第25話

「ふぅむ」


 ヅヱノは格納庫で接触画面を呼び出し、調べ物をしていた。菓子動物と二輪怪獣の出現――二つの大きな変化により、改めて確認する必要があると感じたからだ。


 艦内の施設は、ヴェードで回収された絶対燃料によって動いている。文字通りの燃料としてではなく、施設そのものを改良する資材としても機能している。その改良が発生するのはヴェード後、つまり新たに絶対燃料を獲得した時だ。


 帰還から反映まで、若干の時間差が発生している。だが絶対燃料の新規獲得が、施設改良の引き金になっている事は間違いない。ンゾジヅの能力向上にも、確実に影響している。施設改良による明らかな変化は、燃料蔵槽で最も起きている。菓子動物と二輪怪獣は、変化の最たる例だ。だがヴェードで回収された絶対燃料は、燃料蔵槽以外にも供給されている。


 それが機軸機関と、輪廻転槽の二区画だ。ヅヱノが目立った変化を体感していないか、あるいはそもそも立ち寄った事自体がない場所だ。施設改良による変化が、各々いかなる形でもたらされるかは判らない。だが間違いなく他の場所でも、燃料蔵槽のような変化が発生している筈なのだ。


 そしてこの接触画面は、機軸機関の一部である。ならば接触画面の機能も向上しているのではないか。そうヅヱノは考えて、接触画面の確認を行なっていた。そして彼の考えは、増えた項目や情報の羅列によって証明された。


「色々弄れるようになっているな。こいつは……絶対燃料の供給配分を変えられるのか? 一番改良したい場所に、優先的に回せるのか……まぁ、だから何だって話だが」


 ヅヱノが睨む画面では、各施設に数字が割り振られている。現在機軸機関と燃料蔵槽に重点的に配分されているが、大きく変えることも可能だ。だがヅヱノの手は動かない。


「下手に動かしても面倒になりそうだな、絶対燃料の補充が不足した場合の影響がわからない……にしても改良、ねぇ」


 燃料蔵槽での改良は、植生が豊かになる事だ。一部植生という単語で片づけられない点については、ヅヱノは目をつむる。少なくとも、『豊か』になっている事は確かだった。


 輪廻転槽は艦内施設で投棄された物が、絶対燃料に還元されているという場所だ。つまりゴミ処理場である。ゴミ処理場の改良とは、ゴミの処理速度が上がるとかそういった方面の話だ。非常に重要ではあれど、劇的な変化は想像できない。


 機軸機関――最も重要な部分だが、変化が大きいとすればここだ。文字通りの艦機能の機軸機関であると同時に、ヴェーダーの管理施設でもある箇所だ。ヴェーダーを直接管理する格納庫だけでなく、搭乗するハリアーの自室等もここに含まれる。ンゾジヅの改良分の絶対燃料も、ここから供給されているとヅヱノは見ている。


 そしてハリアーへの強化が、恐らくンゾジヅという形ではっきり現れているように。ヴェーダー自体の強化も施されている。ヅヱノが最初にヴェードをした際、転写された情報に投射機関はなかった筈なのだ。小鬼の絶対燃料で投射機関が解放されたのだとしたら、前回のヴェードでも何か増えているのではないか。そう考えてヅヱノは、ヴェーダーに纏わる項目を閲覧した。


『蒐撃機名:シースターフォート』

『機体骨格:砲熕斉発型:局戦Ⅲ型』

『機体特性:機首転換:特性階級:Ⅰ+』

『最高速度:第一侵界速度』

『限界速度:第三侵界速度』

『動力装甲:駆動効率:100』

『装甲槽数:255:損傷槽数:000』

『装甲階級:ⅢA:抗靭強度:伊+:遮断効果:伊:伝達速度:呂+』

『兵装荷点:銃郭:09:砲郭:03:噴進弾頭:33:局地戦爆:03:決戦:01』

『保有武装:銃郭:02:砲郭:01:噴進弾頭:38:局地戦爆:02:決戦:01』

『搭載火点:砲熕火点:12:投射火点:12:決戦火点:01』

『侵界燃料:濃縮ギドラジン:循環充填:圧力正常』

『随伴基地:投射母艦:界宙戦艦:ヲズブヌ』

『艤核蒐號:ヅヱノ』


 以下もずらずらと、ヴェーダーに関する情報の字列は並んでいた。理解を助ける幾何学象形文字はなく、ヅヱノはざっと情報に目を通した。そして目頭をもみつつ、ヅヱノは得た情報を反芻する。


「機体骨格……砲熕斉発型ってのは、ヴェーダーの種類か。どうやら分類が必要な程度には、他にも『ヴェーダー』が存在するらしいな」


 ヴェーダーが一機だけなら、わざわざ能力で区別する必要はない。つまり分類を必要とする程の変種と、数が存在しているという事を裏付けている。単一勢力が量産していたのか、複数勢力が競って作っていたのか。いずれにせよヴェーダーの製作者が、底知れない技術力を有しているのは確かだ。


