第8話
街の外でヴェーダーを回頭させると、小鬼は既に地下に潜っていた。ヅヱノは腕を組み、どうするか迷う。奇環砲で地面を掘り返し、根深く張った地下網に潜む小鬼を撃つにしても、かなりの時間がかかる。
「そういや他にも砲郭ってのがあったか……よし、使ってみるか」
ヅヱノは銃郭以外にもあったはずだと、別の装備を選ぶ。現在使っている銃郭は一種類しかないが、砲郭という別階級の武器がある。城塔釦と編笠釦の下にある、赤豆釦――切換釦を押す。
するとヴェーダーが奇環砲を呑み込み、銃郭口を閉じた。そして今度は下の口――砲郭口がぐばっと開かれ、奥から野太い砲身がずりずりと迫り出してきた。
『砲郭:デススタービーム:状態:待機:残弾:01』
砲身は奇環砲と違って単砲身だ。
そして装填数は一発、奇環砲のような連射はできない。
つまりしっかりと狙って撃つ必要がある。
ヅヱノは編笠釦を動かし、照準線を都市に重ねる。小鬼の隠れ家は地下にある以上、地表を攻撃してもあまり効果がないとはヅヱノも判っている。だがどんな兵器かも判らないため、試しに都市の中心部にある尖塔へと引き金を引いた。
『砲郭:デススタービーム:状態:発射:残弾:01……00』
小鬼が地下で息をひそめる街に、緑の流星が流れた。
緑色光線は、まるで空にネオン管を通したようにヴェーダーと街を繋ぐ。
光だというのに、いっそ質量を感じるようなはっきりとした光線だった。
尖塔へと直撃した瞬間、眩い光が街を包む。
そして巨大な地雷が爆発したように、街の一角が『噴火』した。
噴火と表現したように爆発は二度三度と連鎖し、まるでマグマが噴き出すように爆炎が吹き出す。まるで地下の燃料か何かに引火したように、力強い火柱が上がっていた。
『砲郭:デススタービーム:状態:放熱:残時:20……19……18……』
「なんだ? そんな可燃物があったのか? ……って、再装填長いな。銃郭と違って、次弾までに時間がかかるのか」
放熱という字列のまま、数字がカウントされている。光線砲は砲身の脇からベロンと弾帯のような放熱帯を放出し、風景が歪むほどの熱を排出している。
『砲郭:デススタービーム:状態:充填:残時:20……19……18……』
そしてカウントが終わって放熱帯を取り込むと、今度は充填の文字に変わった。試しに切換釦を押すと、光線砲を呑み込み奇環砲を吐き出した。
「次弾準備中でも交換して撃てるのか。覚えておこう」
ヅヱノは小技を記憶しつつ、砲郭に戻す。砲郭の効果を確かめようと、着弾点へと拡大釦を進める。街の中心には、遠目にも判る深い大穴が穿たれていた。あの真下にいた小鬼は蒸発したに違いない。現に、ギエム反応もごっそり消えている。
「にしても、派手な爆発だったな。爆発物にでも誘爆したのか? ……ん? なんか引っ掛かるな……あ!」
ヅヱノは街の被害を観察していて、気付いた。
尖塔直下には深々と穴が開いているのに、射線の先にあった城壁は無傷だったのだ。
ヅヱノは尖塔を水平方向に撃ち、ほぼ九〇度に着弾した。であるならば光線の威力が高かった場合、尖塔の向こうの城壁へと貫通するはずだ。もし尖塔で爆発が起きたとしても、地下を掘り返したような爆発はしない。そもそも尖塔が爆発したにしては、地表側は比較的無事だ。尖塔を中心に、建物を薙ぎ払うような爆発が起きる筈なのだ。なのに巨大な地雷が幾つも爆発したかのような、そんな妙な爆発の仕方をしている。
『砲郭:デススタービーム:状態:発射:残弾:01……00』
充填を終えた砲郭で、試しに城壁を撃ってみる。
すると光線は城壁を貫通せず、隣接する城壁をなぞるような爆発を起こした。
