第6話

 ヅヱノはビクンと身体を跳ねさせた。

 寝ている最中に突然脚が跳ねて飛び起きる――そんな特筆すべくこともない出来事。

 ありふれた寝覚めは、見慣れない戦闘室によって妨げられた。


「ッ!! こ、ここは……そうだ、俺は何かに」


『蒐撃機:弾着完了:兵装封止:封止解除:蒐撃開始』


 小型画面に映る字列をみて、ヅヱノはハッと身を起こした。

 そして隔壁画面内の映像を見て、ヅヱノは仰天する。


「え……、は……? 森? なんで??」


 ヅヱノの目の前に広がっているのは、緑の山々。青々とした艶のある葉が揺れて、分厚い樹皮に覆われた幹が見え隠れする。何十何百何千と言う木々が風に煽られ、波打つ海のように揺れている。ヅヱノにとっても、それは見覚えのある風景だった。


 特に空だ。

 高くなるに連れて色身を増す、蒼穹の空。

 それは、ヅヱノが望んでいた普通の風景だった。


 ヲズブヌの中から見た、奇想天外な外の風景とは魔逆。文明を孕んだ黒雷が巣食う雲海とは正反対だ。生命の萌芽すら奇跡と思えるあの空間と違う、生命にありふれた豊かな大地だ。


 ヴェーダーは巨体だ。その頭部も高い位置にあり、そこからでは必然的に高所から見下ろす形になる。まるで展望台から見下ろしている感じだ。ヅヱノは高所は苦手だが、画面越しに見ているせいかあまり気にならなかった。


「ほぅ……」


 ヅヱノは単なる野山を見て落ち着くと言う、初めての経験に浸る。

 どういう理由かはわからないが、あのヲズブヌとかいうものが動いていた場所からは出られたのだろう。となれば、外に出て人でも探してみようか。そう思ってヅヱノは外に出るボタンを探し、降機のボタンを見つける。


 だが、押しても反応がない。

 押せはするのだが、大気組成が危険域と警告が表示されている。


「大気が危険……? こんな緑が生い茂る場所で?」


 火山とかであれば、ヅヱノにもわかる。火山は、危険なガスが吹き出るポイントだからだ。しかしその場に火山はなく、周囲にも火山活動する山らしきものはない。それに空気が有毒なら、植物等も育たない筈なのだ。ならば何かしらの人体に有毒なガスでもあるのだろうかと、ヅヱノは推測する。


「少なくとも、俺の身体が処理できない大気で充満してるってことか……」


 ヅヱノは喉から搾り出すように、事実を一人ごちる。

 そういえば酸素も毒ガスだとヅヱノは聞いた事がある。かつて植物は二酸化炭素ばかりの地球で、大量の酸素を生み出した。それは人にとっては福音だったが、人が二酸化炭素を大量生産する以上の『大自然破壊』であったと。


 世界には強烈な劇毒の環境に適合した生き物もいる。何でこんなものに適応しているのかと人は疑問を覚えるが、それは人類にも言えることなのだと。


 ヴェーダーの外には豊かな自然が広がっている。だがそれが、ヅヱノにも優しいとは限らない。心地よい森林浴ができそうな空間の実情に、ヅヱノはゴクリと喉を鳴らした。ヴェーダーはギエムへの剣や鎧であると同時に、ヅヱノの生命維持装置でもあるのだと彼は理解したのだ。


「と、そうだ。動かし方は……どうするんだこれ」


 改めてみると、様々なボタンやスイッチがずらりと並んでいる。先ほど使った操縦桿らしきものも、ボタンだらけだ。適当に握ったら間違えて変なボタンを押しそうだったし、実際さっき使っていたときもガチガチと変な所の釦をおしてしまっていた。ヅヱノはヴェーダーが武器としてもシェルターとしても重要と再確認したものの、動かし方は全く判らなかった。


「なんか無いのか、さすがにあるだろ……あ、あったわ。取説かよ」


 ヅヱノは辺りを調べると、戦闘操縦手引と書かれたものを見つける。引き抜いてみると、それは板だった。ラミネート加工された、IDカードを大きくしたようなもの。


 どこが手引だと悪態を着きそうになったヅヱノが、表面に描かれた図柄に気付いた。それは格納庫で見た謎象形文字が、複雑かつ難解に絡み合ったような代物だった。謎象形文字を見ていなければ、ヅヱノは幾何学的に混ざるそれを文字とすら認識しなかっただろう。


