進む勇者

「何の用だ」


 アンジェルスは武器らしいものを何一つ持っていなかった。

 服装も薄いドレスを着ているだけで、防御力は皆無だろう。


 オレの視線に気づいてか、アンジェルスは小さく笑うとオレの方に近づいてきた。


「これ以上近づくな」

「あら、つれない方ですこと」

「何を今更。裏切ったのはお前だろう?」

「そうでしたね」


 裏切りなど、アンジェルスにはどうでも良いことのようだった。

 警告通り歩みを止めて、距離が空いたままオレと見つめ合う。

 攻撃すれば殺される、そんな予感がした。

 

「剣を抜いても構いませんよ?」

「安い挑発には乗る気がないんでね」


 手を広げて、まるでオレを受け入れるような格好だ。

 それでも油断ならないことは本能でわかる。


「そろそろ本題に入りましょうか」

「そうしてくれ。オレもお前の攻撃に緊張していると疲れるんでな」

「分かりました」


 息を一つつき、アンジェルスは話を始めた。


「コンランス様は魔王を倒そうとしていらっしゃるんでしょう?」

「お前がどこから聞いたかは知らないが、その通りだ」

「でしたら、水の攻撃が魔王にはよく効きます。攻撃する際はぜひ参考にしてください」

「そんなことを教えてどうする」

「私のためなので、コンランス様は気にしなくて結構です」


 話の意図が全く読めない。

 魔王の弱点の話はオレも初耳だ。

 だが、それをオレに教えてどうしようというのだろうか。


「お前に得があるということだが、どういうことだ」

「ここでは教えられません」

「残念だな」


 もう用は済んだようで、これ以上話そうとしなかった。

 沈黙したまま見つめ合う。


「私は魔王城で待っています。あなたの勝利を心よりお祈り申し上げております」

「全く嬉しくないな、って、待て!」


 それだけ言い残すと、アンジェルスは森の中へと消えていった。

 追いかけようとするが、気配が捉えきれない。

 しばらくすると、アンジェルスの気配は完全に消えたのだった。


「何がしたかったんだ……」


 オレの呟きを聞いていたのは、夜空の月だけだった。


 夜が明けるまで、オレは洞窟の入り口で立ち尽くしていた。

 いつまでもアンジェルスのことが頭から抜けなかったのだ。


「コンランス、なんだか元気ないな」


 洞窟の中から出てきたのはレーグだった。


「ああ、ちょっと考え事をしていただけだ」

「なんだ? 話してみろよ」

「でもなぁ……」


 ここでアンジェルスのことを話すのは正しいのだろうか。

 裏切ったあいつのことだ。嘘をついている可能性もある。

 

「実は……」


 1人で考えていてもしょうがない。

 とりあえず話すことにした。


「その女はだいぶ怪しいな。魔王の弱点を教えるメリットがさっぱりわからん」


 レーグはオレと同意見だった。

 頭の片隅に置いておく程度で、本気で信じるつもりではないようだ。


「おはようございます」

「おはよー」

「コンランスさんとレーグさん、おはようございます」


 ロア、フラウ、リアも起きてきたようだ。


「なあ、オレに話したことをこいつらにも話しとけ」


 レーグの剣で体をつつかれ、そう言われる。


「わかった」


 こうして、寝起きの三人にもアンジェルスの話をするのだった。


 三人の意見はその女は怪しいで一致した。


「怪しいです。弱点も本当かわかりません。もしかすると取り返しのつかない事態になるかもしれませんよ」

「コンランスさんを裏切った魔物ですから、とても怪しいと思います」

「ちょろい女で、コンランスから魔王に気が移っただけかもよ?」


 1人だけ怪しい理由が違う人間がいた。


「今こうして悩んでいても仕方がない。早く魔王城に言って真偽を確かめようぜ」


 レーグの意見により、話し合いは中断された。

 オレたちは魔王城への道をまた歩き始めた。


 魔王城が地平線の彼方に見えてきた。

 

「あれが魔王城ですね」

「そうだ」


 遠くを見たままロアがつぶやく。

 

 魔王城は魔界で一番高い山の頂上付近をくりぬいて作られている。

 とは言っても外装は自然の山そのものではなく、わざわざ土砂を動かしたり岩石を削ったりして立派な城の外観になっている。


 一眼見ればそこに住んでいるのは権力者だとわかる、そういう城だ。


「ガーゴイルとか趣味悪いな。今度改造してやろうか」

「レーグがやるなら私も手伝うよ? 一度全部撤去して天使とかの像に置き換えよう」

「やめてくれ」


 レーグとフラウはすでに魔王城破壊計画のプランを練っていた。

 残念ながら魔物と人間の美的感覚が違うようで、あのガーゴイルの良さは理解してもらえなかったようだ。

 今度ガーゴイルの素晴らしさについて説こう。

 

「コンランスさん、私は素敵だと思いますよ?」


 リアはこちら側についてくれるようだ。

 寄り添うようにして優しく言葉をかけてくれる様が愛してくて仕方がない。


「リアは綺麗だな」

「お世辞を言っても何も出ませんよ」


 モジモジして、満更でもない様子だった。


「みなさん、そんな遠い未来の魔王城破壊についての計画を考えるのではなく、目先の魔王討伐を考えておきましょう」


 ロアはしっかり現実を見ていた。

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