人界編
上陸
「コンランス様、起きてください」
アンジェルスに肩を揺すられ、オレの意識は覚醒した。どうやらオレは思っていたよりもぐっすり眠っていたようで、なかなか起きなかったようだ。
「おはようアンジェルス。こんな朝からどうした?」
「人界に着きましたので、ご報告しようと」
窓を見ると、外の景色は青空で雲ひとつなかった。オレが寝ている間に嵐は去ったようだ。
アンジェルスは目の下にくまが少しできていた。どうやら寝ずに見張りをしてくれていたようだ。
「それで、オレたちはこれからどうするつもりだ?」
「それは全く決まっていません。ここがどこかわからないのでどうしようもないのです」
アンジェルスは首を振って答える。暗い表情をしていて、事態はかなり深刻なようだ。
「ここにいても仕方がない。とりあえず外に出てみることにしよう」
オレたちは船外へ向かって歩く。
外に出てみると、潮風が吹いていた。船は少し陸に乗り上がっていた。
あたりを見回すと砂浜が広がっており、人工物らしきものは何一つ見えない。遠くを見ると緑の芝生があたり一面に広がっているだけ。どうやらここに住んでいる人間はいないようだ。
「私だけでこの周辺を探索しましたが、人間の姿はありませんでした」
「そうか。だが一応用心して変化の魔法をかけてくれ」
「分かりました」
アンジェルスがオレに向かって指を振る。たちまちオレの姿は変わっていき、人間の姿へと変化した。
アンジェルスは羽を隠し、魔力を隠して人間に擬態する。
手鏡でオレの姿を見ると、黒髪で白っぽい肌の人間だ。切れ長の瞳にスッと通った鼻筋。口元は締まっている感じがして、真面目な印象を受ける。なかなか悪くない見た目だ。
アンジェルスはいつも通りの見た目だった。
「この船を捨てて探索しよう。できれば野宿できる場所を今日中に見つけたい」
「そうですね。この船は私が処分させていただきます」
またもアンジェルスが指を振ると黒い大穴が現れた。その穴はまるで重力があるかのように船を吸い込んでいく。
船を飲み込み切った穴はだんだん小さくなり、虚空に消えていった。
「これで大丈夫でしょう。私たちの痕跡は何一つ残ることはありません」
「さっきから不思議に思ってたのだが、お前の使っている魔法はなんだ? 無詠唱でできる魔法など聞いたこともない」
「それは、私だけの特別な能力です。詳しくお答えしたいのですが、感覚的なものなのではっきりとは伝えることができません」
オレもできることなら無詠唱魔法を習得したかったが、アンジェルスが言うにはどうやら無理なようだ。
いつまでもここにいても仕方がないので、周囲の探索を始めることにする。
「オレは探索を始めたいのだが、アンジェルスはついて来られるか?」
「ご心配なく。体力は十分にあります」
オレたちは並んで砂浜を歩きだした。
一時間くらい探索したところ、船がついた場所は周りに何もない開けた場所ということしかわからなかった。
本当に人間のいた痕跡も遺跡の類も何もなく、ただの手付かずの自然が残されているだけだった。
「もうここから離れてもいいだろうか」
「それが賢明だと思います。どうやらここは人間の開拓が行われていないようです」
遠くに見えた草原に向かってオレたちは足を進めた。魔法を使いたいと思ったが、人間に見つかっては大変なのでいちいち徒歩で行かなければならない。
しばらく歩いてたどり着くと、少し高い丘になっていた。潮風から普通の爽やかな風に戻っていて、海の香りはしない。
空は赤色から黒に染まり始めていた。
「気持ち居場所ですね。ここなら野宿しても大丈夫そうです」
「そうだな。今日はこの辺りで休むのがいいかもしれない」
「ですが、私たちは路銀しかありません。人間の街につかなければ食料の調達はできないので急いだほうがよろしいかと」
いくら金があっても交換できなければどうしようもない。
アンジェルスから渡された水筒を持つと、とても軽かった。この辺りには塩水しかないので、水の補給もしなければ。
「課題が山積みだが、疲れたままでは解決できない。今日は横になって無駄な消耗を抑えよう」
芝生の上に横になると思いのほか気持ちいい。はじめは不快な背中をチクチクと刺す草の感触は慣れてくると快感だ。
「まさか人間も魔王の息子の方がこんな人界の端で寝ているとは思わないでしょうね。私もとなりによろしいでしょうか?」
「構わん」
並んで横になると、一緒に空を見上げる。オレたちは今平和そのものだった。
いつかこの景色をリアと眺めたい。そして将来のことを語り合いたい。
隣のアンジェルスはもう眠っているようで肩が上下している。とても寝付きがいいようだ。
オレも寝ようとすると、誰かがぶつぶつ言っているのが聞こえる。この場所には二人しかいないので、十中八九アンジェルスの寝言だろう。
「んん……ロギス様」
初めて聞く名前だった。そんな名前の魔物は今の魔界にいない。もしかすると人界での彼女の知り合いだろうか。
寝ている本人に聞けない以上、追及しようがない。
くだらないことは忘れて気持ちよく寝ようと、オレは大きなあくびを一つした。
星たちが見守るように俺たちを照らしていた。
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