第19話

『砲郭:デススタービーム:状態:発射:残弾:01……00』


 岩窟城に一筋の流星が落ちる。

 着弾点が広がるように、左右へ連鎖的に爆発が伝播する。

 水面に一石を投じたように、爆発の波が断崖絶壁に広がっていく。


 まるで通路に隙間なく爆薬を仕掛けられていたように、岩窟城の一角が崩壊した。その凄まじさに圧倒されると共に、ヅヱノはすっきりしたような――胸がすくような爽快感に浸っていた。早急に住人の死が判明した前回と違い、今回は生きているかどうかが判らなかった。


 奇環砲で手加減するように削りながら、投射機関という新たな装備に手を出した。投射機関は便利だったが、そうしたのはひとえに光線砲が使えなかったからだ。『通路が張り巡らされた山』という、これ以上なく光線砲に適した施設なのに、人がいるかもしれないからと使えなかった。


 奇環砲より威力があり、噴進弾頭のように回数制限なく、局地戦爆のような手間が要らない。充填・放熱という冷却時間を挟めばいつまでも撃ち続けられる、最大火力を持つ光線砲の使用を制限する必要があった。


 だがもう使える。

 使っても良いと、ヅヱノは判ってしまった。


 どっしりと構えていた岩窟城に、ヴェーダーの通り道ができていた。岩窟城を絶対の盾として戦っていた犬頭たちが、瓦礫の向こうでポカンとしているのが見える。吹き飛んだ石くれ等がぶつかり、頭や手足から血を流している犬頭もいる。絶対に破られないと確信していたものが消え、現実を直視できていない様子だった。


 ヅヱノは、凍りつく犬頭達を悠長に見ているつもりはなかった。

 切換釦を押してヴェーダーに奇環砲を吐かせ、引金で五つの銃身を高速旋回させる。同時に打ち出された星々――岩壁表面を削るのが精々だったそれが、いともたやすく谷底の犬頭を蹂躙した。


 放熱と充填を完了した光線砲を更に撃ち込んで、土煙を吹き飛ばす。光線は奥の山へと着弾し、それが構造物に沿って連鎖的に爆発。岩窟城内にいた犬頭も巻き込まれ、降り注ぐ瓦礫が逃げ惑う犬頭を押し潰す。


 一山一山、順番に撃っているに過ぎない。だが光線砲で撃つことで、文字通りに犬頭達が一掃される。そうして消えた山が三つを数えたあたりで、ヅヱノは吹き飛んだ岩窟城の跡地へと推力桿を倒す。長らく荒地で足止めされていたが、漸くヴェーダーは前に進んだ。


 ヅヱノは足止めされた鬱憤晴らしをするように、制限していた砲熕機関の火力を生き残りの犬頭に叩きつける。二機の機龍はセレクタスイッチを偵察にしたまま、可能な限り遠くへ飛ばしている。犬頭を殲滅するのには砲熕機関だけでも充分で、山奥の情報が欲しかったからだ。


『警告:警告:警告』

『警告:襲来:甲標的:要迎撃』


 そうして周囲の殲滅に専念しようとした矢先、戦闘室にけたたましい警報が鳴り響く。


「ギガム? 一体どこに……偵察先か!」


 ヅヱノは周囲を探してもギガムは見つからず困惑したが、すぐ機龍が会敵した可能性に気付いた。空撮画面を切り換えて、一番機の主観映像を映す。するとそこに、この世界のギガムが映っていた。


 他の犬頭より一回り大きく、それでいて分厚い筋肉で覆われた体。

 ワニのように長く突き出た口吻に、ずらりと生え連なる黄ばんだ牙。

 柳のように垂れ下がり、長々と顎下にたくわえられているヤギ鬚。

 周りの犬頭が子供に見えるほど大きく、年老いた犬――『狼』だった。


 老狼は、周りの犬頭のように一番機を威嚇していない。

 されど眼光はどの犬頭よりも重く鋭く、空にいる一番機を貫いている。

 一番機の姿を見上げていた老狼は、おもむろに体を動かした。


 構えたのは、大楯のようなクロスボウだった。サイズ的にはクロスボウというよりも、攻城弩というほどの大きさだ。人ではなく城や要塞に使う類のものであり、盾のように見えた部品は本体を据えつけておく台座だ。その台座ごと老狼は担いでおり、かつ苦も無く一番機へと構えている。


「っ!!」

『警報:敵襲:甲標的:攻撃態勢』


 ヅヱノは空撮画面越しに、老狼に『視られた』ように錯覚した。

 その直後に警報が鳴り響き、攻城弩より槍のようなボルトが放たれた。

 ボルトは一番機の『視線』を遡るように迫ってきて、画面を黒く塗り潰した。


『警報:敵襲:甲標的:攻撃開始:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7203』

『局地戦爆:デススターファイター:一番機:喪失』


 初めての機龍喪失。管制画面では一番機の項目が暗転し、スイッチ類の反応もなくなっていた。ヅヱノはこれ以上落とされてはたまらないと、二番機をすぐさま呼び戻しつつ対応を考える。


