第20話
『絶対燃料:燃料集束:集束開始』
ヅヱノが綺麗に抉れた更地を見ていると、ヴェーダーがまたしても勝手に動き出す。背中の中心部が開いて、中から顎板機関が現れた。顎板機関が大きく口を開くと、周りから白い光の粒子が集まり始める。
岩窟城が跡形もなく消え去った、抉れた大地。その何もないはずの空間から、染み出すように光の粒子が無数に現れる。光の粒子は誘蛾灯に集まるように、顎板機関の直上へと向かっていく。集まった光は、次第に光の玉を形成し始めていた。
「絶対燃料……っつったっけ」
ヅヱノは絶対燃料を調べる過程で、その正体も知った。
その正体は、実はギエムそのものだ。
ギエムを滅ぼした時には、ギエムの『因力』や『加速律』といった『よく判らないモノ』が発生する。その不確かで抽象的な力が、現在集められているこの白い粒子だ。場所によって第五元素だの、魂だの精霊だのと呼ばれる事もあるとか。それがヴェーダーの動力であり、界宙戦艦で使われている様々なシステムの源なのだ。
ヴェーダーは絶対燃料兵器で攻撃する事で、ギエムを撃破しつつ絶対燃料の素を確保する。そして撤退の際に絶対燃料の素を集めて濃縮し、絶対燃料に精製して回収を行なう。それをする装置が、今ヴェーダーの背中に開いている顎板機関なのだ。
それにしても、まるで収穫のようだとヅヱノは思う。葦を刈る様にギエムを殺戮し、その力を集めてヲズブヌへと持ち帰る。それは作物を収穫するのとさして変わらない、一種の作業にも感じる。作物とギエムが違うのは、ギエムは動いて人を殺す事だ。
ギエムが抵抗してくるのは狩りにも通ずるが、狩猟というにはあまりに一方的だ。ギガムでもなければ、ギエムはただの的だ。身の危険もなく、安全が保障された状態で命を集める。それは狩猟というより、収穫という方が近い。『蒐撃』とはよく言ったものだ。
そうして『収穫』したヴェーダーは、集めたギエムの残滓を燃料にして動く。殲滅した敵の骸を燃やして、別の敵を殺戮する動力として消費する。中々悪辣な発想だと、ヅヱノは思う。あるいは、合理的ともいえる。だが人間性を著しく欠く、凄惨なシステムだ。矛先がギエムという害獣でなければ、ヅヱノとて正気を保てなかった。
怒りと憎悪が渦巻く戦場というのは、必ず狂った兵器を最後に生み出す。合理的で効率を何より優先する、血も涙もない勝利が優先される。その行き着く果てが、より多くを殺すために殺す機械。敵の殺戮を補給に使う、悪魔の装置。殺戮者の、殺戮者による、殺戮者の為の兵器だ。
ギエム達にしても、自らの死を利用されるのは甚だ不本意な話であろう。そんなギエム達の怨嗟が、あの美しい輝きを生んでいる。死してなお集められ、無理矢理押し潰され、異形の口に呑み込まれる。そう思うとヅヱノは背筋に薄ら寒いものを感じると同時に、心に黒い達成感が芽生える。少しは犠牲者の無念を晴らせただろうかと、彼は暴虐なる怪物の末路を見上げた。
『絶対燃料:燃料集束:集束終了:燃料圧縮:圧縮終了:燃料回収:回収完了』
『撤退開始:母艦状況:収容態勢:準備中……準備中……』
ほの暗い感情に浸っているヅヱノの背後で、顎板機関は閉じられる。
そうして絶対燃料を回収したヴェーダーは、帰投の工程に入る。
字列画面に帰投準備を進める時列が流れていき、少しして用意は整った。
『推力光線:充填完了:諸元入力:照射開始』
母艦より放たれた推力光線が、ヴェーダーの尾を直撃。ヴェーダーは世界を突き破るほどの、急加速を果たす。皮膚と筋肉、骨と脳みそを落としそうな、恐ろしい加重力がヅヱノを襲う。ヅヱノは必死に座席へしがみついて、ただただ加速に耐える。
まるで銃弾の中に閉じ込められて、鉄板を撃ち抜かされるような感覚。そんなとっちらかった比喩が、限界一歩手前なヅヱノの脳味噌から零れる。そしていつの間にか、移動は終わっていた。また一瞬気絶しており、戻ってきた事にも気付かなかった。
