第17話
十数分後、ヅヱノは漸く目的地と思しき場所に到着した。
ヴェーダーよりも大きく、峻険な山脈が左右にどこまでも広がっている。ヴェーダー頭部の視点からでも、山頂を見上げねばならない。ヴェーダーの数倍はあろうかという高峰が、壁の様に左右へ広がっていた。
ヴェーダーがいる面は切り立った断崖絶壁になっていて、殊更高く見えるように錯覚させている。巨大なヴェーダーに乗ってすら、それだけ大きく見えるのだ。ヅヱノが生身であれば首が折れそうなほど見上げただろう、そんな高山だった。
できることなら、観光で見に来たい風景だった。こんな観光資源になりそうなものの向こうに、ギエムはいる。幾つもの逆三角がこの山脈に集まっているので、間違いない。ヅヱノはどこかに通過できる場所はないかと探しかけ、山肌に拡大釦を傾けた。
剥き出しの岩肌に、積み重なる小さな長方形の人工物――煉瓦が見える。岩が人の通れるサイズで綺麗にくりぬかれ、階段状に均されるなど工夫されている。それらに石の手すりや円柱なども備えられ、通行しやすいように整えられていた。
岩窟に埋まる鉱石のように、人工物が埋まっている。だが合成植物のような、滅茶苦茶な混ぜ物ではない。既にある岩山を利用し、地形に噛み合うように作られた建造物なのだ。まさしく岩窟城と呼ぶにふさわしい。自然に研磨された岩山と、人の営みが調和して生まれた風景である。
この岩山で生活しようという強い意思がなければ、ここまで手間のかかる事はすまい。この地に根ざす人々の、『この岩山と生きて死のう』という思想すら感じられる。どんな人々が住んでいるのか。建物を見るだけで、人にすら興味が及ぶ。
そんな素晴らしい建造物群だったが、ヅヱノには違和感があった。人気がないのだ。くりぬかれた部分はどこをみても、人が使いやすいようにと改良が加えられている。それだけ人の生活が感じられるのに、肝心要の人がいない。
人は一体どこにいるのかとヅヱノは探すが、既に嫌な予感はしていた。それでも一縷の望みをかけて、ヅヱノは目を皿にして探す。何度も岩窟城の各所に焦点を絞り、隔壁画面が舐めるように岩壁を這っていく。だが、住人は一向に見つからない。
探知画面の逆三角は多い。これだけ多くのギエムが確認できたという事は、仮に人がいたとしたら相当な窮地に陥っているはずだ。一刻も早く見つけ、助けねばとヅヱノは焦りながら捜索を続ける。
ヅヱノの頑張りが実り、漸く彼は動く影を捉えた。
行き過ぎた画面を慌てて戻し、『住人』の姿をはっきりと画面内に収めた。
ハッハッハッハッ
そんな呼吸音が聞こえてきそうだった。
『口の長さ』自体が違うために、大きく裂けて見える口。
針金を仕込んだようにピンと立った耳に、隙間なく茶毛で覆われた顔。
両目は人よりも微妙に角度が広がってついており、絶妙に違和感を刺激する。
それは、犬の頭だった。犬の頭ということ自体は、大して不思議ではない。犬であれば、犬の頭を持つのは至極当然の道理である。だがその犬は、左右に大きく張り出した肩があった。鎖骨で支えられた両肩に、馴染みのある大胸筋やら腹筋で胴体が覆われている。挙句に前脚は槍を握りしめ、後ろ足はたった二本で体を支えている。
犬人間である。
その姿はヅヱノが昔ゲームで見た、犬人間のクリーチャー『コボルト』に似ている。だがコボルトというには体ががっしりしていて、成人男性よりも体格が立派に見える。
「犬頭人……キュノケファロス、だったか。いや、アレは頭だけだっけか」
どこで覚えたかは忘れたが、そんな名前の生物がいたという話をヅヱノは思い出す。詳しくは覚えていないが、非常に獰猛で危険とかそんな筈だったと。その犬頭がヅヱノを嘲笑うように、ヴェーダーを見下ろしていた。
「……お前か、今回の『敵』は」
