第22話

 タイトル画面が消えると、すぐに自機選択画面が現れる。三つの項目が用意されている通り、三機種から選択できる。一番目が機銃と敵の武装を一つ装備し、最大三つまで武装を持てる基本的な機種。二番目が強力な機銃を撃てる代わり、武装は一つしか持つ事ができない機銃特化機だ。


 ヅヱノが選ぶのは、三番目の機体だ。武装を機体上下に二つ装備できる代わりに、その二つしか武装を持てない。更に武装を二つ装備すると機銃も使えなくなる、武装特化型の機体だ。三機種の中で、最も高い瞬間火力を期待できる機種である。


 ヅヱノは機種の選択を終えると、自機を敵が空襲する都市に飛び込ませた。機銃で敵機を破壊すると、素早く敵から装備を奪って撃ち始める。飛来した敵が、弾を放つ間も無く撃墜されていく。あっという間に、第一波が殲滅された。


「……あ、つよいの」


 そして早くもボスが出てきたが、ヅヱノは未来がわかっているかのように敵弾を避けていく。そして乱射していたボスの機関銃を破壊し、更にもう一方の手の散弾銃も破壊。するとボスは新たに別の光線銃を取り出し、それまでとは違う攻撃パターンで追い詰めてくる。だがその攻撃も軽々と避け、鳥脚戦闘機は至近距離で自動砲を速射する。自動砲は細かく排莢しながら砲弾を吐き、ボスは激しい被弾に苦しむような素振りを見せる。


「なんで、ちかくでうってるのー?」

「弾丸が画面内にあると再装填されないんだ。だから近くで撃つとすぐに再装填できて、高速で撃てる。固い敵やボスをさっさと倒したい時とか、短期決戦には必須の基本技だな……敵の動きを把握してないと、事故ったりするけどね」

「たしかに、はやい……うー!」


 鳥脚戦闘機は近距離で連射しつつ、ボスの反撃を紙一重でひらりと避ける。鳥脚戦闘機の鮮やかな動きに、背後でンゾジヅが感嘆の声を上げる。そして興奮して、ヅヱノに持たれかかるように身を乗り出している。ヅヱノは背中に押し付けられるやわらかいもので気が散りそうだったが、画面に集中して指を動かす。


 ボスを追い詰めると、初見殺しの一斉掃射をしてくる。だがヅヱノはそれを至近距離で回避して、あっけなくボスに止めを刺した。爆沈するボスを背に、鳥脚戦闘機は先へ進む。鳥脚戦闘機は空襲が続く市街へと繰り出し、増援の敵攻撃艇を次々と撃墜する。


「はりあー。うまー」

「これぐらいは慣れたモンさ。やりこんだから、完全に覚えてる」


 何の因果か、このゲームはヅヱノが慣れ親しんだタイトル『ツバイバイン』だった。ジャンルは横スクロールSTG。ストーリーは、地球と月が戦争する世界で、地上軍の新型戦闘機ツバイバインが月面軍を駆逐するという物だ。


 最大の特徴は、特殊武装――キャスポッドを敵から奪って使うという点だ。キャスポッドは1~3つ程しかストックできず、弾数にも限りがあり、何度も被弾すれば壊れる。そんなキャスポッドを状況に応じ、取捨選択しつつ進まねばならない。


 独特のメカデザイン、細かく動くキャスポッド、荒廃した未来の背景、敵から武装を奪って戦うシステム、軽快で癖になる曲調のBGM、趣向が凝らされた演出、どれをとってもヅヱノの中で一番のSTGだ。


 敵やステージのどこを破壊したらどう動きが変化する等のギミックさえも、はっきり覚えている。それほどやりこんだ作品なのに、ヅヱノは初めてやった時にも似た未知の興奮を感じている。その理由は、ンゾジヅの存在だ。


 ヅヱノはただプレイしているだけだというのに、まるで目新しいステージにでも繰り出しているかのように興奮する。ただンゾジヅに、プレイを見てもらっているだけだ。それが、ヅヱノには新鮮な経験だった。


 このゲームは昔に出た作品で、ヅヱノが遊んでいた頃にはとっくに化石同然の扱いを受ける代物だった。ドット全盛の時代に珍しく完全3Dで作られたSTGだが、現代から見れば荒く古めかしく見えてしまう。


 ヅヱノもたまたま見かけたプレイ映像を見なければ、存在を知りもしなかった。美麗なグラフィックが氾濫する現代において、古いグラフィックはそれだけで子供の目にはマイナスに映る。だというのに彼はツバイバインに一目で魅せられ、寝食を忘れてのめりこんだ。


 それほどツバイバインを楽しんだヅヱノだったが、この作品を友人に布教したりはしなかった。彼にとって特別な作品であり、万一にも悪し様に言われるのを嫌ったからだ。故に他人とこの作品の経験を共有するのは、ヅヱノにとって初めての事だった。