世界間の移動を終えたヅヱノを、格納庫が出迎える。足元には、やはりというかンゾジヅの姿があった。前回同様、彼女は心配そうな顔をしている。すぐに顔を見せてやらないとと、ヅヱノは降機釦に手を伸ばそうとする。
だがヅヱノの目が、ふと格納庫の作業風景に目が行った。作業機械によって慌しく行なわれるそれは、ヴェーダーの整備だ。ヅヱノが身を預ける力を、小さな機械達は直接維持管理している。そんな彼等の仕事を、ヅヱノは改めて眺める。
格納庫側面の壁に穴が開いて、そこから鉄蜂が大量に出入りしている。鉄蜂達はグルグルとヴェーダーの周りを旋回し、損傷箇所のチェックをするように飛び回っている。そして何かを見つけると、ピカピカと赤いライトを点す。まるで会話するように、それぞれの鉄蜂が互いに発光しあっている。
そんな発光会議をする鉄蜂達の頭上――天井から、何本も機械腕が降りてくる。それらは機械部品を持っていたり、蛇腹管を引っ張っていたりする。相談するように群れていた鉄蜂が、機械腕の到来で一斉に解散する。鉄蜂達は機械腕が引っ張ってくる蛇腹管の誘導や、ヴェーダーの装甲槽を修理する作業等に別れていった。
ヅヱノは蛇腹管を掴んで運ぶ、機械腕の一団に目を向ける。鉄蜂が機械腕達を先導すると、待っていた鉄蜂がヴェーダーの機体上部装甲で8の字を描き始める。鉄蜂の動きに反応して、ヴェーダー上部装甲が開き顎板機関が露出された。その根元にに、機械腕は蛇腹管をザクッと差し込む。そうして顎板機関に繋がれていく蛇腹管の群れが、突如として眩しく輝いた。
よく蛇腹管を見れば、高速で光のムラが管内を動いているのが判る。ヴェーダーに溜められていた絶対燃料が流れ出しているのだ。鉄蜂は光る蛇腹管の周りを飛んで、問題がないか確認している。
そのうちの一機が、バヂンッと火花を散らして弾き飛ばされた。羽ばたき一つせず飛んでいった鉄蜂は、床に叩きつけらればらばらになる。その残骸を、他の鉄蜂が素早く回収する。絶対燃料が通る蛇腹管は、綺麗な見た目と違って非常に危険な状態なのだ。その辺の危険性は、電力等とそう変わらないらしい。
他の場所に目を向けると、ヴェーダーの装甲に無数の鉄蜂が集っている。鉄蜂は口先からバーナーというか、アーク放電のようなまぶしい光を放って装甲に齧りついている。鉄蜂達は競うように装甲槽を覆い、その合間からチカチカ光を漏らしている。
その作業風景で、ヅヱノは夜中の自販機に群がる虫の群れを思い出した。ヅヱノは少し嫌な気分になったが、すぐにその考えを頭から追い出す。機械とはいえ大変な作業をしている彼らで、悪い想像をするのはよくない事だと。
何せ彼らがしている作業は、装甲槽の整備だ。装甲槽は一点の攻撃が全体に分散し、ダメージを装甲全体で受け持つという摩訶不思議な装甲だ。この巨大なドラゴンともヒトデともつかぬ、シースターフォートをぴったりと一枚の装甲が覆っているのだ。それが、255枚も重なっている。相当神経を使う、難しい作業なのは間違いない。
鉄蜂達は疲労しないし、集中力を失いもしない。ただ設定された作業を繰り返して、それが終わるまで続くだけだ。人では困難な長時間超精密作業を、鉄蜂達は粛々とこなしていく。彼らが役目を果たすのは、大分先の事になる。彼らの作業をジーッとみていたヅヱノは、自分が未だに戦闘室内にいる事を思い出した。
「そろそろ降りないとな」
降機のボタンへと手を伸ばし、ぐっと顔を引き締める。
ボタンを押すと正面隔壁が開いて、ジェットコースターが始まった。
強烈な加重力だったが、世界を超える時の酷さと比べたらまだ耐えられた。
ヅヱノは高速で口腔を滑り降りて、ヴェーダーの口吻へと到着する。
「うー!」
相変わらず動けないヅヱノに、ンゾジヅが駆け寄ってくる。そして不可思議な唸り声を上げながら彼を抱き起こし、なでくりなでくりする。いつもよりスキンシップが強いのは、帰還したのに彼がさっさと降りてこなかったからだ。
