趣味の日 後編


 【10:38岐阜発 豊橋行】


「だから説明したじゃねえか! 写真追っかけてたら思うつぼなんだって!」

「秋乃ちゃんの食べたパフェと同じの注文すればよかった……」

「あっは! まだ言ってる! でも美味しいカフェだったね!」

「……有名な店らしいからな」

「次はどうする。先回りしてホームで待っとくか?」

「それだ!」



 【12:07豊橋発 浜松行】


「どうしてはぐれるんだてめえは!」

「だって~。豊橋美人見たら声かけたくなるじゃんか~」

「キッカ。こいつの首に鎖つけとけ」

「ラジャー! それよりお腹減ったのよん!」

「この電車、終点は浜松か……」

「ごくり」

「ごくり」

「ダメだからな!? 途中で秋乃から写真が来たら降りるからな!」



 【14:49浜松発 熱海行】


「美味かった!」

「美味かった~!」

「鎖で繋いだ意味が……」

「おお。セットで余計な動きしてりゃせわねえ」

「あっは! でも秋乃ちゃんからの写真でお店特定するのは無理だよ! 何件うなぎ屋さんあると思ってんの?」

「だからって探しもせずに目の前の店にそのまま入るかこいつら……」

「次は! 次こそは!」



 【17:51熱海発 新宿行】


「だから裏なんてかかないよって俺言ったのに~」

「ぜってえ引き返すって力説してたのがお前だ!」

「あっは! 写真くれた電車の方、ホームにはいなかったねー」

「もう乗っていたんだろうな」

「……ねえ。なんでパラガス、ズボンめくってるのん?」

「気持ちよかったよ~?」

「こいつ……」

「てめえいつの間に……」

「ちきしょう! 秋乃のヤツ、どこまで逃げる気だ!?」



 ………………

 …………

 ……



『新宿ー。新宿ー。どなたさまも、お忘れ物の無いようお降りください。乗り換えのご案内は……』



 現在。

 19:50。


 結局、俺たちは。

 秋乃の後を追って。


 真っすぐ新宿まで来ちまったって訳だ。


「きっちり一本前の電車にずっと乗ってやがって……! くそっ! くそっ!」

「やめろ保坂。彼はそんなに謝ってるじゃないか」

「あっは! 工事中の看板殴っちゃダメだよ!」

「そうよん! それにほら、保坂ちゃん禁止ってマーク貼ってあるから早く行こ!」

「立ち入り禁止のマークは普段立たされてるやつお断りって意味じゃねえからな!?」


 工事中のトイレを通り過ぎて。

 歩き慣れた通路を進む。


 秋乃の最後の写真は。

 俺には馴染みの北口広場。


「あいつめ……。元東京人を舐めんなよ?」

「おお! 良くアニメで見る景色と一緒なのよん!」

「あっは! 田舎者まる出し!」

「いやはや。ついきょろきょろしちまうな」

「夜なのに明るい~。さすが東京~」


 これは旅行なわけだから。

 みんなに、馴染みの店とか案内したいとこだけど。


 さすがに夜も遅いし。

 旅行バッグ抱えた高校生がうろついてたら結構危険。



 ……危険?



「うわ秋乃大丈夫か!? さすがに遊んでる場合じゃねえぞこれ!」

「あ、それなら平気そうなのよん! 秋乃ちゃん、お父さんと一緒らしいから!」


 いつの間に届いていたのか。

 きけ子が見せてきた写真は、随分高そうなホテルからの夜景。


 これ……、ちょっと自信ねえけど。


「新宿から三十分圏内……。東京タワーのサイズ的に、ミッドタウン辺りか?」

「よっし! 行ってみるのよん!」

「いいね~、六本木~! 綺麗なお姉さん、いっぱいいそう~!」

「いや、ダメだ。さすがに危険すぎる」

「いいじゃん、堅っ苦しいわね、ガチガチ優太」

「いいじゃん~。堅っ苦しいぜ、ガチガチ優太~」

「……保坂。どこか泊れるところはないか?」

「まずはアイアンクローを解いてやれよ、ガチガチ甲斐」


 そりゃ、新宿だし。

 泊まれるところなんていくらでもあるだろうけど。


 使ったことねえからな、新宿の宿なんて。


 とは言え土地勘のある俺が何とかするしかあるまい。

 そう思いながら携帯を触ろうとしたら。


 秋乃から、動画が一通届いていた。



 


 ジャン! ジャン! ジャンジャン

 ジャン! ジャン! ジャンジャン



 残念ながら、プリンセスを確保できなかったエージェント一同!

 新宿のネオンに照らされたまま、六人は天を仰ぐ!


