第9話

 大鬼が鉈を投げつけてくる。ヅヲノは最初鉈かと思ったが、それがブーメランなのだと気付いた。手元へ戻ってくる小鳥等を狙うブーメランと違い、猛獣狩猟用ブーメランは直進性と重量に優れたトマホークのような投擲武器だ。その威力を見せ付けるように、大鉈はヴェーダーに突き刺さっている。


 生存装甲が有る限り、大鬼には攻撃が効かない。

 だからといって、攻撃しない理由にはならない。


 生存装甲は、100%を上限としている。理論上は、これを削りきれば攻撃は届く。問題は、削りきるのが間に合うかどうかだ。奇環砲はほとんど効かない。動き回られるとあたらないし、あたっても威力は低い。弾切れまで撃って、1パーセント削れるかどうかといった状態だ。


 望みがあるとすれば、砲郭による攻撃だ。

 弾速が速い上に、威力も強力。生存装甲も削れる。

 だがこれで押し切れるかといえば微妙な所だ。


『甲標的:生存装甲:展開率:92』


 少しずつだが、生存装甲は回復している。ただでさえ発射速度の遅い砲郭で、修復する生存装甲を削りきるのは難しい。それに大鬼は再装填に時間がかかるヴェーダーと違い、ブーメランさえあれば攻撃できる。そのブーメランも、大鬼は何十本も鎧の様に纏っている。『弾切れ』は期待できそうにない。


 単純計算で、ヅヱノは砲郭を後十三発当てれば勝てる。だが光線砲の充填速度と生存装甲の回復により、間違いなくそれ以上は掛かる。攻撃頻度は、明らかに向こうの方が上だ。つまりこちらの方が削りきられる可能性が高いのだ。


 戦闘室に警報が鳴り響き、更に大鬼の投擲が行なわれる。


『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7009』

『敵襲直撃:一番頚部:機体損傷:装甲槽数:218』


「ブンブン投げやがってクソッタレが! お返しだ!!」


『砲郭:デススタービーム:状態:発射:残弾:01……00』


 大鬼が投げつけたブーメランを流星がかすめ、一瞬で蒸発する。だがアルマジロモドキは、当然の様に無事だった。まるで跳弾させるように、甲殻で光線を弾いていた。少しばかり傷ができているものの、ほんの僅かだ。その傷すら、時間経過で修復されるのだろう。


『甲標的:生存装甲:展開率:83』


 ようやく光線砲の充填が終わり発射したものの、苦しいままだ。

 明らかに大鬼の方が早く、ヴェーダーの装甲槽を削りきる。

 ヅエノの眼に、自身の敗北がはっきりと見えた。


 滅茶苦茶に街を荒らした結果、殺し切れたのは雑魚だけ。

 主導したであろう親玉は取り逃すばかりか、撃退されるのだ。

 これでは復讐の代行を自称するには程遠い。弱卒極まる醜態だ。


「こんなデカい図体の兵器を与えられて、あんなちっぽけな奴すら倒せないのかよ愚図がッ」


 ヅヱノは自分の力不足に歯噛みする。だがそれは、高望みが過ぎた。確かにヅヱノは幾何学象形文字の情報転写で、素人ながら不自由なくヴェーダーを動かせている。だが幾何学象形文字で覚えたのはヴェーダーの操縦方法だけであり、ヴェーダーを使った戦い方ではないのだ。


 車の運転方法を修得していても、上手く公道で運転したり、レースで勝てたりする訳ではない。幾何学象形文字で与えられた情報は、ヅヱノがヴェーダーをミスなく操縦する最低限のもの。ギガムを追い詰める手段までは伝えてくれない。


 親切なのか不親切なのか今一わからない、ヅヱノはそう毒づく。煩雑な操縦桿の動かし方まで完全にコピーしてくれるならば、戦い方まで教えてくれたらいいだろうにと。


『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7013』

『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:206』


 操縦手引の製作者に、不親切だと不満を持っている暇はない。何しろヅヱノが無駄な事を考えている間にも、大鬼はブーメランを構えて力一杯投擲してくるからだ。何とか奇環砲を打ち返すが、やはり効果は無い。それどころか外れた弾が土を巻き上げ、煙幕のように大鬼の姿を覆ってしまっている。


 幸いな事に、土煙からはアルマジロモドキの一部が頭を出している。そのため多少土煙を巻き上げたり、物陰に隠れられたりしても位置を視認できる。探知画面に映る逆五芒星の方向に大鬼がいるとヅヱノも判っているが、それで判るのは大まかな方位だけだ。狙って撃つには、やはり姿が見えないことには始まらない。