「色々気にはなるが……その辺は一旦置いておくか。えっと……砲熕斉発型の装備は……銃郭と砲郭等の砲熕機関と、フォックスフォースが中心の投射機関か。砲熕機関とフォックスフォースで強力な瞬間火力を出すタイプ、と。固有構造は機首切換……へぇ、機首の変更はこの機体独自の機能だったのか」


 ヴェーダーの機能だと思っていた部分が、意外にも『シースターフォート』の特性であった事にヅヱノは驚いた。巡り合わせによっては、全く性格の異なるヴェーダーに乗っていた可能性もあったのだ。


「それで装備の確認は……装備の変更もできるのか。変更っていったって、他にあるのか? とりあえず、えーっと……銃郭、っと。デススターブルドッグ、ね。高速連射が可能。装弾数は一〇〇発か」


 ヅヱノは兵装項目を弄り、武装の載せ替えができる事に気付いた。奇環砲や光線砲など、使った覚えのある装備を確認していく。試しに武装変更を押してみると、奇環砲以外に見慣れない装備を見つけた。


「えーっと……種類は銃郭で、装填数は……九発? 銃郭だよな? 随分と装弾数が少ないが……子弾を撒く榴散弾を連射するのか。ギエムを一気に排除したり、周囲に散布してトラップに使ったりできると」


 攻撃兵器というよりも、防御兵器のようだった。装填時間は銃郭でありながら、砲郭よりも長く設定されている。敵に群がられた時は便利だが、奇環砲のように気軽に使えない装備だ。


 奇環砲と比べると利便性は著しく下がるので、交換する必要はない。だが幸い、砲熕斉発型は砲熕機関を複数搭載できる。砲郭は三つまでだが、銃郭は九機まで載せられる。保有装備が少ない今は、なおさら問題なく併載できた。


「新しい武装は、どうやって増やすんだ? えーっと……あぁ、やっぱりこれがヴェーダーの改良なのか……ふむふむ……お、フォックスフォースにも新しいのあるな」


 ヅヱノが調べてみると、『新装備』はヴェード後にランダムで作られるのだと判った。ヅヱノの予想通り、機軸機関はヴェーダーに纏わる改良もしていた。つまり機軸機関に絶対燃料を多く配分すれば、武装が多く手に入る可能性もあるのだ。


「にしても、ランダムで手に入るねぇ。なんというか、ゲームっぽいな」


 ゲームでドロップ率が渋い希少アイテムを求めて、何度も強敵に挑んだ記憶をヅヱノは思い出す。実戦で使っていない以上、新装備の当たり外れの区別はつかない。だがヴェーダーに載る装備だ、たとえ『外れ』であっても強力な性能を持っているに違いない。


 少しでも予習しておこうと、噴進弾頭の新装備へと指を動かす。だがその指はピタリと止まり、ヅヱノは近づいてくる足音――ンゾジヅへと振り返る。ンゾジヅは二つの皿を持っており、その片方をヅヱノへと差し出した。


「ハリアー、どうぞ」

「ありがと、ンゾジヅ」


 ヅヱノは一旦操作をやめ、ンゾジヅから皿を受け取る。皿の上には、菓子がよそられていた。透き通った褐色の殻で覆われている、着飾ったパンケーキのような見た目の菓子だ。隣に座ったンゾジヅと共に、ヅヱノは菓子に口をつける。


 ヅヱノがかぶりつこうとすると、ひんやりとした冷たさを唇に感じた。そのまま歯を立てて噛み付くと、バリッと音を立てて表面が砕ける。そして香ばしいカラメルの臭いが鼻に抜けていく。菓子表面はカラメルを焼き付けられた、硬めのクッキー生地が覆っていた。


 バリバリとクッキー生地を噛み砕くと、その下にはふわふわもちもちしたスポンジ生地が歯や舌の上で弾む。ふっくらと空気を含み、甘味と弾力のある蜂蜜風味の生地だ。ヅヱノはカステラを思い出しながら、柔らかい甘みを噛み締める。


 構造的には、メロンパンが一番近い。表面がカラメル風味で、内部が蜂蜜カステラの豪華なメロンパンだ。楽しい食感の菓子であり、咀嚼する度にカラメルや蜂蜜の香りが咥内へ広がっていく。


 外側と内側は喧嘩しそうな程、どちらも存在感のある味わいだ。だが個性の強い両者が、絶妙に互いを引き立てている。味が喧嘩するどころか、くどさすらも感じない。ほんのりと香る酒精等で、微細に味を調整されているのだ。ヅヱノが元居た世界でも、早々口にできないような逸品だった。


