白の日 前編


 私の記憶。


 自分のことは顧みないで。

 怖い人たちから。

 身を挺して私をかばってくれた人がいます。


 今はもう。

 それがテレビで見たものか。

 夢で見たものか。


 まるで覚えてないけれど。


 そんな自分が登場するから。

 私は、絵本が好きになったのだと思います。



 でも。

 いつからでしょう。


 私は、いつも私を助けてくれる。

 王子様の気持ちに思いを馳せるようになったのです。


 悲しむお姫様を助けるため。

 危険を顧みずに戦う王子様。


 その生き方に。

 私は強く憧れるようになりました。


 お母様は喜んで下さった気がします。

 反対に。

 お父様からは叱られました。


 効率。

 利益。

 保身。


 分かるはずの無い言葉を並べられ。

 ただ、泣いた記憶があります。


 それでも私は。

 夢を諦めず。


 悲しむ人を助けたい。

 そんな想いに従って生きるようになりました。



 でも。

 お父様からは疎んじられ。


 仲の良かった皆さんは。

 私を煙たがって離れていく。


 そんな寂しさの中。

 私が間違っていたのかと。

 ようやく考えるようになったのですが。


 時はすでに遅く。


 既に、透明だった姿に。

 私という足がくっきりと生まれてしまっていました。


 もう戻れない。

 悲しいのに我慢するしかない。


 そして私が。

 どんどん完成していくと。


 後悔と共に。

 我慢の日々が一生続くという絶望感が芽生え始め。


 もう戻れない。


 私は、他人と距離を置くことで。

 仮面を被ることで。


 もう戻れない。


 砂の一握。

 辛うじて居場所を作ると。


 もう戻れない。


 王子様が。

 いつか私を助けてくれる。


 それだけを願うお姫様になってしまったのでした。

 


 もう戻れない



 もう戻れない…………。




 ~ 四月六日(火) 白の日 ~

 ※笑い三年、泣き三月

  意味:義太夫節の話。

    笑い方のほうが

    泣き方よりずっと難しい。




 江戸時代の町並みを再現した趣のある通りに沿って。

 みやげ物店、食事処、甘味処などが軒を連ねる『夢京橋キャッスルロード』。


 プラスチックの刀を振りかざし。

 はしゃぐ子供の気持ちは分かる。


 でも、大人として。

 注意してあげないといけないよな。


「やめねえか。夏木、王子くん」


 時代劇に王子様って訳にはいかないが。

 王子くんだって、王子様役ばかりをするわけじゃない。


「ええい、観念しろ! 怪盗青頭巾!」

「へなちょこ同心の腕でとらえられると思ったら大間違いなのよん! 返り討ちにしてくれる!」

「うまいネーミングだな、青頭巾。髪の色だけど」


 町娘と反物屋の若旦那が見守る中。

 二刀流の、パラガス侍を無視して。


 運動神経抜群な二人が。

 殺陣とは程遠いガチバトル。


 こんな場所だ。

 エチュードなんか始めたらこうなるに決まってる。


 俺は、カメラを構えた人だかりの中。


 頭を抱えながらもう一度だけ声をかけた。


「そんなに暴れたらパンツ見えるぞ?」


 ナイス俺の機転。

 あっという間に舞台は幕引きだ。


 そんな天才の前に、スカートの裾を押さえてよちよち近付いてきた二人が。


 昨日の夜からずっと続いたままの。

 冷たい視線で罵声を浴びせて来る。


「変態!」

「変態!」

「意地悪保坂ちゃんなんて知らないのよん!」

「秋乃ちゃん、こっちで一緒に遊ぼ!」


 二人に腕を引っ張られ。

 俺の隣からずるずる引きずられていくこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらロング髪に。

 ここで買ったんだろう、和風の髪飾りを横につけ。


「な、なにして遊ぼう……?」

「もちろん秋乃ちゃんがお姫様!」

「お芝居の続きだ!」

「ひえええええ!?」


 いやはや。

 それじゃ、俺が止めた意味ねえじゃねえか。


「お前らいい加減に……」

「うるさい意地悪マン!」

「そうだそうだ! 僕も今回はちょっと怒ってるんだからね?」

「パラガスの方がまだましなのよん!」

「そうだね。最低だけど意地悪では無いし。伸びしろあるし」

「日々成長! 昨日のパラガスより、今日のパラガス!」

「そして今日のパラガスより、明日パラガス!」

「おあとが宜しいじゃねえか。あ! こら、刀振り回しながら団子屋入るな!」


 もうめちゃくちゃだ。

 王子くんも、あんなにはしゃぐ人だとは思ってなかったよ。


 でもこうなっては仕方ない。

 俺たちも、甘味処に入って。


 ガラガラだった店内に。

 あっという間に立ち見客まで生み出した。


「春姫ちゃん! こっち詰めれば座れるよ?」

「意地悪マンのそばにいると泣かされちゃうからこっちおいで!」

「……いや。このドレスで座ると場所をとる。ここで構わん」

「じゃあ代わりに俺が……」

「意地悪マンはこっち来んな!」

「こっち来んな!」

「注文しちゃおうか。秋乃ちゃんは何食べる?」

「ど、どうしようかな……」


 こうして俺はいつもの姿勢に落ち着いたんだが。


 いやはや。

 怪我の功名だな。


 秋乃がみんなの輪の中で。

 楽しそうにしてやがる。



 ……俺が望んでいた形。

 これで十分と思わなくもない。


 だからわざわざ。

 秋乃の殻を破るとか。


 しなくていいんじゃね?


