あんぱんの日 前編


 白い、武骨な岩の塊。


 もともとのサイズや形から。

 ある程度適性はあるものの。


 基本、どのようにノミを入れるかによって。

 どんな彫刻でも出来上がる。


 でも、どんな彫刻家も。

 最初、原石にノミを入れるのは自分ではなく両親で。


 そのうち周りの人たちの岩が削られていくのを見ているうちに。


 自分がどんな作品を彫り上げたいか決めぬまま。


 ただ何となく、真似をして。

 似たような形になるよう岩を削る。


 そして時がたって。

 自分の足で他の作品を見学して歩くようになると。


 気に入った作品の真似をして彫るようになるが。


 周りの評価を気にする者と。

 自分の彫りたいようにノミを入れる者と。


 あるいはほとんどの彫刻家がそうであるように。

 二つの折り合いをつけた辺りを目指す者とが現れる。



 そんな彫刻家の中に。

 ただ、言われた通りにノミを入れて褒められることが好きな者がいても。


 何らおかしな事ではない。


 だってそれが。

 彼女にとっての。


 自分が作りたい作品なのだから。



 ただ、俺がその作品を。


 気に入っていないだけだから。

 



 ~ 四月四日(日) あんぱんの日 ~

 ※湯を沸かして水にする

  意味:努力を無駄にする




< 大福あんぱんうめええええ!!!



 値段とは裏腹に。

 清潔で高級感のあるホテルの一室。


 俺は、凜々花が朝っぱらから得体のしれないものを食っている報告と。


「来るは来るは何が来る、高野の山のおこけら小僧、狸百匹箸百膳、天目百杯棒八百本……」


 実にこいつらしい。

 迷惑千万なモーニングルーティーンによって起こされることになった。



 芝居に詳しくなんかねえけども。

 名前くらいは知っている。


 明るくなったホテルの窓に向かいながら。

 声高らかに姫くんが唱え続けるこれは。


 外郎売ういろううりってやつだろう。


「朝っぱらから大福だの外郎だの……」


 そもそも大福あんぱんってなんだよ。

 どこの食いもんだ?


薬師如来やくしにょらいも照覧あれと、ホホ敬ってういろうはいらっしゃりませぬか。……すまん、あと二回繰り返すまで待っててくれ。拙者親方と申すは……」



 昨日一日一緒に過ごして。

 分かったことがある。


 甲斐も姫くんも。

 それなり、変なやつなんだが。


 決定的に違う点があるってことだ。


 バスケプレイヤーとして全国区でそれなり名の知れた甲斐は。

 時折ひっぱたきなるほどの石頭で。


 演劇部で、秋から一年生にして副部長を務める姫くんは。

 恐らく一生涯、他の事を一分たりとも考えないであろう芝居バカ。


 確固たるアイデンティティーを持ったこいつらは。

 俺が劣等感を抱いているという点については等しいが。


『やかましいぞ朝っぱらから!』


「……なんだというんだ。隣の部屋か? 迷惑だな」


 自分は堅苦しいと。

 少なからず自覚してる甲斐に対して。


「よし、発声終わり。保坂、惚けてないで支度を始めろ」


 自分が異常だってことに。

 まったく自覚がない姫くん。


 俺は、二人に対して同じように付き合って来たんだが。


 これからは付き合い方を変えて行こう。


 ……こんな感じに。

 楽しいことを一緒に体験したり。

 お互いにより深く理解したり。


 クラスメイトとの旅行なんて。

 そう言った楽しみが重要だと思うんだ。



 だから、はやいとこ。

 あいつを捕まえて。


 きけ子や王子くんの知らない一面を見せてやらねえと。


 みんなで、同じもの見て笑わせてやらないと。



 俺は決意を新たに。

 着換えを済ませて顔を洗っていると。


「保坂、携帯鳴ってるぞ」

「お。相変わらず早起きな奴だな」


 早速。

 秋乃から、番組開始の動画が届いた。





 ジャン! ジャン! ジャンジャン

 ジャン! ジャン! ジャンジャン



 緊急ミッション! 緊急ミッション!

