デビューの日 後編


「ひこどらうめええええ!!!」


 彦根城名物と言えば。

 桜のライトアップ。


「ほんとだ~! ひこどらうめえ~!」

「だよね! マッチ棒くん!」


 夜桜を幻想的に。

 星空へと溶け込ませるプラネタリウム。


「ああ、王子様! あなたは騙されているのです!」

「はっはっは! 何を言うのかメイド長! ひこどらを僕にくれるビワーノ国の姫君が、邪な思いを抱いているはずは無いだろう?」

「そうですわ、王子様。下賤の分際で私を愚弄する女など、牢へ繋いでしまいましょう!」


 夜桜を……。


「ほんとだ! これうんまっ! 優太、アンコ苦手だったわよね?」

「大好物だよ! こらお前、他人の分持って逃げるんじゃねえ!」



 ああうるせえ。



 桜はほとんど散ってしまったが。

 それでも十分見ごたえのあるライトアップ。


 平日になったおかげでお袋たちと同じ宿が取れてひと安心した俺たちは。


 荷物を置いた後、揃って夜の彦根城に来ていた。



 昨日までは保護者役を買って出ていた俺も。

 怒りを溜める堪忍袋をとっとと倉庫にしまい込んで。


 旅行、初日に練っていた計画通り。

 秋乃と共に、無視を決め込む。



 ああ平和。



 観光客の皆さんが。

 そろって眉をひそめる中。


 のんびりとベンチで飲む甘酒の美味さよ。



 そんな俺の隣には。

 やはり、花より団子なのか。

 自らより劣る美に興味がないのか。


 秋乃が、桜も見ずに。

 ひこどらを口にしていた。


 だが。

 その一口目で。


「……うわ。そんなに美味いんだ」


 こいつ、目を丸くさせて。

 興奮気味にヘッドバンギングしてるけど。


「どんな感じなんだ? 食レポ風に教えてくれ。3、2、1、キュー!」

「やばうま!」

「……お前、クビ」


 そんな言葉を気にもせず。

 ぱくりとかじりついては、もぐもぐしながら。


 どら焼きの断面をまじまじと眺めるその姿。


 めちゃめちゃ可愛いんですけど。


「そうか。そんなに気に入ったんなら俺の分も食え」


 俺が食うより。

 お前が食ってる姿、眺めてた方がある意味で美味しい。


 そんな提案に。

 秋乃は、口を手で隠しながら俺を見つめて。


 いつものように、いつまでももぐもぐして。

 口の中が綺麗になった後。


「お、お腹空いて無いの? 美味しいよ?」

「うははははははは! そう言いながら手に取ってるじゃねえか!」

「でも……」

「いいって。どら焼きって気分じゃねえんだ」

「ほ、ほんとに?」


 ええい。

 疑い深いやつだな。


 このままでは、秋乃の可愛いもぐもぐショーが見れなくなる。


 こうなったら。


「親父! みたらし団子買ってきてくんない?」

「いいよ? 人数分でいいよね」


 みんなから離れたところで暇を持て余してた人見知りに。

 ここから離れる口実をあげるというウィンウィン。


 よし、これでもぐもぐショーは延長だと。

 喜ぶ俺の腰を折ったのは。


 あんな引きこもりと違って。

 物怖じゼロのこのお方。


「はい! 全員集合! これから十五分以内に、桜を見て、俳句を作ること!」

「「「え~!?」」」


 まるで小学生の先生と。

 言うこと聞かない悪ガキども。


 でも。

 文句を言った生徒たちも。

 短冊を配られると明らかにウキウキし始めた。


「あっは! 保坂ちゃんママ、ナイス先生だね!」

