶ。制御盤のトグルスイッチではなく、操首桿根元にあるパドルスイッチを引く。隔壁画面に照準円環が現れ、翼竜が直接照準状態となる。前回のヴェードでは使わなかった直接照準だが、遮蔽物なしの海上戦には最適だ。照準円環は照準線近くの標的――金字塔へとぴったり貼り付き、赤く変色する。
『噴進弾頭:デススターウイング:直接照準:投射中:残基:28……27……26……25』
ヅヱノは操首桿先端左にある、投弾釦を押し込んだ。すると斉発釦を押したように、発射口から翼竜が飛び出す。前準備の要る間接照準と違い、直接照準は砲熕機関と同じ感覚で噴進弾頭を発射できるのだ。更にヅヱノは、投弾釦を追加で二度押す。先行する翼竜を、新たに飛び出した翼竜二機が追いかけていく。
発射した翼竜は三機。それぞれが真っ直ぐ、金字塔へと向かっていく。ガンガゼモドキが針を一斉に翼竜達へと向け、針で翼竜を覆い隠す。そして烏賊巻貝が発砲するが、今回は斉射ではない。各烏賊巻貝が一発ずつ発射し、蜂巣砲のように連射している。奇天烈な対空射撃は精確に翼竜へ着弾し、翼竜は金字塔の手前で爆散した。しかも金字塔の対空防御は、全ての翼竜へ同時に行なわれていたのだ。
「同時照準射撃だと……まさかタイフォンシステム紛いの能力を持っているのか……チッ!」
翼竜のお返しにと、金字塔は逆面で斉射してくる。舌打ちを漏らすヅヱノだが、翼竜が撃墜される事は予想していた。斉射とはいえ、ヴェーダーの装甲槽を貫く攻撃だ。単発でも相当な威力があり、その斉射ともなれば翼竜では耐えられない。散弾銃でガチョウが撃たれるように、翼竜は撃墜されると彼は考えていた。
だが金字塔は、機関銃のように『連射』した。装甲の薄い翼竜に、斉射は『無駄』だと判断したのだ。そして瞬時に烏賊巻貝へ照準先を割り振り、一匹ずつの釣瓶打ちで弾幕を形成した。これは全ての烏賊巻貝が、一元的に管理されている事を意味する。元々していた斉射も、照準先と射撃タイミングを一致させる高度な集団攻撃だった。だがこの防空射撃は、機械じみた精確さが要求される。
今の金字塔の迎撃風景に近しい物――それはヅヱノの世界で海軍が運用していた、複数目標に同時照準射撃を行なう艦隊防空装置だ。もし同種の機能を金字塔が持っているならば、ヅヱノ必殺の飽和攻撃は通用しない。航空機や噴進弾による飽和攻撃への対策が、艦隊防空装備なのだから。
眼の前にあるのは、蛞蝓の巣だ。特殊な頭足類との共棲によって、渡洋能力や射撃能力を持ってはいる。だがあくまでも、『巣』であるのだ。あの艦隊防空艦じみた力を持つ金字塔には、電子機器ではなく蛞蝓と頭足類が詰まっているのだ。自然の神秘なんて言葉では到底纏められない、節理の歪みをヅヱノは感じていた。
「確かに前のヴェードでは、兵器を『攻撃巣』と表現してたが……これが『巣』、かよ」
その中心に蒼蛞蝓がいるという事実が、ヅヱノの背筋に一層怖気を走らせる。何でこんな生き物がいるのかと、よりにもよって蛞蝓なんかでと、脳内で悪罵を吐く。ヅヱノは一分一秒でも早く、この金字塔を消し去りたかった。そんなヅヱノの願望に答えたように、一つの字列が表示された。
『決戦機関:充填完了』
「――きたかッ!」
ヅヱノは字列画面の表示に、思わず快哉を上げる。決戦機関の一撃であれば、あの気味悪い蒼蛞蝓が巣食う金字塔を確実に撃破できる。優れた装甲と射撃能力があっても、決戦機関を食らえばひとたまりも無い。
ヅヱノは自信を持って、決戦桿を握る。少しでも成功率を上げるため、翼竜を数機放ってから引き起こした。そしてヴェーダーは、必殺の一撃を放つ姿勢へと移行する。
『主軸錨杭:固定』『補助光錨:固定』『大排熱口:開放』『超重砲門:開放』
「これで……何ッ!?」
ヅヱノはヴェーダーが着々と変形していく中、異変に気付いた。正面に捉えていた筈の金字塔が、急激に左方向へと滑っていく。巨大な構造物が、冗談のような速度で水上を滑走する。老狼が決戦機関を察知して逃げたのと同じように、回避行動を取っている。
『決戦機関:デススターブラストZ26:投射待機』
「クソ、これじゃ当たらないッ! 解除だ解除ッ!」
変形が完了する頃には、既に金字塔は完全に決戦機関の射線から離れていた。ヅヱノは決戦桿を倒して射撃姿勢を解除する。翼竜達が金字塔を追いかけるも、滑走を続ける金字塔の対空砲火で難なく撃墜された。
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7514』
