秋乃は立哉を笑わせたい 第11.5笑 ~プリンセス・ハイドアンドシーク~

如月 仁成

趣味の日 前編


 優しさとは。

 受け取る者にとっては星の砂。


 出会った幸せを手に握りしめ。

 家に持ち帰ろうとするものの。


 いつしか崩れて流れ去り。

 何かを握っていた記憶すら。

 風に吹かれて消えていく。



 悲しいけれど。

 でも、それでいい。


 いつも誰かに。

 星の砂を与える少女。


 彼女だけは。

 ずっとそう思っている。



 自分のことは。

 みんなに忘れられても。


 彼女だけは。

 星の砂を配った相手を。


 ずっと覚えているのだから。



 ……人の記憶の構造。


 辛いこと。

 苦しいことは。

 すぐに忘れ。


 幸せなことは。

 ずっと覚えている。



 俺は、そんな説を。

 粉微塵に打ち砕いてやりたい。



 彼女のために。



 俺だけは否定してあげたい。


 

 


 秋乃は立哉を笑わせたい 第11.5笑


 =プリンセス・ハイドアンドシーク=




 ~ 四月三日(土) 趣味の日 ~

 ※闇夜に烏、雪に鷺

  意味:めっからない




 【7時09分発 美濃太田行】


 朝日を照り返す西側の山肌は。

 五月を待たずして既に緑を色濃くし始めていた。


 春も真っただ中。

 澄み渡る空はどこまでも青く。


 まさに旅行日和。

 俺は、胸に抱いた熱い決意よりも。


 ただ、楽しみだという気持ちが勝り。

 秋乃へと近づく窓からの景色を。


 少し寝不足の瞳を細めて。

 ずっと眺め続けていた。



 ……だから。



 俺はそいつらとは無関係です。



「ぎゃっははは! パラガス、才能なさすぎなのよん!」

「また負けた~。優太、これ、勝つためのコツとかねえの~?」

「あるぞ。最後の二人になる度、『5』って言う癖を治すともうちょっと勝てるはずだ」

「あっは! パラガスくんには手が三本あるのかな?」

「足なら三本あるけど~」

「なるほど。甲斐にバスケ勝負で勝てない理由はそれか」


 ああ。

 足が三本あったら。


 ボール持って立ち止まるたびトラベリングだ。


 でも、そのお下劣野郎が言いたかったのは。

 ただの下ネタだと思うんだが。

 黙っておこう。



 旅行とくれば。

 テンションが跳ね上がるのはよく分かる。


 でも、それなりガラガラの車内とは言え。

 貸し切りとは程遠い。


 そんな場所で。

 床に座り込んでちょんちょん一つで大騒ぎ。


 すげえ迷惑。


「立哉も混ざれよ~!」

「うるせえ。俺は単子葉植物とその仲間たちに知り合いはいねえ」

「でたクール気取り! もりさがるのよん!」

「あっは! 踊らにゃソンソンだよ、保坂ちゃん!」

「お前らが躍ってる姿なんか見てねえから損しねえよ」


 電車は終点にたどり着いて。

 俺はみんなを置いて、すたこら先に外に出る。


 このメンバーだと良くない。

 早く秋乃に合流しないと。


 俺一人が引率ポジションになる。


 大はしゃぎするパラガスときけ子。

 騒いでる二人を遠巻きに見て楽しそうにしている甲斐。


 そして、一時間半の電車内。

 三公演もこなした突発性迷惑演劇コンビの姫くんと王子くん。


 ……秋乃としゃべりながら。

 他人のふりをするのが正解だ。



 待ち合わせまで。

 三十分ほど。


 俺は、先に着いているはずの秋乃の姿を探してみたんだが。

 

「……あれ? やっぱ車で来るのかな、あいつ」

「誰よ、秋乃ちゃんは一本先の電車で来てるはずって言ったの。優太だっけ?」

「俺が犯人の名前を言うと、お前が違うと騒ぎだしてやかましいから黙っとく」


 土曜日の朝とは言え。

 九時前ともなればそれなりの人通り。


 どこかに紛れ込んでいるのかもしれないと。

 携帯を鳴らしてみても音沙汰無し。


 ひとまず到着したことだけ伝えて。

 思い思いに過ごす俺たちだったが。


「……五分前だぜ、もう」

「さすがに心配なのよん」


 不安顔したきけ子が携帯をポケットから出すと。


 ぴったりそのタイミングで鳴り響く着信音。


 六人揃って、でかい画面に顔を寄せてみれば。


 そこに届いていたのはメッセージではなく。

 再生マークが張り付いた画像がひとつ。


「……動画?」

「秋乃からか。再生してみろよ」


 俺の言葉に頷いたきけ子が。

 画面を突くと。


 アップテンポで怪しげな音楽をバックに。

 いつもよりはきはきした秋乃の声が聞こえて来たんだが……。




 ジャン! ジャン! ジャンジャン

 ジャン! ジャン! ジャンジャン



 土曜日九時!