「そう?」

「おお、保坂と違ってかっこいいな」

「あはは! 最上君、辛辣!」

「さて、どう表現するかな……」

「かたっくるしく考えること無いのよん! こういうのはフィーリングで……、ほいできた!」


 最初に書いたのは。

 芸術性と対極に位置するきけ子。


 その作品を。

 みんなで覗き込んで首をひねる。



 さくらもち

 食べてないから

 夢に出る



「……ん?」

「こらお袋。評価しろ」

「これを?」

「そこをなんとかするのが教師の仕事だ」


 多分、幻想的な桜のライトアップを夢にでも例えたんだろう。


 でも、それを理解できたのは。

 俺と、こいつだけだった。


「凜々花もできた! 見て見て!」

「…………ん?」

「いや、頑張れよ。なんとかくみ取れよ」

「だってさあ」



 さくらもち

 うんまかったから

 夢に出る



 凜々花ときけ子。

 いえーからのハイタッチ。


 知能指数が同じもの同士がまさかのシンクロ。


 そんな二人に。

 お袋からの評価が下される。


「二人とも、八点」

「「やったね高得点!!!」」

「八万点満点で」

「「0.1点~!?」」


 0.01点だよ。

 揃って間違えるんじゃねえ。


 しかし、いくらなんでもな参加メンバーだ。

 似たり寄ったりなものばかりになるに違いない。


 そう思っていたところに。

 救世主が、自慢の金髪を揺らしながら現れた。


「……できたぞ。立哉さん、おばさま先生へ渡してくれ」

「お? 春姫ちゃんならまともな俳句詠みそ……、うぐっ」

「なに固まってるのよ。早く寄こしな……、うぐっ」


 お袋と二人で完全停止。

 そんな短冊を、みんなが覗き見るんだが。



 凛と往く

 せめてその名を

 挿頭草かざしぐさ



 舞浜軍団は、偏差値低め。

 みんな揃ってこの俳句に首をひねってる。


「春姫ちゃん。ほんとにこの子と同級生?」

「……聞き捨てならんな。このお題については私が得手、凜々花が不得手というだけのこと。おばさまは凜々花を過少に評価するというのか」


 そうは言っても。

 得手不得手で語っていいもんじゃねえぞ、これ。


「ねえ、保坂ちゃん。これ、どゆいみ?」

「桜がきっぱり散る姿と、凛と遠ざかっていく好きな人の姿を重ねてるんだ。挿頭草ってのは桜の別称なんだが、髪飾りでもある」

「なるほどすごいな。この俳句一つで芝居が一本書けそうだ」

「あっは! 追いすがる方は未練があるんだね! 深いよこれ!」

「ヒロインやりたい……」


 予想外のものが飛び出して。

 腕を組んで悩んだお袋は。


 春姫ちゃんの俳句に。

 相応しい高得点をつけた。


「九億九千九百九十九万九千九百九十八点!」

「なにそれママ!」

「ちょっと保坂ちゃんママ先生! じゃあさっきのあたしたちの得点は!?」

「あんた達に高得点つけ過ぎたんだからこうなるのが当然でしょ!?」

「「あたしたちの評価、低すぎない!?」」


 意外なそっくりコンビが生まれて。

 みんなが大笑いする姿を。


 遠巻きに眺める二人の姿。


 一人は、秋乃。

 やっぱりお前のポジションは、いつもそこなのな。


 でも、今更ながら、お前の気持ちが分からない。


 そこが好きなのか。

 輪の中に入りたいのか。


 そして、輪の中にいなかったもう一人が。

 満を持して、ここで登場する。


「できた~」