 そんな幾何学象形文字を目にした途端、ヅヱノは自分の脳が内側から広がるような錯覚がした。脳内に圧縮された情報が流れ込んでくる。眼の前にある操縦装置の内容や、その用途や、使い方まで。知りたいと思った操縦方法が、過不足無く『理解させられて』いた。


「うぐっ……!? 頭が……ッ!」


 だがその情報量は、謎象形文字の比ではない。立ちくらみにも似た感覚にヅヱノは耐え、頭痛が収まるのを待った。そうして頭の痛みが治まってから、ヅヱノは戦闘操縦手引を一旦元の場所に戻し、操縦してみる事にした。


「……えーっと、……この、推力桿で進むのか。なんか、妙に手に馴染むな」


 ヅヱノは左手でスロットルレバー――推力桿を握る。初めて触ったのに、使い慣れたように握り締めた。それを軽く前に倒す。するとヴェーダーが一歩前に踏み出し、ヴェーダーが一定速度で歩き始めた。ヴェーダーがのっしのっしと歩を進める度、隔壁画面の映像が前に進んでいく。左右の円形画面にも、流れる風景画が映し出される。


「おぉ、おぉ!」


 感嘆の声しかでない。こんな巨大なものを、自分の手足で動かしているという興奮。ヅヱノの人生で一度も味わったことのない高揚感だった。巨大な足が野山を掘り返し、重々しい足音が響き渡る度に、巨大兵器を動かしているという実感がわいてくる。


 ヴェーダーの脚は勝手に動いているが、基本的に地形に沿って脚を下ろしている。地形情報から脚の踏む場所を選択し、命令に合わせて経路を組み合わせているのだ。操縦は単純化されているが、処理している工程は間違いなく複雑だ。


「曲がるのは左右の旋回板でするのか。右が右旋板で、左が左旋板と……お、確かに動くな。それで推力桿についたカイホ……? 蟹歩釦で、蟹歩きするのか」


 ヅヱノはその場で左右のペダルを踏み、右に左にとヴェーダーを回頭させる。そして推力桿先端の蟹歩釦を押し、カシャカシャと蟹歩きさせた。巨大なヴェーダーがせかせかと蟹歩きするのは、中々に愛嬌があった。


「……そういえば、歩く以外に噴進滑走ってのがあったな。確か、推力桿とかいう……このブレーキレバーみたいなヤツか。これを握りながら、前に倒すのか」


 ヅヱノの左手が、推力桿の前――根元から伸びた推力桿を握る。するとヴェーダーの四肢爪先と、尾部の上下装甲が何枚も開いた。その変形を確認してから、ヅヱノの左手は推力桿を一杯に倒し『噴進』の部分に入れた。


「ぐっ……ぉぉおおおおおっ!?」


 ヅヱノの身体が座席にへばりついた。

 急激な推進により、ヅヱノは全身を加重力に押さえつけられた。

 ヅヱノは踏ん張って耐え、各種画面に視線を走らせる。

 するとヴェーダーは爪先から浮揚炎を、尾部の穴から推進炎を噴出していた。


 まるでロケットが地上を滑っているかのように、炎を曳いて森を滑走している。

 実際隔壁画面や円形画面の風景も、桁違いの速度で流れていく。

 ヅヱノが何とか推力桿を引き起こすと、急激にヴェーダーの速度が落ちる。

 ヅヱノは急制動で座席から投げ出されかけ、内臓も口から飛び出てしまいそうになった。


「……ぐぅっ! ……と、止まったか」


 座席が磁石の様にヅヱノの体をくっつけていた為、彼は制御盤や隔壁画面に突っ込まずに済んだ。だが彼の顔は青く、息は荒い。止まる時でさえ、ヅヱノの身体には大きな負荷が掛かった。殺人的に急激な加速と、遠慮のない減速だった。ほんの僅かな時間だったというのに、あまりにも体の負担が大きい。


