別れ

 翌朝、オレはアンジェルスと共に宮廷へと向かう。潜入すると1年帰れないので、出発の前に父に挨拶をしておきたかった。


「私も潜入については未経験だ。とやかく言うつもりはない。素晴らしい成果を期待しているぞ」


 もうこれ以上は父からの言葉は何もないようだ。


「はい、人間を滅ぼすための有力な情報を掴んでまいります」


 正直できる気がしない。アンジェルスの提案をオレたちがこなせるビジョンがオレにはまったく見えていない。

 もし失敗しても、アンジェルスの提案なのだから全て彼女のせいにする気でいこう。彼女がでっち上げたのだからオレは悪くない、うん。


「魔王様にも応援され、私たちの成功は約束されたも同然です」


 アンジェルスの様子はいつも通りだ。むしろ緊張感も何もないと言うのが怖いまである。


「では、行ってまいります」


 この先の未来に何があるかわからない。だが作戦は成功させる。

 オレはリアの杖を入れた麻袋一つを持ち、アンジェルスは手ぶらで宮廷を出ていった。


 宮廷を出て数時間後、オレとアンジェルスは海の上にいた。天気は快晴で、程よく風が吹いている。

 船の見た目は人間の使う商船を模しており、ひと目で魔物が乗っている船とは誰も思わないだろう。

 日差しが肌を刺すようで少し痛いが、ずっと船内に籠るより外にいた方が気持ちいい。

 船の縁に寄りかかり、空を見上げる。魔界の空となんら変わりのない空だった。

 今のオレの格好は鉄の鎧に鎖帷子という安っぽい格好だった。鉄兜も準備してあるが、今は被っていない。腰には同じく鉄製の剣。全てアンジェルスが準備したものだ。

 アンジェルスいわく、それが普通の人間の戦士の格好らしい。

 今オレたちは人界の王都に最も近い港町に向かっている。まずはそこで宿を見つけ、潜入の拠点にするつもりだ。


「もう準備はなされましたか? いつまでも外にいるのも体によろしくありませんよ」


 ドアを開け船内から出てきたアンジェルスが声をかけてきた。

 彼女の服装は初めて会った時の豪華なドレスではなく茶色の上着に白いスカートという格好だった。彼女の容貌か綺麗なことには変わりないが、いつもの貴族のような雰囲気は無くなっている。



「もう船内に戻ろうとしていたところだ。しばらくここにいたが、そろそろ日差しがきつくなってきた」


「後10時間もすれば人界が見えてくるはずです。今しばらくお休みになられてはいかがでしょうか。私は外で見張っておきます」


「そうさせてもらおう」


 船内の部屋に引き上げる。

 部屋には2人分のベッドと机と椅子1つずつ。それにリアの杖を入れた麻袋のみだ。

 狭い部屋のはずだが、ものがなさすぎるせいで広く感じてしまう。

 今は日差し的に昼であるはずなので眠気はまったく起きない。このままベッドに横になっても眠れないだろう。

 仕方なく鉄製の剣を振る練習をすることにした。

 今までオレが使っていた剣よりもとても軽く、何かの弾みで飛んでいってしまいそうだ。

 1時間振ってみると、だいぶ体に馴染んできた。これなら万が一の時に使うことができるだろう。

 程よく疲れて、今なら眠れそうな感じだ。

 剣を鞘に収め、机の上に置き、ベッドに横になる。

 オレはやってくる眠気に任せ、微睡んでいった。


 一方同じ時にアンジェルスは不穏な雲を見つけていた。

 西の空が暗くなっている。もしかしたら嵐が来るかもしれない。そうなっては大変だ。

 この船には最低限のものしか積んでいないので、難破しようものなら生還は絶望的だ。陸に着くだけでも運がいい方だろう。


「このまま過ぎ去ってくれればいいのですが…」


 アンジェルスは呟く。それがどうしようのないものだと分かっていても。

 西の暗雲は確実に大きくなっていき、嵐の襲来を告げているのだった。

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