第28話

 彼にとって、絶対に触れてはならない物がある。それは、大き目の石ころだ。そうした石の下は大体湿っていて、生き物の心地よい住処になりがちだ。例えばダンゴムシといった、小さな虫を見つけるのには最適の場所だ。彼が子供の頃は、遠慮なく石をひっくり返しては蟲を捕まえていた。


 だが彼に二度とそうした石を動かすまいと、決意させた石がある。その下にはダンゴムシのような蟲ではなく、ぬめぬめとした、大きなミミズのようなものがいた。滑らかな身体をしていて、粘液には土が絡まっている。大小様々の個体が無数に、石の下の湿った土を奪い合うように蠢いていた。


 そいつら――蛞蝓が一斉に角を出した瞬間、彼は石ころを投げて逃げた。その出来事は、彼の漠然と抱いていた蛞蝓への苦手意識を大きくした。それが後に、踏んだ蛞蝓への過剰反応を生み、致命的なトラウマへと繋がる原因となり。彼が将来的に虫そのものを嫌うようになる、切っ掛けともなった。


 その時の光景が、口を開けた建物の中に広がっていた。

 うぞうぞうぞうぞ、と。無数の蒼蛞蝓が、ダンゴになって犇めいている。

 外の蒼蛞蝓よりも一回りは小さいそれらが、忙しなく無秩序に動き回っていた。


 ヅヱノは見ているだけで、身体を這い回られているような気持ちになる。おもわず画面外にいないか、手元や戦闘室内を確認してしまうほどだった。ヅヱノはなるべく蒼蛞蝓団子を直視しないようにし、故に『それ』に気づいた。


 転がる手足。

 それは外の物よりも、一回り以上は小さい。

 サイズ的には、子供のものだ。そう、子供。ここは、子供達が匿われていた場所なのだ。つまりは外にいた兵士達は、この子供達を守ろうとして命を落としたのだ。だが大きな蒼蛞蝓は止められても、小さな蒼蛞蝓は防げなかった。外で戦っている間に小さな蒼蛞蝓に侵入され、子供たちは残らず惨殺されたのだ。


 引率の人間と思われる、成人女性の遺体もあった。

 全身に殴られたような痕跡が見られ、その手にはひしゃげたバールのようなものが握られている。侵入してきた蒼蛞蝓に、必死に抵抗しようとした痕跡が見られた。抵抗の甲斐なく彼女は命を落とし、蒼蛞蝓たちから子供達を守れなかった。


 結局の所、今回も間に合わなかったのだ。

 判ってはいたが、ヅヱノの気持ちは鉛をつけたように重くなっていく。

 そんなヅヱノの、ヴェーダーの前で、一匹の蒼蛞蝓が進み出る。


 どこから入ったのか、その蒼蛞蝓は他の蒼蛞蝓よりも一回り大きい。

 成体サイズのそいつは身体に固い角が生えており、それを突きつけてきた。ヴェーダーへ、ヅヱノへ、身を震わせて威嚇しながら。邪魔するなという、意思表示をしてきた。


「――」


 ヅヱノ頭の中で、脳細胞がスチールウールのように燃えた。圧し折るような力で、選熕釦を親指で弾いた。ガコッと銃郭口から擲弾砲が飛び出し、蒼蛞蝓が凍りついた。


『銃郭:デススターマインスロア:発射:残弾:09……08……07……』


 擲弾砲はギエムの頭上に打ち上げ、散弾等で間接攻撃をするための物だ。それが直接照準で放たれ、狭い屋内で炸裂する。色鮮やかな爆炎が広がり、雨の様に散弾が散り、子弾地雷が降り注いだ。


 九発全てを撃ち込み、その煙すら消えた頃。

 中に残っているのは無数の血肉と、青く塗り潰された内壁だった。

 日光が蒼蛞蝓の鮮血に反射し、不気味に部屋を青々と照らしている。


「……」


 ヅヱノは奇環砲ではなく、擲弾砲を選んだ。それは一匹残らず殺す為だ。屋内で榴散弾を炸裂させた上で、ギエムに反応する子弾地雷が敷き詰められる。その状況で生き残るものはおらず、現に子弾地雷は沈黙を保っている。だがその沈黙が、ヅヱノに殲滅できたという暗い達成感を与えた。