『甲標的:生存装甲:展開率:100』

「そうだ。生存装甲があったな……っ!?」


 ヅヱノは自己主張している字列に気付いて、生存装甲を可視化する濾光釦を押した。

 すると隔壁画面に、突然『眼球』が現れた。

 ヅヱノが思わず身を仰け反らせるほど、威圧感のある目玉だった。


「こ、こいつは一体なんなんっ……あ? なんだ、アレ? 首?」


 その眼球の後ろには首のようなものが見え、それは山脈の奥へと続いている。まるで虹がかかるように、天へと細長い『首』が橋をかけている。仮にそれが首長竜のような長首だとしても、先端にあるのは巨大な目玉だ。アルマジロモドキも首を伸ばしていたが、これは度を越している。首長目玉の非現実的な姿にヅヱノの思考が停止していたのは、数秒の間だけだった。すぐに警報が、ヅヱノの頭を叩き起こす。


『警報:敵襲:甲標的:攻撃準備』


「攻撃だと……? あれ、なんか飛んできて……うぉっ!?」


 まるで真空管に書類を通すように、首の中を巨大なボルトが滑ってきて――ヴェーダーへと落ちた。ただ突き刺さっただけではなく、着弾後に何かが爆発したような衝撃が走る。


『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7012』

『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:246』


 戦闘室に揺れが届く一撃、それは正しくギガムによるものだった。前回のギガムよりは、一撃の重みが軽い。しかし老狼ははるか遠くから、一方的に攻撃を仕掛けてくる。老狼の狙いは精確で、首長目玉の長細い首が誘導しているのだ。数こそ要るが、確実にヴェーダーに被害を与えている。


『決戦機関:充填完了』

「よし! まってたぞ!」


 ヅヱノは股の間にある決戦桿を勢いよく引き起こし、ヴェーダーに必殺攻撃の準備を命じる。ヴェーダーの脚が固定され、放熱弁が一斉に開放され、砲郭口が根元まで裂けた。そしていざ撃つぞとなった矢先、老狼が射線より急速に離脱していくのが見えた。


「あ? クソ、待て待てストップだ!」


 この速度で老狼に移動されると、射角を固定された決戦機関では狙えない。

 決戦桿を手放して、完了していた変形行程を巻き戻す。


「にしても、何で突然……まるで見えているかのように反応したぞ。そういや生存装甲に目ん玉あるな……まさか、これで『視た』のか? 千里眼――第六感ってヤツみたいに、察知してんのか? 第六感ってのがこんな風に視てるんだとしたら、はなはだ気持ち悪いがな」

『警報:敵襲:甲標的:攻撃準備』


 ヅヱノの独り言も見透かしたように、首長目玉は凝視している。

 ついでにその首を通ってボルトが飛んでくるのも、はっきりと見えた。

 ヅヱノは選首桿を大きく切って前後反転し、推力桿を最大まで倒す。


 ヅヱノは、ヴェーダーを脱兎の如く逃がしはじめた。だが警報音は変わらない。操首桿でヴェーダーの首を捻ると、首長目玉がヴェーダーの頭上を追いかけてくるのが見える。その首の中を通るボルトも、明らかに直撃コースを逸れていない。


 銃弾や矢などの飛翔体は、風の影響を大きく受ける。そのため奇跡が重なれば、逃げる標的を追うような軌道を取ることもある。だがヴェーダーへ打撃を与えられる重量のボルトが、ふらふらとヴェーダーが逃げる方へ『逸れ続ける』筈がないのだ。


 追ってくるボルトが接触しようかという寸前、ヅヱノは噴進桿を握り込んだ。そしてもう一段階推力桿は前に倒れ、ヅヱノは全ての血肉が背後に引きずり出されるような加重力に襲われる。


 その殺人的な加速もあり、老狼のボルトを避ける事に成功した。

 着弾したボルトが、大きな土柱をあげている。攻城弩の威力ではない。


「ザマミロ、アホが……ぉ゛お゛ぅ、ヴぇっ……しっかし、避けられたけど……これやっぱ無しだ。キッツい」


 首長目玉は、既にヴェーダーの正面で待機していた。攻撃を避けられた事への怒りもなく、じっとヴェーダーを見つめているだけだ。


「追いかけてくるってんなら、こっちにだって追いかけるヤツはあるんだぞクソッタレ」


 ヅヱノはトグルスイッチを五つ押し上げ、逆五芒星へ円環を五重に被せて斉発釦を押す。ヴェーダーの尻尾が持ち上がり、炎を噴き出した発射口から連続して翼竜が飛び出した。


『噴進弾頭:デススターウイング:セル07≫セル11:間接照準:中間誘導』


「頼むぞ……あれ?」


 推進炎と共に空を翔ける翼竜を見送り、ヅヱノは首長目玉とにらめっこする作業を再開――しようとして、何もない空間を見た。目玉がない。ヅヱノは目玉がどこに行ったのかと探し、すぐに見つかった。