「……あん、まり……使い勝手は、良くなさそう……だな。速い事は、速いが……うっぷ」


 ヅヱノは息を整えてから、次に右側にある操首桿に触れる。釦の数は非常に多く、ただ握るだけで誤操作してしまいそうな形状だ。だがヅヱノの指は当然のように釦を避けて、しっかりと操縦桿を握り締めた。試しに動かしてみると、前後左右斜めと自由に傾けられる。その度に隔壁画面が動いて、ヴェーダーが首を曲げる。操首桿は名前通り、ヴェーダーの首と連動しているのだとヅヱノは理解した。


 そしてボタンをいじり始める。操首桿の左側中程にある、拡大釦を前に押すと隔壁画面が拡大される。前に倒すと拡大で、後ろに倒すと縮小。そして押し込むと、標準に戻る。操首桿の付け根にある白豆釦――操尾釦を小指で押すと、操首桿で頭ではなく尻尾が動かせる。ヅヱノは使い道がわからなかったが、きっと役に立つのだろうと納得する。


 残るは武器関係だが、ヅヱノは一旦後回しにする。

 先にもう一方の、左側にある操縦桿をヅヱノは試す事にした。


「次は、これだな……選首桿」


 ヅヱノは次に推力桿から手を離し、左側に有る操縦桿――選首桿を握る。ヅヱノが前方に出たレバーを握りながら、選首桿を右に傾ける。すると隔壁画面の映像が、別の映像に切り替わった。切り替わったといっても、風景自体はさほど変わらない。だが、先ほどとは見えている風景の方向が違う。具体的には、右斜め前を映す円形画面――副眼画面が映していた方向の風景だ。その映像が隔壁画面――主眼画面に移り、他の円形画面も一つずつズレた角度の映像を映している。


 選首桿の根元の小型画面には、『弐』という数字が表示されている。先程までは『壱』という数字の番号が表示されていたが、今は『弐』という番号になっている。更に同じ動作を繰り返すと、また一斉に画面が変わる。今度は、数字が『参』に変わっていた。


「……すごいな、中身どうなってんだこれ」


 何が起こっているかは、ヴェーダー自体を見れば判る。選首桿を倒すたびに、ヴェーダーの姿勢が劇的に変化している。ヴェーダーは開いていた口を閉じて、地面まで頭を下げる。そして脚だった部分が持ち上がって、先端に口が開き新たな頭となる。選首桿を倒した方向へと、ヴェーダーの頭が移動しているのだ。移動するというより、元の位置の首と入れ替わっている。


 確かにヴェーダーのすぼまった奇妙な足は、頭部の口を完全に閉じた状態そのものだ。だがまさか入れ替わるとは、ヅヱノは実際に見ても驚きを隠せない。ヴェーダーの指の無い足は、頭と入れ替えるための形なのだ。


 なお、選首桿を倒す角度でどの脚と切り換えるかが選べる。左右どちらも、最大まで倒すと尻尾と頭が入れ替わる。つまり即座に回頭が可能となる。旋回版を踏めば旋回はできるが、お世辞にも速いとはいえない。だがこれを上手く使えば、ヴェーダーの死角はほぼなくなる。


 頭を変えた後に動かしても、ヅヱノは違和感なく操縦できる。つまり首と一緒に、この戦闘室も方向が替わっているのだ。一体どういった構造になっているのか、ヅヱノには想像もつかなかった。


「これを使えば、簡単に周囲を見回せるのか。他にも制御盤とかあるし、操首桿とかにも色々動かせそうなボタンとかもあるけど……今は使わないみたいだな。となると、あとは……武器関係だな。砲熕機関――銃郭と砲郭があるのか」


 問題の武器だ。武器関係の釦は、全て操首桿の先端に集まっている。

 ヅヱノは心持ち緊張しながら、親指で操首桿先端の釦に指をかける。

 左側にある城塔のような釦――選熕釦を、親指で上へと傾ける。


『銃郭:デススターブルドッグ:状態:待機:残弾:100』


 画面にこんな表示が現れると、ヴェーダーは上の口――銃郭口をガパッと開いた。そして喉奥から、複数の砲身を持つ奇環砲を吐き出した。生物的な見た目のヴェーダーが、口から純機械的な奇環砲を出したことにヅヱノは面食らう。ヴェーダーが兵器と判っていたが、奇環砲とのギャップは大きかった。