 なにかが始まる!


 推理! 直感! 時の運!

 六人のエージェントが、逃げるプリンセスを大追跡!


 ヒントになるのは、姫からの投稿記事だけ。

 呟きと写真を頼りに、日本狭しと駆け抜けろ!


 ついにそのヴェールを脱いだ、フィールドゲーム界のニューカマー。


 春休み特別番組。


 『プリンセス・ハイドアンドシーク!』


 このあと、すぐ!



 ジャジャーーーーーン!




「…………ばかなのかあいつは?」

「きゃはははははは! え? なに今の!」

「あっは! プリンセスってことは、姫ぽよ捕まえればいいの?」

「誰が姫ぽよだ!」

「おい、今のって、まさか」

「さすが甲斐。俺も、そのまさかだと思うぜ」


 慌てて自分の携帯を取り出して。

 美濃太田発の電車を確認すると。


「……あった! 9時発、岐阜行き!」

「まじか。あと何分あるんだ?」


 慌てて荷物を抱え上げた男子二人を見て。

 訳も分からないままにきょろきょろする女子二人と長い生き物。


 だが、間に合うはずがないことを分かっていた俺だけは。

 新たにきけ子の携帯に届いた写真を冷静に確認した。



 しゅっぱーつ!

 立哉君は、カバンのポケットの中見てね!

             9:01



「え? え? え? なにそれどういう事!?」

「秋乃ちゃん、まさか一人で……?」


 目を丸くさせた女子二人はひとまず無視。

 俺は、眉根を寄せた甲斐に確認してみた。


「この写真、間違いねえよな」

「……ああ。岐阜行きだ」


 車窓からの景色は想像通り。

 そして秋乃からのサプライズを受け取ったみんなの反応も想像通り。


「うそ~! 舞浜ちゃん捕まえゲーム~? おもしろそ~!」

「きゃはは! すぐに追っかけるわよん! ほら、みんな急いで急いで!」


 はしゃぐお調子者二人と。


「……まあ、それならそれで楽しむか」

「そ、そうだね。急いで捕まえて一緒に遊びたいね」


 フラットな感じの二人と。


「これ、聞いてたのか? 立哉」

「いや。何も」


 みんなの旅行なのに。

 一人だけ一緒にいないやつがいることを。


 歓迎していない二人。



 俺は忸怩たる思いを胸に。

 秋乃に言われた鞄のポケットを探ると。


「……あいつ」


 昨日言っていた。

 七万五千円。


 青春18キップが。

 六枚入った封筒が出て来た。



 フォトオリエンテーリングが楽しかったと。

 フィールドゲームをもっと体験したいと話した俺へのプレゼント。


「おい、立哉。大丈夫か?」


 俺たちは一緒だから楽しいかもしれねえけどさ。

 お前はどうなんだよ。


 また、いつもみたいに笑顔の仮面被って。

 電車の窓から、一人で景色眺めていやがるのか?


「おい……」


 頭が固い分。

 どちらかって言うとネガティブな甲斐。


 俺の心情を察してくれて。

 声をかけて来たけど。



「…………ふっふっふっふっふ」



 残念ながら。

 今日の俺は、一味違うぜ。


「どうしたんだよ笑ったりして……」

「はーっはっはっはっはっは!!! この野郎、俺を侮るんじゃねえぞ!? お前の浅知恵に振り回されるわけねえだろうが! ぜってえすぐに見つけ出してくれるわ!!!」

「おお! 保坂ちゃんが吠えた!」

「あっは! そうだね、すぐにつかまえないとね!」

「そうだとも! そして下らん事しやがった罪でとっちめてやる! 野郎ども、俺に着いてこい!」



 ああそうだ。

 そして、すぐにでも。


 誰かが楽しいから楽しい。

 じゃなく。

 お前自身が楽しい。


 そんな思いをさせてやるからな!



 春とは言え。

 まだ四月になったばかり。


 そんな季節でも。

 嵐が吹き荒れることはある。


 俺の一歩には。

 よっぽど熱がこもっていたんだろう。


 踏み出した足の周り。

 にわかに巻き起こった上昇気流が。


 薄紅の花びらを。

 高々と巻き上げるのだった。




 後半へ続く♪



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