捕獲
「その通りです。私は、勇者です」
こちらに目を合わせたままはっきり言う。逃げるつもりはないようだ。
魔界に伝わる話によると人間の勇者は四色の色に分けられている。白、黄、赤、青だ。それぞれは回復、強化、物理攻撃、魔法攻撃に特化している。
「白の勇者だな?」
「その通りです」
こちらに抵抗しないことから、なんとなく予想はついていた。自身で攻撃手段で対抗できない可能性があるのは白か黄の勇者だ。そのうちどちらかだと思い当てずっぽうで言ったのだが、当たったようだ。
「そんな勇者様がこんなところで何をしている。まさかのんびりお昼寝というつもりではあるまいな?」
「勇者パーティーから暇をいただいて、近くの港町に訪れていました。その帰りに眠っていただけです」
「随分と気楽な勇者様だな。今港町がゴブリンに襲われているが、勇者は助けなくていいのか?」
女の表情がさっと曇る。勇者が今から行ってもとっくに手遅れなのはわかっているが、人間への憎しみから意地の悪い質問をしてみた。
「助けに行きたいですが、今あなたに殺されそうになっている状況ではどうしようもありません。まさか、暇をいただいた今日に限って魔物が現れるとは…」
「全く運のない奴だ。それでも、冷静でいる余裕はあるのだな」
「これでも勇者ですから。ところで、あなたは魔物なのに人間の言葉を話せるんですね」
「今はそんなことはどうだっていいだろう」
白の勇者は話はするものの身動き一つしない。もうこいつには用はないだろう。
「殺すぞ」
「お好きにしてください。私には抵抗する方法がありませんから」
どうもオレと戦う気はないらしい。ともあれ勇者を殺したとなればオレにとっては大手柄だ。
オレが人間に刃を向けるのは、これが初めてだった。目の前の少女は抵抗する様子を全く見せない。座って目を閉じ、最期の瞬間を受け入れようとしている。
「…死ぬのが怖くないのか?」
少女の肩が一瞬震える。
「怖いです。でも勇者になると決めたそのときに、魔物に殺されるような最期を迎えるかもしれないと覚悟していました。最期は勇者らしく散ることが今の望みです」
剣の切先を少女の首に当てる。一縷の赤い糸のような血が少女の首筋をつたっている。
「望み通りに、勇者らしい最期を」
オレは剣を高く上げ、振り下ろそうとした。
少女は一瞬首をすくめる。いくら勇者とはいえ、若い少女であることには変わりはない。やはり、口では言えても死への恐怖があるのだろう。
「…やめだ。無抵抗な人間を殺してもつまらない」
オレは剣を下ろした。何もしない人間を殺しても満足感すら得られないだろう。
「はあ、そうですか…」
彼女は安堵しつつも、まだ先ほどまでの緊張が抜けきらず放心状態に見える。
「勇者であることには変わらないのだから見逃すわけにもいかない。お前をオレの捕虜にする」
彼女はなんの反応も示さなかった。諦めて何もかも受け入れるつもりのようだ。
「フェッセルン」
オレがそう唱えると、魔法の首輪と手枷ができる。彼女の首に首輪がはめられ、両手は後ろで手枷によって拘束された。首輪には拘束されている人の場所がわかる魔法がかかっているため、逃亡はできない。魔法唱えた本人以外では、この拘束は外せない。
オレが彼女の近くにあった杖を拾い、戦果として回収しようとすると、
「その杖は母の贈り物なんです。壊さないでください」
「壊すと言ったら?」
「それでも…壊さないで」
死ぬことは恐れないのに、杖のこととなると彼女は涙目で懇願してきた。よほど大切なものなのだろう。杖を検分する。杖の能力は回復のみに長けていて、攻撃手段は皆無のようだ。
「要求を受け入れよう」
「ありがとうございます」
空を見ると、太陽が真上にある。もうすぐゴブリンの船が帰投する時間だ。
「お前を船に連れて行く。ついてこい」
オレは彼女の首輪についている鎖を引き、船の待つ海岸まで連れていった。
「王子様!お帰りなさい!」
「ああ、お前たちは何いいものを手に入れられたか?」
「もちろんで! 金銀はもちろんのこと、武器や防具を大量に取ってきました!」
「ご苦労だった」
船を見ると、ゴブリンたちが大量の荷物を積んでいる。どうやらゴブリンはすでに撤収の準備を始めているようで、オレを待っていたようだ。
「その女はなんですか?」
「白の勇者だ。近くにいたのを捕まえた」
「それは大手柄ですな! 魔王様もさぞ喜ぶでしょう!」
ゴブリンは舐め回すような視線で彼女を見つめた。その目線に気づいて、彼女は縮こまった。
「そんな目で見るな。これはオレの獲物だ。絶対に手を出すなよ」
「わかってますって!」
「絶対に手を出すなよ」
「絶対に出しません…多分」
オレがひと睨みすると、ゴブリンは震え上がった。その後勇者の少女の方に向き直る。
「お前もこの船に乗るんだ」
「ゴブリンと一緒にですか?」
「当たり前だ。これはゴブリンの船だからな」
「でも…」
「さっきの話で心配しているのか? それなら大丈夫だ。お前はオレの獲物である以上、他の奴には一切手を出させない」
「分かりました…」
首輪の鎖を引くと、彼女は渋々ついてきた。表情から察するに半信半疑といったところか。
オレは船に乗り込むと、白の勇者は船内の牢の中に入れた。
「あちこちじめじめして気持ち悪いです」
「すぐ慣れる。この牢の鍵はオレが持っておくから、牢の中にゴブリンは入ってこられない。安心して休め」
「魔物の捕虜になった状態で安心して休めると思いますか?」
「それもそうだな」
オレは彼女の皮肉を鼻で笑うと、鍵を持って船内のオレの個室へと向かった。
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