 初日はこれにてゲームセット! 完敗だ!


 とは言え、何度か惜しいシーンもあった。

 このままいけば、早くも明日、決着か?


 番組が予約しておいた宿で英気を養って。

 怒涛の二日目に備えるエージェント。


 そんな彼らに。

 明日の朝、心強い味方が現れる!


 次回、プリンセス・ハイドアンドシーク。


 『愛は時すらも止め』


 明日の放送を待て!



 ジャジャーーーーーン!





「だ! か! ら! あいつはばかなのか!」

「やめろ保坂。彼女に罪はない」

「アニメキャラの看板、ずらりと並んでるのよん!」

「……その子のファンっぽい人がヤバい目でにらんでるから。ほんとやめろ」


 親父さんといる時間。

 それは幸せな時間だって事、分かるけど。


 これ、友達との旅行だろ?

 だったらどうしてここにいねえんだ!


「ちきしょう! 明日はすぐにつかまえる! そしてカンナさん直伝のフランケンシュタイナーお見舞いしてくれる!」

「あっは! なんだか、いつもと違うね、保坂ちゃん!」

「はあ!?」

「そうなのよん! 夢中になって、ムキになって!」

「ああ。……まあ、気持ちはわからんでもないがな」


 いやいや。

 姫くんに俺のなにが分かるんだよ。


 でも、確かに自分らしくないかもな。

 ここは冷静に、論理的に。


 今日はもう追跡は無し。

 飯を食ってすぐ寝よう。


 秋乃が予約してくれたのは……。

 お? 安い。

 しかも綺麗。


 なるほど、七丁目の方か。


「たのし~! ねえ、遊んでこうよ~!」

「いや……。じゃあ、せめて飯は気の利いたとこ案内するから。そのままホテルに向かおう」

「まあ、それでいいや~。なんか珍しい料理~?」

「ラーメンだ」


 ……いやいや。

 そんな顔すんなって、みんな揃って。


「せっかく新宿に来たのに?」

「お前、もうちょっと他の引き出しねえのかよ……」

「言いやがったな? その言葉、絶対後悔させてやる」


 新宿七丁目。

 ラーメン激戦区。


 スープの種類。

 麺の味。

 トッピング。

 すべてに趣向を凝らした甲乙つけがたい店が建ち並ぶエリア。


 大ガードをくぐって、懐かしい騒々しさの中を歩く俺に。

 きょろきょろ楽しそうに辺りを見回しながらついて来るお上りさんを。


 さて。

 どこに連れて行こうか。


「保坂ちゃん、保坂ちゃん。どんなラーメンなのん?」

「さて、どこがいいかな。好み聞いておこうか」

「あたしはとろっとしたのがいい!」

「あたしは上品なのがいいかな」

「俺は、チャーシューがうまい店」

「どうせなら食った事ねえようなの食わせろ」


 ほうほう。

 だったらあそこだな。


「よし。その条件全部満たした店がある。ついてこい」

「「「おお!!! 期待してるぞラーメン博士!!!」」」

「今度その名で呼んだやつはぶっ飛ばす」


 ほんとは、久しぶりに行きたい店があったんだが。

 スープは月並みなんだけど、信じがたいほど美味いメンマが山のように乗ってるあのラーメン。


 でも、ここは自分の好みを我慢して。

 みんなの笑顔を優先しよ…………、う?


「……ふふっ」

「なんだお前。気持ちわりいな」

「……いまさら、この旅行が楽しいって思たのか?」

「ああ、そうかもな」


 やれやれ。

 まいったぜ。


 俺は、秋乃は間違ってるって思う。

 だからこんなにムキになってる。


 でも。

 まさか。


「…………いっしょじゃねえの」

「ん?」

「何か言った? 保坂ちゃん」

「なんでもね」


 自分のやりたい事を我慢して。

 みんなの笑顔を優先する。


 昔の俺なら。

 絶対にやらない事なのに。


「でも、それとこれとは関係ねえ。みんな! 絶対明日は秋乃をつかまえるぞ!」


 俺の宣言に。

 みんなが返してくれた、楽しそうな笑顔。




 さて、難問だ。




 こんな笑顔を見せられても。

 俺は、まだ。


 秋乃が間違ってると。

 言い切れるのか?



 きっと誰も体験したことのない。

 これでもかって程鶏のうまみが抽出された塩スープ。


 俺は、みんなが大喜びする未来予想図を思い描きながら。


 そこに描かれた『間違い』を。

 あるはずもないほころびを。


 秋乃の間違いを証明するために。

 いつまでも探し続けた。




 それはきっと。


 友達にしかできない事だから。

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