 ヅヱノは陰湿であると自認するが、しかし噴き上がった感情は抑えられなかった。彼はまたしても人を助けられず、無力感に打ちひしがれていた。そんな時に、彼がこの世で最も嫌悪する外観を持ったギエムから威嚇される。それはヅヱノが我慢できる許容範囲を、大きく超えた状況だった。


 建物内の蒼蛞蝓を殲滅したというのに、ヅヱノは怒りが収まらない。全身の細胞で石炭でも燃やし始めたように、体が熱くなっていく。そんな彼の前に、新たな蒼蛞蝓が現れた。ヅヱノが入念に駆除した範囲の外、建物の陰からひょこりと角を覗かせている。トラウマからなるべく直視しないようにしていた蒼蛞蝓を、ヅヱノは炯々と輝く瞳で凝視する。蒼蛞蝓への殺意が、蛞蝓へのトラウマを踏み潰していた。


 そしてヅヱノは蒼蛞蝓へと、手当たり次第に銃砲を撃ち始めた。奇環砲で直射できずとも、建物を撃ち瓦礫で退路を埋める。あるいは擲弾砲で子弾地雷を撒き、地雷原で道を塞ぐ。そうして逃げるに逃げられない蒼蛞蝓を、周囲の建物ごと光線砲で焼尽させる。銃郭の弾をばら撒いて足止めし、砲郭で一気に刈り取っていく。


 砲熕機関で狙えない遠方の蒼蛞蝓には、『襲撃』に切り換えた機龍に空襲させた。機龍の航路を変更し、蒼蛞蝓のいる場所へと機龍を誘導する。そうして時折機龍に指示を出しつつ、ヅヱノはヴェーダーをギエム反応へと前進させる。


 及び腰だったヅヱノの姿は影も形もない。ただ『おぞましいものを一分一秒でも早く絶滅させる』という意志が、煮えたタールのような情念が港湾都市に浸透していく。


 結果、港湾都市は松明のように燃え盛った。港街が炎に包まれ、まさしく炎の海といった有様だった。波打つ炎の中で、人の残骸と蒼蛞蝓が等しく焼け焦げていく。


 街を焼く戦火の上に、ヴェーダーは佇んでいた。

 正しく超兵器の面目躍如、といった様子であった。

 全てを灰燼に帰したヅヱノだが、その顔色は優れない。


 幾ら怒りと興奮でブーストがかけられていても、蒼蛞蝓は相変わらずヅヱノのトラウマを刺激する。蒼蛞蝓を殺せば殺すほどに、着々と精神を蝕まれていたのだ。ヅヱノの精神は、限界に近付いていた。だが、ここで止まる訳にもいかない。


 ヅヱノには、まだ戦いが終わっていないとわかるからだ。

 蒼蛞蝓が一切合切燃え尽きても、まだ残っている存在がいる。

 蒼蛞蝓――ギエムたちのボス、ギガムがいる筈なのだ。


 ヴェードの際には、必ず最後に現れるギガム。ソイツがまだ現れていない以上、ヴェードはまだ終わっていない。だが未だ、ギガムの姿は影も形もない。仕方なくヅヱノは局地戦爆のセレクタスイッチを回し、二機の機龍を偵察に飛ばした。


 片方は内陸方向へ、もう片方は外洋方面だ。

 どちらにいるかは判らないが、恐らく内陸側の方にいるとヅヱノは考えている。なにしろギエムは蛞蝓なのだ。蛞蝓は皮膚呼吸生物で泳げず、海は苦手であるはず。だから蒼蛞蝓は内陸側から襲撃し、港湾都市を制圧したのだろうと彼は考えた。


「難儀なもんだな。立派な港を持つ都市が、海側じゃなくて陸側から滅ぼされるなんて」


 ヴェーダーを港の方まで移動させたヅヱノは、座礁した船を見ながらそう呟く。船は軍用と見られ、非常に立派な装備が積まれている。回転式の砲塔を持っており、口径も大きく見える。あの大口径砲で撃たれたら、蒼蛞蝓などひとたまりもない。