 全エージェントは、直ちに出動せよ!


 大変なことが起こった!

 プリンセスは、追っ手を振り切るために早くも切り札を使ってきたのだ!


 ご覧いただけるだろうか。

 人質が膝に抱えたそのダルマ。


 映像を解析した結果。

 そのダルマの中には、高性能爆弾が仕掛けられていることが判明したのだ!


 タイムリミットは九時三十分!

 人質がいる場所を突き止めて。

 この凶行を見事に阻止してくれたまえ!


 それが可能なのは君たちだけだ!

 健闘を祈る!



 ジャジャーーーーーン!





「昨日に引き続きばかだな……。いや、よくこんな事思い付くな。そこは素直に感心だ」


 動画に写されていた。

 ロープで縛られて、膝にダルマを乗せてる人の姿。


 見覚えのある人の姿を見るなり。

 姫くんは、荷物も持たずに廊下へ飛び出して。


「全員起きろ! すぐに出発だ!」


 フロア中に響き渡るほどの大声をあげた。


「……いや。なんだ? わざとなのか?」

「何やってんだ保坂! 早くしろ!」

「ああ、そうだな」


 爆弾なんてあるはずねえ。

 最初、姫くんはいつもの調子で芝居を始めたのかと思ったが。


「冗談にもほどがあるぞ舞浜め! 待ってろ……! 今行くから……!」


 こいつ。

 本気で慌てているようだ。



 ……なんだ。

 芝居のことしか考えてないやつだと思ってたのに。



「行くぞ保坂! 荷物は俺が持つ! お前はその場所をすぐに割り出せ!」



 また一つ。

 こいつの知らない所を見れたぜ。



 いつも無口で。

 芝居以外の事についてはフラットな姫くん。


 こんなヤラセ映像に踊らされて。

 慌てちゃって。


 俺は、動画の最後に現れた今野さん。

 つまり、姫くんの彼女さんがいるのが高崎だとあたりを付けてから。


 ニヤけた顔に気付かれないよう注意しながら。

 部屋をあとにした。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




【9:17 高崎着】


 電車の中が。

 ちょうどいいクールタイム。


 結構すぐに、なにを慌ててるんだと我に返った姫くんが。


 調子を取り戻すためにと、電車内で王子くんと始めたエチュードは。


 車内放送で、駆け込み乗車と駆け落ち芝居を御遠慮しろと叱られた。



 そんな騒ぎを経て。

 ようやくたどり着いた高崎駅。


 動画の場所へ行ってみれば……。


「最上君!」

「おお。なんか、妙な遊びに巻き込んで悪い」


 ロープなんか巻いたまま長時間いるわけにもいかんだろう。

 普通に、ダルマ像の前で待っていたこの人は。


 姫くんの彼女さん。

 こんちゃん先輩こと、今野さん。


「あっは! こんちゃん先輩、ごめんね!」

「俺からもすいません。変なことに巻き込んで」

「ううん? 舞浜さんから連絡貰った時には驚いたけど、うまいことサプライズになった?」

「そうですね。迫真の演技」


 カメラの中でもがくこんちゃん先輩を撮影しながら。

 一体、秋乃はどんな気持ちでいたんだろう。


 でも、そんな感想を抱く間もなく。

 こいつはばっさり切り捨てる。


「いや。囚われている人質は、お前みたいにもがくんじゃなくて、絶望の涙の中で誰か助けに来てとあてどなく祈り続けるものだ」

「いや久々の再会でいきなりだなお前!」


 くちあんぐりの一同だったんだが。

 開いた口がさらに広がることになる。


「なるほどね。でも、ディレクションによって違うんじゃない?」

「そうか、俺はカメラを握っているのが犯人という視点だったからそう見えたんだが……」

「うん。舞台の上なら、一人でもがく方が自然よ」

「一理ある」