『敵襲直撃:一番頭部:一番頸部:三番頭部:三番頸部:四番頭部:四番頸部:中央基部:機体損傷:装甲槽数:175』
「攻走守揃ってるってか、野球上手じゃねぇんだぞ……クソッタレが!!」
射撃姿勢を解いたばかりのヴェーダーに、嘲笑うような金字塔の斉射が届く。だが金字塔が回避運動を取ったという事実は、金字塔にとって決戦機関が致命的な攻撃である事を意味する。
金字塔は余り回避行動をしない。強力な装甲で受け止めるか、烏賊巻貝で撃墜するかだ。しかし決戦機関は絶対に直撃を避けようと、準備段階でさえ金字塔は大滑走を行なった。つまり決戦機関を当てる事さえできれば、金字塔も仕留められる。
問題は、どうやって金字塔に当てるかだ。光線砲に耐える装甲を持ち、翼竜を迎撃する射撃精度と、短時間の高速滑走能力持つ。どうしても足止めする手段が無い。光線砲では射撃間隔が長すぎて間に合わず、銃郭では豆鉄砲にしかならない。翼竜では迎撃されてしまうし、機龍でもさして変わらない。
「っつーか、さっきの高速移動はなんだったんだ? ……翼竜のガンカメラなら、映ってるか? ……っと、これだな。拡大は……できるな。ん……んん? なんか、海面下に一瞬映ってるな」
ヅヱノは電探画面を弄り、先程の翼竜の視点を再生する。金字塔が急激に加速する寸前、水面下に影が見えた。暗くはあるが、細長くうねるそれは『触手』だ。烏賊巻貝のような、頭足類に見られる物だ。それが喫水下の金字塔から生えている理由は一つ。
頭足類が持つ水流噴射器官を、金字塔は推力に利用しているのだ。烏賊巻貝が兵器として使われている例を見れば、推進装置にも生物が使われていると考えるのが妥当だ。天然のウォータージェット推進だ。
移動する金字塔の航跡が規則的に乱れているのは、普段は交互に取水と噴水を繰り返して進んでいるからだ。そうして持続的に推力を得ているが、緊急時には全ての推進生物が水を噴射する。そうして、爆発的な加速を金字塔は得たのだ。
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7522』
『敵襲直撃:一番頭部:一番頸部:二番頭部:二番頸部:三番頭部:三番頸部:中央基部:機体損傷:装甲槽数:155』
あと八発は受けられるが、金字塔が八度斉射するのはそう長い時間ではない。光線砲を撃ってから投射機関を全て放ち、決戦機関を使う一か八かの賭けに出ようと考え――ヅヱノは、噴進弾頭にも新たな装備があった事を思い出す。
「……これか。五発一組の、妙なフォックスフォースだったんだよな。これだけで一発逆転できるとは思えないが……一応撃つだけ撃ってみるか」
ヅヱノは操首桿右側面の選投釦を押し、翼竜から新装備に切り替える。
すぐに翼竜も撃とうと考えながら、ヅヱノは投弾釦を押した。
『噴進弾頭:クリアスターマインダイ:直接照準:発射中:残基:05……00』
ヴェーダーの尾が上がり、発射口から火を噴く。その炎から次々と細長い影が飛び出していき、空に昇っていく。影の正体は、翼の生えた蛇のような何かだ。白い装甲に覆われているが、隙間から原色の光を迸らせている。色は蛇ごとに違っており、五色の残光を曳く姿は虹のようにも見える。
「何だ? 蛇、か? 妙にカラフルだな……あ? はぁっ!?」
呑気に見上げていたヅヱノの前で、それらの蛇達が『変形』を始めた。
曲がりくねり、回りずれ、割れ開き、伸び縮みし、五つの影が衝突し――合体した。
そして別れていた色が、妖しい紫の光へと統一される。
艶やかな白い装甲に、紫に輝く内部骨格。前方へと鋭く尖った頭部は、まるで獲物に餓えた猛禽の嘴だ。両腕は長く広い手甲に覆われ、まるで翼のようにも見える。両脚はひょろりとしていて、先端には鍵爪があるなど鳥類を思わせる形状をしている。だが後ろから見れば、それが足型に成形した推力装置だと気づけるはずだ。
そうして五匹の蛇は『人型』となり、妙に堂に入った姿勢を取った。まるで戦隊ヒーローが佳境で呼び出し、変形バンクを経てポーズを取る合体ロボのようだった。いや、そのものであった。妙にひょろりと括れた部分があるなど、見る者にどこかアンバランスな印象を与える姿をしている。だがそれでいて、立ち姿自体に凄みがある。見上げるだけで、視覚的に強者と思い知らされる。
「が、合体……人型……ロボット……?」
ヅヱノが唖然と呟いた通り、新しい噴進弾頭は合体ロボだった。それも空気抵抗を無視した構造でありながら、マッハ二桁で飛んだりする謎の空力特性を持つ人型超兵器。そんなフィクションの金字塔的存在をヅヱノが連想していると、合体ロボは推進炎を背負って飛び出す。ヅヱノが想起した通りに、奇妙な姿らしからぬ雄大な飛翔だった。まるで対艦噴進弾のように、合体ロボは巨体を金字塔へと加速させていく。
