桜貝
私とユキはお昼ご飯をいつも2人で食べていた。屋上へ出るドアの前にある踊り場。そこが私たちの集合場所だ。
屋上へのドアは残念ながら施錠されているが、開いていたら、きっと多くの生徒たちの溜まり場になって私たちは寄り付かなかっただろう。
私がいつものようにお昼ご飯を食べる場所に到着すると、ユキが先に来ていたのだが……。
ユキは先ほどから踊り場を言ったり来たりしている。
時折手元にあるスマホの画面を見つめてはため息をする。
いつもより少し遅れてはいるが、それほど待たせてはいないはずだ。
なら他の誰かから連絡を待っている?
「…………」
考えてみるが、思いつかない。
直接聞いてみようか?
ユキはチョロ……いや、す、素直ないい娘だから、すぐに教えてくれるだろう。
そう思いつつ、静かにスマホの写真機能を立ち上げてユキへ向けた。
ユキがスマホの画面を見つめ、ため息をつく表情を撮ろうとして………止めた。
その伏し目がちな横顔はどこか哀しげに見えた………。
スマホをポケットにしまうと、小さく息を吐き、ユキの元へ向かった。
「ユキ、お待たせ」
『み、ミフユ。ううん、今来たところだから』
ユキが小さなウソをついた。
きっと私が気付かないだけで、ユキは今までも私に優しいウソをついてきたのだろう。
そうして、時折今みたいな哀しい思いもさせていたのかも知れない。
私はユキに抱きついた。
『み、ミフユ?!』
ユキが驚いた声を上げる。
「ふふ、捕まえた」
ユキの髪をゆっくりと撫でる。
『ちょ……は、恥ずかしいから………』
ユキは身じろぎをする。
私がぎゅっ、とより強く抱き締めると耳元にささやいた。
「私たちだけだから、大丈夫よ」
『うん……でも、やっぱり恥ずかしい、よ』
ユキの頭をぽんぽんとたたくと、ユキがおとなしくなる。
再び撫で始める。
階下から、時折誰かの声が聞こえ、その度にすこしどきどきした。
ユキの黒く長い髪はつややかで、手のひらの間をさらさらと流れる。
シャンプーの残り香が、私の鼻をくすぐった。
柑橘類のさわやかな香りは、ユキにぴったりだった。
もっと、強く………。
ユキの香りを感じたくてうなじに鼻を寄せた。
「……ん……」
ユキが小さくうめき、荒く温かい息が私の首にかかる。
ユキの首すじをなぞり、鎖骨に人差し指を這わせる。
『み、ミフユ……』
ユキが身動ぎして困ったような声を出す。
「ユキ、かわいい」
耳元に息を吹きかけるように伝える。
『、、っ……そんなこと……ない………』ユキが弱々しく反論する。
もっと、もっとユキのかわいい姿を知りたい………。
私は、ユキの胸に触れたくなった。
今、私の行為にユキの胸がどれだけドキドキとしているのか、知りたくなったのだ。
小さく息を吐き出した。
そうしてゆっくりと、ユキに悟られないようにゆっくり、ゆっくりと……。
その、僅かな膨らみへと、手をスライドさせようとする。
『み、ミフ……ユ………?』
何かを感じ取ったのか、私に問いかけてくる。
「……ユキ、大好きだよ。 だから……」
にゃ~にゃ~、にゃ~にゃ~。
間の抜けた猫の鳴き声がこだました。
ユキのスマホの着信音だった。
『あ、ご、ごめん……』
ユキが私の体を押し戻す。
私の手は空しく中空に取り残された。
「…………」
そして、私は自らの手のひらを見つめ………かあっと頬が急激に熱くなるのを感じて、ユキに背を向けてしゃがみ込んだ。
な、な、な、なななななな………わ、私、、は、今……何を………。
ユキの、セーラー服に手を入れて……その、む、胸、、を………。
私は頭を抱える。
うあああああああ。
もちろん、ユキのことは好きだし、友達というよりは、、恋人的な意味で好いているけれど……。
もっとユキのことを知って、お互いの気持ちをちゃんと伝えあって、り、両者ごーいのもと………。
だ、だから、その……いくら何でも、まだ………その、、ふ、ふぁーすと、キ、キキキス、だって、その、ま、まだなのに………。
………ん?