「ちかてつ?」

「こっちのルートは特別な条件を満たさなくちゃ入れないんだ。さっきのボスに光線銃を出させてから、武装を破壊せず撃墜するとこっちのルートに……っと、そろそろだぞ。ほら、大ボスの登場だ」

「すごく、おっきい。つよそう」


 めまぐるしくカメラアングルが変わり、大ボスの力強さと雄々しさを強調させる。野太い二本足で身体を支え、鎌首のような防空砲塔を擡げる。火の海に包まれる街を背景に、重歩行戦車ナウマンは鳥脚戦闘機に己が威容を誇示。そしておざなりな降伏勧告をしてから、鳥脚戦闘機への攻撃を始める。


 このゲームの一番いい所は、ボスの作りこみだ。ボスは非常にバラエティ豊かかつ、それぞれが特徴的な動きを持っている。先程戦った、中ボスの重戦闘降下艇シメーレは言うに及ばず。巨大輸送列車を狙う潜砂母艦アーマイゼ、地下基地に侵入孔を開ける地中戦車ドーラ、秘密工廠に強行着陸する空襲戦車アイスフォーゲル、様々な背景を持った魅力的なボスが待ち構えている。


 有名なのは、格闘戦を仕掛けてくる人型戦車ハイデッガーだろう。ハイデッガーは人型ロボットであり、文字通りの格闘攻撃を自機へ仕掛けてくる。サマーソルトキックや裏拳をかましてくるボスなど、STG界広しといえどもこのゲームだけだ。色物かと思えば、中々歯ごたえのある動きをしてくれる面白いボスだ。


「あ……くび、とれた」

「ああ、ボスはこんな風に剥いていけるんだ」


 画面内では重歩行戦車が防空砲塔を破壊され、苦しむように悶えている。ボスはコアという急所と、装甲や武装等の機体で構成されている。コアは電子装甲で護られた操縦席で、超小型高性能な動力炉も搭載されている。コアを破壊するとボスはたちまち沈黙し、場合によっては爆発を起こす。


 コアと機体だが、両者はそれぞれ別にHPを持っている。機体は更に部位ごとに、個別のHPが設定されている。普通に攻撃していくと、部位破壊の後にコアを破壊する流れとなる。だがやろうと思えば、最初からコアを攻撃できる。あっという間に、ボスを瞬殺する事も可能だ。


 逆にコアさえ破壊しなければボスは死なないので、徹底したボスの部位破壊もできる。武装や手足を捥ぐように破壊し、攻撃能力を完全に奪えるのだ。破壊の仕方でボスの挙動も変わり、その最期も変化する。中には特定の部位破壊を条件とした、隠し攻撃を持つボスだっているのだ。


「おー……なにもしてこなく、なった」

「全部剥いでやったからな。後は接触に気をつければ……時間切れだ」


 ボロボロの重歩行戦車は鳥脚戦闘機を威嚇しながら、街の外へと後退して行く。時間切れになると自機が敵襲を凌いだという判定になり、撤退していくボスの姿を見る事ができる。追いかける友軍迎撃機に重歩行戦車を任せ、鳥脚戦闘機は次の戦地へと進む。


 今の撤退風景も破壊度合いによって、鳥脚戦闘機を弾幕で牽制しながらになったりするのだ。このように攻撃方法を変えることで、違うパターンのリアクションも見せてくれる。こうした作りこみが本作の楽しい所なのだと、ヅヱノは口角を上げる。


 ただし、難易度は高い。自機は大きめで、敵の弾幕は濃いし、多数の敵機による猛襲は強烈だ。ただの雑魚敵すら硬いなど、雑魚集団に圧殺される事も珍しくない。窮地に陥っても、スクロール系STGにありがちな一発逆転のボムがない。そのため完全に技術で勝負しなければならない。決して難易度は低くなく、高い技術と判断力が求められるゲームなのだ。ツバイバインが上手くなっても他のSTGに技術を生かせないという、独特の環境が形成されている程だ。


 しかし慣れてしまえば、難易度や楽しみを自分の好みで変えられる。プレイヤー次第で、様々な遊び方ができるのだ。それはどのゲームにも言える事であるが、ツバイバインはその作りこみが楽しみ方の幅を広げている。それをたったワンステージやっただけで、ヅヱノは存分に堪能した。


「……と、ここまでだ。これ以上やったら、悪いからな」

「うー? いい、の?」

「ステージ1のボスは俺がやっちゃったけど、初めての敵は自分で戦ってみたいだろ? 今の大ボスとか、自分で戦ってみたくないか?」

「うー……うん、わかる。やって、みる」


 筐体を受け取ったンゾジヅは、カチカチと釦を鳴らし始める。ヅヱノの動きをなぞるような試みを見られるが、勢い余ってそのまま敵機に突っ込むことも多い。だが確実に技術向上の兆しが感じられる、意志のある挑戦的な操縦だった。