 だがその船は、人と蒼蛞蝓の死体で溢れかえっている。蒼蛞蝓は街よりも先に、船の方を襲ったのだ。出港する間もなく、船員は全滅した。辛うじて出ようとした船も、沖合に出る前に蒼蛞蝓との争いに負けて座礁した。そんな顛末が、埠頭に突き刺さった軍艦から読み取れた。


 蒼蛞蝓は海が苦手なのに、なぜわざわざ忌避する海側から襲ったのか。蒼蛞蝓がただの大きな蛞蝓なら、その動きは不可解だ。しかしある程度の知能を持っていると考えれば、その行動にも合点がいく。蒼蛞蝓は軍艦が脅威である事を理解し、故にこそ先に軍艦を攻撃したのだ。


 今までのギエムも、ある程度の知能を持っていた。小鬼と犬頭は、人間の作った道具――あるいは自作した道具を使う知能があった。蒼蛞蝓もギエムである以上、見た目と違いある程度の知能を持っているのではないか。そうヅヱノは考えていた。


『警告:警告:警告』

『警告:襲来:甲標的:要迎撃』


「……!」


 けたたましく鳴り響く警報。今更騒いだりしない。念願のギガムの登場だ。反応があったのは二番機、『沖合』に飛ばした方だった。


「海からか……予想が丸々外れたって訳だ。だが、海からどうやってナメクジが来るんだ?」


 ヅヱノは首を傾げながらも、二番機の主観映像を空撮画面に映す。

 空撮画面に大海原が映し出されるが、その水平線に異様な存在がいる。


「これは……? なん、なんだ?」


 それは、巨大な金字塔だった。だが金字塔にしては縦横が少々歪んでおり、更に表面が歪で凹凸が凄まじい事になっている。周りに比較対象がないので大きさは判らないが、ヅヱノの目には非常に巨大に見える。確かなのは、その巨体が白波を立てるほどの快速で移動している事だ。


「よく判らないな……生き物なんだよな? 今までもそうだったし……アレがあの蒼蛞蝓の成体なのか? ズームしてみるか……ん? ……ヒッ!?」


 ヅヱノが主観映像を拡大して観察していると、金字塔の体表が動いた。精確には殻の一部が動き、にょっきりと蒼蛞蝓が頭を出したのだ。一つ二つではなく、他にも無数の蒼蛞蝓が頭を出している。蒼蛞蝓の群れは、競うように二番機を見上げていた。ぞわぞわぞわっとヅヱノの全身に鳥肌が拡がり、主観映像から顔を背ける。


「コイツは……巣か。移動能力を盛った巣とは、また奇妙なモンを」


 巨大な生き物かとヅヱノが勘違いしたそれは、無数の蒼蛞蝓が潜む『巣』だった。だが自力航行する巣など聞いたことがない。しかしこれで、海側から攻撃が始まった理由が判明した。蒼蛞蝓はこの巣に乗って海を渡り、港へ上陸戦を仕掛けたのだ。


「それで……ギガムはその巣のどこにいるんだ?」


 ヅヱノは生存装甲を視認するため、濾光釦へ手を伸ばす。生存装甲の形状によりギガムのおおよその位置は特定できる。前例に倣うならば、一回り大きな蒼蛞蝓が金字塔のどこかに潜んでいる筈なのだ。


 濾光釦が点灯すると、画面に生存装甲が現れた。可視化された生存装甲は、今までのものとは少し毛色が違っていた。金字塔の表面に無数の針を生やした、四角錐の棘皮動物のような姿だった。


「生存装甲がほぼ巣と重なってるのか、となると位置的には大体巣の中心あたりか? ……ん? いや、待て。なんかおかしいぞ」


 観察していたヅヱノの中に、違和感が生ずる。生存装甲が、あまりにも金字塔とぴったりなのだ。大鬼や老狼の生存装甲は、本体から大きく逸した姿をしていた。だがこの生存装甲は、金字塔に毛が生えたような姿だ。


 あそこまで一体化する事があるのだろうかと、ヅヱノは首を傾げる。偶然ギガムの生存装甲が、金字塔と一致したという可能性もある。だがあそこまで綺麗に重なっていると、特別な理由があるのではと勘繰ってしまう。