「ちょっと待て! 貴様の作品を公開するかどうかは、このカチンコチンポリスの検閲を通してから決めさせてもらう!」

「カチンコチン、認めるのねん」

「あっは! 保坂ちゃんママ、ダメだよ見ちゃ!」


 みんなは有害生物を何とか阻止するべく壁を作るが。

 パラガスは、バスケで鍛えた見事なフットワークから。


 お袋の手に短冊のロングパス。


 そこに書かれたどうしようもないものを目にすると。

 誰もが悲鳴を上げて天を仰いだ。



 春姫ちゃん

 も、いいけどママと

 親子丼



「死ね!」


 間髪いれず、きけ子のドロップキックが躍るやせぎすツリーフォークを彦根城の堀に叩き落すと。


 クラスメイト一同が地べたに土下座で謝罪を開始した。


「すいません! うちのゴミがクズで本当にすいません!」

「許してください! あれは人間の姿にまだ馴染んでないただの温室野菜なので!」

「あっは……。パラガスくんと同じクラスって事がこんなに罪だったなんて……」

「ふむ。上手いとは思うけどね、欲望駄々洩れで」

「「「「ええ!?」」」」

「でも、残念ながら季語が無い」

「「「「そこなの!?」」」」


 誰もが目をひん剥いてるが。

 お袋はそういうやつなんだ。

 察してくれ。


 それより。

 当の舞浜母と春姫ちゃんに見られないでよかったぜ。



 ……その後。

 溺れるパラガス救出作戦が始まって。

 なんとなくお流れになった俳句大会。


 ふと気が付くと。

 秋乃は未だに。


 ライトアップされていない、遠くの桜を見つめながら。

 呑気に短冊と筆を構えていた。


「練ってるねえ」

「む、難しい……」


 秋乃らしいと言えば秋乃らしい。

 こいつ、パラガスにはほんと冷酷だからな。


 まあ。

 当たり前か。


「そんな悩むことねえんだよ。自分の気持ちをそのまま書けばいい」

「自分の気持ち……」


 俺のアドバイスが効いたのか。

 秋乃は、さらさらと筆を走らせる。


 相変わらずの達筆に。

 俺は秋乃への恋心をさらに膨らませていたんだが。


「……やっぱり、か」

「ん?」



 月に映え

 忘れないでと

 徒名草あだなぐさ



「…………よく知ってるな、徒名草なんて言葉」

「は、春姫に教わったから……、ね?」


 月あかりに照らされて。

 あるいは、月に向かって自ら輝いて。


 もろくはかない徒名草が。

 伝えたい言葉。


 忘れないで。


 そんな秋乃の俳句に。

 俺はそれ以上。

 何も言葉が出なかった。



 ……やっぱりこいつは。

 寂しいんだろう。


 だったら。

 あんなゲームしなきゃいいのに。



 ここで言うべきか。

 言わざるべきか。


 言ったらこいつは絶対悲しむ。

 でも、俺はこれを言わなきゃいけない。


 散々考えた挙句。

 意を決して口を開くと……。


「お団子買って来たよー。うわっ!? なんでそんな怖い顔してるの、お兄ちゃん!」


 このやろおおおお!

 俺のなけなしの決意を邪魔しやがって!


「た、立哉くん、食べないの?」

「食うけどね! ああ食うけどね!」

「な、なにを怒ってるのさ! 怖いんだけどな……」

「うるせえ! はんぐっ! …………うまっ!?」


 怒りどころか。

 何で怒ってたのか忘れるほどの美味さだぞこれ。


 もちっと感がバッチリ俺好み。

 しかも甘み少な目醤油濃い目のタレがめちゃくちゃいい!