 奇環砲はヅヱノがはじめて見る兵器らしい兵器だ。画面越しに見る事は多かったが、射撃指示装置を手元に置いた状態で見るのは全くの初めてだ。右側の編笠釦――照準釦を動かすと、画面内の照準線と奇環砲が連動して動く。ヅヱノは武骨に束ねられた砲身を凝視しつつも、試しに撃ってみようと引金釦を引いた。


『銃郭:デススターブルドッグ:状態:発射:残弾:100……90……80……』


 その途端、砲身が回転し無数の光弾が拡がった。

 まるで夜空に星が散らばっていくようで、ヅヱノは目を奪われた。星空で力強く光っていた星の一つ一つを、無造作に撃ち出している。そんな幻想的な錯覚をしてしまう光景だった。


 だがそれは、紛れもなく奇環砲から発射された弾丸だ。

 幻想的な時間は一瞬でしかなく、それらが山に着弾するとモゴモゴモゴッと爆煙が盛り上がる。


 ヅヱノは思わず指を離して、煙が消えるのを待つ。濃い土煙が晴れると、山肌はスプーンで抉り取ったように削れていた。もしあの場に立っていたなら、指の欠片すらも残らないだろう。


 兵器が手の中にある。指一本で使うことができる。そう思うと、ヅヱノは妙に喉がひりつくように感じる。だが同時に、頼もしさもあった。剣一本では、ギエム一匹さえ殺せるかヅヱノには自信がない。だがこのヴェーダーがあれば、ギエムなどひとたまりもないだろう。


 一般人が持つには、あまりにも過ぎたる力だった。

 だが脆弱な正義の代行者が自信を持つには、最適な具合の兵器だった。

 これがあれば、どんなギエムでも殺せるのでは。そう思ってしまう強さだった。


「そうだ、行かないと」


 ヅヱノは、観光やヴェーダーを動かしに来た訳じゃない。ギエムを倒しに来たのだ。

 役目を思い出したヅヱノは緊張しながらも、任務を果たすために推力桿を大きく押し倒す。競歩ぐらいのスピードになったが、山のように巨大なヴェーダーの歩幅だ。飛行機並の速度で、山間を前進している。


 水面を歩けば水しぶきが上がるように、ヴェーダーの足で森から鳥の群れが飛び立つ。木々の合間には、慌てて駆けていく猪達の背中が見えた。動物達の住処を荒らしているのを心中で詫びながらも、ヅヱノはヴェーダーを急がせる。


 もう一つ使える武器を確認しておきたかったが、ヅヱノは実戦で試す事にした。試射したいのを後回しにしてまで、ヅヱノが急ぐ理由は一つだ。もしギエムが映像で見たとおりの生態なら、現在進行形で『アレ』が行われている筈だ。それが判っているなら、悠長にのんびり歩いていく訳にはいかない。


 ギエムのいる方向は、おおよそでしかないものの判っている。隔壁画面の下部に、横に細長い探知画面がある。探知画面は赤い逆三角形が表示されていて、機体方向が変わっても同じ場所を示している。操縦手引で脳に入力された情報には、これがギエムの反応だと記されていた。


 表示できるのは左右一八〇度までだが、三六〇度方向をカバーしている。正面が前方を、左右の端が後方の反応を映す。左右にある副眼画面と表示位置が一致しており、表示方向の画面にギエムがいるとわかるのだ。


 ヅヱノが逆三角の方へとヴェーダーを進ませていくと、逆三角が正面から右にずれ始める。ヅヱノは推力桿を軽く起こしつつ、右旋板を踏んで逆三角を正面に戻していく。そして逆三角が二つに増えた瞬間、ヅヱノは推力桿を完全に起こした。探知画面は距離が遠いと、一番近い個体を表示する。つまり逆三角が二つに増えた事は、そのギエムが交戦距離にいる事を意味する。


『接敵:乙標的:機数:02』


 乙標的というのが、ギエムのことだ。数は二つ――二体ギエムがいる事になる。ヴェーダーは図体が大きいため、標的が小さい。草原のように見える森林の中から、人間大の存在を探すのは難しい。それを見越したように、操首桿には拡大釦がついている。


