帰郷

 数日かけて人界を南下し、魔界へ行くための船に乗る港町まで来ていた。

 オレたちが来ることは噂になっていたようで、勇者一行と魔物であるオレが町に入ると人々がひそひそと噂話を始める。


「聞いた? あれが王に認められた魔物らしいぞ」

「ああ、なんでも勇者に飼い慣らされてるとか」


 男性2人が聞こえないと思ってか、オレたちから少し離れたところでそう囁いてきた。


「ちょっとしばいてもいいか」

「やめとけ、お前の立場が悪くなるだけだぞ」

「それでもあの言い方は腹が立つ」

「私はコンランスさんは立派な魔物だと思いますよ」


 怒りで剣を抜きかけたオレをレーグとリアが落ち着かせる。

 人界での魔物の立場は分かっていたつもりだが、こうも言われるとなかなか不快なものだ。


 オレの怒気に気づいたのか、男性2人は逃げるようにして近くの建物に入っていった。


「港町は魔物に襲われることが多いので、皆さんが魔物にマイナスな感情を持つことは仕方ないのです。どうかわかってやってください」

「なるほどな」


 ロアの忠告を聞き、その通りだと思った。

 オレも初陣で襲ったのは港町だった。


 当時の頃、オレは人間を滅ぼすのに躊躇がなく、人間にどう思われようがどうでもいいと思っていた。

 だが、これから人間に関わることが増えるとすると、今までやってきた分の清算をしておかなければならない。


「なかなか解決しそうにないな」

「そこはあなたの手腕に問われています。立派な魔王になって人間と魔物の共存できる世界を目指してください」


 ロアに優しくそう言われるものの、オレには魔王になるという実感が湧かない。

 父が魔王でオレが従うという今までの習慣に体がすっかり馴染んでしまったいる。

 これからはオレは従うのではなく従える立場なのだ。


「まあ、やれることからやってみる」

「それがいいですね」


 オレとロアの後ろではリアとフラウが話していた。


「ねえ、リアはコンランスにどんなことされたの?」

「なにされてないですけど……」

「本当になにもしてないぞ」


 聞き捨てならない話だった。

 もし変なことをリアが言えばオレへの風評被害は待ったなしだ。


「嘘でしょ、こんな可愛い子を人質にしてなにもしないってどういうこと? もしかしてコンランスは女だったりするんじゃない?」

「オレは人間で言うところの男だ。女じゃない。オレはそんな知性のない魔物にみたいなことはしないぞ」

「なんだぁつまんない」


 道端の石をけって、フラウは不服そうだった。


「コンランスさんは私に手を出さず、牢にずっと入っていなくてもいいように仕事を準備してくれたんですよ」

「なにそれ」


 と言ったところで、フラウが下を向いて何か考え出す。

 しばらくして思いつくように顔を上げた。


「もしかして、コンランスはリアに一目惚れだったんじゃない?」

「………悪いか」

「いやいや、全然悪くないですよ」

「そうだったんですか?」


 よくよく考えてみれば、オレは一眼惚れをしていたのかもしれない。

 出会った時からなんとなく特別だとは思っていたのだ。

 

 フラウはニヤニヤして生暖かい笑みを浮かべてこちらを見ている。

 リアは顔が真っ赤になって俯いてしまい、表情は読めない。

 だが、照れていることはわかった。


「そんなことならさっさと王にいって付き合えばよかったのに」

「できるわけないだろ」


 まさか王が俺たちの恋愛を許してくれるとは思わなかったのだ。

 

「無駄話はそこまでにしてくれ、もうすぐ船に乗るぞ」


 レーグに注意された。

 気がつくと、オレたちは町の最も南の海に面するところまで来ていた。


「オレたちの船はあれだ」


 レーグの指さす先には一般人の使う船があった。


「人間は困窮してたりするのか?」

「豪華な船で行ったら目立つだろ、だからだ」


 そう言えばそうだった。

 オレとアンジェルスが人界に入る時もボロボロの船を使った。

 そのことが遠い昔のことのように思われる。


「船での旅は久しぶりですね」

「私なんてコンランスがレーグにボコボコにされた戦いに付いてったきりだよ」

「嫌なこと思い出させるな」


 船に乗ると、オレたちは見送られることなく出発した。


「いつもこんな感じなのか?」

「違いますよ。今回はあなたがいるので誰も近寄って来なかったのでしょう」


 魔物のオレが怖くて近寄れなかったようだ。

 いつもなら大勢が勇者の魔物討伐を見送るらしい。


「コンランスさんは悪くないですよ」


 リアはオレのことを思ってか、慰めの言葉をかけてくる。


「ありがとな」


 リアの頭に触れると、彼女は恥ずかしそうにもじもじした。

 だが逃げようとしないあたりどうも嫌ではないらしい。


「私が風の魔法で船を動かします。落ちないように気をつけてくださいね」


 ロアは呪文を使い、帆に強い風を当てた。

 今までよりも何倍も早い速度で動き出し、どこかに捕まっていないと立っていられないほどだ。


「ちょっと早すぎないか?」

「これぐらいでちょうどいいんですよ」


 ロアの答えに勇者一行は頷く。

 勇者たちにはこれが普通の船旅であるらしい。


 オレの予想よりもはるかに早く船は水面を滑っていき、とても早く魔界の近くへと辿り着いたのだった。

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