第78話


「なんだ!?」

 集会所の入り口を監視していた獣人は突然の出来事に驚き戸惑いながら扉へと勢い良く振り返る。


 外からかんぬきがかけられて、内側からは決して開けることができないと踏んでいた。

 それにもかかわらず、突如扉が吹き飛んだことに男は驚きの渦中にあった。


「……二人か」

 そうリツが淡々と呟いた次の瞬間には、二人の腹にほぼ同時に拳が打ち込まれていた。


「が、がが……」

「うぐ……」

 一撃でリツは自分より体格の大きい大人の獣人二人の意識を奪った。


「俺はこのまま遊撃で動いていくから、みんなは集団で各個撃破しながら、他の人たちの救出を」

 後ろを振り返ることなくそれだけ言い残すと、リツは走りだす。


 既に、獣人たちの居場所は把握しているため、動きに迷いはなかった。


「――セシリアの負担が減るようにしないと……」

 時間をかければかけるほど、ほとんどの獣人が南に向かっているため、セシリアがピンチになる可能性も想定して素早く動いていく。


 また、そちらへ向かう道中で見かけた獣人も倒していき、別の場所に捉えられているダークエルフたちも解放していく。


 説明する時間を惜しんで移動しながら扉の鍵を遠距離で壊しているため、突然の出来事に中にいたダークエルフたちは最初のうちはなかなか外に出られないでいた。


 しかし、すぐに見張りが気絶して倒れているのに気づいて、誰かが動いているのだと察すると、それぞれ仲間と合流すべく、外へ出ていった。


 そして、あとからミゼルたちが駆け付けることで、詳細が伝えられていく。


 こうして、ダークエルフ組は徐々に勢力を増やしていった。


「そろそろ見えてくるか?」

 ダークエルフの里はかなり広く、移動に少々時間がかかってしまっていたリツはセシリアがいるであろう里の南側の出入り口がそろそろ見えてくるであろう地点にいた。


「…………あれか」

 走っているうちに里の南側の出入り口が見えてくる。

 そこには、武器を構えた獣人たちが大挙して集まっていた。


「――うがあああ!」

「くそっ……!」

「なんだあの女は!」

 しかし、どうやら彼らは一様に苦しげに戦っており、劣勢を強いられているようだった。


「ん、助けはいらなかったかな?」

 心配はいらなかったかとふっと表情をやわらげたリツは、獣人たちに見つからないようにしながらセシリアを探す。

 すると彼女は弓を構えて毅然とした態度で戦っており、獣人たちは次々に倒れ、セシリアまで攻撃を届かせられる者は未だにでてきていないのが見て取れた。


「といっても、さすがにあの数は大変だな……ってか、あんなにいたのか?」

 見える範囲だけでも、獣人は百人近く集まっていた。


「……後ろから攻撃したら、一網打尽にできそうな予感がする」

 そう呟いて、それが実現するシーンをイメージするとリツは自然と笑みがこみあげてくる。


「それでいこう――さて、なんの魔法がいいかな?」


 獣人は例外はいるものの、多くは魔法が苦手である。

 使うのも苦手で、受けるのも苦手な者が多い。


 ならば、ここで攻撃に用いるのに魔法を選ぶのは当然のことだった。


「殺すのもあれか……となると」

 ここで頭に浮かんだのは二つの魔法。

 最初に風魔法で一気に獣人たちを吹き飛ばし、動けないようにするために氷魔法で一気に凍り付かせるというものだった。


「よし、んじゃ加勢しますか」

 リツは両手を前に出して右手から風の魔法を、左手から氷の魔法を発動させていく。


「――エアリアルアイスランス!」

 周囲にふわりと不自然な風が吹いた次の瞬間、風を内包した氷の槍が次々に撃ちだされていく。


「な、なんだ!?」

 前方にいるセシリアに集中していた獣人たちは、後方から魔法が飛んでくることに驚き戸惑っている。


「へえ、こんなかんじになるんだ」

 自分で考えた創作魔法がもたらす結果に笑みを浮かべながらリツは次々と獣人たちの足元を凍り付かせていく。


「……くっ! だがこんな魔法、避けてしまえばどうということはないぞ!」

 すさまじい氷の槍の猛攻に怯みながらも、自分たちに直接攻撃が向いてくることがないとわかると、獣人たちは再び戦う意思を見せる。

 魔法を受けるのが難しくとも、獣人の身体能力を活かして回避していけば、真っすぐ飛んでくる魔法など大したことない――そう判断した彼らは、確実にそれらの魔法を避けていく。


「はたしてそうかな?」

 予想通りに獣人たちが反応したのを見てリツはニヤリと薄く笑う。

 もちろんリツがただの攻撃魔法を撃ちだしているわけがない。


「――なっ!?」

 地面に突き刺さった氷の槍は、彼らの足をつかむように氷の範囲を広げていく。

 そうして、獣人たちの足を凍らせて動きを封じていた。


「ここまで予想通りだと逆に面白いな」

 その様子を見てリツが笑う。

 まだ次の手があり、それを使うのが楽しみだった。


「ほとんどのやつが凍っただろ? 回避できたやつはジャンプしたやつらだけ……それじゃ『解放』」

 リツの言葉とともに、氷の中にある風が全て解放されていく。


 凍ったものを氷ごと、回避したものはそのまま風が飲み込んでいく。


「うああああああ!」

「な、なんだこれはああああ!」

「う、動けない!」

 なにが起こっているのか理解できず、獣人たちは魔法によって吹き飛ばされてしまった。


 ただ吹き飛ばされただけでなく、身体を風が包み込んで動きの自由を奪っている。


「そのまま落下だな」

 リツがひとさし指を下に向けると空中に浮きあがった獣人たちはそのまま地面にたたきつけられた。

 目まぐるしく状況が変化することについていけず、なされるがままだった獣人たちは意識を刈り取られた。


「これで半分以上倒せただろ」

 もう半分は門の外にでており、魔法の範囲外にいる。

 そちらも、セシリアとの戦闘中であり、次々に彼女の矢によって倒されていた。


「うわあ、さすがリツさんですね。あれだけの数を一瞬で倒すだなんて……こっちも負けていられません。お願いします!」

『りょうかいー!』

 自分を取り囲んでいた獣人たちがリツの魔法で減ったことを理解したセシリアは跳躍して、フェリシアの背中に飛び乗る。

 待ってましたと言わんばかりにフェリシアはご機嫌で空へと舞い上がる。


「ここからは一気にいきますね――アローレイン!」

 気合を入れて、矢を獣人たちへと向けるセシリア。

 彼女の後方には無数の魔力矢が生み出されている。


「はっ!」

 そして、それらが獣人たちへと降り注いでいく。

 避ける場所がないほどに空が矢で埋め尽くされ、獣人たちはその攻撃を全てまともに喰らってしまった。


「――ふう、これでお仕事完了ですかね」

 その結果を見て、セシリアは満足そうに笑っていた。

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