「っ! 早く翼竜も撃たねぇと!」
ヅヱノは慌てて翼竜も飛ばし始めるが、既に合体ロボは戦闘を開始していた。合体ロボは翼竜より一回り大きいが、ヴェーダーよりは小さい。金字塔も翼竜と同じ対応で良いと判断し、合体ロボに対空砲火を浴びせた。ガンガゼモドキも針を向けており、直撃は確実だった。
事実、合体ロボに金字塔の砲弾は直撃した。
だが合体ロボは爆散するどころか、損傷すらしなかった。
「光の、大盾? 盾で防いでるのか?」
合体ロボは光で模られた、魔方陣のような大盾を作っていた。その大盾によって金字塔が放つ砲弾が、全て受け止められていた。金字塔は焦ったように、他の烏賊巻貝にも射撃を指示。その攻撃は、実質斉射となる。
一点に放たれた弾幕の靄は、密集し槍の様な黒い円錐となって合体ロボに向かう。その黒い矛先は、光盾に触れた傍から消えて行く。金字塔の弾幕は、光盾に吸い込まれたように消え去った。
驚愕したように動きを止めた金字塔へ、合体ロボが反撃する。光盾の中心から、お返しとばかりに紫の光線を発射した。紫光線は斉射したばかりの金字塔へと着弾し、大爆発を起こす。威力自体はそれほどでもないが、断続的に金字塔へと発射されていく。
『甲標的:生存装甲:展開率:98……97……96……』
減り方は地味だが、金字塔の生存装甲は着実に削れている。生存装甲をあまり護りに使わないため、削れにくい金字塔の生存装甲がだ。そして生存装甲以上に、金字塔自体の装甲が損傷していく。不規則に爆発を起こしているのは、烏賊巻貝か何かの可燃物が誘爆しているのだ。必死に金字塔が撃ち返すも、合体ロボは一方的に攻撃する。神々しい光盾が無慈悲に攻撃を遮断し、禍々しい紫光で金字塔を刺し貫く。
合体ロボの背後に、翼竜の編隊が到着した。翼竜は機銃掃射しながら、金字塔へと突っ込んでいく。終端誘導はかなりの威力であり、直撃すれば金字塔にも有効打となる。金字塔もそれが判っている筈だが、金字塔は対空砲火を全て合体ロボへ集中していた。
「いや、違う……ヤツは合体ロボを狙ってるんじゃない、『狙わされてる』んだ」
烏賊巻貝は、翼竜の編隊へと先端を向けている。だがそこから放たれた砲弾は、磁石で引き寄せるように光盾へと向かっている。決戦機関の巨大光線が周囲の物体を引き寄せるように、あの光盾は敵の攻撃を引き寄せている。まるで小さな星のように、金字塔の攻撃に引力を働かせているのだ。
そして一切弾幕の無い空を、翼竜の群れが切り裂き――金字塔へと墜ちる。
ボボボボボッと、金字塔の表面で連鎖的に爆発が起きる。
『甲標的:生存装甲:展開率:88……81』
翼竜編隊の直撃で、僅かとはいえ更に生存装甲が削れた。金字塔自体にも、装甲が大きくへこむなど損傷が確認できる。だが攻撃は、それだけでは終わらなかった。
翼竜の突入を見届けた合体ロボが、満を持してといったように金字塔へと加速していく。金字塔も慌てたように滑り始めるが、紫の流星は輝きを増して金字塔に墜落する。紫の光は、巨大な火柱に変わった。
『甲標的:生存装甲:展開率:81……52』
減りづらい金字塔の生存装甲すらも、合体ロボは一気に三十近く削り取った。ガンガゼモドキも、手前側の針の多くが折れてしまっている。それだけの大爆発は、金字塔本体にも甚大な損害を与えた。金字塔の装甲が大きく捲れ上がり、ごっそりと内部構造まで抉れている。その断面には僅かに、焼け焦げた蛞蝓や烏賊巻貝の姿が見えた。
金字塔全体の戦闘能力は、まだ失われていない。だが翼竜と合体ロボが着弾した面は完全に機能が死に、残る三面側で必死にカバーしようとしている。しかしその動きはぎこちなく、戦闘能力は万全の状態とは程遠い。
ヅヱノが期待していなかった、一発逆転の活躍を合体ロボは果たした。順当に戦っていれば、勝ったのは金字塔だった。だが合体ロボの存在が、戦況を完全にひっくり返していた。とはいえ、金字塔にもまだ立て直す余地はあった。
『決戦機関:デススターブラストZ26:投射待機』
しかしヅヱノも、合体ロボの活躍を悠長に見ていただけではない。既に当初の予定通り、翼竜を放つとすぐに決戦桿を引き起こしていたからだ。合体ロボの一撃から満足に立ち直っていない金字塔を、発射態勢に完全移行したヴェーダーが睨んでいた。
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