第75話


「……」

 彼は里の東側の草原に姿を隠している。

 事前にたてられた作戦のとおり、セシリアが攻撃を開始したあとに村に敵襲の報告に戻るという役目をおっているためである。


 しかし、助けるためだとはいえ、仲間を騙すようなことをしなくてはいけないことを心苦しく思い、複雑な心境だった。


 それでも今回の作戦は、ダークエルフの里のみなを救うためだと理解しているため、首を横に振って思考を切り替えていく。


「うまくやらねば……」

 そう言い聞かせて、真剣な表情になると、なんとか自分を奮い立たせて里の様子を注視していく。





 その間にも、何も知らない冒険者を装いながらセシリアはゆっくりと正面から里に向かっていた。


「――ん、なんだ?」

 里の入り口を守っている魔王の手下の猫獣人の男性がその姿に気づく。


「どうした?」

 もう一人の犬獣人の男性は未だ気づいていないらしく、怪訝な顔をしている相方に尋ねた。


「いや、あっちの道から女? が歩いて来るようなんだが……ダークエルフではなさそうなんだ」


 ダークエルフから外に交流に向かうことはあるが、里に外の人間を迎え入れることはない。

 だからこそ、他種族の女性が一人でダークエルフの里にやってくるのは、優しい言い方では変わっている。

 厳しい言い方では、異常事態だった。


「誰か呼びにいくか?」

 先に気づいた猫獣人はセシリアのことを最大限に警戒しており、手にしている槍の穂先を彼女に向けている。


「いやいや、それはいくらなんでも騒ぎすぎだろ。たかが女一人やってきたくらいで仲間を呼ぶのはさすがに恥ずかしすぎるぞ?」

 女と聞いたからか、のんびりと構えている犬獣人は完全にセシリアのことを舐めきっており、笑いながら騒ぎ立てる相方のことを情けないとすら思っていた。


「いやしかし……はあ、まあそうだな」

 あまりに緊張感のない相方に一瞬険しい表情になるが、それでも自分が緊張しすぎだと判断してため息交じりに槍を降ろしていく。


「どうやらニコニコしているみたいだし、ダークエルフの特性を知らずにやってきた者か、道に迷ったかかもしれないな。里にいれることはできないが……」

 周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いてくるセシリアは武器などを持っておらず、世間知らずの少女にしか見えなかった。

 呆れ交じりで猫獣人はセシリアを見続けている。


 現在は里は魔王ティグフルスの支配下にあり、族長のテリオスがエルフの里を焼き尽くすまでは解放されることはない。

 それがティグフルスによる命令だった。


「はっ! お前は頭が固いなあ! ちょっとくらい入れてやりゃあいいんだよ、ダークエルフの女には手を出すなって言われてて俺はむらむらしていたんだ! あの女に相手をさせればいいだろうが!」

 下品な笑みを浮かべた犬獣人は、ぱっと表情を切り替えるとセシリアに手を振って駆け寄っていく。

 困っている女性に明るく声をかけて優しくし、油断したところを手籠めにしようと考えていた。


「――えっ?」

 近づいていった矢先、頬をかすめた矢によってその考えは打ち砕かれた。


「わざわざ狙いやすい位置にでてきてくださって、本当にありがとうございます」

 先ほどまでと変わらず、むしろ愛らしささえ感じさせるほどにニコリと笑うセシリア。


 彼女の笑顔は先ほどまではフレンドリーなものとして、獣人二人に受け止められていた。

 しかし、今の彼女に笑顔には二人とも背中に冷たいものがつたい、動きは固まっていた。


「お二人とも……こんにちは、そしてさようなら」

 笑顔のセシリアは獣人たちに狙いを決めて弓を構えており、間髪入れずに矢を放つ。


「「えっ?」」

 驚きの声をあげた瞬間には、二人の頭部に矢が命中し、そのまま意識を失っていた。


「さすがに殺してしまうのも忍びないので、気絶するように殺傷性を下げておきましたが……大丈夫、ですかね?」

 セシリアの弓は魔法矢であるため、普通の矢とは違い、目的に合わせて調整が効く仕様だった。

 二人とも倒れた状態でぴくぴくと痙攣しているようであったので、セシリアは小首を傾げてそんな風に呟く。


 もちろんその問いへの答えは返ってこない。


「うん、もう過ぎたことを気にしてもしかたありません。大丈夫ということにして、次にいきましょう!」

 リツの気楽さがうつったのか、セシリアも細かいことを気にしないで、そのまま里の中へと入っていくように見せかけ、そこで足を止めて再度弓を構えていた。


 本来であれば、魔王の手下である獣人たちを見据えて攻撃するべきであったが、彼女の今回の最大の役目は陽動にある。


 一人で獣人たちを殲滅しろと言われればできたかもしれないが、そこは作戦に従うことにする。


「ふう、それでは少し力をいれて……いきます!」

 深呼吸して気合を入れ直すと、引き絞った弦を離して矢を放つ。


 矢は一直線に開放された状態の里の門を通過して、そのまま奥へ奥へと飛んでいく。

 何本も放たれた魔法矢はセシリアの望むままの結果を導いていく。

 風をきるそれに気づいた者もいたが、次の瞬間には最初に着弾した矢が暴発して、大きな爆発を巻き起こす。


「……な、なんだ!」

「矢だ! 矢がとんできたぞ!」

「いや、爆発だぞ?」

「その矢が爆発したんだ! 俺はみたぞ!」

「矢だと!? もしかして、他の場所にいるダークエルフどもが里を取返しにでもきたか?」

「いや、テリオスが失敗したのかもしれん。そうなるとエルフの逆襲の可能性があるな」

「それにしては、期間が短すぎないか? ダークエルフやエルフの移動方法を考えると、行って帰ってくるだけで相当な時間を要するはずだ!!」

 里を支配している獣人たちは、声をあげ、現状の把握と犯人の予想をしていく。


 しかし、その間にもセシリアの放つ矢は次々に里の中に撃ち込まれいた。


 真っすぐ飛んでくる矢、空から弧を描いて飛んでくる矢、途中で複数本に別れる矢など、様々な方法で矢が飛来してくる。


「うふふ、早く動かないととんでもないことになりますよ?」

 外にいるセシリアは、未だ誰一人として里の外に出てこない動きの遅さを指摘しながら、ニコニコと矢を放ち続けていた。

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