「そ、そんなにも?」

「うんめえ! ヤギになる!」

「ヤギ?」

「ちょっと話しかけるな! 俺はこいつに集中してえ!」


 俺が、三玉の内一つを。

 慌てずじっくり味わってると。


 きけ子と王子くんが寄って来て。

 我先にと一本ずつ手に取った。


「はい。じゃあ、秋乃ちゃんもどうぞ」

「い、いただきます……」


 だがそこで。

 小さな事件発生。


「あ」


 容器から取らせりゃいいものの。

 親父が手渡そうとするもんだから。


 落っことしちまいやんの。


「ああ! ごめんね!? おじさんの分、どうぞ!」

「ううん? お、お腹いっぱいだったから、ほんとはいらなかった……」

「そ、そうなのかい? じゃあ、無理強いはできないね」


 ドジっ子属性。

 親父が、他の皆の元へ去ると。


 きけ子と王子くんが。

 笑顔で秋乃に話しかける。


「さすが秋乃ちゃん、気遣い上手!」

「見習いたいよね」

「あたしの、半分ずっこしよ!」

「あっは! 僕のと合わせて二個ずつ食べようよ!」

「保坂ちゃんのも合わせたら、もっと食べれるんじゃない?」


 きけ子の言葉に。

 視線が集まる俺の団子。


 冗談じゃねえ。


「いやだね。俺はまるっと食いてえんだ。ちょっと向こう行ってこようかな。だれか食わずに残してたら貰いてえ」

「最低」

「あっは! 最低だ!」

「ちげえ。これは俺の人生そのものなんだ。絶対に正しい」


 きけ子と王子くんは。

 食い意地が張ってると呆れて笑ってたけど。


 俺の真剣な表情を見て。

 急に黙り込む。


「え? これ、そんな真面目な話?」

「そうだよ」

「えっと……。どういうことだい?」


 こいつは、俺がずっと考え続けて来た命題。

 ぱっと理解してもらえるとは思えねえけど。


 聞きてえってんなら話してやる。


「夏木、王子くん。秋乃に団子を分けてあげるのって、悲しいか?」

「全然だけど……」

「悲しかないわよ。むしろ、この思い出を共有しない方が悲しい?」

「だろ? だったらそれでいいんだよ。俺を巻き込む話じゃねえ」


 二人して眉根寄せてるけど。

 どうやら、秋乃は俺のことを理解してるみたいだな。


 さすが天才。


「立哉君は、全部食べたいの?」

「そうだ、俺は全部食いてえ。しかもこれじゃ足りねえ」

「うん。じゃあ、立哉君は全然最低じゃない……、よ?」

「納得いかない」

「な、納得いかないかな……」


 ええいお前らは。

 俺のトラウマか。


「お前ら揃って、視野が狭い」

「どういう事よ」

「森全体と、木と、それを見る人。全部を考えれば正解が分かる」

「あっは! 始まっちゃったよ!」

「面倒な言い方しないで分かりやすく言いなさいよ」


 おお。

 分かりやすくなら。

 ちょうどいい例がある。


「秋乃は食べたいけど、俺が大興奮して食ってるの取ってまでは食いたくねえ」

「うん……」

「お前らは自分たちだけ食うのは嫌だから秋乃と一緒に食いてえ」

「そうだけど」

「でも仮に、秋乃がまったく食いたくねえなら、それはお前らの押し売りだ」

「ああ……、なるほどね。でも、僕は微妙に納得いかない……」

「そんで、今回の旅行はどうだった?」


 急に旅行の話に飛躍して。

 目を丸くさせる三人。


 どうやら。

 俺は、秋乃に。


 ここで間違いについて話すことが出来そうだ。


「夏木も王子くんも、楽しかったろ?」

「うん」

「だから、団子を六串持ってた秋乃が、六人に一本ずつあげたんだ。秋乃は、みんなが団子をまるっと一本全部食いてえだろうって勘違いしてたから」

「え……。勘違い……?」


 そうだよ。


 小さな頃から。

 ずっと思ってた。


 ビスケットを半分あげてもいいと思ってたやつと。

 半分に割れてない、綺麗なビスケットを凜々花に見せたかった俺。


 同じに扱わないで欲しい。



 そして。

 逆もまた同じ。


 ビスケットを全部あげてもいい。

 そう思う人間だっているんだ。



「二人とも、いくら今回の旅行が楽しかったからって、秋乃と一緒の方がいいって思ってたはずだ」

「そりゃもちろん」

「もちろん」

「俺も同じだ。みんなだって。だから、この場合秋乃の行動を是とする条件は、秋乃がみんなとの旅行に価値を持ってない場合だけ」

「そ、そんなこと無い……!」

「だったら秋乃が団子を全部あげたのは間違いだ。分かったかこのやろう。Q.E.D.」


 急に秋乃を悪者にした俺を。

 きけ子と王子くんが叱りだす。


 でも、こいつだけは。

 理数系の王者、秋乃だけは。


 目を丸くさせたまま。

 俺のことを見上げていた。



 ……秋乃、お前は知ってるはずだ。

 さっき、どら焼きを一人で食べたお前なら。

 ピザの真ん中しか食わないお前なら。


 旅行だって同じこと。

 寂しいままで、月に自分を覚えていて欲しいなんて。


 そんなこと言って。

 センチになってんじゃねえ。



 俺が必ず。

 お前をデビューさせてやる。


 もっと、我がままで。

 みんなの輪の中で笑える。


 ニュー秋乃、爆誕だ!


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