『局地戦爆:デススターファイター:二番機:偵察:出撃中:充填率:……12……、……、……11……』


 ギガムの上空で旋回し続けていた機龍も燃料的に限界で、ヅヱノは帰投を指示する。老狼の時と違い、機龍は撃墜される事無く戻ってくる。それを発着口で受け止めると、ヅヱノはヴェーダーを歩かせて湾内に入水する。都市を丸ごと焼き払ったが、これ以上『彼ら』の上で戦う気は起きなかったのだ。街からある程度離れつつも、街の炎を背負うようにしてギガムを待ち受ける。


 水平線から、小さな山が頭を出した。山は裾野をゆっくりと広げていき、水平線に鋭く巨大な三角の稜線が結ばれる。麓に白波が見える頃には、金字塔の全景がヴェーダーからも見えた。まさしく『海上を滑る金字塔』といった姿だった。


「……何となく、判ってきたぞ」


 ヅヱノは金字塔の生存装甲を観察していて、気付いた。金字塔の装甲が動くと、生存装甲も対応する場所が動いている。中にいる『何か』に反応しているのではなく、そもそも金字塔と生存装甲が連動しているのだ。


「……この『巣』自体が、ギガムなんだ。この世界のギガムは生きた存在ではなく、この構造物がギガムになってるんだ」


 それなら生存装甲がぴったりなのも説明がつく。

 偶然形状が被ったのではなく、本体の形状をなぞったのだから。


「しかし物に主人公補正ねぇ……あぁ、まぁない話じゃないか」


 例えば軍艦に限るなら、異常に幸運な艦というのもある。どれだけ攻撃を受けようと、何人船員が死のうと、まったく沈むことがない。まるで意志を持って耐えているかのように、浮き続けた船もある。そういった事例を考えれば、物に生存装甲がつく事も絶対にありえないとはいえない。


 だが皮肉な話だ。蒼蛞蝓の巣は、蒼蛞蝓を守るための道具だ。だというのに、守るべき蒼蛞蝓よりも『守られている』。蒼蛞蝓が全て死んだとしても、巣だけは無事に浮かんでいる。生存装甲とは、そういう物なのだ。生存装甲を宿した巣、それは酷く歪な存在といえる。


「だがそうと判れば、こっちのものだ」


 なにせギガムはあの巨体だ。幾ら生存装甲が無茶苦茶だといっても、避けたり偶々外れたりといった事態が発生するとは考えづらい。ならば今回は、砲熕機関等の決戦機関以外の武装も通用するかもしれないとヅヱノは期待した。


 手始めに、砲郭口から吐き出した光線砲を金字塔に向ける。すると金字塔は急にその場で回頭し始め、ヴェーダーの方へ四角錐の角を向けた。生存装甲も一斉に針を寝かせている。


 緑の流星が海上を貫き、金字塔の表面に到達した。だが破壊力が周囲へ伝播する事もなく、着弾点で爆発が起きる。煙が晴れると、しっかり装甲表面が損傷もしていた。見た目だけでいうなら、全くの無傷だった大鬼より効いているように見える。


『甲標的:生存装甲:展開率:95』


「大鬼よりも効いてない、だと?」


 生存装甲だけで見るなら、大鬼よりも効果が出ていない事になる。だが実際の装甲には、明らかな損害が見受けられる。これまでのギガムは生存装甲が破られなければ、傷一つつかなかった。だが今回のギガムは、生存装甲が万全な状態で被弾している。


「……ひょっとして、あえて生存装甲で全てを防がないのか?」


 生存装甲は、単にギガムを守るだけの力ではない。ギガムが攻撃する際にも生存装甲は連動し、その力を発揮していた。本来なら効かない、あるいは当たらない攻撃。それを生存装甲は、必中の有効打に変えていた。


 そうした生存装甲の攻撃能力を優先し、生存装甲の防御能力を削減している可能性がある。生存装甲は修復こそするが、損傷していれば当然機能を損ねる。金字塔の生存装甲はあえてダメージを通して、生存装甲の攻撃能力を維持しているのだ。


「撃破しやすい……って、事はないな。もし単純に守りの弱い生存装甲ってだけなら、もっと甚大な被害が出るはずだ。巣自体が、素で光線砲に耐えられる材質で作られてやがるんだ……とんでもねぇ生き物だな」