「どうやら『同じ構造物』にエネルギーが伝わるみたいだな。だから尖塔を撃っただけで、繋がってる地下通路まで根こそぎ爆破したのか。癖は強いが、便利だな」
特性を理解すれば、後はそれを利用するだけだ。逆三角が集まっている場所へと、充填が済み次第光線砲を撃っていく。撃つ度に地下へと破壊力が伝播し、街の一角が爆発する。小鬼の反応は、画面から抉るように消えて行った。
ヅヱノは探知画面から逆三角を毟るように、作業のように反応を潰していく。
先程までと違って、爆発が起きる度に確実に逆三角の群れが消えていく。
街は穴だらけだ。住人が生きていた記録を滅茶苦茶にしているのは、ヅヱノも正直気が引けた。だが彼らも自分達が住んでいた街に小鬼が住み着き、我が物顔で街の設備を利用している状況は我慢できないだろう。
何より、ヅヱノが許せなかった。
住人達に謝りながらも、引き金を引き続ける。
逃げ出そうとする小鬼の姿もちらほらと見えるが、光線の余波だけで死滅した。
数分後、街から小鬼達は一掃された。ハッキリと残されていた街並みと引き換えに、占領していた者達は消滅したのだ。ヅヱノは住人に申し訳ない気持ちになるも、すぐにそんな気持ちに浸っていれなくなった。
『警告:警告:警告』
「ッ!?」
戦闘室に、耳をつんざくような警報が鳴り響いた。
明らかに別格な危機の到来を伝えようとする必死さを感じる。
ヅヱノは警告の理由も解らないのに、焦燥感で喉が乾いていく。
新たに探知画面に現れたマークは、逆三角とは異なる五芒星だ。だが普通の五芒星ではなく、頂点を下に置いた逆五芒星である。その逆五芒星が、逆三角と同じように探知画面へ表示されたのだ。であるならばギエムと『同じような存在』と考えるべきだ。そのヅヱノの考えが正しいと、すぐに証明された。
『警告:襲来:甲標的:要迎撃』
それは、稜線に現れた。
天を衝くように長く伸びた角、獅子の鬣のような蓬髪。
鎌のように深く湾曲した鷲鼻に、歯茎まで剥き出しにされた乱杭歯。
顔には谷間の様に深い皺が刻まれ、この世の全てを恨むように歪んでいる。
小鬼ではない、紛れも無い『鬼』がそこにいた。大鬼と表現できる体格だ。
「なんだ甲標的って……あれは、ギガムっていうのか。ギエムの親玉、ね。つまりアイツを倒せばいいって訳か」
ヅヱノは再び戦闘操縦手引を引いて情報を転写し、大鬼の正体を知った。ヅヱノが殺してきたギエム達の親玉であり、ヴェードの主標的。これを撃破するのが、ヴェーダーで出撃した目的なのだ。ヅヱノが得た情報を消化している間に、ギガム――大鬼は、配下が占領したはずの街を見ていた。
街を見ていた大鬼は、凄まじい怒気を露わにする。折角制圧した場所を台無しにされて腹を立てているのだ。住人の命や生活を奪って滅茶苦茶にしたというのに、まるで大鬼の方が奪われたとでもいうような素振りだ。
ヅヱノは見ているだけで胸糞が悪くなる。即座に砲郭の引き金を引いた。
薄汚い小鬼の群れを地下通路ごと灰にした光線が、大鬼の足下を爆発させた。集束されたエネルギーが一気に解放され、大鬼は一瞬にして蒸発した。
「……あ?」
そうなると、ヅヱノは思っていた。
だが煙が晴れると、焼けた大地の上で煤だらけになりながらも大鬼は健在だった。ヅヱノには、むしろ直撃を受けて精力が増しているようにすら感じる。そんなバカなことがあるはずないのだ。余波ですら小鬼は蒸発するのに、着弾点にいて無事な訳がない。
からくりを突き止めようとするヅヱノの視界に、妙な字列が映った。
『甲標的:生存装甲:展開率:91』
「生存装甲ってなんだよこれ――ぁあ? マジか、これ」
戦闘操縦手引により、生存装甲の情報がヅヱノの脳に写される。