ごめんごめんとヅヱノが謝るも、ンゾジヅは抗議するように彼を撫で回す。だがヅヱノを撫で回す事に意識が傾いていったのか、不満そうな顔は消えて嬉しそうに彼に構い始めた。
ヅヱノは重くて柔らかいものに頭頂部を擦られながら、ヴェーダーを見る。
ヅヱノが降機した事でか、本格的に整備が始まっていた。
ヴェーダーの銃郭口に軌条付きの機械腕が伸ばされ、重々しい金属音を響かせながら奇環砲が引きずり出される。銃郭口から見えるのは砲身だけだが、その本体や給弾帯のような物も露わになっている。
砲郭口からも光線砲が取り出されたが、明らかにヴェーダーの首に収まりきらない大きさだった。まず間違いなく、質量保存の法則を無視していると、素人目にも判るほどである。そもそも選首桿を倒せば、内部構造が一瞬で切り替わるような謎構造なのだ。不思議なのは今更かと、頭を『重量物』に押し潰されながらヅヱノは結論した。
整備しているのは、砲熕機関だけではない。尻尾側の、投射機関の整備も平行して行なわれている。発射口からは一つ一つ、長細い円筒のようなものが引っ張り出されている。あれがセルと表記されていた格納装置だろうと、ヅヱノは推測する。あれが三三本もヴェーダーの尻尾に収まるとは思えないが、こちらも今更だ。
発着口からも、もう一つの投射機関――機龍が取り出されている。ギガムに撃墜されずに済んだ二番機だ。こちらは格納装置ごとではなく、機龍本体がそのまま運び出されている。格納庫の床に駐機された機龍は、ヴェーダーの縮小版といった規模の整備を受けている。鉄蜂に覆われる姿は、まるで小さなヴェーダーだ。
各種武装の整備は行なわれていたが、切り札である決戦機関の整備は始まっていない。その理由に、ヅヱノは何となく想像がついた。簡単に取り外して整備されている武装は、ヴェーダーの先端ですばやく出し入れできるものだ。口を開けば、ポンと出せてしまう。
それに対し、決戦機関は大掛かりな変形を必要とする。決戦機関を発射する構造にしなければ、撃つこともできないのだ。この決戦機関を撃つために、ヴェーダーの骨格は設計されているのではないか。そんな風にヅヱノは考える。
砲熕機関も投射機関も、出撃してすぐ使える。だが決戦機関は、ギエムと散々やりあった後、ギガムとの戦闘に突入して、ようやく第一射が可能となる。その威力も、準備時間も、他の装備とはかけ離れている。だからこそ整備の手順も、別口に用意されているのだ。
ヅヱノはできる事なら、決戦機関の整備が始まるまで眺めていたかった。
だがそうもいってられない事情がある。
「うー! うー!」
構えー、構えよー、そういいたげにンゾジヅはヅヱノにちょっかいをかけ、彼は南半球空間に押し込まれつつあった。ヅヱノに構っているだけで嬉しそうにしていたンゾジヅだったが、ヅヱノがヴェーダーの整備風景に熱心だと気付くと、気を引くようにヅヱノに構い始めていた。
ヅヱノはンゾジヅのやわっこい部分等から、意識を逸らすために反応が疎かになっていた。それをンゾジヅは無視されたと判断した。そして最終手段――格納庫から運び出し、巣に持ち帰る事にしたのだ。まるで聞き分けのない雛鳥を、母鳥が運んでいくように。
指一本動かないヅヱノは、雛どころか卵に等しい。母鳥の決定に、一切の抵抗を差し挟む力などありはしないのだ。ヅヱノはまた頼むぞとヴェーダーにキメ顔を向けながら、ンゾジヅにぬいぐるみのように運ばれていった。
格納庫の扉が閉まっても、鉄蜂達の整備作業は続けられる。
規則正しく、誰がいて何が起ころうと変わらないというように。
金属音と機械音は、いつまでも格納庫に響いていた。
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