第18話
ヅヱノは噴進弾頭の第二射をと考えたが、投射機関はもう一つ存在する事を思い出した。
「プロポリスパワーズは……こっちか」
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:護衛:待機中:充填率:100』
『局地戦爆:デススターファイター:二番機:護衛:待機中:充填率:100』
『局地戦爆:未搭載:三番機』
ヅヱノは制御盤の左側にある、ロッカスイッチを押す。するとロッカスイッチ上部にある画面が点灯し、三つの項目が現れた。局地戦爆とされる物は二つあり、戦闘機の俯瞰図のようなアイコンが添えられている。
「この管制画面でプロポリスパワーズの状態を常に確認できるのか。フォックスフォースよりも力が入っている気がするな」
制御盤の局地戦爆用の部分には、同じ配置のスイッチが三組用意されている。上からセレクタスイッチとロータリースイッチがあり、一番下に緑に光るプッシュボタンがある。セレクタスイッチで護衛や襲撃など任務を決め、ロータリースイッチで補給や出撃等の格納時作業を決める。そして一番下の投射釦により、出撃させるという具合だった。
複雑な指示ができるが、その代わり数が少ない。一番機用と二番機用の投射釦以外にも、三番機用の投射釦もある。だが点灯している前者と違い、後者は暗いままだ。管制画面にある通り、三番機は未搭載だからだ。三番機用の物を含めても、噴進弾頭は全部で三機しか使えないことになる。合計で三三発撃てるフォックスフォースとは雲泥の差だ。
「まぁ、なんにしても使ってみないことには判らないか」
ヅヱノは一番機用のセレクタスイッチに手を伸ばす。セレクタスイッチの目盛りには、護衛、要撃、襲撃、直掩、偵察、この五つがある。ヅヱノは試しにセレクタスイッチを護衛の目盛に合わせ、ロータリースイッチを出撃に合わせる。すると投射釦が黄色に変色して点滅し、暫くして赤色に変わる。
「よし、これでいいはずだ」
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:護衛:出撃中:充填率:100』
ヅヱノが投射釦を押すと、再び尻尾が持ち上がる。尻尾側の砲郭口――発着口が開くと、勢い良く何かを吐き出した。急速に飛び出したのは、これまた龍だった。機首に二つの口がある所までは同じだが、逆にいえば他が全然違っていた。
全身を金属装甲で被うなど、翼竜より機械的な見た目をしている。翼は肉厚な翼竜の物よりも薄く、ナイフの様に鋭い形をしている。胴体を取り替えれば、そのまま戦闘機になりそうな形状だ。更に後脚しかない翼竜と違って、機龍は立派な両腕を持っている。鉤爪つきの厳つい手は、文字通りの『格闘能力』がうかがえる形状だ。戦闘機のように空を飛び、敵を両手でバラバラにする――そんな戦いぶりが、容易に想像できる機械龍だった。
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:護衛:行動中:充填率:99……96……95……』
ヅヱノが機龍を観察していると、機龍が突然攻撃を行なった。標的は、投石機で放たれた巨岩だ。これを機龍は上口から機銃で撃ち、あるいは下口から光る誘導弾を発射して撃墜する。そして進路上にある巨岩は、鉤爪で雪球を叩き落とすように粉砕する。機龍は見た目どおりの力強い空中戦を、ヴェーダーの頭上で繰り広げる。
機龍が頭上にいる限り、空からの攻撃を気にせずに済む。ヅヱノはそう思いつつも、頼りきりにはできないとも察していた。ヅヱノが横目で確認する管制画面には、減り続ける『充填率』の数字が映っている。
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:護衛:帰投中:充填率:09……08……07……』
