第80話
「悪いんだけどさ、ダークエルフの人たちから離れてくれないかな?」
唐突なリツの頼みに、獣人三人組は怪訝な表情になる。
「どういうことだ?」
質問してきたのは鷹の獣人は、リツになにか意図があるのだろうと考えているようで、慎重な姿勢をとっている。
「これから俺があんたたちに攻撃をするときに、あんたたちが喰らうのは別にいいんだけど、ダークエルフの人たちには当てたくないからさ」
へらっと笑って見せたリツは手を抜くつもりはなく、そうなると近くにいる彼らを巻き込んでしまう可能性がある。
いくらなんでもそれなりの実力を持つ三人を全力で相手するとなると、少しの懸念も残したくなかった。
「はん……! お前なんかの攻撃で俺たちをどうこうできるわけがないだ……ぐはああああ!」
獅子の獣人は言葉の途中で吹き飛ばされていた。
身構えていないところに腹へと強力なパンチを喰らっていたのだ。
「全く、話を聞いてくれないっていうのはなかなか厄介だなあ。こうやって実力行使にでないといけないわけだから……」
やれやれと肩をすくめたリツはダークエルフと残り二人の間に立っている。
話をしている間もずっとダークエルフを足蹴にしていた獅子の獣人が最も邪魔だったため、まずは彼に狙いをつけて蹴り飛ばし、そのまま残り二人にも狙いをつける。
「「!?」」
衝撃を受けているのは猫の獣人と鷹の獣人だった。
先ほどまで隣で話していたはずの仲間が一瞬で姿を消えた、もとい吹き飛ばされたことを視認できなかったからだ。
「ぐ、ぐふ……」
しかも、吹き飛ばされた先でなかなか立てず、腹をおさえて苦しんでいる。
そんな彼の姿など二人は見たことがなかったため、小さなリツの身体からそんな攻撃が繰り出されていることに驚き戸惑っていた。
「で、ダークエルフのみんなから離れて欲しいんだけど、どうかな?」
ニコリと笑いながら残った二人に質問するリツの笑顔に、二人は恐怖を感じてじりじりと後退するようにすぐにそこから移動して行く。
「……こ、こいつなんなんだ?」
先ほどまでは油断していた猫の獣人も、これほどの恐怖を感じたことがないため、リツに最大の警戒を示しながら額に汗を浮かべている。
「油断するなよ」
一筋縄ではいかない相手だと判断した鷹の獣人は既に魔力を高めて、手にしている槍へと流し込んでおり、いつでも戦闘に入れる準備をしていた。
「とりあえずあっちの人は脱落として、そっちの人は武器を使うみたいだから俺も武器を出そうかな」
そう言って軽い手つきでリツが取り出したのは、彼の身の丈を越えるサイズの巨大な斧だった。
「これ使うの久しぶりだなあ……」
感慨深そうに斧を見つめるリツは柔らかい表情だ。
当然ながら、この場にいる全員も斧に視線を奪われている。
もちろん、リツのような感慨などはなく、どこからこれだけの巨大なものが出て来たのか? 明らかに重そうなデザインの斧をなんで軽々と持っているのか? という疑問が次々に頭に浮かんでいる。
「それじゃ、いくぞ!」
二人が後退してくれたことで、ダークエルフたちに被害がいかないことを見定めたリツは、地面を蹴って二人に向かって行く。
「――えっ? はやっ! なんで、そんな武器持ってるのに……!!」
瞬時に近づいてきたリツの姿はもう目前だというのに、猫の獣人はまだ現状を把握しておらず、武器すら構えていない。
そんな彼を巨大な斧が頭上から襲い掛かろうとし、咄嗟に腕で顔をかばうことしかできない。
「あっ……」
それが最後の言葉で、するんと持ち方を変えたリツによって斧の柄の部分で殴られた猫の獣人はそのまま意識を失って最初の獣人が吹き飛んだ場所へと放り出されてしまう。
「さて、これであと一人なんだけど……どうする?」
この状況でもまだやるつもりがある? とリツが鷹の獣人へと質問する。
彼はここまで一度としてリツのことを舐めておらず、今も一挙手一投足を見逃さないようにと、視線を逸らさない。
そんな慎重な彼だからこそ、リツは選択肢を与えた。
「……あっ!」
その時、リツは驚いた表情で鷹の獣人の右上方を指さして視線をあげる。
「えっ……?」
緊張している相手への視線誘導は効果的で、鷹の獣人は思わずそちらに振り向いてしまう。
(いや、何を簡単にひっかかっているんだ、俺は!)
しかし、すぐにリツの作戦だと気づいた彼はリツへと視線を戻していく。
「――ほっ!」
その瞬間、目の前に迫る斧が視界に映った。
「うおっ!」
慌てて構えた槍の腹で受け止めようとするが、そのまま槍ごと吹き飛ばされてしまう。
なんとか直撃を避けることはできたが、彼の耳に届いたメキメキという音は槍が折れたことを示していた。
「あれ、槍を壊すつもりはなかったんだけど……ごめんね」
予想以上の攻撃をしてしまったことに気づいたリツは思わず謝罪してしまう。
これは鷹の獣人だけはダークエルフたちに酷い扱いをしていなかったことが理由だった。
「槍のことは謝るとして……あんたはまともそうだから、ひいてくれるのを期待しているんだけど?」
これだけの実力差を見せれば、彼も逃げるという選択肢を選んでくれるかもしれないというのがリツの考えだった。
「まともそうだからひいてくれ、か。なるほど、よほど私は舐められているようだな。私もあの二人も奇襲によってやられただけで、正面からぶつかれば敵ではないぞ」
さすがの彼もプライドを傷つけられたまま黙っているわけにはいかず、ギリっと力を入れながら立ち上がり、強い言葉をぶつけてくる。
「なるほど、それじゃいくよ」
逃げを選択しなかった鷹の獣人に対して、リツは再び冷淡な表情で斧を構えて、すぐには動かず、あえて相手と戦う意思を込めて、間をおいてから動き出す。
「まずは、これを受け止めてみてくれるかな!」
正面から、という彼の言葉に合わせて、リツは斧を思い切り振り下ろす。
奇襲では話を聞いてくれない鷹の獣人がちゃんと対応できるように、少しだけ攻撃速度を落としている。
「ふん、少し槍が傷ついたところで、そんな斧など!」
彼の槍は魔槍であり、魔力を込めたことで先ほどの傷は全て修復されていた。
来ることがわかっている攻撃に対して、もう油断していないのだから問題ないと彼は身構える。
「せやああ!」
声が出るくらいには気合の入ったリツの攻撃を、鷹の獣人は魔槍で受け止める。
正面からなら勝てる。先ほどまでよりスピードも落ちているから大丈夫だ。
そう思っているが、彼は先ほどの普通の攻撃でも槍に大きなダメージを受けてしまったことを忘れていた。
「こおおおい!」
そして、斧と槍が衝突する。
ぶつかった衝撃から金属音が聞こえるかと思ったが、聞こえて来たのは先ほど以上の破壊音。
斧が当たったところからバキバキという音をたてて槍はあっさりと真っ二つにへし折れてしまった。
「――なっ!?」
驚く鷹の獣人だったが、斧はまだ振り下ろされている途中であり、そのまま彼の肩口を斬りつけた。
「ぐあああああっ……!」
槍によって脳天に喰らうことだけはなんとか避けられたが、彼は右腕を吹き飛ばされる結果となってしまった。
「まだ戦うの?」
軽い手つきで血を吹き飛ばすように斧を振るったリツはすっと冷えた目線を向けながら再度彼に尋ねた……。
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