 砲郭の充填が終わり、ヅヱノはしっかり狙って引金を引く。

 だが撃つ寸前、大鬼は急に横っ飛びした。

 ヴェーダーの攻撃を予期して、回避したのだ。


 しかしヅヱノの人差し指は、止められずに引金を引く。

 緑の流星は稜線に堕ち、大鬼の一部も捉えぬまま大爆発を起こす。

 大鬼は爆発に煽られ勢いよく転がるも、すぐに立ち上がった。


『甲標的:生存装甲:展開率:80』


 爆発規模は派手だが、肝心な大鬼へのダメージがほとんどない。

 文字通りの掠り傷だ。


「ただでさえカツカツだってのに、この上外すかッ! 下手糞めっ!」


 ヅヱノは自分の腕に悪態をつく。しかしそれも当然であった。たとえ幾何学象形文字によってヅヱノがヴェーダーの操縦方法を身に着けようと、元々ヅヱノは戦いとは縁のない世界に住んでいた。それに対して大鬼は死と隣り合わせの世界で、生き残ってきた積み重ねがある。土壇場で切り抜ける術は、大鬼の方が長けている。


 ヅヱノとてそんな事は重々承知だが、それでも悪態をつかずにはいられない。光線砲は威力こそあるが、発射間隔は長い。一発でも外せば、それだけ勝敗の天秤は大鬼へと傾く。ただでさえ押され気味だったというのに、一層状況は悪化した。


 ヅヱノは仕方無しに、奇環砲で攻める。奇環砲でも、極々僅かだが生存装甲を削る事はできる。それに土煙で見えなくなろうとも、見えないのは大鬼も同じだ。ならばイーブンの筈だと、ヅヱノは奇環砲で土のカーテンを引く。土煙はアルマジロモドキの姿すら、完全に覆いつくした。これでは大鬼側からでも見えない、ヅヱノはそう考えた。


「……なんだありゃ」


 煙の上から、ひょこっとアルマジロモドキが頭を出した。まるで亀が甲羅から首を伸ばすように、にゅーっと頚を長く伸ばして土煙から頭を出したのだ。そしてヴェーダーをじっとみると、土煙から鱗――ブーメランが飛び出した。


『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7009』

『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:194』


「クソっ! 視界が悪かろうと関係ないじゃないかっ!!」


 熟練者の気配を察知して攻撃する、というヤツの舞台裏はあんな感じなのかもしれないとヅヱノは一瞬考えた。だがあんなひょうきんな事をされつつ、必殺の一撃を放たれては敵わない。


 まだまだ装甲槽数には余裕がある。

 だがこのまま装甲槽数がゼロになるのも、簡単に予想がついた。

 しかしここで諦めて堪るかと、最後まで戦おうとヅヱノは奮起する。


『決戦機関:充填完了』


「あ? 何だこれ、決戦機関?」


 ヅヱノの覚悟に水を差すように、いきなりそんな文字が現れた。

 選んでもいない装備が、いつの間にか充填中になっていたのだ。


「決戦機関……確かに取説にかいてあったが……こいつを使えば、あいつをやれるのか? ……ッ!!」


 考える間も無く大鬼の投擲攻撃が飛んできて、また装甲が傷付けられた。

 どんな武器かは気になるが、決戦機関という以上威力はあるに違いない。

 そもそも銃郭も砲郭も効かない以上、他に取れる手段はそれしかない。

 ヅヱノはそう考えて、決戦機関にかける事にした。


 決戦機関の使い方自体は、脳に写された操縦手引に記されている。

 ヅヱノは手を操首桿から離して、脚の間に手を入れる。

 座席から突き出すように出ている棒――決戦桿を握った。


 決戦桿から迫り出している解除桿を握り込みつつ、決戦桿を引き起こす。

 脚の間から起きた新たな操縦桿は、操首桿や選首桿とも違う。

 操首桿のように引金釦はあるが、押し込まれたままで動かない。

 先端に発光釦があり、決戦桿を起こすと同時に赤く光り始めた。


 だが変化はそれだけには留まらなかった。

 ヴェーダーの足の爪先、閉じている口が開いて野太い杭が飛び出した。

 そのまま杭は大地へ打ちこまれて、ヴェーダーは地面に深々と爪を立てた。


『主軸錨杭:固定』


 次に機体の下部から、何十本もの細光線が大地へと張り巡らされる。

 まるで機体を緑光の糸で地面に縫いつけるようにして、微動だにしない姿勢が作られる。


『補助光錨:固定』


 そして尻尾の先から上下の装甲板が開き、噴進滑走時のような状態になる。

 だが噴射口からは、恐るべき速度を生み出す推進炎は出てこない。


『大排熱口:開放』


 最後にヴェーダーの砲郭口が大きく裂け始め、根元の方までぱっくりと裂ける。

 無数に生え揃った牙の奥から、野太い砲身がずりずりと迫り出した。


『超重砲門:開放』


 ヴェーダーは変形を終えて、まるで発射準備を終えた野砲のように射撃姿勢をとっていた。地面にへばりつくようになった姿勢は、まるで来たる大嵐に備えんとするかのようだ。あるいは獲物を前にして、身を伏せた山猫のようでもある。