そして充填率が一桁台になると機龍は高度を下げ始め、そのまま発着口へと滑り込んだ。
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:護衛:要補給:充填率:06』
ヅヱノがロータリースイッチを『補給』に合わせると、要補給の文字が補給中へと変わって、充填率が回復し始めた。だが充填する速度はお世辞にも早いとはいえず、即座に再出撃させるのは困難だ。
「フォックスフォースはミサイルって感じだったが、プロポリスパワーズは艦載機って感じだな。細かく指示できて使い回せる代わりに、準備に手間が掛かるって訳か……よし、もう一機も試してみよう」
ヅヱノは二機目の制御盤にも手を伸ばし、今度はセレクタスイッチを襲撃へと切り換える。すると『護衛』と違い、攻撃する地域の指示を求められる。指示に遣うのは、電探画面の下にある画面だ。どうやって映しているのか、現在進行形で俯瞰映像が流れている。ヴェーダー直上から、周囲を撮影したような空撮映像だ。その映像には方眼が刻まれており、まるで地図の様に表示されている。ヅヱノはトラックボールを使って機龍の攻撃地点を設定し、ロータリースイッチを回して投射釦を押す。
『局地戦爆:デススターファイター:二番機:襲撃:出撃中:充填率:100』
出撃した機龍は、すぐにヴェーダーから離れて山頂を越える。そしてヅヱノが設定した襲撃地点に到着すると、犬頭と投石機への攻撃を開始する。山間を飛び回って機銃掃射しながら、すれ違いざまに犬頭を引き裂く。そして投石機にも誘導弾を放って、バラバラに吹き飛ばす。
機龍は派手に活躍しているが、大火力の連装砲と自爆攻撃を持つ翼竜と比べると地味だ。制圧する時間も、翼竜よりかかっている。だが機龍は標的を撃破したら終わりの翼竜と違い、追加で指示ができる。ヅヱノがトラックボールで別の襲撃地点を指示すると、機龍はそのまま該当地域へと向かって攻撃を続ける。
燃料が枯渇気味になると機龍は転進し、ヴェーダーへと戻ってくる。発着口に二番機が飛び込むと、ヅヱノは補給を終えた一番機の投射釦を押す。射出された一番機も、セレクタスイッチを襲撃に合わせてある。すると一番機は標的指定の必要なく、二番機の攻撃を引き継いで犬頭達に襲い掛かった。ヅヱノは時折標的を指示しつつ、機竜を交代で出撃させる作業を続ける。そうしてヅヱノは、ヴェーダーに攻撃する投石機を排除していった。
「……このぐらいか。よし、それじゃあ情報収集と行くか」
『局地戦爆:デススターファイター:一番機:偵察:出撃中:充填率:100』
『局地戦爆:デススターファイター:二番機:偵察:出撃中:充填率:100』
ある程度犬頭と投石機を排除すると、ヅヱノは二機の機龍を山脈の奥へと飛ばす。そして山向こうへ飛んでいく機龍を見送ると、ヅエノは空撮画面の俯瞰映像が歪に変形し始めている事に気づく。
「偵察すると、空撮映像を拡張できるのか……リアルタイムで表示されるのは、ヴェーダー周囲と偵察機の周りだけか。偵察機能としては、十分だな。こっちもガンカメラモードがあるのか」
ヅヱノは空撮画面を、機龍からの主観映像に切り換える。主観映像には、幾重にも連なる山々の姿が映されている。谷間の各所には投石機が配置され、万全な迎撃体制がとられている。もし無理に侵入していたら、不利な体勢で攻撃を受ける破目になっていた。
ヅヱノはトラックボールを転がして、一番機の動きを変える。機体を岩山へと近づけ、観察しようとしたのだ。だが近付けば当然、反撃の手は激しくなる。近付く機龍に気付いた犬頭達が、競うようにクロスボウを構えて撃ってくる。
ヅヱノは舌打ちしつつ、ボルトの雨から機龍を遠ざける。ただちに撃墜される事はないが、機龍は被弾すると充填率――燃料が減るのだ。機龍は飛ぶ以外にも、攻撃や被弾時にも燃料が減る。攻撃を食らえば、それだけ活動時間が減ってしまうのだ。