ヅヱノは親指で選熕釦を押し上げ、ヴェーダーはガバッと上口が開く。
口が開くのを見て身体をこわばらせた犬頭に、ヅヱノは引き金を引いた。
露出した奇環砲が高速旋回し、光の群れが犬頭へと襲い掛かる。
犬頭は呆気ないほど簡単に、爆煙の合間に消えた。
あの犬頭であれば難なく撃破できるが、問題は地形だ。
目の前の岩窟城は、非常に入り組んだ構造になっている。光線砲を使えば張り巡らされた通路ごと、潜んだ犬頭を吹き飛ばせる。だがもし生存者がいたとしたら、犬頭ではなくヴェーダーの攻撃で殺す事になる。
とうに住人が殺されている可能性も充分にあるが、可能性の話であっても犠牲者を出すのをヅヱノは避けた。自制するヅヱノに対し、岩窟城は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
廃墟のように静かだった岩窟城に、次々と犬頭が現れる。
持っている装備はクロスボウだが、威力はさしてあるまい。生身のヅヱノなら非常に危険な武器だったが、ヴェーダーの視点から見ると針よりも細く見える。確かに一斉に鏃を向けられると威圧されるが、しかしヅヱノに危機感は全くない。
『警報:敵襲:乙標的:亜文速攻撃:第三文明速度:Cs3214』
攻撃の警報も、ヅヱノは真面目に取り合おうという気になれない。
一匹の犬頭が遠吠えすると、一斉にクロスボウからボルトが放たれた。
まるで雲霞のごとく群れたボルトが、岩壁から飛びたちヴェーダーの頭を包む。
『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:255』
案の定、直撃したか否かが表示された字列でしかわからない。威力も低く、あれだけの斉射を受けたのに装甲槽を一枚も抜いていない。損傷はしていても、装甲槽一枚分にもならない程度なのだ。
ヴェーダーの頭には、犬頭が放った無数のボルトが刺さっていた。だがヅヱノが操首桿を捻ってヴェーダーの首を回すと、振動でぽろぽろと抜け落ちていく。刺さっていたというより、辛うじてひっかかっていたという状態だった。
ヅヱノはお返しにと、奇環砲を犬頭に向ける。放たれた流星群は岩壁を削り取り、そこにいた犬頭を絶命させる。だがスプーンで巨岩を削るようなもので、煙が晴れると増援の犬頭が構えているという状態だった。岩が硬く、奥に潜んだ犬頭まで弾が届かないのだ。そうして決め手に欠ける、見た目だけは派手な撃ち合いが何度か行なわれた。
先に攻撃の手を止めたのは、犬頭の方だった。犬頭はいたずらに矢と兵力を減らすだけだと察したのか、一斉に引いていった。ヅヱノはヴェーダーを岩窟城に近づけるため、推力桿を倒してヴェーダーを前へ進める。まだした事はないが、体当たり攻撃を試そうとしたのだ。衝撃で内部が崩落する可能性はあるが、光線砲で一気に爆破するよりマシだ。
そして絶壁の前に到達すると、ヴェーダーは首を上げて岩壁へと脚をかけた。そして危なげない足取りで、ヴェーダーは登山を始めた。ヅヱノはヴェーダーが急斜面を登れないと考えていたが、垂直に等しい急斜面ですらヴェーダーは問題なく進めたのだ。
「いや、待て待て駄目だ!」
だがヅヱノは慌てて選首桿を切って、前後を入れ替えてヴェーダーを岩壁から下山させる。ヴェーダーならば、岩山を登るのも超えるのも可能と判った。だがこのまま突っ込もうという選択肢を、ヅヱノはとれなかった。この山の向こうがどうなっているか、ヅヱノは把握していないのだから。
ヅヱノが考えるに、ヴェーダーは平地用の兵器だ。急斜面を平地のように移動できても、平地のように攻撃できるとは限らない。それに移動中に『足下』から攻撃を受ける事も考えられる。万が一ひっくりかえったり、谷間に嵌ったりしたら目も当てられない。