いや、ま、待って、私。
今の行為は胸に触れるだけであって、それ以上何かをしようとは………。
それ以上ってのは、つ、つつつまり。
え、えっと、、その………。
だ、だめだめだめ!
『ミフユ?』
急に声をかけられて、私はびくりと立ち上がり返事をする。
「は、はははいっ!!」
『? さっきは急に中断しちゃってごめんね』
「え? あ、ああ。うん、大丈夫よ。 それより、メールの返信はしなくていいの?」
『あ、うん。待ってる人と違ってたから』
「そう………」
私は目を閉じて胸に手を当てて、何度も深呼吸をすると、なんとか気持ちを落ち着ける。
そして、ユキのメール相手について思った。
聞きたい気持ちはある。
少し踏み込めば、案外素直に教えてくれるかも知れない。
あるいは彼氏から?とか、からかい半分に訊ねたり、拗ねたふりをして追及することも出来るだろう。
うん、それはとても魅力的な手段ではある。
また頬が緩みそうなくらいには。
そう思ったが、すぐに先程のスマホを見つめた時の愁いを帯びた表情を思い出し、私は小さな罪悪感を覚えた。
私はうつ向いて、口を開く。
「ひとつ、聞いてもいい?」
『うん』
「それは、その返信は良い知らせなの?」
ユキはうーん、と考える。
『どうかな? わからないよ。 でも、楽しみではある、かな』
「そう………なら、私が言えるのはひとつだけね」
顔をあげると私は内緒話の合図をする。
ユキが耳を寄せる。
「その知らせが、ユキにとって良い知らせであることを私は願っているわ」
『あ、ありが……と………』
私が手のひらを離すと、ユキの耳たぶがうっすらとピンク色に染まっている。
その色は、私に桜貝を思い起こさせた。
昔、お土産で買ってもらった桜貝の髪留め。
髪留めはいつの間にかどこかへ行ってしまった。多分誤って捨ててしまったのだろう。
でも、その色は確かに私の記憶にひっそりと息づいて、こうして思い出すことができた。
その事実がうれしい。
じぃっと、ユキの耳たぶを見つめる。
きれいで、きっとそれは柔らかくて、ほどよい弾力があって、でもほんのりと暖かな熱を帯びているのだろう。
そんな美しいものを、私の好きな人が所有している。それは小さな奇跡のように思えた。
胸に熱いものが流れる。
私の頭は、ぼんやりと熱を帯び、頬が火照るのを感じる。
胸に息苦しさを覚えるのと同時に甘美なささやきを聴いた気がした。
私はどきどき、そのささやきのままに、、
どきどきどき……その耳たぶに、そっと……く、どきどきどきどき、く、くちづけを……した………。
『み、ミフユ?! な、何して………』
ユキが驚いて私からサッと離れた。
耳たぶに触れて私を見つめる。
「あ、ご、ごめんなさい。きれいなピンク色をしていたから、つい………」
『な、、き、きれいだなんて、、』
「ううん、きれいだよ。私が好きな、桜貝と同じ色だもの」
私が笑いかけるとユキは頬を更に赤らめてうつ向き、指先をいじいじしながら黙り込んでしまう。
本当にこの娘はかわいいなぁ。
「さあ、そろそろお昼ご飯にしよう」
『……う、うん………』
お昼休みはもう半分を過ぎていた。
私がお弁当箱の包みをほどくと、床に敷いてユキに座るよう示した。
ユキは少し迷いつつ、ちょこんと私の横に座る。
お弁当の玉子焼きを箸で取るとユキにどうぞと向けた。
ユキはまだ少し戸惑いつつも、以前よりはすんなり応じた。
再び染まり始めたほおを見つめながら、私はユキへ伝えなかった思いを紡ぐ。
もし、悪い知らせだったとしても。
私はいつだってあなたのそばにいるよ。
雪と美冬1 三毛猫マヤ @mikenekomaya
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