 ヅヱノが咥内で繊細な味覚を転がしていると、ふと『意図的に目を背けていたもの』に視線がぶつかる。良かった気持ちが、急に沈む。溜め息と共に、ヅヱノの咥内から蜂蜜臭い幸福が漏れた。


(……ビジュアルどうにかなんないかなぁ)


 ヅヱノの視線の先では、菓子動物がフックに吊られていた。頭がくたっと垂れ下がり、虚ろな瞳があらぬ方向を向いている。首から下は皮がはがれて、血肉や内臓が晒されていた。グロ以外の何物でもない。


 だがその生々しい断面は、全て菓子屋で売っているような甘味で出来ている。舌触りが滑らかなクリーム、サクサクふわふわなパイ生地、甘酸っぱいベリー系のジュレ。自然環境では発生しない菓子職人の技が、菓子動物の体を巡っているのだ。


 菓子動物は、文字通りの『歩くお菓子屋さん』だ。ただし商品の対価は、貨幣ではなく研ぎ澄まされた暴力。実力によってのみ、菓子動物の甘味は得られるのだ。そう書くとただの略奪でしかないが、言い繕いようのない事実である。


 そんな苛酷な現実から逃れるように、ヅヱノは切り取った幸せの一口を含む。咥内の甘みはすぐに脳へ回り、ヅヱノは汚名を被ってもいいかと思いながら口を動かす。隣でもンゾジヅが不思議メロンパンを頬張り、ヅヱノ以上に顔を蕩けさせている。そして食べる速度も、ヅヱノの数倍だ。


 ペロリと不思議メロンパンを平らげたンゾジヅは、菓子動物のスプラッターボディからそぎそぎそぎと肉を切りとる。見た目は血が滴る生肉なのに、皿に盛れば立派なデザートへと早変わり。菓子動物はンゾジヅから散々逃げ回っていたのに、切り開いてみれば氷じみた冷たい身が現れる。


 熱を生みやすい動物が冷えたデザートの体を持ち、熱を生まぬ植物がホカホカの店屋物を出す。両者の特性は逆ではないかと、ヅヱノは首を捻る。燃料蔵槽の法則が異常なのは、今に始まった事ではない。だがあべこべな状況が、更に違和感を強くする。


 新たな菓子を皿に盛ったンゾジヅが、ヅヱノの隣に戻ってくる。

 そして厚めに切り分けたハニートーストを、幸せそうに口に含んだ。


 ヅヱノが食べている不思議メロンパンと、ンゾジヅが食べているハニートーストだが、これは同じ菓子動物から取れたものだ。一つにつき一品の料理の実と違い、菓子動物は部位ごとに食べられるものが違うのだ。


 そして菓子動物ごとに蜂蜜系やチョコレート系など、種類が統一されている場合もあった。だが全く共通性のない物が、ごちゃ混ぜになっている事もある。外見で中身を予想するのが難しいのは、料理の実との共通点だ。


 ともかく菓子動物を一頭狩れば、下手な菓子折りよりも多彩で多量の菓子を食べられる。『歩くお菓子屋』とは、そうした部分も指してのたとえでもある。ヅヱノが食べたことのあるものから、口にするどころか見たことさえない品まで。菓子動物には、あらゆる菓子が混在していた。


 それらをンゾジヅは綺麗に取り分けて、盛り合わせてくれる。ヅヱノがやったら、確実に境目がぐじゃぐじゃになること請け合いの密集具合だ。チョコレートの骨に、スポンジの筋肉を持ち、ベリーソースの血が流れる。そんな菓子動物の部位同士は、密接に繋がっている。癒着同然に隣り合っていることも多く、料理人ですら取り分けるのに難儀しそうな状態だ。


 だがンゾジヅは精確にナイフをさしこみ、なんてことないように取り分ける。商品棚から取り出すように、各部位を外して皿に載せるのだ。半獣の巨躯らしからぬ、繊細な妙技だ。銃弾すら撃ち落とす身体能力の使い道としては、贅沢という他ない。


 ンゾジヅは、自分を見てくるヅヱノの視線に気づく。ハニートーストを口に運んでいた手を止め、何か考えるように首を傾ける。そうしてンゾジヅは暫く考えた後、はっと何かに気づいたような顔をした。


 そしてンゾジヅはヅヱノを手繰り寄せると、自分の腹にしまうように抱き込んだ。そしてやりきったという様子で、満足そうに食事に戻った。彼女は短いながらもヅヱノの世話係としての慧眼により、ヅヱノが寂しがっていると見抜いたのだ。


 頭をなでてくる南半球に、ヅヱノは複雑な思いで不思議メロンパンを齧る。

 今ヅヱノが置かれている状況のように、それは甘ったるく彼の口腔を侵していった。

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