勇者、帰還

緊急事態

 リアとの暮らしがここまま続くのではないかと思っていたある日のこと……


 オレは突然宮廷に呼び出された。自室にいたオレに向かって、理由は後から魔王様が話すと言い残し魔王の手下の魔物は去っていった。


 宮廷に入ると、魔王の座にいる父しかいなかった。護衛が全くいないせいでいつもと同じ宮廷が心なしか広く感じる。


「父よ、急な呼び出しとは何かありましたか? 護衛が1人もいないようですが」


「人間の軍がこの近くに攻めてきた。狙いはどうもこの城らしい。護衛たちも戦線に出している」


 早口で話す父の話し方には焦りが伺える。人間と戦争になることはよくあることで、父が慌てることではないはずだ。


「いつもなら配下の魔物がなんとかしています。焦ることは何もないはずですが」


「いつもは…な。だが今回、人間は勇者3人を連れてきている。今はあり合わせの兵で応戦しているが、食い止められるか怪しいだろう」


 父は数千年前に一度当時の勇者のパーティーと戦ったことがあると噂で聞いたことがある。勇者とは全力でやり合ったものの、決着がつかず、途中で勇者側が転移の魔法で撤退したことで戦いは有耶無耶になったらしい。


「父が全力を出せば倒せるのでは?」


「倒せるか怪しい。私もだいぶ昔に勇者と戦って以降もう何千年と本気で戦っていないからな。全盛期で拮抗だったのが、衰えた今となってはむしろ若干不利まであるだろう」


 いつも強気なことを言う魔王の父にここまで言わせるとは勇者の力はどれほの強いのか。その話だけで今の父に及ばないオレの力ではどうにもならないことはわかる。


「それで、どうしてオレを呼び出しました? そんな怪物を相手にオレは戦力にならないのは自明でしょう」


「お前の戦力を当てにしているのではない。お前の捕虜を使おうと思う」


「捕虜というと……まさかリアを?」


「ああ、奴は白の勇者だ。今回攻めてきた人間たちの狙いは、おおよそ白の勇者の救出だろう。人質にして人間の軍を脅せば、うかつに奴らは攻められないだろう。」


「ですが、今まで脅しなどできなかったではないですか」


 人間は魔物の言葉が分からないので脅し文句など今まで成功した例はなかった。


「そうだ。しかし交渉の例で前にも話した通り、お前なら人間を脅せるだろう?」


「それは……」


 その方法ならできる。しかしリアを使うということに納得できない。


「オレは構いませんが、リアを使わずに済む方法はないのですか?」


「あったらやっている。ないからこうなっているのだ。それにお前はどうしてあれにこだわる? まさか憎むべき人間に情が入ったのではないだろうな」


「そのようなことがあろうはずがございません」


 オレは初めての獲物としてリアが大切なのであって他意はない。


「それなら今すぐここに連れてこい。さあ行け」


 言い返す言葉は思い浮かばなかった。今ここで父に刃向かってみても勝てるはずがない。

 こうなった以上リアが無事で戻ってくることを祈るしかなかった。

 重い足取りでオレは自室へと向かった。

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