少女との出会い

 軍が出発する日、オレは魔界で最も北にある港町に来ていた。

 

 今日は軍が出発するということで港のあたりは軍の関係者しかいないが、町の方には大勢の魔物がさまざまに生活を営んでいた。


 オレは事前に父から指示されていた船の前まで来た。


「王子様のコンランス殿ですね?」


 ゴブリンが一体甲板から降りてくる。


「そうだが、オレの乗る船はこれであっているのか?」


「この船でっせ。ささ、中にご案内させていただきやす」

 

 そいつはオレを先導し、船の中を一通り見せていった。

 

 魔物の中でも知能の低いゴブリンの船だからだろうか、船の装甲に穴があったり開きにくいドアがあったりして船はいいものでもなかった。


 そんな船に王子のオレを載せるのはどうかと思うが、父が言うにはゴブリンは扱いやすいからお前が簡単に指揮できると言いうことだった。


 あれこれしているうちに船は出港する時間になった。魔法のおかげで船の揺れはあまりなく、思ったより快適な船旅になりそうだった。


 最後に案内された部屋で休んでいてくれと言われ、暇を持て余していたところ、鎧を着込んだ大将らしいゴブリンが部屋に入ってきた。


 そいつはオレに今回の船旅の詳細な予定と軍の計画について説明した。


 今回狙う町は田舎の方であり、強敵となるような人間の兵はおらず楽に殲滅できる見込みだという。

 ひとしきり話を終えた後、


「王子様がいらっしゃるなら、人間どもに負ける気がしませんよ!」


「当たり前だ。しっかり侵略の準備を整えておけよ」


「ははっ!」


 そんなやりとりをしてそいつは甲板での船の指揮に戻っていった。


 話の中で、さりげなくこの部屋について聞いたところ、ここはオレのための個室であり、基本的に移動中も侵略中も何もしなくていいと言われた。王子なので何も労働しなくていいと言われるのは当たり前なのだが、どうも落ち着かない。


 オレは手元にある本を広げた。


 タイトルは『英雄の物語』という安直な名前の本だ。魔王軍が戦利品として回収したものをオレが貰った。内容も人間の英雄が悪者のドラゴンを倒すというもの。魔物のオレにしてみれば人間がドラゴンを倒すというのは不愉快だが、たった1人で強敵を倒し世界を救うというのは素直に憧れるところがある。オレもそんなことをしてみたい。


 いつかオレが十分に強くなれば人間を倒し魔物の英雄になることができるのだろうか。


 部屋では本を読むこと以外何もすることがなかった。かといってオレがこの部屋から出ようとするといちいちゴブリンがオレについてくるので、外に出るのも億劫に感じる。


 寝たり本を読んだりを繰り返してどれくらい経っただろうか


「王子様!そろそろ人間の大陸につきまっせ!」


 と言う呼び声を聞いた。するとすぐに大将格のゴブリンがオレの部屋に入ってきた。


 そいつは、机の上にあったオレの本に目を留めた。興味深そうな視線を向ける。


「あっしら魔物には人間の文字は読めないので聞きたいんですけど、その本は面白いんでやんすか?」


「ああ、人間の文学もなかなかのものだ」


 オレは返事をする。普通、魔物は魔王でさえも人間の文字を読む事はできない。人間と魔物は相容れないものであり、互いの文字を理解するのは不可能らしい。しかしオレは生まれつき人間の文字を読む事ができた。その理由は魔王でさえも分からないと言っていた。


「錨を下ろせ! 上陸するぞ!」


 外から大勢のゴブリンの声が聞こえる。

 

 どうやら目的地に着いたらしい。窓の外を見ると、海に面していて、周りを森に囲まれた港町があった。

 とても美しい景色で、町のあちこちに人間の姿が見えた。


「王子様はあっしらが人間どもを滅ぼした後に来てくだい! 野郎ども! 行くぞ!」


 いつの間にかゴブリンたちは甲板に集まり突撃態勢に入っていた。だがオレにはその話の中にひとつ疑問が残る。


「それでは待っているだけのオレは手柄が立てられないのでは…」


 オレの質問も聞かずゴブリンの大将は部屋を出て行った。


 質問を諦め、言われた通り待つことにする。


 ゴブリンは戦術を考えるなと頭を使う事はしない。ただ本能のままに町を荒らすだけだ。


 外を見ると、さきほどの町のあちこちから火の手が上がっている。ゴブリンたちは町の制圧に成功したらしい。今オレが町に行ってもゴブリンが荒らしまわった後なのでめぼしいものは何も残っていないだろう。


 町での手柄は不可能だと判断し、村の奥の森で人間が残っていないか調べることにした。


 森の中は静かで、生き物の音がひとつもしない。しばらく進むと、花畑に囲まれた湖があるひらけた場所に出た。


 あたりを見回すと、湖の横で人間の少女が横になっているのを見つけた。


 白いローブを着ていて、近くに杖が置いてある。どうやら神官のようだ。


「起きろ」


 そう言うと、オレは剣を抜いて少女の首に当てた。


「あれ…私は…」


 どうやら深く寝たようで、記憶が曖昧らしい。


「オレはゴブリンたちの大将だ」


 少女がこちらに顔を向ける。金髪に青い瞳。あどけない顔立ちにいかにもゴブリンが好まなさそうな幼い発育の身体。


 彼女から感じる魔力の量は、人間のそれではなかった。その力は大きさは勇者と呼ばれる稀有な存在のものとしか思えない。


「お前は勇者か?」

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