雪と美冬1
三毛猫マヤ
ミフユのひかり
夕焼け空の下、私はひとり本を読んでいた。
数行読んでは正面の壁掛け時計へ視線を向ける。
円形に白地、黒い線が12本に短針長針も同じ黒。どこにでもある味気ない壁掛け時計。
じっと見つめるが、針はピクリともしない。
私は短く嘆息するとまた本へと視線を戻す。
ふと、今年のおみくじの一文が頭に浮かぶ。
待ち人………来ず
一度思い出すとその文字だけが頭の中に何度も浮かんできて、私は小さくうなって机に突っ伏した。
しかしすぐに息苦しくなって机に頬を付けて窓外へ視線を向けた。
斜陽の日だまりの中にある机は、親密な熱を帯びている。
時折白いカーテンをゆらす風がやわらかな涼を頬にそえる。
教室は静寂に包まれていて、グラウンドから運動部のかけ声や吹奏楽の軽やかな音色が聴こえてくる。
私は起き上がり本をカバンにしまおうとして、手を伸ばす。
と、教室の引き戸が開く音がした。
そこには髪の長い少女が佇んでいた。
毛先はわずかにウェーブがかかっていて、肌は陶器のように白く、華奢な体躯。
私が先ほどから待っていた友達だった。
『ミフ……』
声をかけようとして、彼女がうつむいていることに気付いた。
長い髪からは表情を伺い知ることは出来ない。
彼女は黙ったまま私のもとへ歩いてくる。
心なしか歩き方が重々しく、彼女のまわりには暗い気配がまとわりついているように思う。
彼女は私の後ろの席をひき、腰かける。
私は彼女を振り返ると、彼女が口に手を添えているのに気付いた。
教室には私と彼女のふたりしかいない。
彼女はふたりだけの時でもよく同じことをする。
私は一度、ふたりだけなんだから、普通に話せばいいじゃんと伝えたことがある。
でも彼女はふふ、と笑いわかってないなぁとだけ言った。
そのときは不思議に思ったけど、今はなんとなく、わかる……気がする。
耳元でささやく彼女の声が、私の髪をわずかに震わせる。
彼女の髪の毛から薫るシャンプーの匂い。
そして彼女のなめらかな指先より伝わる微かな熱。
気持ちがダイレクトに伝わる………気がする。
そんなことを想像してしまい、自分が赤面してないか心配になってしまった。
彼女は小首を傾げ、どうかしたの?と訊ねてくる。
私はなんでもない、とかぶりを振った。
恥ずかしくて目を閉じた。
「ユキ、生徒会遅くなってごめんね」
『ううん、大丈夫だよ。 本、読んでたから。それより、何か元気なさそうだけど………』
「そう? 生徒会の仕事が忙しいのもあるけど、ユキに会えなくて寂しかったからね。 でも、ユキは大丈夫だったんだね………ちょっと、寂しいな」
『え、あ、いや。 私も寂しかったけど……』
「けど……?」
『ミフユが生徒会頑張ってるのに、私が寂しがってたら迷惑じゃない』
「ユキ、優しい……大好き……』
ミフユが抱き付いてきて、ふいに頬を触れたやわらかな熱に、目を見開いた。
自分の頬に指で触れると、微かに湿り気を帯びていた。
『ふ、ふぇえ……?!』
私が間の抜けた声をあげると、彼女は口元に手のひらをそえてくすくすと笑っていた。
私は頭を抱えた。
え……と、今のって………キ、キキキ、キス、だよね、、え、ええ?いや、ちょっ、だ、だって、いやいやいや、た、確かにこの前ミフユに告白されてOKしたけど……で、でもでもまだ手をつないだり、一緒に買い物やご飯食べたりもしたけど……。そ、そりゃ鎌倉にふたりで遊びに行ったときはミフユから「はい、あーん」とかされて、結局抗いきれずにあーんされたけど………で、でもさあ、順序ってものがさあ……なんてゆーか、その、もう少しほら、あれがこれしてどーしたこーした……って、何いってるんだ私は。いや、そもそもまだ1人目だからこれでいいのか? あ、1人目とかいうと2人目もありそうだけど全然そんなの考えてないけどね。うん。だから………私、何がいいたいんだ?
私が1人でうなりながら考えていると、
「ごめん………嫌、だったかな?」
ミフユが哀しげな表情で私を見つめる。
『あ、いや、その……嫌っていうか、き、急過ぎて頭の理解がついていかないというか………』
「そっか、驚いたよね、ごめんね」
『う、うん。 あ、でも別に嫌ってわけじゃないの。 その、うぅ~、何て言えばいいのかな』
「よかった。 ユキに嫌われたかと思った」
『そ、そんな、ミフユのことを嫌いになんてなれないよ! そ、それに……』
「それに?」
お互いに見つめ合い、私はすぐに視線を外した。
な、何を私は言おうとしてるんだ。恥ずかしい。
私がそっと彼女を見ると、彼女は私の答えの続きを待っていた。
その潤んだ瞳は、とても綺麗だ……。
綺麗で、ズルいと、思った。
でも、私はその瞳に恋をしてしまった。
その光りに、嘘や誤魔化しはしたくなかった。
『実は………少し、うれしかった』
「少し?」
『う、うううう~。』
私は半泣きになりながら言った。
『……った』
「え?」
『だ、だから………すごくうれしかったの!』
ミフユが驚いてぽかんと私を見る。
私はすぐにミフユに背を向けて顔を覆った。
ああもう……私は何をいってるんだろう。
恥ずかし過ぎて死にたい………。
ふわりと、ミフユの腕が私を後ろから抱き締めていた。
「ごめんね、うん。分かってたよ」
やさしい声音が耳元でささやかれる。
私はスネながら
『だめ、許さない! 途中からからかってたでしょ!』
「ふふ、バレちゃった? でも、好きな人の大切な気持ちは言葉にしてちゃんと聴きたいじゃない?」
ミフユはすごい。
私にはそんなセリフ恥ずかしくてとても言えない。
聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
と、下校を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
「あら、もうこんな時間。 ユキ、帰りましょ」
『う、うん』
私は本をカバンにしまうとミフユの手をそっと握る。
ミフユが私の手をより強く、きゅっと握り返してくる。
私も負けじとさらに強く握った。
ミフユが私を見て、笑った。
それだけで、もう私は彼女を許していた。
なんてチョロいんだ、私は………。
自らに呆れながら、でもまあ、仕方ないよねと小さく頷いた。
神代ユキは天月ミフユが大好きなのだから…。
――――――――――完―――――――――
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