「それより、封筒が郵送されてきてるんだけど。ここで開いてねって」


 呆れた似た者同士が。

 封筒の中を検めると。


 中から出てきたのは。


 ここまで来る道すがら。

 携帯で調べに調べた予想ルートの一つ。


「…………やっぱりな。それさえあれば、青春18きっぷで乗れるんだよ」


 秋乃がこんちゃん先輩に渡したのは。

 SLぐんまよこかわの指定席券だった。


「まじか」

「すげえな、舞浜プロデューサー」

「うひょ~! 敏腕~。すげえ楽しいよ、この旅行~」

「SL? ん? 分からないのよん! それって大きいの? 小さいの?」

「すげえLって意味。4XLの一つ上だ」

「でかっ!!!」


 みんなが、もの知らずの小動物を生あったけえ目で見てる時間も惜しい。

 そろそろ発車の時刻だ、急がねえと。


「先輩も急いで」

「私も乗れるの?」

「はい。こんちゃん先輩は、姫くんの切符から一枠使ってください」


 秋乃のことだ。

 見ないでも分かる。


 指定席券、どうせ七枚なんだろ?


 まったく。

 とんだ敏腕プロデューサーだ。



 俺たちが、ゆっくり機関車を見る間もなく。

 時代を感じる客車に滑りこむと。


 高らかに発車を告げる汽笛が鳴り響く。


 独特な駆動音と、木目調の客車。

 車窓からの眺めも、不思議と過去に戻ったかのよう。


 みんなが静か目に興奮する中。

 俺は、携帯に一通だけメッセージが入っていることに気が付いた。



< じゅんじゅんうまあ!!!



「…………危うく大笑いするとこだったわ。タイミングに愛された神か、あいつは」


 お袋たちと一緒にいるはずの。

 凜々花からのメッセージだったんだが。


 ゲームの都合上。

 何人かが俺の携帯を覗き込んでいたわけで。


 えらい恥ずかしい。


「これ、舞浜ちゃん?」

「いや、妹」

「じゅんじゅんって何よ」

「しらん」

「そう言えば、家族旅行だったはずなのに、いいの?」


 そうだよ、今回は家族とクラスメイト。

 大人数でワイワイやる予定だったのに。


 なんとかあいつを捕まえねえと。

 そのために、今は頭を使うターンだな。


 えっと。

 指定席券を送ってるってことは。

 これに乗れって言ってるわけで。


 昨日みたいに、自分が乗る電車の写真を撮る必要が無い。


 秋乃は普通の電車で横川に向かったと思うんだが。

 何時の電車に乗ったのか分からない。



 …………ん?



「こんちゃん先輩。秋乃って、動画撮った後、何時の電車に乗りました?」

「え? 秋乃さんって、舞浜さんの事?」

「はい」

「会ってないわよ?」

「じゃあ、動画だけ撮って秋乃に送ったんだ」

「うん。駅員さんに撮影してもらっちゃった」


 こんちゃん先輩の返事に。

 みんなは首をひねってるが。


 指定席券は手渡されたんじゃなくて、送られて来たって言ってたからな。

 このムーブは想像がつく。


 秋乃はきっと、昨日みたいに。

 俺たちよりちょっとだけ早い電車で横川に降り立って。


 釜めし食ってる写真を送ってくる気だろう。



「…………ふむ」

「どしたん? 保坂ちゃん」

「釜めし、楽しみだな」

「お釜で炊いたご飯? …………普通じゃない?」


 再び。

 みんながきけ子に癒されてると。


 視界の端に。

 楽しそうにする二人の姿が映った。


 俺は、そんな風景を写真に撮って。


 この風景を、一番見たがっていたであろう人に送り付けると。



 幸せそうな笑顔のスタンプが。

 俺の携帯から嬉しそうな音を聞かせてくれた、




 後半へ続く!


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