遭難
ガタガタと机や椅子がうるさく音を立てるせいで、オレは眠りから覚めた。
もう夜になったのか、窓から見えるのは黒い景色ばかりだ。
激しい雨と風が窓を打ちつけている。窓が軋む音が鳴っていて、今にも割れそうだ。
窓を見ているとドアがガタンと音を立てて大きく開く。そこにはずぶ濡れのアンジェルスが入ってきた。
「コンランス様、起きていらっしゃいますか?」
「今起きたところだ」
「ああ、それならよかった。今私たちは大変な状況になりました」
「大変というと?」
「今この船は嵐の中にいます。風で波が荒れているせいで船の進む方向が乱れています。それで私たちが向かおうとしている人界の王都にまっすぐ行けそうにないのです」
どうもオレたちは遭難してしまったらしい。
飛行魔法で船を捨てて逃げるという手もあるが、その場合魔力が切れた時は海に落ちることになる。オレはまったく泳げないというわけではないが、体力の消耗が激しいのは間違いない。
もしいくら泳いでも陸にたどり着けず体力の限界が来たら…… その先のことは考えたくもない。
「嵐だからといっても慌てることはない、しばらくすれば収まるだろう。その後に進路を変更して王都に向かえばいい」
「そうするしかありませんか」
オレたちは互いの顔を見て頷く。そしてしばらく船の中でおとなしくしておこうと決めた。
嵐はいつまでも収束する気配を見せず、もう何時間経ったのかわからなくなってきていた。
オレはベッドに座り、アンジェルスは椅子に座っている。
時々目が合うものの、話すことはなかった。
相変わらず外は騒がしいが、船内は恐ろしいほどの無音。オレにはその空気がもう耐えられず、アンジェルスに話しかけた。
「アンジェルス、この船は今どのあたりにある?」
「はっきりとは分かりませんが、少なくとも人界に近い海の上ではないかと」
「人界につけばどうにかして王都に行くことはできるのか?」
「できます。ですが、しばらく徒歩での旅になります」
徒歩での旅などオレには経験がない。
魔王の城で育ったオレはほとんど城にこもっていたのだ。
「人界には面白いものがあるのか?」
「王子様のお気に召すものはあると思いますよ。人界の景色や宝石といった綺麗なものなどがあります。まあ人間がいるのでいいところだとは言えませんが」
アンジェルスは露骨に嫌な顔をする。昔だったら当たり前の反応だと思っていたが、今ではそこまで思わなくても、と思ってしまう。これもリアの影響だろうか。
また俺たちは無言に戻ってしまう。やはりこの空気にはオレは馴染めない。
起きていてもこれ以上の話のネタを思いつけそうになかった。もう諦めて寝ることにする。
「アンジェルス、オレはしばらく寝させてもらうぞ」
「分かりました。嵐の音がうるさいと思いますが、どうぞお休みください」
オレは座っていたベッドに横になる。目を閉じても嵐の音がうるさかった。しかし、アンジェルスの立てる音は何一つ聞こえなかった。
いつもより時間をかけて、オレの意識は闇に吸い込まれていった。
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