英雄に憧れた魔物
天音鈴
勇者との邂逅
初陣
人間に刃を向けるのはこれが初めてだった。目の前の少女は抵抗する様子を全く見せない。座って目を閉じ、最期の瞬間を受け入れようとしている。
「…死ぬのが怖くないのか?」
少女の肩が一瞬震える。
「怖いです。でも勇者になると決めたそのときに、こんな最期を迎えるかもしれないと覚悟していました。最期は勇者らしく散ることが今の望みです」
剣の切先を少女の首に当てる。一縷の赤い糸のような血が少女の首筋をつたっている。
「望み通りに、勇者らしい最期を」
オレは剣を高く上げ、振り下ろそうとした。
……………………
この世界には、海を隔てて南北に分かれて人間の住む大陸と魔物の住む大陸の2つが存在する。どちらの大陸も似たようの大きさで、資源などにも特に差はなかった。
人間が住む北の大陸を人界、魔物が住む南の大陸を魔界と呼ばれている。
はるか昔から互いの大陸に住む異種族を忌み嫌う相手として攻め合い、決着がつかないまま今の人間と魔物両方が存在する状態が保たれている。
今もなお家族や仲間を殺された敵として、人間と魔物は互いを憎み合っている。戦いは今でも続いていて、殺された同胞の仇を取ろうと敵の大陸を攻めることをどちらもやめない。
オレは物心ついた時から魔王の王子と呼ばれていた。オレれは黒っぽい肌を持ち、人間と同じくらいの背で、長い耳があるダークエルフ。名前はコンランスだ。
一方、魔王は漆黒の鱗を持ち金色の角を輝かせ、灼熱の炎を吐くドラゴン。名前はテオバルト。なぜ魔王と王子である私が別の種族かというと、オレは養子らしい。
魔王は人間の大陸を攻めた際に大きな城を占拠したそうで、偶然オレは城の牢の中に人間たちに捕まっていた。
ダークエルフという種族は魔法が多少優れているものの、ありふれた種族だ。普通そんな種族を魔王が面倒を見るはずがない。しかし、魔王がオレを見ると、普通のダークエルフでは持ちえないとてつもない魔力を感じたらしい。その時のオレは生まれて数年経っていたはずだが、何故か魔王に会うまでの記憶がなかった。魔物の言葉は話せるが、それ以外の知識がさっぱりになっていたらしい。そのため、身を寄せるところがなかった。そこで魔王は見込みのある将来の魔王の候補としてオレを育てることにしたのだった。
あれから15年の月日が流れ、オレは魔王の教えのおかげで今では一人前のダークエルフとなった。
ある日、魔王は宮廷にオレを呼び出した。静寂な空気に包まれた宮廷には、護衛と魔王がいた。護衛の存在すら忘れるほどの存在感を父は放っている。
「父よ、オレに話というのは?」
オレが養父であるドラゴンを魔王と呼ぶか父と呼ぶかは場合による。私的な話の場合は父で、政略的な話の時は魔王と呼ぶ場合が多い。
「お前に、魔王軍の大将をやってもらいたい」
あまりの唐突な頼みに、オレは一瞬理解できなかった。なぜいきなり大将なのか、普通は下っ端から始めるのではないのか。
「父よ、その話はオレには早すぎます。オレは生まれてから大体15年そこらで戦闘経験もないのに、いきなり大将が務まるとは思えません」
父はその通りだと頷く素振りをした。どうやらオレが役割をこなしきれないことは理解しているようだ。
「その通りではあるが、お前は魔王の息子という立場がある。普通生まれてから20年してからでないと魔王軍に入れないが、お前は次期魔王候補だ。早めに実戦経験と手柄を持たせ、魔王に相応しい存在であることを皆に知らしめておきたいのだ」
「そうだとしても…」
魔王の父としては正しい判断かもしれないが、オレとしてはすぐにハイと答えられるような頼みではない。
死んでは元も子もない上に、経験のないことに不安になるのは普通だ。
「それに、お前は人間に捕まっていたのだぞ。彼らが憎いとは思わないのか?」
オレは昔の記憶がなく、父に会う以前には何があったのかは覚えていない。そのため、実際人間に直接何かされたという思い出はないが、魔物が人間を嫌う理由は何度も周りから聞かされてきた。その上、オレの友人や知り合いも人間の軍が攻めてきたときに殺されている。
これだけでも、人間を憎むには十分だった。
「…わかりました。行かせていただきます」
「それで良い、軍の出発は明後日だ。準備をしておくように」
「では、失礼します」
オレは改まって父に礼をして宮廷を出た。背中に父の期待を込めた眼差しを感じる。オレはこの期待に応えなければならない。
自室で剣や鎧を磨き、来たる日のために準備をする。装備に不備があって負けたとなれば魔物の恥さらしだ。絶対にそのようなことがないように、今までないくらいの集中力を使って手入れをしていく。
手入れが終わった頃に、子供の頃に読んだ本に書かれていた話を思い出す。
「ついに、オレも英雄に…」
自然と笑みか溢れる。戦争で手柄を立てていけば、きっといつか憧れの英雄になれる。オレはそう信じていた。
軍の出発日まで、オレの溢れる気持ちは止まらなかった。
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