新天地へ
それからすぐのことだ。
セナス王国の飛び地、海路から空路に乗り換えるその港は、ラフトクラン王国でサラが深夜に乗船した港町ほどの賑わいを見せていた。
船団の中から乗客を載せた二隻だけが、波止場へと錨を降ろし桟橋を胴体に着けると、サラを始めとした乗客たちは付き人や奴隷、家人を伴ってそれを降り始める。
三週間に近い船旅は本当に切迫した緊張感をもたらせてくれたわね、とサラは軽口を叩く。
侍女たちは主人がこれから、まだ未踏の大帝国に客人という名の政治的捕虜として赴く不安を見せたくないのだな、と察して優しい笑顔を向けていた。
アルナルドたちはこのまま王国にトンボ帰りだという。数年間は再会すら厳しいと思いながら、サラはそれでも彼に別れの挨拶をしなかった。
あちらもそうしたかったのか、船上に姿を現さない。仕方ないので、サラは見送ってくれた船長にそっと伝言を残すことにした。
「一つ、殿下に伝言をいいですか」
「承りましょう」
サラはちょっと思案して、これならいいだろうと思いついた言葉を口にする。
「アルドの華を手にしたければ、早く来ないと枯れてしまいますよ、と」
「アルド……なるほど。伝えましょう」
あら、その意味を知っているんだ、この船長。
サラは一瞬不思議そうな顔をする。そして、なるほどと、得意げな笑みを浮かべた。
後ろにいた侍女たちが何のことだろうと顔を見合わせるが、サラはふふっと笑いそっと船長の耳元に何事かをささやいて彼の驚いた顔を堪能すると桟橋を降り始めた。
あらかじめ用意されていた帝国行きの飛行船乗り場へと移動するための馬車に乗り込むと、アイラは待ちきれないとサラに問いかける。
「お嬢様、何ですかあれ」
「あれ? ああ、アルドの華?」
「そう、それですよ、それ」
「ああ、あれはね……」
アルナルドの母親の名はアルディラ。その名前の由来になった地名がアルドだという。
クロノアイズ帝国の一地方にして、サラの曾祖母が死ぬまで愛した土地。それがアルドだった。
「アルドはアルナルドのことよ。華は私。妻になって欲しければさっさと王国からやってきなさいよって、そういう意味」
「はあ? サラって……本当に男を見る目がないわね」
思わず、素のままで返事をするアイラにうるさいわよ、とサラはにらみつけてやる。
「あんなろくでなし、興味なんてないわよ。でもね、そう言えば、アルナルドのやる気がでるでしょ? 昔からそうだったじゃない」
サラの本心を耳にして二人の侍女はあきれ果てた顔をする。ついでに、とエイルも質問を挟んだ。
「船長に何をささやいていたの、サラ?」
「あら、エイルまで侍女を辞めちゃったの? まあ、いいけど。大したことじゃないわ。ただ、お礼を述べただけ。こんな短時間で陛下の許可を取り付けてくれたから」
ああ、なるほど。と侍女たちはうなずく。
しかし、サラは心の中で嘘よ、と悪戯を隠すようにつぶやき舌を出していた。
本当はこう言ったのだ。
「あまり親心が過ぎると、いつか子離れできなくなりますよ、皇帝陛下」
と。
正体を言い当てられた時の船長の驚きっぷりときたら、いまでも思い出しただけで吹き出しそうになる。
だが、これでアルナルドの冒険もうまくいくだろう。そして、自分たちの新生活も――。
そうして、サラたちを載せた飛行船は新天地に向けて静かに飛び立つのだった。
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