第74話
「――テリオス、そろそろ見えてきたから起きてくれ」
「んん……はっ! ね、寝てましたか?」
リツが声をかけると、びくりと体を揺らして焦ったようにテリオスが目を覚ます。
時間にして二時間ほど経過しており、テリオスにとっては十分な休息だった。
「あそこのデカい樹のふもとがダークエルフの里なんだろ?」
リツが指をさした先には世界樹とは違うが、大きい樹が生えていた。
エルフが世界樹に寄り添って生きているように、ダークエルフは大王樹と呼ばれる巨大な樹をよりどころにして生きている。
「はい、我らをずっと支えてくれたのがあの大王樹になります。世界樹と同じように近くにいるだけで、我々ダークエルフに力を分け与えてくれるんです」
戻ってこられたことをうれしく思っているのか、テリオスは誇らしげに、大王樹のことを語っている。
「あれが大王樹か……世界樹の兄弟だったね、姉妹かもしれないけど」
「「えっ!?」」
リツの言葉に、セシリアとテリオスが驚く。
そんな話を聞いたことはなく、それぞれが独立したルーツのものであると思っていた。
「あー、知らない? この話は昔のエルフの里の長とダークエルフの里の長から聞いたんだよ。あの二つの樹は元々同じ樹の種から育てられたってね。で、一つは世界樹、一つは大王樹と名づけられて、その名づけ主は当時の族長らしい」
「「へぇ……!」」
今となってはリツ以外知らないような話に、二人は感心していた。
「さて、それじゃ降りよう。フェリシア、頼む」
『りょうっかい!』
上空から近づいては、里にいる魔王の手下に見つかってしまうため、離れた位置に着陸していく。
遠くからでもわからないように、大きな岩陰に一度隠れることにする。
「さて、いよいよ里に向かうわけだが……その前に情報をくれるかな。里にいる魔王の手下はどれくらいいる? あと、捕まっているダークエルフはどれくらいなんだ?」
移動中に聞くことができなかったことについて、事前の情報集めをしていく。
「我々が出発した時点では、魔王の手下は十五人ほど――全て獣人でした」
「獣人? ということは、その魔王も獣人か」
訝しげな表情で問いかけるリツの質問に、神妙な面持ちのテリオスが頷く。
操魔の魔王は種族でいえば獣人であり、魔物を操るということで操魔という名を冠していた。
彼は黒豹の獣人であり、今回も獣人の魔王ということになる。
魔王というからにはほとんどが魔族で、操魔の魔王が例外だと思っていたが、ここで覆ったこととなる。
しかも、連続で獣人ということに違和感を覚える。
「獣魔王ティグフルスというのが正式な名前です。元々は獣人の中でも強い実力者だったとのことですが、ある日獣魔王と名乗り始めて、その力で多くの獣人たちを屈服させたとのことです」
テリオスも噂として聞いた話ではあったが、獣人は身体能力が高く、その中で一人抜きんでるということはなかなか難しい。
「獣人を屈服か……ちなみに、なんの獣人なんだ?」
リツが勇者としてともに旅をしたのは、猫人族の獣人だった。
彼女は元盗賊ということもあって、手先が器用で、身体能力を活かした素早い攻撃が得意だった。
獣人は種族によって、得意とする攻撃方法が異なるため、なんの獣人なのかが重要だった。
「……わかりません」
「えっ?」
思わぬテリオスの回答にリツは驚き、セシリアは信じられない様子で口元に手をあてている。
「わからないっていうのはどういうことなんだ? まさか手下たちに襲われただけで、里が制圧されたのか?」
この問いに硬い表情でテリオスは頷く。
これは、獣魔王ティグフルスが強いというだけでなく、その部下たちもかなりの力を持っていることとなる。
「はあ、それはなかなか厄介だなあ。雑魚はあっさり倒して里を制圧。そのあと魔王とは真剣にやればいいと思っていたんだけど……」
今回はダークエルフたちをリツが圧倒した形にはなったが、彼らは魔法や弓の技術に特化しており、近接戦闘も決して弱くない。
そんな彼らが負けるほどの相手が、部下レベルでもいるというのは里を奪還する上では面倒極まりないことだった。
「俺が負けることはまあ、多分ないんだろうけど、時間がかかればかかるほど、里の人たちの安全性が脅かされるんだよなあ……」
リツが戦っている間に、他の獣人がダークエルフを人質にとる可能性は高い。
そうなっては、目的を達成することができないため、リツは腕を組んで考え込んでしまう。
「……では、私が先に向かうというのはどうでしょうか?」
ここで、とんでも案をセシリアが出してくる。
「セシリアが先に、というのは?」
言葉のとおりではあるのだろうが、彼女がどういう意図をもってこの提案をしたのかをリツは聞きたかった。
「まず、私が単独で里に向かいます。で、離れた場所から矢を放って攻撃をしていきます。比較的無差別の攻撃をしていきますが、なるべくダークエルフのみなさんは狙わないように気をつけます」
「なるべくって……」
セシリアの説明に不満があるテリオスが、ぼそりという。
里の人間は彼を族長として認めてくれており、大事な者たちである。
それを傷つける可能性があるというのは、あまり良くは思えなかった。
「テリオス、ちょっと黙っていてくれ。セシリア、続きを頼む」
リツがぴしゃりと言い放つと不満は残っているようだが、テリオスは口を一文字に結んで黙り、セシリアは頷いて続きを話していく。
「私の矢による攻撃がどこまで効果的かはわかりませんが、少なくとも相手を苛立たせることはできると思います」
つまり、注目をセシリアに集める――それが彼女の目的だった。
「なるほど、それで相手が出てきたらどうするんだ?」
彼女なら獣人たちをひきつけるのは確実にできる。問題は次のステップである。
「ある程度の数を集められたら、そこからはフェリシアさんにのせてもらって上空から攻撃をしていこうと思います」
遠距離からの攻撃、そして姿を確認してからの空からの攻撃はきっと効果的であることは、誰にでもわかることである。
「それは悪くない。いや、むしろいい。となると、その間にセシリアとは別の方向からテリオスが報告に戻って、敵襲が来たと報告すればいいな」
「わ、私ですか?」
まさかこの段階で自分の名前が出てくると思っていなかったテリオスは驚いてしまう。
「あぁ、セシリアは陽動で、テリオスも陽動だ。その隙をついて、俺が別の方角から里に潜入して人々を逃がしていく。だろ?」
「はい!」
最後のひと押しをリツが説明し、セシリアの考え方と一致していたため、元気よく返事をした。
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