金の竜騎士

 まあ、致し方ない。

 家臣の落ち度は主人の落ち度。

 そこを忘れたら、ロイズのようにもなりかねない。

 いやいや、ハサウェイ王子かもしれない……あの女にだらしがない性格はそのまま、誰かを大事にしないことにもつながるわけで。

 ここでアイラを見放したら、あれと同じになると思えばそれは自分が自分を許せないわけで。

 アイラと過ごすこれからは更に問題が山積みになるという予兆でしかないのだけど。

 まあ、いいか。


「二人の殿下たちの裏切りに比べたらまだ、ましだし」

「は?」

「いいから、エイル。あれ、何とかしてきなさい」

「はあ。でもどうやって?」

「こうやってよ」


 サラは胸元からペンダントを引き出すと、それをエイルに手渡した。

 金色のロザリオに似たそれは、もう少し円形で特別な意匠のあるもの。

 手渡されたエイルはあらあらこんなもの、と驚いて見せた。


「どこで手に入れられたんですか、これ」

「分捕ったの」

「……は? ドロボーですか、サラ?」

「違うわよ! 後から離すからさっさとそれを見せて回収してきなさい」

「はあ……」


 これでねー?

 見せただけでもっと凄い問題が起こりそうな気がするエイルだが、まあいいかとそれを掲げてアイラの元へと向かう。

 倒れている男たちはまだ意識を取り戻さないらしい。

 アイラったら本気でやっちゃたわねー。と姉は嘆息する。

 何なら自分もそこで溜まりに溜まったうっぷんを晴らしたかったのに。

 妹に見せ場を持っていかれた気がして、その意味でエイルはいささか不機嫌だった。

 手近に立つ衛兵の服を裾を掴み、ちょいちょいと引っ張って存在をしめした。


「ん? なにか御用ですか、御夫人」

「あの、ちょっと」


 御夫人。

 目の前で取り押さえられているアイラは「大人しくしろっ、まるで狂犬並だな!?」、なんて衛兵から警告を受けているのを聞いたら、どこか笑えてしまう。

 これで姉妹だというのだから、性格と行動は本当に大事。


「何かな? こちらは取り込み中だ。危険人物を捕まえないと航路の安全を乗客の皆様に提供できないからな」

「あ、はは。お疲れ様です。あれなんですけどね、関係者でして」

「……関係者?」

「ええ」


 途端、衛兵のエイルに向ける視線に厳しいものが混じった。

 それを知ってか知らずか、エイルはのほほんとした顔でそれでですね、と言葉を紡ぐ。

 この辺り、空気を読まないのは姉妹の特質じゃないかなーとサラは思うのだった。

 ところでこれを、とエイルは片手で彼をまあまあ、と制するとサラから渡されたあれを掲げて見せる。

 

「なんだ……はあ?!」

「まあ、そういうことでして」

「あっ、はい!」


 衛兵はそれを一目見た途端、掲げられたそれが何だったのかを理解する。

 いきなり背筋がピンっ、となり姿勢をただした彼の態度を見て周りの兵士たちが敏感にそれを察し、それは一同に伝わるまで時間を要しなかった。

 その場の責任者と思しき男性がやって来て、エイルをアイラを交互に見やる。

 彼は金色の胸当てに竜の紋章を彫りこんだ鎧を着こんでいた。


「御夫人、その紋章は……どちらで?」

「あなたは?」

「エルムド帝国アーハンルド藩王国所属、金竜騎士団第二方面所属ロプスと申します。……まあ、このセナス王国における空港の管理を任されている騎士の端くれ、と言いますか」

「そう」


 お嬢様、どうしますか?

 と、エイルは名乗りをあげるかどうかを目配せで知らせて来た。

 サラの身分を伝えるかどうか、とそういうことだろう。

 結局、あの印章だけではだめかしらね、見ただけで引いてくれたら助かったんだけど。

 やれやれとサラは後ろから前へ一歩踏み出した。


「我が主です」

「主……? クロノアイズ帝国の皇族の印を持たれる女子が、女性のみでの移動とは解せませんな」


 エイルの紹介も端的すぎるでしょ。

 せめて第何位帝位継承者とか、エルムド帝国への輿入れの最中だとかなんとか言うべきじゃない?

 主人の抗議を侍女はどこふく風と受け流してみせた。

 主がいるのだから、部下の自分が発言するよりも主人からの発言の方が確実でしょう? そうエイルはにっこりとほほ笑んでいた。

 そこを家臣だけで場を収めなさい! なんてサラは言いたくなるが、この先のことを思えばこれもいい勉強かもしれない。

 ポンコツ侍女たちはさておき、サラは控えなさい、と口にしていた。


「クロノアイズ帝国第十四位帝位継承者、レンドール公女サラです。我が家の侍女がどうかしましたか?」

「帝位継承……ならばこそ、その人員は……」

「怪しい、と? それなら、そちらの帝国なり我が母国なり確認とされてはいかがですか。エイル」

「はい、御主人様」


 その一言に侍女は差し出したのは、彼女たちの旅券と身分証だった。

 そこにはついでに皇帝からの新書も含まれていたが……。


「こちらが提示できるものはその程度の書類です。あとはその印章でしょうか。御疑いであれば、陛下からの新書を開かれてみてはいかが? でも――」


 と、サラはにっこりと微笑んで見せる。

 もしその新書が本物だった場合、ロプスの首が実質的に胴体と離れる可能性も示唆していたが。


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