 ギエムがいるだろう方向へと、ヅヱノは素早く拡大釦を倒した。そうして拡大された画面に、木々や暗然とする野生動物の姿が映る。だが諦めずに焦点をグリグリと動かした先に、ギエムの姿を捉えた。


 鍵爪のような鷲鼻を頂点に広がる、醜悪なしわくちゃ顔。

 ピンポン玉のように丸く大きく、瞳に凶悪な光を宿した目玉。

 長い耳も歯も尖っていて、どちらも触れただけで血が滲みそうだ。

 額には小さいながらも、はっきりとした角が皮膚を破って生えていた。


 小鬼、そう表現するのが最適な存在がいた。


 男か女かもわからない小鬼は、粗末ながらも鎧を身に着けている。だが赤茶けた錆剣を持っているところを見るに、人間の真似をしているといった雰囲気を感じられる。巨大なヴェーダーに驚愕していた小鬼は、威嚇するように剣を構えた。


 その傍には一回り小さな個体もいて、ギャーギャー騒いでいる。そっちの方は装備すら身に着けず、ボロ布を身に纏っているだけで武器すら持っていない。


 それらの情報を受け取りながらも、ヅヱノが凝視していたものは別だった。

 それは小鬼の周りに、足下に転がっているもの。


 金髪の美しい女性が、首だけになって転がっていた。ぶつ切りにされた鎧付きの人体は、恐らく彼女のものだろう。綺麗な鋼の鎧も、血と泥に塗れている。目を覆いたくなるような仕打ちが、乱雑に散らばっている。


 女騎士の無念そうな表情の理由は、なにも自分に降りかかった惨劇への怒りだけではあるまい。一回り小さなパーツが紛れていて、小奇麗な服を着た胴体も見つけられた。血まみれになっているが、淡い桃色が可愛らしいワンピースだった。


 主従か、姉妹か、赤の他人か。

 いずれにしろ女騎士が守りたかったものも、彼女諸共無残に八つ裂きにされたのだろう。ただ殺すだけなら、ばらばらにする必要もなかろうに。その凄惨な光景は、小鬼の嗜虐心を満たした証拠なのだ。


 その上で、彼女たちの遺体の上で。汚い脚でびちゃびちゃと血肉を踏みつけ、おぞましい泥遊びをしながらこちらに威嚇してくる。まるで命の尊厳と言うものを理解していないような振る舞いだ。


 普通兵士でもなければ、人型のものを殺すことに抵抗が出る。それは兵士ですら、訓練を重ねなければ難しい行為だからだ。某国軍では射撃目標を人型に換えることで、兵士の意識改造を図ったぐらいだ。小鬼とて、殺傷の抵抗を煽る姿形をしている。


 だがその所業を見た途端、ヅヱノの中で小鬼は二足歩行する怪物でしかなくなった。

 その命の価値は吹けば飛ぶように軽くなり、引金も羽毛のように重みが消えた。

 ヅヱノは城塔釦を押し上げ、編笠釦で照準線を小鬼の身体へと重ねた。


「――死ね」

『銃郭:デススターブルドッグ:状態:発射:残弾:60……50……40……』


 ヅヱノの言葉と行動に時差はなかった。

 奇環砲が高速で回転し、小鬼の頭上に星空が降った。

 殺到する星々の光を、小鬼は目を奪われたように見上げた。


 そしてその姿が、爆煙に変わる。

 小鬼の存在を消し去るように、女達の惨たらしい最期を払拭するように。

 爆煙が小鬼のいた場所を、繰り返し執拗に蛇行した。


『デススターブルドッグ:状態:撃切:残弾:00』


 弾切れを起こしても、ヅヱノは引金から指を外さなかった。奇環砲の激しい空転が止まったのは、煙が晴れ跡形もなく小鬼が消し飛んだのを確認した後だった。小鬼や犠牲者の遺体を消しても、悲劇は消えない。だが、ほんの僅かだがヅヱノの心は軽くなった。


『デススターブルドッグ:状態:充填:残弾:00……、……、……、……100』


「……次だ」


 再装填の表示を眺めながら、ヅヱノは自分へ言い聞かせるように呟いた。その言葉に応えるように、新たなギエム反応が出ている。そしてその先でも、『似たような事』が行なわれているのだろう。ヅヱノは血の様に赤い逆三角へと、推力桿を大きく倒した。

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