なにより、ギガムの存在だ。前回のギガムにしても、懐に入られては危なかった。身動きが取りづらい状態でギガムが襲撃してきたら、地形と格闘している間に撃破される。地の利は向こうにある。障害物だらけで牽制するのは難しく、決戦機関も上手くあてられないかもしれないのだ。
『警報:敵襲:乙標的:攻撃態勢』
警報が鳴り響き、ヅヱノは撃ち返そうと犬頭を探す。だがどこにも犬頭は見当たらない。一体どこから攻撃するのかと探している――と、微かに戦闘室が揺れた。
『警報:敵襲:乙標的:攻撃開始:亜文速攻撃:第三文明速度:Cs3422』
『敵襲直撃:一番頸部:機体損傷:装甲槽数:253』
「クソッ、どこから攻撃を受けた! ……ん? これは、上か?」
ヅヱノが突然の被弾報告に困惑していると、バラバラと何かの光る残骸が画面上部より流れ落ちてくる。ヅヱノが操首桿を思いっきり引き起こすと、画面に岩窟城の頂上が見える。
その頂上から何か小さな影が飛び出し、時間をかけて大きくなり――地面に衝突した。それは単なる巨石のように思えたが、破片は輝いておりただの岩という訳でもなさそうだった。だが一番の問題は、それが『山の向こう』から飛んできたという事だ。
「投石機か? ……その癖して、馬鹿みたいに飛距離を出しやがる」
巨石を山なりに投じる兵器というと、思い当たるのは投石機だった。遠くから山頂を確認した時には、それらしいものは見つけられなかった。稜線の向こう側か、下手したら山間から撃っているのかもしれない。ヅヱノが岸壁から引き離すようにヴェーダーを移動させると、投石機の攻撃は当たらなくなった。
敵がどこから撃っているのかがわからないし、狙うにしてもピンポイントで破壊できる兵器はない。光線砲も決戦機関も周辺被害が大きすぎる上に、決戦機関はギガム用の切り札だ。こんな場所では使いたくないというのが本音だし、そもそもまだ使用可能状態になっていない。
ヅヱノは何かいいものはないかと操縦手引を探してみると、砲熕機関と決戦機関以外にも『投射機関』という項目があるのに気付く。初めからあったのか、今回突然現れたのかは判らない。だが役に立つ物であるはずだ。
「投射、機関? よくわからんが……使ってみるか。えっと……二つあるのか。フォックスフォースに、プロポリスパワーズか……えっと、とりあえずフォックスフォースってのを使ってみるか」
投射機関は噴進弾頭【フォックスフォース】と、局地戦爆【プロポリスパワーズ】の二つがあった。ヅヱノはその内の噴進弾頭という方を使ってみる事にする。
「セルっていうスロットに装備されていて、戦闘中に一度しか撃てないのか。セルは33基……33発撃てるのか。多く感じるが……使いきりと考えると、そうでもなさそうだな。照準は直接照準と間接照準があるのか」
ヅヱノが操首桿の付け根前にあるパドルスイッチを引くと、噴進弾頭発射モードになった。隔壁画面に円環が現れ、操首桿で照準して撃てるのだ。だが見える位置にいるのは犬頭だけなので、投石機を狙いたい今回だと直接照準は使えない。
ヅヱノは間接照準で撃つ事にし、正面の制御盤に手を伸ばす。まず右側に十一個並んでいる赤いカバーを押し上げると、中からトグルスイッチが現れた。トグルスイッチを押し上げると、先端が緑色に点灯する。更に制御盤中央に埋め込まれた、二つの小型画面――その上側に、電探のような映像が映った。
『噴進弾頭:デススターウイング:セル01:間接照準:発射待機』
電探画面には移動する複数の記号があり、点在する逆三角と四菱形の二種類がある。ヅヱノは三角をギエムと類推したが、四菱形がわからない。なので手引を参照して、それが『巣』の記号だとわかった。
