アンジェルス

「オレたちでエルギオスをやる。コンランスはアンジェルスを倒してくれ」

「オレ1人でか?」

「できないのか?」

「できる」


 レーグに煽られたのは癪だが、ここは何も言わないでおこう。

 剣を構え直し、アンジェルスと対峙する。

 だらりと腕を垂らし、表情は笑顔のままだ。

 実力にとても自信があるのだろう。


「私たちは邪魔のようだな。勇者たち、別の場所で戦おう」

「願ってもないことだ」

 

 エルギオスは何かの呪文を唱え、勇者と自分を包むように光の玉を作り出す。

 光が一瞬強くなったかと思うと、そこには彼らの姿がなかった。


「大丈夫ですよ。あの人たちは異次元に行っただけです。勝負がつけば帰ってきますよ」


 アンジェルスの言っていることが本当か判断しようがないが、情報がない以上、ここは信じるほかない。

 リアのことが心配になるが、きっと他の勇者たちが守ってくれるだろう。


「こうして向かい合うのも久しぶりだな」

「ええ、人界の王都以来でしょうか?」


 こうして話していても、殺意が一切感じられない。


「いつからこの計画を考えていたんだ?」

「100年前ぐらいですかね」

「天使はそんなに暇なんだな」

「ええ、基本的に不死身ですから。よほどのことがなければ死にません」


 つまり、半端なダメージではアンジェルスは倒せないと言うことか。

 確実に絶命させないとこいつは何度でも世界を壊そうと目論むのだ。


 剣を握る手が震える。

 いつもより緊張していないつもりだったのだが。

 

「あら、私の相手が怖いんですか」

「馬鹿を言うな」

「では、お手柔らかにお願いします」


 言葉の優しさとは裏腹に、アンジェルスは全力で地を蹴った。

 ばね仕掛けのように体が動き、オレに急接近する。

 手には魔法で作ったのであろうナイフが握られていた。


「死んでください」

「そう簡単に死ねるか!」


 剣で胸を狙った攻撃を受ける。

 甲高い金属音が部屋いっぱいに響く。

 

「重い一撃だな」

「魔法がかかっているので、当然です」


 防げはしたが、腕に痺れがきた。

 魔法による強化は相当なもので、レーグの筋力と同等を思わせる。


 態勢を立て直し、アンジェルスに向かって剣を上段に振る。

 オレの攻撃を予測して、彼女はナイフを剣に当てて軌道を逸らした。

 すかさずオレの目の前まで迫ると肘で脇に一撃を入れる。


「ぐっ……」

「もっと剣を早く降らないと当たりませんよ?」


 アンジェルスは余裕の笑みを崩さない。

 よろめいて数歩下がったオレに追撃を加えに来る。


 アンジェルスがナイフを数本飛ばし、オレの急所を狙ってきた。

 横に転がってどうにかそれを回避。

 ちょうど壁のそばにあった燭台をアンジェルスに向かって投げる。


 彼女はそれを魔法で灰に変えて、深くため息をついた。


「コンランス様、これでは面白くありません。もっと楽しませてください」

「お前が強すぎるんだ」


 攻撃の正確性、威力どちらも高い。

 こいつに勝てるのは勇者たちしかいないと思えるほどだ。


「だが、やるしかない」


 覚悟を決め、アンジェルスに向かって突撃した。


 オレが剣を振り回し、アンジェルスがナイフで防御する。

 そんな展開が数分続いた。

 

「なかなか楽しいですよ」


 アンジェルスが無駄口を叩いたその一瞬、彼女の気が緩んだのがわかった。


「ここだ!」


 剣を振る腕に力を込め、最大速度で一撃を見舞う。

 アンジェルスの瞳が大きく見開かれ、咄嗟にナイフを生み出す。


 だが、間に合うことなく体が上半身と下半身で分かれてしまった。


「はぁはぁ…… まさか油断してしまうとは」

「無駄な話が多すぎたんだ」

「そうですね……」


 息も絶え絶えと言った様子。

 このまま死ぬのも時間の問題だろう。

 血のついた剣を一振りして綺麗にすると、アンジェルスの上半身と向かいあう。


「油断してなければ勝てたかもな。それより、お前はここから復活できたりするのか?」

「まあ、無理でしょうね。コンランス様、最期に面白い戦いができて良かったです」

「馬鹿いえ」


 こいつはオレの養父を殺した敵。

 それはわかっているが、ともに冒険した仲間でもある。

 憎しみはあまり湧いてこなかった。


「流石にこのままは苦しいので、殺してもらえないでしょうか」

「わかった」


 アンジェルスの頭に剣を突き刺す。

 それ以降、アンジェルスが動くことはもうなかった。


 ここにいるのはオレ1人となった。

 今までの騒ぎが嘘のようだ。


 復活されると困るので、念のためアンジェルスの死体は燃やしておく。

 灰になって、窓から吹いてくる風によってバラバラになってしまった。


「侵入者だ! 早く見つけろ」


 どうやら騒ぎを聞きつけた魔物たちが今頃来たらしい。


「頑張れよ、勇者」


 オレはそう呟き、魔物たちの相手をする準備を始めた。

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