不思議な女性たち


 それを目ざとく見つけたのか、ロプスがこちらを見、陰湿な顔つきになるとおや? と切り出した。


「殿下に至られましては、このような最底辺の癒しなど下賤な光景をお目にかけてしまい申し訳ございません」


 慇懃無礼。

 どうだこの田舎娘が。

 そんな表情がありありと見て取れる。

 

「いえいえ、良きものを見せて頂きました」


 サラは平静を装ってそう返すが、心の中はなんて失礼な男なの、と怒りが沸々と沸いていた。

 アイラがこの手の言いがかりのような田舎娘呼ばわりされて我慢の限界に達したのだとしたら、もうそれは懲罰どころか褒章でも受勲式でもしてやりたいと思ったほどだ。

 しかし、その元凶がまさしくそこにあると思い至れば――やはり、白い眼を侍女に向けざるを得なかった。

 めんどくさいわね、サラはそうぼやき、高慢ちきなロプスの鼻をいつかへし折ってやろうと、心のブラックリストに彼の名を登録する。

 ここは国と国の折衝の場だ。

 すでに政治の駆け引きは始まっているのである。

 そう考えると、私的感情を抑えざるを得なかった。


「そちらの殿下が笑顔でこの件を受け入れられることを祈っております。ロプス様」

「そちらの……でんか……?」


 金の騎士の表情に動揺が走ったのをサラは見逃さなかった。

 畳みつけて有利を取り戻そうと、彼に再度、親書を見せつける。


「あなたのような下士官に拝覧することは生涯二度とあるかないかの珍事だと思いますが。我がクロノアイズ皇帝陛下より、宛先がどなたになられているか……そこをよくよくご覧になられた方が良いかと」

「……っ」


 たった二言で形勢逆転だ。

 ロプスの顔が恥辱に歪む。

 いい所のお嬢様を少しばかり嫌がらせも含めて普段のウサ晴らしをしようとした彼にとって親書に書かれた宛先はは、いささか大きすぎた名前のようだった。


「御使者が礼装もせず、帝国の飛行船も乗らず、たったの従者二人でこんな場所をうろつくこと自体が……怪しいでしょう、サラ殿下」


 あ、サラ殿下になった。

 と、心の中でほくそ笑むと、サラはですから、とアイルを見た。


「帝位も低く、アリズン様にお届けする内容も、素晴らしく大きな国事というものではありませんので。帝位を持つ者同士、下々の方々にすべてをお見せしなければご不満ですか」

「そういうわけではありませんが、前例が」

「あなたがお知りにならないだけかもしれませんよ。現にラフトクラン王国の第一王子様などは――貴国の飛行船を借り故郷に戻られたとか。利用方法はさまざまでは?」


 ついでに、とサラは怪我から万全の状態に戻ったであろうロプスの部下たちに視線を転じる。

 こちらのアイラはまだぐったりとした顔をしているのに……。


「魔法はたしかに素晴らしき御業でしょうが、それは等しく与えられるべきではありませんか? 何より、夫人であれば男性から劣情をもよおすような卑猥な言葉を投げかけられ、腕を捕まれて自由を奪われそうになっても、それはエルムド帝国では犯罪ではないと、そうおっしゃるの?」

「いや、それは……部下たちはこのような場で女性が相応しくない恰好をしているから、と。その注意を……」

「夫人がドレス姿で帯剣をすれば罪に問われるというならば、その例を示して頂きたいですわ。貴国の法典をここに持ち込まれても結構。臨時の裁判でもこの場で開廷いたしますか、ロプス様?」

「そこまでは言っていないだろう」

「あちらの女性の方々は……」

 

 そう、ちょうど通りがかった女性の一団を目にしてサラは絶句する。

 キラリと輝く鎧のような物を着込む彼女たちは、しかし、兵士のようには見えなかった。

 よくて商人か旅の貴族の護衛といったところだろうか。

 アイラと同じくゆったりとしたドレスに身を包み、帯剣や槍、弓などを背にかけていたりする金髪の一団だった。

 その数人を例に取ろうとして、近づいてきた彼女たちのあまりの異様さにサラは言葉を失った。

 金髪、碧眼。

 そこまでは普通だ。

 猫のようなふさふさとした長い尾が垂れ下がり、頭頂部の少し後ろにはまぎれもない金色と白いうぶ毛におおわれた猫の耳が鎮座している。おまけにそれらは作り物でなく、時々、周囲の物音を聞き分けるかのように前後左右に動いたり、閉じたりしていた。

 猫が機嫌で尾を揺らしたりするように、その尾もまた、ゆらゆらと波打っていた。


「あれらが何か?」

「あ……いえ。あの方々はあまり見かけない種族……のようですが。しかし、我が侍女と同じ帯剣にドレスですね。もし国内に持ち込みが好ましくないというならば、この建物に入った時点で注意があるのが普通では」

「……ちっ」


 ロプスの口からそんな音が漏れた。

 女性の一団はなにかよいことがあったのか、賑わしくしながらこちらに向かってくるようだった。

 近づいて来ても、ニャーニャーなどと間違っても聞こえたりはしなかったが……。

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