『巣』といっても休息・繁殖用途の一般的な巣とは違う、『攻撃巣』――敵を攻撃するための構造物である。つまりはあの投石機がそうであり、それができる程度の技術力はあるのだ。技術力を持ったケダモノなど、厄介という他ない。
ヅヱノはトラックボール――馴染みのないそれを幾何学象形文字の恩恵で駆使して、緑円環を四菱形に重ねて決定釦を押す。すると四菱形を、緑円環とは違う黄円環が一つ取り囲んだ。トグルスイッチの一つも先端が緑色から黄色に変色し、トグルスイッチ下にある斉発釦が赤く光る。
『噴進弾頭:デススターウイング:セル01:間接照準:発射開始』
ヅヱノが斉発釦を押し込むと、トグルスイッチの電灯が赤く変色する。そして選首桿や操尾釦も触っていないのに、一人でにヴェーダーの尻尾を持ち上がった。天に向いた尾の先端に銃郭口――発射口が開いて、バーナーのように火を噴き出す。そして炎に遅れて、何かが発射口から飛び出す。
それは、鋼鉄の翼竜だった。頭部はヴェーダーに似た二つの口があり、胴体からは小さな脚と、大きな翼を生やしている。だがその翼は、『翼竜』とは違う。手から発達してできた構造の翼ではなく、まるで飛行機の主翼のような形状だ。シルエットはトカゲとエイの相の子にも見える、異形の翼竜である。
そんな翼竜は、翼の後方から推進炎を噴きながら上昇していく。青空に昇った翼竜は、水平への移動を開始。そのまま翼竜は噴煙を曳いて、赤く変色した円環方向へと真っ直ぐ飛んでいく。そして遂には、稜線の向こうへと姿を消した。
「ここからじゃ見えないな……えーっと、これ押せばいいのか」
電探画面の枠にある主観釦を押す。すると電探画面がガンカメラのような主観映像に切り替わり、山間を通り抜けるように飛翔する映像が流れる。
『噴進弾頭:デススターウイング:セル01:間接照準:中間誘導』
そして映像は、四菱形――投石機へと到達した。投石機は機械的な構造が少なく、簡素な骨組みには発光する鉱物が括りつけられている。投石機というよりも、トーテムポールといった民俗の雰囲気を匂わす彫像にも見えた。それが単なる飾りでないのは、光る巨岩を投げ上げる姿を見れば一目瞭然だった。
比較的簡素な構造らしからぬ、恐ろしい速度で巨岩を投擲している。簡素な構造ではあるが、その粗い作りを補う力を持った素材が利用されているのだ。あるいは投射体である光る岩自体に、特別な性質が宿っているのかもしれない。
ヅヱノが奇妙な投石機を観察している間も、翼竜の急襲は続いている。犬頭が慌てて撃ってくるクロスボウの弾幕を浴びながらも、翼竜は二つの口から交互に応射する。連装砲の精度はさほど良くないが威力はあり、犬頭の身動きを奪うほどの弾幕を展開していた。
『噴進弾頭:デススターウイング:セル01:間接照準:終端誘導』
そして翼竜は上空に舞い上がると、一際猛烈な銃撃を敢行しながら急降下。弾幕で周囲の犬頭も釘付けにしたまま、一直線に投石機へと突っ込み――映像は途切れた。
電探画面に戻してみると、狙った四菱形は周囲の逆三角と共に消滅している。稜線越しに攻撃した事に犬頭が動揺したのか、逆三角の動きが鈍くなり投石攻撃も止まっている。
「フォックスフォースは戦いこそするが、機能自体は爆弾――弾の出るミサイルって感じなのか。敵を攻撃して自衛や敵の足止めしつつ、最後には自爆攻撃で巻き込むと。威力もあるし、使えそうだな」
巻き込まれた犬頭の数は多く、その加害範囲から考えてもかなりの威力がある。更にトグルスイッチの数だけ、同時に発射することもできる。瞬間火力で言えば、光線砲をも超える威力を叩きだせるのだ。その威力と利便性に、ヅヱノは確かな手ごたえを感じた。
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