『決戦機関:デススターブラストZ26:投射待機』


 そうして決戦機関の使用準備は完了した。

 隔壁画面には、無数の照準線が折り重なり幾何学模様を作っていた。

 唖然と変形風景を見ていたヅヱノだが、はっとして決戦桿を矯めつ眇めつ確認する。


「え、あれ、ちょっと待て。機体固定されてるし、照準動かすボタンもないよな……? 照準動かせないぞ?」


 機体は照準線と共に完全に固定されていた。決戦桿には編笠釦もなく、照準を変更できない。だが展開しなおす時間はない。大鬼は変形したヴェーダーの様子を見ているが、すぐに攻撃を再開するだろう。


「急げ、急げ急げっ! 早く撃たなきゃ、逃げられるッ!」


 ヅヱノは慌てて決戦桿を握りなおす。

 動かない事に焦れたのか、アルマジロモドキが身じろぎをする。

 ヅヱノは決戦桿の発光釦をカチカチカチと、三回押す。

 発光釦の光が赤から緑へと変わり、カシッと引金釦が浮き上がった。


 照準に関してはそのままだ。調整のしようがないのだから仕方がない。

 どんな性能であるにせよ、ヅヱノは効力があると信じて引金釦に指をかける。

 ヅヱノはじっと大鬼の姿を見つめ、引金釦を引いた。


『決戦機関:デススターブラストZ26:投射開始』


 ヴェーダーの口から、緑の光が漏れ出した。巨大砲口の根元から八本の緑光線が照射され、巨大砲口の先端で収束する。その収束点に周囲から様々な緑光の粒子が集まり、生まれた光球は急激に膨張していく。あっという間に、光球は凄まじい大きさに膨らんだ。


 ヴェーダーの巨大な顎でさえ、挟むのがやっとの巨大光球だ。

 異界の大地で産声を上げた、緑の超新星。

 それをヴェーダーは咥え――噛み潰した。


 ヴェーダーの口吻から、巨大光線が放たれる。

 潰された光球から、中に押し止められていた力が噴き出した。

 まるで水鉄砲のように、光球に囚われていた破壊の力が激しく流れ出す。


 その光は、水とは違って何物にも阻まれない。

 一々障害物に躓く濁流と違い、ただ真っ直ぐに流れる。

 いかなる物であろうとも、その流れを遅らせられはしない。

 瓦礫も、大地も、地平線も、雲も、一瞬で塵よりも小さく砕け散る。


 光の柱で世界を刺し抜くように、巨大光線は地平線を過ぎ蒼穹をも貫いた。

 その光はあらゆるものを粉砕し、痕跡さえ残さず消滅させていく。

 儚さが一切なく、見ているだけで押し潰されそうな『重い』光だ。


「なんだ? 吸い込まれてる……重力がおかしくなってるのか?」


 巨大光線の周囲にも、空間が歪むような力場が発生している。

 世界に光線形の穴が開いたように、あらゆるものが光線へ落ちていく。

 巨大な岩盤さえ、ふわりとシャボン玉のように浮かんで吸い込まれた。


 周辺物を引き寄せ、触れた途端に破壊し尽くす。

 星の引力を持つ破壊光線、それが決戦機関の正体だった。


 大鬼は、巨大光線に耐えていた。

 両脚で踏ん張り、巨大光線の重力に抗っていた。

 地盤すら羽毛のように持ち上げて吸い込む巨大光線に、抵抗しているのだ。

 一見すると、問題なく耐えているようにも見える。


『甲標的:生存装甲:展開率:……89……78……67……』


 だが生存装甲は別だった。まるで端から千切り取るように、アルマジロモドキの肉体が削り取られていく。鮮やかな血や、生々しい肉は見られないが、確実にその体積は減少している。


『甲標的:生存装甲:……34……23……12……01……装甲剥離』


 アルマジロモドキは甲羅を全て剥がれ、紐を解くように皮膚や筋肉を失っていく。生存装甲は最早形を保つ事すら困難になっていた。そこでようやく、本体――大鬼にも影響が現れた。


 歯をくいしばって耐えてはいるものの、明らかに重心が浮き上がろうとしている。必死に耐えているが、巨大光線の引力にまるで抗えていない。始めから奇跡など存在していなかったように、大鬼の体がふわりと浮いた。


 宙を掻き、吠え叫び、しかし大鬼の身体を止めてくれる者はいない。

 その状態でも、大鬼はじっとヴェーダーを睨んでいた。睨み続けていた。

 その髪が熔け、皮膚が散り、骨が剥がれ、眼球が破裂する瞬間まで。

 絶命する瞬間まで、大鬼はヴェーダーを睨み続けていた。


『報告:甲標的:撃破完了』


 そして勝利を示す字列が、静かに表示された。

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