『何が起きているか』は知れたが、どうにも理解が及ばなかった。
『それ』を可視化するため、制御盤に取り付けられた濾光釦を押した。
その途端、ぶわっと画面が何かに埋め尽くされた。
ヅヱノが慌てて拡大釦を押し込むと、『それ』の全体像が見えた。
あえて例えるならアルマジロだった。固い殻に包まれ、ひたすら鉄壁の構えを見せている猛獣。それが大鬼の何倍ものサイズで、大鬼を核として丘に居座っている。濾光釦を押すと姿が消え、影も形もない。
もう一度濾光釦を叩くと、あの像が現れる。試しにその状態で大鬼に奇環砲を撃ちかけると、驚くべきことにアルマジロモドキは攻撃を弾いていた。濾光釦でアルマジロモドキを消してから撃ってみると、異常性が露わとなった。直撃コースで撃っているのに、当たるべき光弾が『必ず外れる』のだ。ギリギリで掠める、運良く弾かれる、アルマジロモドキの防御によってそんな『結果』へと世界が歪む。濾光釦でアルマジロモドキを可視化しなければ、判らないカラクリだ。
「……あれが、因果律ねぇ。運命ってのは、大層悪趣味な形をしてるんだな」
ヅヱノが呟いたとおり、アルマジロモドキは因果律の鎧だ。あれが健在な限り、大鬼へのいかなる攻撃も外れ続ける。いわば『当たらない』という大鬼が持った運命であり、物語における主人公補正のようなもの。偶然や必然として語られる可能性の祝福を、可視化したのがあのアルマジロモドキなのだ。しかもそれは、守るだけの力ではない。
アルマジロモドキが、動き出した。
足は遅いが、確実にヴェーダーへと向かってきている。
『警報:敵襲:甲標的:攻撃準備』
アルマジロモドキがギチギチと身体を丸めると、アルマジロモドキの中で大鬼が大鉈を構えた。そして助走をつけて、身体を大きく捻って力を蓄えると、全身をバネのように使って大鉈を投擲した。その途端、アルマジロの鱗の一つが剥離。円盤のように回転しながら、大鉈と重なりつつヴェーダーへと飛んで来た。
『警報:敵襲:甲標的:遷文速攻撃:第七文明速度:Cs7012』
奇環砲で撃ち落とそうにも、アルマジロの鱗が弾丸から鉈を守る。
大鬼の攻撃への補正。それも、生存装甲の力なのだ。
戦闘室が僅かに揺れて、ヅヱノの身体に力が入る。
先程の攻城弩とは、明らかに威力が異なっている攻撃だ。
大掛かりに機械的に射出した飛翔体よりも、遥かに上回る攻撃を大鬼は放ってきたのだ。
『敵襲直撃:一番頭部:機体損傷:装甲槽数:242』
字列にも、小鬼の攻撃とは桁が違う威力が表示されている。攻城弩がたった1しか減らなかったのに、12も減っている。12倍だ。大鬼は単に鉈を振りかぶって投げただけなのに、数倍大きい攻城弩を超える威力があるのだ。ヅヱノはとてもじゃないが12倍の威力は無いだろと思うも、数字はそう物語っている。あの大鬼は、ギエムと違って明らかに危害能力を持っていると。
そして後二〇回ほど同じ攻撃を食らえば、全ての装甲槽が貫かれる。
あのアルマジロモドキの祝福を受けた攻撃が、この戦闘室内に到達するのだ。
ヅヱノの背筋を、冷たい汗が流れるのを感じた。
銃郭を大鬼へと撃ち返す。だが奇環砲の弾は、アルマジロモドキの甲殻にはじかれる。銃郭では豆鉄砲であり、全然生存装甲を削れない。生存装甲を削るには砲郭を使わねばならないが、砲郭では発射速度が大きく劣る。
「まだ攻撃は耐えられる筈だが、それまでにヴェーダーの装甲が削りきられない保証は無いな……クソ」
アルマジロモドキがいる限り、幾ら撃っても効果がない。
ヅヱノは苦々しげに噛みしめた。
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