 金字塔に動きが見える。ヅヱノは吐き気を抑えて拡大釦を傾けると、蒼蛞蝓が何かを用意している姿が見える。まるで戦列艦が側舷に大砲を展開する様に、蒼蛞蝓が穴という穴から何かを押し出している。


 それは細長い巻貝のような物で、根元には烏賊のような触手が生えている。触手はしっかり動いており、烏賊巻貝が生物である事を示している。烏賊巻貝は触手を蒼蛞蝓と金字塔に張り付かせると、細長い貝殻をぐりぐりと動かし始めた。


 ヅヱノはぞっと寒気がした。烏賊巻貝の動きが気味悪かったからではない。生存装甲の針がガンガゼの様に細長く伸び、その針が烏賊巻貝の貝殻と連動していたからだ。生存装甲が無数に伸ばした針が、それぞれ何かを探し求めるように揺れ動いている。


 生存装甲が動くのは、ギガムを守る時か、ギガムが攻撃する時のみ。つまりあの烏賊巻貝が、金字塔の攻撃手段である事を明示している。ゆらゆらとゆっくり動く針山が、得体の知れない不気味さを煽る。


 好き勝手に動いていた針の山が、突然俊敏に動いた。

 全ての針が一斉に向きを揃え、針先を一点に向ける。

 その動きを観測するヴェーダー――ヅヱノへと。


『警報:敵襲:甲標的:攻撃準備』


 突然金字塔の側面が煙で覆われ、ヴェーダーと金字塔の間に薄暗い靄が現れた。雲霞のような靄は、ヴェーダーと金字塔の間を瞬間的に遮り――ヴェーダーへと殺到した。


『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7522』

『敵襲直撃:一番頭部:一番頸部:二番頭部:二番頸部:三番頭部:三番頸部:中央基部:機体損傷:装甲槽数:235』


 靄は弾丸だった。数え切れないほどの弾丸が、一瞬にして放たれたのだ。まるで戦列歩兵が斉射するように、しかし遥かに高精度・高密度・高火力の集団射撃がヴェーダーを襲ったのだ。


「一度に装甲を二〇枚も貫かれるとは……だが、どっから砲撃が? それらしい物は、あの……巻貝、か」


 ヅヱノは拡大釦を押し、射手を確認する。烏賊巻貝が背負った貝殻の先端から、煙のような物を漏らしている。烏賊巻貝の正体は、大砲なのだ。鉄砲魚が水を射出して虫を落とすように、烏賊巻貝は細長い貝殻から弾丸を撃ち出したのだ。生存装甲込みとはいえ、ヴェーダーの装甲槽を貫く魔弾。それを全ての個体が、ほぼ同時に発射したのだ。


 高機能な生物が共棲し、機能自体は現代兵器にも匹敵しうる存在になっている。恐らく自然界の生存競争によって獲得したであろう本能が、人類が培ってきた叡智に匹敵――あるいは凌駕している。その実証に、ヅヱノは戦慄する。


 子鬼も犬頭も、人型という道具を使うに適した種族だった。いうなれば人間と同種の強みを持っていた訳だが、蒼蛞蝓に関しては全く違う。人類のように科学的な発展を遂げずに、生物学的な進化によって同等の力を獲得している。まるでキリンが首を伸ばすように、蒼蛞蝓が宇宙を飛び始める可能性すらあるのだ。


 ただ単に人を襲うだけであれば、害獣に分類されても仇敵とはならない。人は個よりも、群としての強さが光る種族だ。確かに生身であれば鮫や熊に無力だが、群れて本気を出せば敵にすらならない。戦車や戦闘機、爆薬や毒ガスを使えば一瞬で滅殺できる。


 野生動物にそこまでする必要はないと、費用対効果や環境に悪いと手段を選ぶ余裕すらある。最強の猛獣でも、人に掛かれば真剣に敵対すべき相手ではない。そんな人間に対し『敵』となれる生物は、少なくとも人と対等な力を持っていなければならない。蒼蛞蝓は、その力を持っているのだ。


 ヅヱノは人類の仇敵――ギエムの神髄を、金字塔の姿に垣間見た。

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