 首長目玉は翼竜を追いかけている。まるで子供が蝶を追うように、首長目玉はじぃっと飛んでいく翼竜を見つめている。そしてその首をボルトが通り、翼竜が撃ち抜かれ爆散する。二機目、三機目、四機目、五機目と、若干の時間をかけて全ての翼竜が撃墜された。翼竜を全て撃墜されたというのに、ヅヱノの口元は吊りあがっていた。


「へぇ、そういうシステムなのか。随分と高性能なみたいだが……まさか、シングルロックオンとはな」


 敵の生存装甲は、精確に察知し、精確に追尾し、精確に攻撃する。

 遠距離の射撃戦においては、無敵の能力といえるだろう――『一体限定』で。


 古今東西、強い敵への対策は決まっている。

 対象を撃破しうる威力を持った戦力を、対象が対応できない量で投射する。

 飽和攻撃と名付けられた、質と数を高度に連携させて実行する集中攻撃だ。


 バチッバチッバチッと、ヅヱノはトグルスイッチを右から左に全て上げる。

 飽和攻撃に必須の高度な連携は、ヴェーダーの性能で達成される。

 ヅヱノはトラックボールで逆五芒星を追い、決定釦を十一回押すだけで充分だ。


 そしてトグルスイッチの下で赤く光る斉発釦を、力強く押し込んだ。トグルスイッチの電灯が続々と赤に変色していき、発射口から次々と翼竜が射出されていく。十一の群れが連なって飛んでいくのを――『目玉』が追いかけていくのを見ながら、ヅヱノは推力桿を倒す。


 ヅヱノは可能な限りヴェーダーを山へと近づける。

 その間に二機の翼竜が撃墜され、到着時に三機目が爆散した。

 四機目へボルトが届く直前に、ヅヱノは再び決戦桿を引き起こした。


 ヴェーダーの脚と胴が固定され、尾の放熱弁が開き、砲郭口が根元まで裂け、喉奥の砲身が露出する。その間に、更に三機の翼竜が撃墜された。もう着弾するという距離に迫った翼竜は四機。その全てが、老狼へと殺到した。


『甲標的:生存装甲:展開率:92』


 銃撃と共に突っ込み、四つの爆風で老狼は包み込まれる。

 多少は生存装甲に損害を与えられるが、それで撃破するのは無理だ。


 発射体勢へ変形したヴェーダーの前に、ぬぅっと目玉が現れる。

 あの爆撃を受けて健在なのも、即座にヴェーダーを察知したのもさすがといえた。しかし、もう遅い。先程と変わらない首長目玉に、ヅヱノは焦りが浮んでいるように見えた。


『決戦機関:デススターブラストZ26:投射開始』


 ヅヱノは引金を引いた。その途端ヴェーダーの咥内で八本の緑色光線が放たれ、重なった光線が光の粒子を集めながら球体に膨らんでいく。大きく膨れ上がった光球をヴェーダーは噛み潰し、口吻より巨大光線を正面へと伸ばす。


 巨大光線が山脈を刺し貫き、一瞬で老狼へと到達する。この世界のどんな物よりも重い光により、ありとあらゆる物質が引き寄せられる。山のような大岩も、輝く鉱脈も、煉瓦の雲霞も、叫びもがく犬頭も、物言わぬ人の部品も。


 全て、巨大光線によって吸い込まれ消滅していく。

 山脈が消し飛び、漸くギガムが――生存装甲の全身が見えた。


 胴体は、まるで亀だった。だが亀とは明らかに形が異なる。眼球だけが生えた長首を持っているだけでなく、胴体には蜘蛛のような脚が生えている。その首でどこまでも見通しながら、かつ高速で動き回れる脚を持つ奇形の怪物だ。


『甲標的:生存装甲:展開率:……59……48……37……』


 だがその怪物が、巨大光線に全身を千切られていく。

 蜘蛛脚を捥がれ、甲羅を剥がれ、首は根元からブチリと引き千切られる。

 ずるずると吸い込まれていく首の中で、老狼は必死に耐えていた。


 絶対に死んでなるものか、一矢報いてやろうという気迫を感じる。

 だが老狼の目に、犬頭どころか岩窟城――山脈すらない更地が映った。


『甲標的:生存装甲:展開率:……15……04……00……装甲剥離』


 老狼は己の最期を悟ったように、天へと遠吠えを響かせた。

 その姿も、生存装甲の先端に残った首長目玉と共に巨大光線へと消えた。

 そして画面には、一つの字列が表示された。


『報告:甲標的:撃破完了』

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