(それにしても、絶対燃料と燃料蔵槽か。ホント謎だな)


 ヴェードで得た絶対燃料は艦内各地に分配され、各施設で活用される。燃料蔵槽は一種の燃料タンクだ。だが保管する上で動態保存という、生物や道具の形がとられている。その『動態』の参照先は、ギエムから奪った絶対燃料に由来している筈だ。ギエム自身であったり、ギエムが殺した人々のモノだったりといった具合に。


 だが絶対燃料を参照しているなら、おかしな点がある。

 ヅヱノが初めて燃料蔵槽に入った時は、小鬼のギエムを滅ぼした後だ。ならば子鬼のギエムに付随する要素が、燃料蔵槽に現れていたはずだ。飾られている三姉妹の写真も、子鬼のギエムの世界から生み出されたもののはずである。


 であるならば、あの現代的な品の数々は一体何なのか。

 たとえば壁に埋まっていた車のドアだ。あの独特の形状は、間違いなく自動車に使われているドアだった。だがこれまで殺傷してきたギエムがいた世界に、自動車はなかった。それ以前に、高度な機械自体が存在していなかった。そんな世界のギエムを殺したところで、自動車の部品が現れるはずが無いのだ。


 それに出来合いの店屋物が生る、料理の実に関してもだ。入っている品目に、ヅヱノは見覚えがありすぎる。高度な流通網を持つ、現代日本でないと食べられない料理も多かった。そんな料理が、森に囲まれた城塞都市や荒野の岩窟城で手に入るはずが無い。


 奇跡的に酷似した道具や料理が存在しない限り、これまで確保した絶対燃料で作られるはずの無い品ばかりだ。実は知らない内に故郷が滅んでいるのではないか、ヅヱノはそんな風に悩んでいたが、それらの問題を解決する項目も見つけた。


 曰く燃料蔵槽での動態保存は、ハリアー――つまり、ヅヱノに強く影響されるのだという。つまり原始人レベルのギエムしかヴェードしてこなかった場合でも、ハリアーが超技術文明の未来人であったならば。燃料蔵槽には原始人用品に交ざって、未来文明の超技術道具が現れるのだ。つまり輪胴拳銃等も、ヅヱノの知識から参照したものなのだ。


 ハリアーが生きやすい措置をとってくれることに、ありがたいと思うと同時に、釈然としない気持ちもある。燃料蔵槽に出現する物を使っていた人々は、ギエムによって滅ぼされているからだ。滅びた者達の遺物に、自分が慣れ親しんだ物が混ざっている。それはやはり、故郷まで滅んでいるかのように見えてしまう。


 ヅヱノの故郷が、とっくに滅ぼされている可能性は低くない。ヅヱノは自分が何の変哲もない暮らしをしていた記憶はあるが、界宙戦艦に現れる寸前の記憶はない。ヅヱノは一体何がどうなってここにいるのかの、肝心な記憶がないのだ。ヅヱノが記憶を失っているだけで、故郷がギエムに滅ぼされた結果、界宙戦艦に流れ着いたという可能性もある。


 それにヅヱノが気になるのは、燃料蔵槽の事だけではない。ヅヱノ自身も、ヴェードの影響が未だ不透明だ。ヅヱノはヴェードによる変化を感じられず、周囲の変化を観測するだけ。彼の主観的には、ヴェードの影響を何も受けていない。だが客観的には、どうかは判らないのだ。


 ンゾジヅがヴェードの度に賢くなっていくように。

 ヴェーダーの機能が、ヴェードで強化されていくように。

 燃料蔵槽の植生が、獲得した絶対燃料で豊かになっていくように。

 ヅヱノも、何かしらの変化が生じている可能性がある。


 何しろヴェードは、ヅヱノというハリアーが中心となって行う物だ。ヅヱノがヴェードの際に意思決定を行える以上、ヴェードとの関わりは特に深い。ヴェードの影響を真っ先に受けるとしたら、それはヅヱノであるはずなのだ。


 だがそのヅヱノは、ヴェードの影響がわからぬまま首をかしげているだけ。自分の変化に気づけず、自覚症状がない等の場合ならともかくとして。ヅヱノの認識が歪んでいないならば、彼はヴェードの影響を受けない存在だ。もしそうだとするなら、ヅヱノはなぜ『ヴェードによって変化しない特殊な立場』におかれているのかという話にもなる。


「うー……また、やられた」

「よく見てみるんだ。ボスは自機を狙ってくるけど、狙いを定める瞬間がある。その撃ってくるタイミングがわかれば、射線を振らせて外させたりもできるから」


 だがヅヱノは、ひとまず小難しいミステリーは置いておく事にした。

 そして新人プレイヤーの奮闘を、助言しながら微笑ましく見守る事にした。

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