そうしてヅヱノは機龍に攻撃を避けさせつつ、情報を集めていく。最初の俯瞰映像では映されていなかった範囲の地形が、鮮明に描き出されていく。ヴェーダーが踏み入れない、山奥の犬頭や投石機の位置も記されていく。
更に局地戦爆が偵察で捕捉している標的は、噴進弾頭で狙えるようになっている。ヅヱノはトグルスイッチを五つ押し上げると、斉発釦を押し込む。機龍を撃ったお返しとばかりに、五匹の翼竜を犬頭へと放った。
『噴進弾頭:デススターウイング:セル02≫セル06:間接照準:中間誘導』
機龍を警戒していた犬頭達の後背から、翼竜が連装砲弾と共に急襲。犬頭をズタズタに引き裂きながら、投石機につっこんで犬頭の迎撃拠点を更地に変える。翼竜の連装砲に犬頭は引き裂かれ、生き残りも自爆攻撃の爆風で一掃される。我先にと機龍を撃っていた犬頭が、先を急いだ分だけ翼竜の餌食となっていた。
とはいえ一々攻撃していてはキリがないので、ヅヱノは機龍に距離をとらせて偵察を続行する。燃料が半分を切って戻ってくる場合でも、行きとは航路が被らないようにずらす。そうしてヅヱノは無駄なく情報を集めながら機龍を帰投させ、燃料を補給してまた飛ばす。
ヅヱノは少しずつ、機龍の飛行方向を変える。右から左へ扇状にスキャニングしていくように、二機の機龍に偵察飛行をさせていく。そうして機龍が山脈の上空を飛び回る度に、山脈の状況が露わになっていく。
山一つ分向こう位までしか見えなかった敵の動向が、空撮画面越しに薄っすらと見え始める。犬頭の陣容はヴェーダー側に投石機などが配置され、攻撃に備えるような体制となっている。
だが奥に進むにつれて、投石機どころか戦士さえ減り始めている。クロスボウがない以前に、そもそも刃物一つ身に着けていない丸腰の犬頭がいるのだ。ヅヱノは労働階級の犬頭だろうと推測した。
虫にだって階級が存在し、役割を分担する。それが道具を使い、一定の社会性を持つギエムならば、武装する個体を選別するのも当然だ。自作するにしろ略奪するにしろ、装備は有限だ。そうであれば何を誰に使わせるか、適切な采配が必要になる。
つまりこのギエムは、それが可能な知能を持っているということだ。そもそも原理不明とはいえ投石機が使えるのだから、当たり前の話ではある。それに丸腰だからといって、完全に無力とはいえない。
クロスボウや刃物を持っておらずとも、転がっている石を拾って投げれば充分な武器になる。類人猿も使う武器であり、投石というと酷く原始的に聞こえる。だが石というのは、最古にして最強の武器だ。
矢を作る技術がなかった頃から、拾ってなげるだけのそれは非常に強力な武器だった。手の平サイズの石ころでも、急所に当たれば無視できない傷になる。頭などに当たれば、どんな巨漢の戦士でも死んでしまう。
弓が現れ、銃口装填銃【マズルローダー】が現れ、銃尾装填銃【ブリーチローダー】が現れ、機関銃が現れても、投石という武器の価値は一切なくならない。拾ってなげるという、高度な技術も文明も必要のない攻撃。それは世界のどこかで、誰かが必ず使う究極の武器だ。
つまりは石を拾って投げる手さえあれば、充分戦えるのだ。加えて犬頭は、牙という自前の武器も持っている。たとえ徒手空拳であったとしても、人間よりも優位に立っているのだ。とはいえ、その武器はヴェーダーには通用しない。よほど牙が鋭利か、投擲力が高くなければ装甲槽は傷つかない。
だが、生身の人間には効果がある。噛むにしろ投げるにしろ、人間に対しては効果的過ぎる攻撃手段だ。そして犬頭がギエムである以上、必ず格納庫で見た『映像通りの事』をしている。そうでなければ、ギエムではない。
だからこそヅヱノは、何度も機龍を偵察に飛ばしている。この世界の人々を見つけようと、急いでいる。そして間もなく、ヅヱノの念願の情報は機龍より伝えられた。
