癒しの奇跡


 役人のとる行動が当たり前の型にはまり過ぎていて、これをお役所仕事と評価するならまあ、なかなかいいところに彼の段階はあるのかもしれない。

 状況判断と的確な指示、その根底にあるのは自身が許されている権限を知っていること。

 ロプスは親書の存在、その他の書類をざっと部下にメモを取らせていた。

 何やら黒い板のような、黒板に書きつけていくその様は学院でした実験の結果を書き連ねていくのに似ていた。

 ふと、サラは本来ならば翌年には卒業するはずの学院を、半ば捨てたことを思いだす。

 ロイズがもっとしっかりしていていれば――それは無理か。

 

「浮気者は二度とその癖は治らないでしょうしね……」

「は? 浮気、とは何か?」

「何でもありませんの」

「そうですか」


 突然、脈絡もなく飛び出してきた単語に驚いていたロプスだが、気にしないでくださいと言うサラの一言にそうしますとうなずいた。

 最近、何かあったのかもしれない。

 そう思ってくれたなら、サラにはありがたいことだった。

 この乱闘に関係がありますかなんてもし聞かれたら、どう誤魔化そうかと焦らなければならないからだ。

 しかし、あれですなあ、とロプスは書類をエイルに戻しながらサラに向きなおる。


「クロノアイズ帝国の皇女様がろくな家臣も護衛もつけずに、我が国へお越しになるとは……」

「家の格が足りない、とでも申されたいのですか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、物騒だと申し上げただけのこと」


 そう言い、仕事抜きでこれからの旅の無事を彼は心配してくれたのだろう。

 自分の権限で部下をつけましょうか、と申し出てくれた。

 まあ、騎士の格にあるからには貴族なのだろう。

 それも下っ端などではなく、この建物――空港と言ったかしらとサラは思案する。

 セナス王国の持ち物でなく、自分たちの国土のような物言い。

 つまり、ここは治外法権で――まあ、そんな場所でも爵位に相応しい人員の手配は願いたい。

 そう言いたいように聞こえた。


「ロプス様に至りましては、侍女の件でご迷惑をおかけしたようですが。我が国にも我が国の問題、というのがありますの」

「ええ、それは理解いたします」


 それにあなたの部下はそこで女一人に叩きのめされてまだ気づいていないじゃない。

 そんなサラの視線は痛烈にロプスの管理能力を批判していた。

 我が家のメイドに負けるような兵士など、一万そろえられてもお断りですわ。

 サラはそう不遜な態度で語るようにしてみせる。


「しかし、ここは我が藩王国の法律が適用されましてね」

「そうですか」


 分はこちらにありますよ、皇女様。そんな顔をロプスはしていた。

 それはそうだろう。ロプス側からしてみれば、自国の領土でしかも好き勝手な顔をして、異国の身分と権威を持ち出して、法律を真正面から破ろうとサラがしている。

 そんなふうに見えたのだから。


「そこで関係者各位に至りましては、それなりの調査にお付き合い頂きたく」


 ニヤリ、と金色の胸当てに描かれている竜の口が持ち上がったような気がして、サラはムッ、と黒い感情を抱いてしまう。

 相手は下級役人。それよりも仕事でこの問答をしているのだから決して悪意はないと思いたい。

 そう思っても、やってくるわやってくるわ。

 この階層の乗客よりも、衛兵の方が多いのではないかと思うほどに、どこから顔を出したのやら。

 ロプスと同じく金色の鎧の騎士、銀色の鎧の騎士、黒の制服に身をまとった一般の衛兵たち。

 集まるわ集まるわ、百人は軽く超えそうな勢いだった。


「間に合わなさそうね」

「そうですねえ。あちらも元気になったようですよ、お嬢様」

「あら」


 回復が早い、と思って言われたほうを見たら、剣の腹で殴打されたはずの彼らの横顔には腫れたあともなく、新し生傷すら見えないといった感じだった。

 アイラの噛みついたあとはけっこうくっきりと残るはずなんだけど、などとエイルが言いサラよりも視力のいい彼女は寝ころんでいた兵士たちが「整列!」、と大きな掛け声を浴びせられて慌てて直立不動の体勢になるのを見ていた。


「不思議ですねえ。もう少しうめいていないとベッドからも起き上がれないはず」


 アイラと同じほどには剣をたしなむエイルがそう言うのだから、間違いないのだろう。

 しかし、被害者? たちはもう平気だ、なんて叫んでいる。

 これはどうしたこと? とサラは顔を不満げにし、エイルはああなるほど、と呟く。

 理由に思い至ったらしい。


「何かしら?」

「あれが噂の魔法、というやつではないでしょうか」

「魔法? あの神話とかおとぎ話にあるやつ?」

「ええ、アルナルドがそんな話、してませんでしたか? クロノアイズ帝国の中では禁じられていますけど、諸外国ではそうでもない、みたいな」

「そう言えば……」


 思い返してみるとそんなことを言っていた気もする。

 各国の王族や主脳たちはリアルタイムで会話もできるのだとか、なんとか。

 不可思議なものに出くわした人間はこんな顔をする。

 その一例にでもなりそうな、きょとんとした顔を間抜けにもサラは表に出してしまっていた。

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