人界の王

 馬車の窓には黒い布がかけられ、外の様子を伺うことはできない。

 オレとアンジェルスは馬車の中で向かい合って座っている。

 顔から察するに、アンジェルスの表情は怒り半分と憎み半分といったところか。


「なぜ私たちがこんな扱いを受けることがありますか? 私たちは彼女の要求に答えただけなのに」


「どこかへ勝手に出かけた王女と一緒にオレたちが帰ってきたんだ。誘拐だと思われても仕方がない」


「なんて人間はいい加減なんでしょう」


 アンジェルスは腕を組み、不満でいっぱいという風に足をしきりに動かしていた。

 確かにアンジェルスの言う通り、街に来ていきなりこの待遇とは不満も言いたくなる。しかしなってしまった以上不満をいくら言っても体力の無駄だ。


「お前たち、ここで降りろ」


 兵士が馬車のドアを開ける。

 扉の先には、何重もの堀に囲まれた大きな城があった。

 いくつもの尖塔がそびえたち、窓から漏れる光が幻想的だ。

 オレたちは城の中へと連れて行かれる。

 中も綺麗に磨かれた石で作られていて、赤の絨毯や金色の燭台が並び、権力の象徴を表しているようだった。


「お前たちはこっちだ」


 兵士に連れて行かれたのは、地下へと続く階段だった。

 地下は雑な作りで、適当に石を並べただけと言う印象を受ける。

 さらには松明の明かりも不十分で、ものすごく薄暗かった。


「お前たちはしばらくこの中へ入ってもらう。もし何かあれば呼び出しに来るから、それまでおとなしくしているように」


 そう言って、俺たちを牢の中に入れ、兵士は去っていった。


「コンランス様、どうなさいますか? 見たところ牢は鉄でできているようです。これぐらいなら簡単に破れそうですが」


「やめておけ、下手に騒ぎを起こすなと言っただろう」


「ですが、ここにずっと閉じ込められたままというのも暇ですよ」


 アンジェルスは牢の格子を蹴る。

 すると大きな音をたて、格子の一部が曲がってしまった。


「何事だ!」


 牢番であろう人間が俺たちの牢の前にやってくる。


「なんでもありません。ただ格子にぶつかってしまっただけです」


「それならいいのだが……」


 牢番は待機場所へと戻っていく。


「こんな檻、今すぐにでも壊せますのに……」


 アンジェルスは恨めしそうに呟き、牢の格子を握る。その力で一部がひん曲がってしまった。

 彼女は魔物の中でも相当な握力の持ち主だな、とオレは心の中で思う。

 

 それからしばらくオレたちは無言のままだった。牢の中には何もなくひたすら退屈な時間だった。

 

 どれくらい経ったのかわからないが、しばらくするとオレたちの前に兵士がやってきた。


「来い。王の前で話す機会を与えてやる」


 兵士はそれだけ言うと、牢の鍵を開けた。

 そのままどこかへ行こうとする。どうやらついてこいということだろう。


「どうしますか? 今なら魔法を使って逃走できますが」


「せっかくの機会だ。人界の王に会っておこう」


 オレたちが通された王宮は白い石で作られたとても美しい場所だった。色とりどりの宝石を散りばめた玉座の後ろには、ステンドグラスが飾られている。そこに差し込む日の光は色づいてとても美しかった。


 玉座に座る人界の王は、玉座とは対照的にただひたすらかたい岩のような意思をもった人物に見える。

 長く伸ばされた白いひげに、相手の心の中を見通しているような眼。年齢の割に腰が曲がっているような様子は見られず、筋肉もしっかりついている。

 玉座の傍には大振りの剣が置いてあり、今すぐに戦うことができそうだ。

 この部屋にはミアの姿はなかった。


「この度のことを私に聞かせて欲しい」


 重々しく王の口が開かれた。他の人間は話すなと言わんばかりの雰囲気を作り出す。


「はい、私は森の中でミアと名乗る少女に出会いました。彼女は迷子だと話し、オレたちに王都までの道案内を頼みました。幸いオレたちも王都を目指していたので、同行を許したのです」


 オレは王の前にひざまずき、ありのままの真実を語った。


「なるほど。その言葉に嘘はないな?」


「ありません」


「では、顔を上げろ」


 オレは顔を上げ、王の目を見る。その眼差しは揺れることはなく、とてもまっすぐに見つめてくる。


「どうやら本当のようだな」


 どうやら王には話が真実だと伝わったようだ。

 そう思った時、一人の大臣と思われる男が進み出てきた。


「王様、こやつらの素性はわかりません。それなのに信じる根拠がどこにありましょうか」


「なに、根拠などどこにもない。ただこの者はわしの目を見つめはっきりと言い返した。それだけで十分だ」


 ただ相手を見つめるだけでこの王は真偽を見抜けるという。そんな能力をこの王は持っているのだろうか。


「他に何か一つ隠し事があるようだが、今回の件には関係ないだろう。お前たち、すまなかったな」


 まさかオレたちが魔物であることを見抜いているかのような発言。どうやらそこまではバレていないようだが、この王の前にいるとすぐに秘密が露呈してしまいそうだ。


「では、オレたちはここで帰らせていただきます」


「重ね重ね今回の件は本当に悪かった」


 謝罪する王を後にして、オレたちは王宮を去った。

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