「……んッ? 今のは!」
ヅヱノは慌ててトラックボールを転がし、主観映像を巻き戻す。そして映像を止めて、クリックして拡大、クリックして拡大、クリックして――見つけた。手だ。腕だ。物陰から『人の手』が突き出ている。生憎と角度が悪く、その本体がどうなっているかが判らない。ギエムなら反応で生死が判るが、人間だと反応自体があるかもわからない。直接、光学映像で確認する必要がある。
ヅヱノは即座に二番機を引き返させて、ぐるぐると周回するように指示する。そしてヅヱノは空撮画面を凝視し、見逃しが無いようにする。二番機はすぐに目的地へ到着し、手が見えた岩壁を中心にぐるぐると上空を旋回する。ヅヱノはどんな変化も見逃さないよう、空撮画面に齧りつく。
その甲斐あって、再び腕が見えた。
それどころか、腕の『持ち主』も物陰から姿を現した。
肌の色素は濃いめで、健康的に見える手だ。
その生活ぶりがうかがえるような、骨が太い働き者の指だ。
力仕事もしているのか、前腕には盛り上がった筋肉がまとわりついている。
そして肘から先の方が、『咥えられて』いた。
二の腕辺りまでしっかりと咥えこまれ、がっちりと歯が突き立っている。
空を何かが飛んでいるのに気づいて、小柄な犬頭は空撮画面を――二番機を見上げている。空を飛ぶ見慣れないモノにぽかんとしながらも、その口はバリボリと腕を噛み砕いていた。
「――あぁ」
ダメか、今回も。そんな独り言が、しりすぼみになって消える。
ヅヱノの深く落胆に沈んだ声が、戦闘室内に空しく響いた。
ヅヱノは間に合って欲しいと願っていたが、心のどこかで『間に合わないのでは?』という懸念もあった。その僅かな考えを肯定するように、画面の中では犬頭がボリボリと腕を呑み込んでいく。
ヅヱノは早々にセレクタスイッチを襲撃に切り替えた。一時たりとも、その光景を見ていたくなかったからだ。遠目に犬頭を見ていただけだった二番機が、急激に降下をはじめる。そして歯の隙間から指を生やしていた犬頭に、機龍の鉄槌が下された。
「……あ? なんだこれ、崩れて……あぁ、そうか」
犬頭の姿は爆煙と共に消え、瓦礫の下に埋まった。
だが崩落により、見えなかった岩壁の向こう側が見えた。
薄暗い穴の中でも目立つ、青白いものが鈴生りになっている。
青白い物の正体は、無数の手足だった。
そこでは人の手足がフックにかけられ、畜肉として保存されていた。
胴体がないのは犬頭の舌に合わないとか、保存が利かないとか、そういう理由であろう。
先程の犬頭は、襲撃の混乱に乗じて摘み食いに来ただけなのだ。襲われているというのに銀蠅をする根性は、図太いを通り越して、茶目っ気すら感じる。ヅヱノも笑い話として聞いてやりたい所だ、盗み食いしたのが『人体』でなければ。
犬頭の貯蔵庫で纏められた人体は、保存用に加工されている。その断面は血の一滴も垂れおらず、干したか燻製にしたのだ。仕上がりを見るに、昨日今日で加工されたものではない。近くにも、加工施設のような場所も見当たらない。
「ふぅー……っ」
こんな荒地の岩窟城が『畜産』に不向きなのは、門外漢のヅヱノにすらわかる。つまりここには、そもそも『生きている人間』はいないのだ。ヅヱノはそう結論し、操首桿を強く握り締める。
『砲郭:デススタービーム:状態:待機:残弾:01』
ヴェーダーの砲郭口から、巨大な光線砲がゆっくりと頭を出した。ヴェーダーを目視できる犬頭達は、初めてみるヴェーダーの動きにギャアギャアと騒いでいる。そんな事はお構い無しに、ヅヱノは照準線を岩壁へとあわせる。
どこでもいい、『人工物』にさえ当たればいい。
ヅヱノは呑気に騒ぐ犬頭たちを無視して、人差し指に力を入れる。
ヅヱノは眼の前で騒ぐ犬頭を、指で押し潰すように引金釦を押し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます