第79話


「お疲れ様。セシリアが派手にやってくれたおかげで、中の人たちを誘導できたよ」

 倒れた獣人たちをひとまとめにしながら、笑顔のリツがセシリアの労をねぎらう。


「いえいえ、リツさんが援護してくれたおかげで楽に倒すことができました。さすがにちょっと矢を撃ちすぎて疲れてしまいましたからとても助かりました……」

 ほっとしたような表情でセシリアは力なく笑う。

 矢は魔力で作られたものだったが、弓の弦は実物であるため、ずっと放ち続けていたことで指にもかなり負担がかかっていた。


「これはきつかったでしょ、今ポーションを……」

「大丈夫ですよ。これは世界樹の弓を使ったことによってついた傷なので……ほら」

 思っていたよりもひどい彼女の指を見たリツが指の治療のためにポーションを取り出そうとするが、ふわっと笑ったセシリアはその手を止める。

 するとみるみるうちにセシリアの傷が徐々に回復していくのが見て取れる。


「おー、なるほど。世界樹が持つ万能回復の力がここで働くのか。これは想定してなかった副次効果だなぁ」

 リツは自分で用意した武器にもかかわらず、ここまでは考えていなかったため、その効果に感心している。


「そもそも世界樹を素材にして武器を作ろうなんて考えないですからね。だから、こんな効果があるなんていうことを実証した人もいないのでは?」

 じっと指を見られるのが恥ずかしいのか、セシリアは少し赤らむ頬をごまかすように話をずらす。


 世界広しといえども、そしてリツが勇者をしていた頃から数百年経過した歴史の中でも、世界樹の武器はこの一つしか存在していない。


「確かに……エルフたちからすれば神聖な世界樹を素材にするなんて考えられないだろうし、他種族はその素材を手に入れること自体が難易度が高い、ということなのか」

 リツは勇者で、ソルレイクという伝手があったからこそ世界樹の素材を豊富に持っていたが、普通は持っていること自体ありえないことだった。


「ま、便利な効果付きだからラッキーってところかな。にしても、怪我は治るだろうけど、結構疲れただろうし、ここからはゆっくり行こう」

 気持ちを切り替えたリツはダークエルフの里へと視線を向ける。


「中の方はどうなっていますか?」

「一応デカイ集会所を解放した時に、テリオスの弟がいたから彼に指示を任せて、その他の場所の開放を任せておいたよ」

 リツの説明に、なるほどとセシリアが頷く。


 ほとんどの獣人が南側に集中しているため、彼らが制圧されたいま、里の中は静まりかえっていた。


「……とりあえず、中に行ってみようか。解放されていたらそれはそれでいいし、また捕まっていたら俺たちが動けばいいかな」

 少し考えたあと、リツはひとまず里の中へと再び入っていく。


 できれば里の問題は里の者が解決するのが望ましい。

 あくまでリツとセシリアはその助けをした程度、というポジションでいたかった。


 奥に向かう道中では何人もの獣人が倒されて、ロープでグルグル巻きにされているのがあちこちに転がっていた。


「あんなにロープがあるのすごいな……」

 リツは日常でロープを使う場面がほとんど思い浮かばないため、そんなことを漏らしてしまう。


「見る限り、荷物をまとめるのにも、家の土台をしっかりさせるのにも、と様々な用途で使っているようです。もしかしたら、ロープを常備しているのがスタンダードなのかもしれませんね」

 そんな風に二人はダークエルフの里の様子を眺めながらのんびりと歩いている。


 世界樹に寄り添うように生活していたエルフの里とは同じエルフであるが、雰囲気が違う生活環境が見て取れた。

 鳥のさえずりや木々が風に揺れる自然あふれる景色に、先ほどまでの戦いや、今も仲間の解放に向かっているミゼルたちの緊張感とは程遠い、ゆったりとした気持ちになっていた。


「にしても、本当に静かだなあ……」

「ですねえ……」

 戦いがあるならばその声が、相手が強気に出ているならその怒鳴り声が聞こえても不思議ではなかったが、あまりにも静かすぎることで、不穏な空気を感じ取った。


「……ちょっと急ぐか」

「ですね」

 明らかにおかしな状況であるため、硬い表情で頷きあったリツとセシリアは歩く速度を速めていく。


 本来なら、次々にダークエルフが解放されて里を取り戻している予定だった。

 しかし、その気配が全くといっていいほど見られない。


「テリオスとその弟が動いているはずだから、きっと里もいい方向に向かっているはずなんだけど……」

 リツも言葉ではそう言っているが、どこか不安がぬぐえない。


 その理由は、リツが解放したはずの集会所前に戻ったところでわかることとなった。


「――なるほど、とっておきが残っていたということか」

 三人の獣人と、倒れているダークエルフの姿があった。その中はテリオスとその弟の姿もある。


「リ、リツさん、もうしわけ、ない……」

 殴られて傷ついているテリオスはリツの存在に気づくと、申し訳なさと悔しそうな顔で怪我で息も絶え絶えになりながら謝罪する。


「うるさい」

「……ぐはっ!」

 そのテリオスの背中を、苛立ち交じりの獣人の一人が容赦なく踏みつけた。


「あっ!」

 酷いことをされているテリオスを見て、思わずセシリアが声をあげてしまうが、リツは彼女が動かないように手を制止して、首を横に振る。


 そこにいる獣人三人はこれまでに戦った者たちとは明らかに格が違う実力者に見えたからだ。

 獣人としての種はそれぞれ獅子、猫、鷹である。


「ふん、貴様らが脱走を手引きした者たちか」

「ダークエルフだけではこのような動きはできないだろうから、協力者がいるとは思ったが……弱そうだな」

「…………油断するな」

 獅子の獣人は品定めするようにリツたちを見ながら鼻で笑い、退屈そうにしている猫の獣人は子供の姿であるリツを見て完全に舐め切っており、視線を背ける。

 だが唯一冷静な様子の鷹の獣人はリツたちになにか嫌な予感を覚えていた。


「――なかなか、苛立つことをする……」

 自分の仲間のエルフが住む森で好き勝手暴れまわっている獣人たちに、少しうつむき気味のリツは苛立ちをにじませてため息をこぼす。


「……リツさん、私が!」

「待った」

 許せない、といった表情のセシリアも同様の想いであり、武器を構えようとするが、緩く首を振ってリツが止める。


「セシリアはさっきまでずっと戦ってくれて疲れているだろうし、ここは俺に任せてよ」

 ぱっと顔を上げたリツはにっこりととびきりの笑顔でそう言うと、軽く身体を動かして準備運動をする。


「……はあ? ダークエルフが束になっても俺たちに手も足もでなかったんだぞ? それをお前みたいな小僧がなんとかできるとでも思っているのか?」

 明らかに子供であるリツの姿を見た獅子の獣人は苛立ちと呆れと蔑みを込めて質問してくる。


「小僧だとか弱そうだとか好き勝手言ってくれるね……まあ、俺はそんな安い挑発乗らないよ」

「ぐ、ぐぐぐぐ……!」

 挑発を軽くあしらい返したリツは、あえて涼しい顔で相手を挑発しかえす。

 明らかに舐められているとわかった獅子の獣人は悔しそうに顔を真っ赤にしていた。

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