サラの逆襲 2

「王国を僕の領土にする」

「……は?」

「ハサウェイを国軍の大臣に、ロイズは内務大臣辺りがいいだろうね。あれらには南方大陸への遠征に出て貰う気でいるんだ」

「どういう……こと? 南方大陸と戦争を始めるつもりなの?」

「そう。少なくとも、両陛下はそんなおつもりのようだね」

「両陛下って、二帝国が足並みを揃えて、戦争を? そんなことをしたら、ラフトクランどころかクロノアイズだっていずれはエルムドに取り込まれるわよ?」

「いずれはそうなるかもしれない。まあ、そうならないように僕が婿入りするんだけどね」

「私はどうなるの、アルナルド」

 サラには――と、アルナルドは言葉を区切ると、窓の外にある広い青空を見やった。

「まずは王国、かな。アリズンの祖母様がいまのエルムドの女帝なんだ。空軍をハサウェイに貸して、そのままラフトクランを支配下におくように僕の父上は命じたみたいだから、あれはやると思う。サラはラフトクランの国母になって欲しい」


 じっと自分を見つめてくるその黒い瞳には、いつもの陰謀を携えた闇色はなくただ、サラに協力するようにという強い意思が見て取れた。


 国母とは通常なら王妃、もしくは国王の母親に使われる敬称だ。

 それになって欲しいということはたぶん――レイニーとロイズを夫婦にさせるつもりなのだろう。レイニーはサラの養女で、結婚すればロイズもサラの義理の息子になる。王国では婚約者や妻よりも親の方が意見を尊重される傾向があるから、それをアルナルドは利用したいらしい。

 帝国の帝位継承権もあって王国の次期国王の義理の母親。

 こんなことに使うために用意した立場じゃなかったのに。サラは心でぼやくと、なら、私はどうなるのよ? 生涯独身ですか⁉ まさか、ハサウェイとでも結婚させるつもり? などと、豊かな空想を巡らせてはそれらを否定して結論を見出していく。

 それがどうにか形になるまで数分を要したが、アルナルドはだまってアイラのするように普段は側近の目が厳しいのだろう。甘いお菓子を頬張って一人楽しんでいた。

 それはそれでサラにはほほえましい光景だったのだが……。


「年に何回?」

「え?」


 どうせそういうことだろう、とサラは自分で結論を見つけるとアルナルドに問いかけてみた。

 彼は何が、と素知らぬふりをしてお菓子に手を伸ばそうとする。

 あの悪戯好きなアイラじゃないんだから! そう思いながら、サラはさっと素早くアルナルドの手元にある菓子の盛られた皿を奪い去っていた。


「サラー?」

「ねえ、何回なの?」

「……それは」

「きちんと答えてちょうだい、アルナルド。王国の国母になれ? つまり、支配者の代わりをしろってことでしよう? いまの王様と結婚させる? それとも――貴方の側妃として可愛がってもらえる? それにしても、国内は間違いなく、数年は政争の嵐でしようね。私のお父様やレイニーの父親である侯爵様が手を尽くしても簡単には治まらないかもしれない。ねえ、知ってる?」

「なっ、なにをだい?」


 きちんと答えなきゃお菓子処か、熱湯をぶっかけるわよ?

 そんな素振りを見せるサラに、アルナルドは冷や汗を背筋にかいていた。

 サラはこの人、本当に私が大事なのかしら? と頭を傾げてしまう。


「……王位簒奪。つまり、反逆者が生き残る確率は限りなく少ない。それもクロノアイズとエルムド。両国家の操り人形なんてうまくいくはずがないわ。いつか利用価値がなくなれば、毒殺。その先にあるのは、エルムド帝国の総力を挙げた――クロノアイズ帝国植民地化を目指した侵略じゃない。私は死ぬまで何度、貴方に会えるの? 本当に大好きな貴方に」  


 いつもなら申し訳なさそうに視線をそらす彼は――意外にも真正面からサラを見つめてその瞳を見ることをやめようとしないでいた。

 サラはこれまでにないアルナルドの応対に、ちょっとだけどきりとしてしまう。

 弟や親友のようにド思っていた幼馴染は、ロイズやハサウェイなんて消し飛ばしてしまうほどの魅力を備えた貴公子のように見えてしまったのだ。

 いけない、いけない。

 彼のそれにほだされたら……。でも、少しだけ信じてみたくもある。好きになった男が出世する後ろ姿をすぐそばで見られるならば――何もかも賭けてもいいと女には思えるときもある。そんな気にもなってしまうからだ。


「サラは僕と帝国に行こう?」

「いいわよ」

「へっ?」


 サラはアルナルドの予想を上回る即断力で返事をする。

 サラはティーポットを片手に立ち上がり、アルナルドの正面に立って宣言した。


「いいですけど。アリズン様を大事にしながら、私を大事にできる甲斐性が貴方にあるとは思ないから。私がアリズン様と仲良くするわ。それでいいなら。ついでにまぎらわしいから、王国に行こうじゃなくて、帝国に付いてこいって命じればいいのではありませんか、皇太子殿下?」


 これには皇太子側が呆気に取られてしまう。

 しかし、断るなら……とその手にした熱湯という名の凶器が鈍くもアルナルドを狙っているのを見て彼は分かったと、渋々頷いた。

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