第三章 帝国編(空路編)
囚われのアイラ
どうして主人よりも従者たるあの子が目立っているのかしら……。
サラの脳裏にはその言葉とともに怒りというよりも、やや呆れに近いものが生まれては消えていく、を繰り返していた。
なんとも頭の痛い問題だわ。
そう呟くと、目立って目立って仕方ない赤毛に黒目の侍女、アイラをどうしようかなと頭を悩ませていた。
「あれ、捨てて行ってもいいかしら?」
「えーと……いいかも、しれないけれど。絶対に恨みますよ、あの子しつこいから」
「そうよねえ」
隣に同じような困った顔をして立つ、アイラの姉のエイルは漆黒の髪をふう、と揺らし更に黒い瞳を伏せてどうしてこうもトラブルに見舞われるのだろう、と頭が痛いようだった。
「主人の代わりに危険を引き受けた、という点では評価をしてやって頂きたいかと」
「それはそうなんだけど」
と、サラの視線はアイラの左隣に移動する。
そこはエルムド帝国行きの飛行船のデッキの一つで、多くの乗客と船員が入れ替わり立ち代わり出入りしている場所で、船の最下層の乗り場でもあって。
見慣れない装束の商人や貴族や平民。
違う色の肌、違う色の髪、見たこともない存在もいたし、聞いたことの無い言葉も飛び交っていた。
「でも、もう少しで登場手続きの締め切り時間ですね」
「そうなのよね」
と、サラはその視線を斜め奥に見やった。
そこには天井から長方形の掲示板が降りていて、時刻と何番という入り口の番号と、行き先が表示された板が役目を終えるとくるん、と回転して次の行き先を表示する仕組みになっていた。
大陸後、ラフトクラン王国でも使われている馴染みのある言語、南方の言語。
数種類の翻訳が同時に描かれ、アナウンスをする女性たちも多い。
エルムド帝国行き最終受付はあと十数分後に迫っていた。
「でも、終わりそうにありませんね」
「そうね。突破というには無理そうだし……」
当の問題児アイラに再び目を転じると、彼女は数人の男性の衛兵に取り押さえられていた。
槍の穂先を突き付けられ、いまにも拘束されようとしているところでのんびりと見ていたら、このままでは哀れ監獄行きとなるのもやむを得ない感じだった。
でも、とサラは思うのだ。
アイラの左側には数人の男性が殴られ、蹴られ、投げられついでに噛みつかれて無残にも折り重なり気を失っている。
あきらかに過剰防衛じゃないかしら、と思ってしまうのだ。
この不名誉な侍女は私の従者です、と名乗るのもどこか気が引けてしまう。
「これからエルムドに行くという矢先に、侍女から囚人になるなんて……困ったものですね」
「そんなにのんびりとよく言えるわね、姉のくせに」
「姉だから落ち着いているのかもしれないですね」
と、のほほんとした返事をエイルは返してくる。
アイラの、妹の起こす問題には慣れ切っている感が強くて、サラは王国にいたころはどれだけ暴れていたんだろう、この姉妹は……と少しばかり不安を心に抱えていた
「帝国に行ったらあんなことはさせないってエイルからも言い聞かせてよ。あと、見張ってね、姉として」
「はーい」
もはや、やる気すら失せるほどの返事をする侍女姉は忘れることにしよう、とサラはとりあえず決めた。
決めてから、侍女妹の狂犬のようなこれをどうやって憲兵の手から取り戻そうかと思案する。
こういう時こそ、頭脳はのエイルの出番だけど、どうも今回はその気にはならないらしい。
普段からアイラの後始末に追われ頭が痛いのでしょうね、とサラはその心中を理解できないでもなかった。
「だからドレスに帯剣はよしなさいってあれほど忠告したのに」
「貴族令嬢が着るドレスには、あの無骨な剣は似合わないですからね」
「ああ言うのはなんというのかしら?」
「……軟派では、ないでしょうか?」
「軟派、ね。ハサウェイ王子がよくやっていたやつだわ。頭が痛くなりそう」
見慣れない男たちは、一様に同じ服装をしていた。
見るにこのセナス王国の正規兵で、この空港と呼ばれる建物の警備をしている連中が交代時間となり、仕事のウサ晴らしに酒場に行こうとしていたような感じだった。
もしくは、どこかの戦場の帰還兵かもしれない。
まあとにかく、大柄で品のない彼らは――アルナルドの船から降り、身なりを深窓の令嬢にやつしたサラとその従者である下級貴族の娘たち二人。
「でも、さすがにやりすぎでしょうね、サラ様はどう思います?」
「どう思いますッて……。アイラがあんなに強かったことを誇りに思ってるわよ。でもここで発揮するなら場所を選んで欲しかったかしら」
そんな三人を見つけたまではよかった。
問題は、アイラが腰に差していた帯剣だ。
女がそんなもの振り回せるのかよ、とか。これから飲みに行くから付き合えよ、とか。もっと太いもので可愛がってやるぜ、とか。
聞いている方が赤面しそうなほどにカッコ悪いセリフで声をかけて来たのだった。
それも……過去に男性問題で嫌な記憶があるアイラに彼らは寄っていく。
大人しそうに見えたのかもしれないし、サラとエイルがふんっと袖にしたのが気に障ったのかもしれない。
彼らが鞘に入れたままの剣を持ったアイラにことごとく打ちのめされるまで、それから数分と経たなかった。
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