 そもそも、昨日は息巻いたものの。

 どうやったらいいのか思い付かねえし。


「……相変わらず、誰かを救う事ばかり考えているのだな、立哉さん」

「え? いやそんなこと考えてねえけど」

「……私にそのような誤魔化しがきくとでも?」

「ははっ、名探偵は何でもお見通しだな。じゃあ怪盗としては口封じしねえと。ワイロをこの中から選んでくれ」

「……抹茶パフェ」


 店員さんを呼んで注文を済ませると。

 名探偵は苦笑い。


 豪奢な金髪を指で梳き。

 俺を横目に見上げて語りだす。


「……昨晩、女子部屋で顛末は聞いている。私の時と同じように、皆に嫌われてもお姉様のことを助けようとしてくれているのだろう?」

「春姫ちゃんの時ってなんだ?」

「……とぼけるな。誰のおかげで、私が笑えるようになったと思っている」


 とぼけていたわけじゃねえんだが。

 確かにそうだったな。


 あの時は、春姫ちゃんを笑わせようとして。

 さんざん秋乃に嫌われたっけ。


「もう旅行終わりか~」

「晩飯はこっちで食ってくんだよな?」

「最後の御飯は、カレーがいいのよん!」

「ここに来といてカレーかよ、キッカ」

「カチンコチンはシャラップ! 西野ちゃんはどんなカレーが好き?」

「あっは! 僕はキーマ一択! 秋乃ちゃんは?」

「わ、私、カレーにはちょっとうるさい……」


 今回も、もっと強引に進めるべきだろうか。


 でも、プランも何もないし。

 この駒配置じゃチャンスも無い。


「へえ! どんなカレーがいいのか伺いましょうか、姫!」

「タイカレーっていうの、食べてみたい……」

「わははははは~! ちょっとうるさいのに食べてみたいってどういう意味~?」

「イ、インド人だから国外のカレーが珍しくて……」

「ウソつけ。じゃ、好きなインドカレーは?」

「欧風」

「「「「「わははははははははははは!!!」」」」」


 さてさて。

 どうしたもんかね。


「……立哉さん」

「ん?」


 もう、投了を宣言しようとしていた俺の隣で。

 澄み切った青い瞳がじっと見つめてる。


「なんだよ。そんな目で見られたら、生まれてから今までやって来た悪いこと全部白状しちまいそうになる」

「……ふふっ。それを聞いても、なにも変わらんよ」


 変わらない。


 春姫ちゃんの言葉は。

 俺に安心をくれる。

 

 そして。


「……どれだけ悪くても、どれだけ滅茶苦茶をしても、世界中の誰もが見放したとしても。……私とお姉様だけは。立哉さんを信じているよ」


 彼女の言葉は。

 俺に、勇気をくれた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 総勢十三人。

 これだけの人数が移動するだけでも時間がかかる。


 結局、甘味処を出てから。

 湖畔まで来ただけで。


 もう昼飯を食う場所を探すような時刻になってる。



 春姫ちゃんは背中を押してくれたけど。

 拙速は避けようと。


 じっくりチャンスをうかがっていたんだが。

 どうにもできんぞ、この団子状態移動じゃ。



 そんなことを考えながら。

 ふと顔をあげると。


 目に飛び込んできたのは。

 桟橋に横付けされた観光船。



 琵琶湖のどこへ向かうのか。

 ここからじゃまるで分からない。


 ただ、分かるのは。

 今にも桟橋から出航しようとしている。

 そのことだけだ。



 ……どうする?

 やるか?


 ノープラン。

 成功確率低し。


 でも。


 兵は拙速を聞くも。

 未だ巧の久しきをざるなりって言うし。




 ええい!

 行くぞ!!!




「秋乃っ!!! 来いっ!!!」

「ひゃわっ!?」


 俺は、団子になって歩いていた集団から。

 白い、細い腕を掴んで走り出す。


「ちょっと!!!」

「保坂ちゃん!?」

「立哉!!!」


 悲鳴にも似た声をあげて。

 慌てて俺たちを追いかけてくる十一人。


 なんだかドラマみたいなシーンに高揚しながら。

 閉じかけたゲートを強引に突破して。


「ちょっとお客さん!」

「金はちゃんと払う!!!」


 するすると桟橋から離れようとする船に飛び移ろうと。

 掴んだ腕を強引に引き寄せてお姫様抱っこ。

 そんな俺を伏せ目がちに見てちょっと恥ずかしそうにはにかむパラガスぅ!!!


「死ね!!!」

「あれええええ~」


 激しい水しぶきを上げて琵琶湖に投げ捨てたパラガスを横目に、もうすべてを諦めた俺の腕が。


 強引に引かれた。


「秋乃ぉ!?」

「と、飛び乗るの、やってみたかった……!」

「でかした体験学習体質! 行くぞ!」

「うん……!」



 無理やり飛び乗った船の甲板。

 船員さんの怒鳴り声。


 そんな中。

 呆然と俺たちを見送るみんなが離れていく。



 プランも準備も何もない。

 俺の武器はただ一つ。



 秋乃が。



 俺を信じてくれているって事だけだ。



「…………信じてた」

「おお」



 そう。

 秋乃が俺を信じて……。



「立哉君が、パラガス君のこと意識してたって」




 うん。



 引き返そうかしら。





 後編に続く!


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