人間の少女

 肩を揺さぶられる感覚がして、オレの目は覚めた。


「誰だ!」


 とっさに剣を構える。もし敵対するものならば殺さなければ。


「やめて、殺さないで!」


 人間の少女が尻餅をついていた。

 まるで本物の銀からできたような輝きを放つ銀髪に、小さな眉にくりっとした綺麗な碧眼。背や体つきからリアよりも幼い感じがする。

 白の上着に、茶色いスカート。とても安っぽい服装だが、シミや汚れは見当たらない。


「コンランス様、何事ですか?」


 オレの声で目を覚ましたアンジェルスが聞いてくる。


「もしかして、この少女が狼藉を? 今すぐ殺しましょう」


 手を前に出し、何かの魔法を唱えようとする。集まる魔力からするに殺人級の威力だろう。

 この少女から話も何も聞いていないのに殺すのはあまりにも理不尽だ。

 オレはとっさにアンジェルスと少女の間に割り込んだ。



「やめろアンジェルス。まずは話を聞くべきだ」


「ですが、こいつは人間。それだけで殺すには十分です。それにここは人が通りづらい森の中。証拠隠滅も簡単にできるでしょう」


「そういう問題ではない。俺たちは人間だ」


 この言葉の意味はオレとアンジェルスしかわからない。

 アンジェルスはオレの言いたいことが理解できたようで、魔法を使おうとする手を止めた。


「すみませんコンランス様。すっかり失念しておりました」


 アンジェルスは頭を下げる。これで一安心だ。


「あの……」


 おずおずとオレに声をかける少女。見た目通り声もとても可愛らしいものだった。


「名前を聞いてもいいか?」


「ミア……です」


「そうか、ミアという名前か。ところで、どうしてこんな森の中で一人でいるんだ? 親はどこへ行った」


「すみません。答えられません」


 スカートの裾を握り、うつむいて答える。


「そうか。ではなぜオレに触れてきた?」


「実はわたし…迷子なんです。それで家に帰れなくて困っていて。できれば助けてもらいたくて」


「コンランス様、迷子の一人や二人、放っておいても大丈夫でしょう。私たちは先を急いでいます」


 ミアの頼みにアンジェルスは辛辣だった。


「ミアはどこに帰りたいんだ?」


「王都です」


 オレたちと目的地が同じだった。


「アンジェルス、この子を連れて行ってもそんなに負担にはならないだろう?」


「それはそうですが、よろしいのですか?」


「オレは別に構わないと思うが。というわけだ、ミア。俺たちも王都に向かっている。一緒に行こう」


「ありがとうございます」


 ミアは嬉しそうにオレの右手を握ってきた。とても柔らかい指で、今にも折れてしまいそうだ。

 オレも優しくその指を握り返す。

 もし人間を滅ぼすことになれば、こんな少女も皆殺しにすることになるのか。

 オレは三人で森の中を歩く途中、そんなことを考えていた。


 森を抜けたのは、すっかり日が暮れた夜のことだった。

 空には満天の星が見える。

 王都と思われる大きな街が遠くに見える。ここからはもう迷うことはなさそうだ。


「ここまでありがとう。私はもう一人で帰れるから大丈夫だよ」


「いや、せっかくだ。家まで送っていこう」


「コンランス様、わざわざそんなことをなされなくてもいいではありませんか」


「乗りかかった舟というやつだ」


 三人は歩き続け、ついに王都に入る門の前まで来た。

 衛兵が二人、門の両側に立っている。

 銀色の甲冑に成人の背丈ほどの長さの槍を持っていた。


 オレたちが門を通ろうとすると、槍を使って道を妨げてきた。


「待て。お前たちが連れている少女はどこから連れてきた」


 兜で表情は読めないが、どうやらオレたちに敵意があることはわかった。


「この少女は森で迷っていたのを連れてきただけだ。別に俺たちは奴隷商人やその類でもない」


「本当にそうか? お前たちが誘拐したのではないのか?」


 いくら話しても全く信じてもらえそうになかった。


「衛兵さん。この人たちは私に何もしていませんよ。私が勝手に外に出ただけです」


 ミアがオレの代わりにフォローしてくれる。


「ミーティア王女、それは本当ですか?」


「お前、王女だったのか?」


「なんだ、お前たちはそれを知っていてここまで連れてきたのではないのか?」


 全くの初耳だった。いろいろ教えてもらっていなかったが、まさか王女だったとは。

 後ろでアンジェルスは、王女だったらさらって売ればよかった、など物騒なことを呟いている。


「すみませんが王女、この夜にあなたと一緒に外にいるというだけでも十分この者たちは怪しいのです。ですので、ミーティア様の連れはここで一度捕らえさせていただきます」


「だからそんなことをこの人たちはしていません!」


 ミアが全力で否定するが、衛兵は聞き入れる気配がない。

 門の向こうの街の方から王都の兵隊がやってくる。誰かがオレたちとミアがきたことを上に報告したのだろう。


「コンランス様、ここは逃げますか?」


「いや、おとなしくしておこう。そもそもオレたちは無罪なんだ。下手に逃げたら事態を悪化させる」


「分かりました。コンランス様に従います」


 ミアの訴えも聞き入れてもらえず、オレたちは兵士たちに捕まる。


「二人はこの馬車に乗れ。ミーティア王女はこちらにお乗りください」


 ミアの馬車は金や銀を使った豪華な馬車だが、オレたちが乗る馬車は木材だけでできたとても脆そうな者だった。


「お二方、すみません。私があなたたちの無罪を晴らします」


 ミアはオレたちに頭を下げる。


「オレたちは無罪なのだから、誘拐の証拠などあるはずがない。ミアが何もしなくてもオレたちは許されるさ」


 そうしてオレたちは別々の馬車に乗り、どこかへと連れて行かれるのだった。

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